6-2 彼女の決意
クーナは魔法結社メルゴート出身者である。
彼女の名はかつて大魔女だったカーナへの希望として名づけられた。
実力もあったし、その才能は同世代の中では抜きんでいたものだった。
それ故に若くして早くから幹部候補に挙げられ、魔法結社メルゴートの長老卓にまで呼ばれるほどにまである。
それに彼女は応えようとしたが、その過程で彼女のいた結社は魔王崇拝の汚名とともに掃滅された。
彼女はメルゴート掃滅から奇跡的に生きながらえる。
生き延びた彼女は盗賊団に手を貸し、終焉の地フゲンガルデンまで赴く。
どのみちはぐれ魔女となった自身は遅かれ早かれ異端審問官『狩人』の討伐を受けることになるのだ。
自分たちの見た夢の最後の場所を見ておきたかっただけなのだろうと思う。
そこで出会ったのはいるはずのない少女とかつての指導者の姉。
その指導者の姉ヴィヴィにメルゴートの最後を教えられる。
彼女は幸か不幸か再び魔女の社会に戻される。
彼女は一度社会的に死んでいる。
実力はあったとしても前科もち上に、魔王崇拝という汚名を着ている結社出身の魔女など、どこの組織も手を差し伸べない。
それでも彼女は魔法使いであるということをやめなかった。自然彼女薄汚れた仕事に就くことになる。
かつての仲間の魔女たちが彼女を避ける。誰も魔王崇拝結社の出身者の元には近寄ろうとはしない。
もし魔王崇拝の嫌疑でもかけられたのであれば、魔女の社会から抹殺されることもあるのだから。
それは彼女たちにとって死刑を言い渡されるのと同意義である。
彼女たちに疎んじられ、罵られ、それで終わるのもいいと彼女は感じていた。
彼女はその二年間、孤独の中で過ごす。
いつ終わるともしれないその地獄の中で彼女の救いだったことは、
彼女を支えたものは一人の魔女からもらった言葉だ。
「あなたの償いが済んで、それでも私を許せないときは、私を殺しにきなさい。私はいつでも待っててあげる」
この二年の間、彼女はあの時の言葉を胸に、泥水の中を彼女は這いつくばるように生きていた。
もし叶うのならばルベリアの姉のヴィヴィにもう一度出会いたい。
どうして会いたいのかよくわからなかったが、ただ憎悪とかそう言った類のモノではない気がした。
そんな泥の中で、再び出会った少女の姿を見て彼女はそこに彼女なりの希望を見出す。
きっかけはラフェミナの言葉だったが、次第にそれが使命だと感じるようになってきた。
少女の力量は既に並みいる聖堂回境師たちと肩を並べる、もしくはそれ以上の存在になってきていた。
クーナの予感はリブネント選定会議におけるフィアの言動や行動を経てそれは確信に変わる。
同じ聖堂回境師候補であるソフェンダを完膚なきまでに打ち負かすその圧倒的なまでの実力。
メルゴートを背負っていくというそのあり方。
この子こそが将来自分たちの未来を築いていく者であり、私たちの待ち望んだ存在なのだと。
不思議とそのことに嫉妬は起きなかった。
彼女から今まで肩に乗せていた重みのようなものが消えていく。
自身の代わりとなってくれる人間のいることに彼女は安堵すら覚えた。
そしてクーナは理解した。ラフェミナ様に私は彼女を護るという大任を任せられたのだと。
次第にクーナにとって少女の存在は自身の命よりも大事な存在になっていく。
それは信仰のように悟りのように静かに彼女の心を満たしていった。
状況は既に持久戦の様相を呈していた。
周囲一面は魔法により無残に茶色の地面が露出している。
「エドランデ、存外に手間取っているみたいじゃないか。加勢しようか?」
木の上で足を組み、見下ろしながらジーリアと言う魔族が声をかける。
「いえ、この程度の相手、私一人で十分です」
服はぼろぼろだが、エドランデと言う魔族の体には傷一つない。
彼女の使役する巨大な手が素手の一撃で粉砕される。
フィアの使う光学魔法がなければすでに勝負は決っしている。
光りの屈折を扱い、位置情報を微妙にずらしているのだ。
わずか数歩、位置情報をずらすだけでもこと戦闘に関してそれは重大な意味を持つ。
どんな攻撃も当たらなければ意味がないのだ。
フィアの扱う重力魔法ですら動きを鈍らせるので精いっぱいだ。
フィアの扱う全力の重力魔法。人がそれを食らったのならば骨すらもひしゃげて原型すら残るまい。
今まで見てきた敵や魔獣など全く比較にならないほど強い。
クーナは二人がかりでこれほど圧倒されるとは思いもしなかった。
中途半端な魔法では目の前の魔族相手に傷を負わせることはできまい。
クーナは補助に徹しながら慎重に相手との距離を保つ。
フィアの魔法力は既にクーナのそれの数倍の威力に達している。
そのフィアの魔法で光学魔法でタイミングをずらしても致命傷を与えられないのだ。
クーナの魔法では全く傷すら負わせることは困難だろう。
「一つ面白いことを教えてやろう」
思いついたように木の上から子供の魔族が声をかけてきた。
三人の視線がその魔族に集まる。
「ジーリア様」
「逃げずにエドランデと善戦している彼女たちに対するわずかながらの私からの敬意だ」
ジーリアはおもむろに語りだす。
「お前たちのいうところ異邦、ゾプダーフ連邦でも魔法の研究は行われている。
とくに第二次魔王戦争以前は魔法研究は盛んにおこなわれていたようだな。
魔法長制度、学院制度それはどれもが魔法というものを研究するために整えられた制度だ。
その制度はかつては多くの名のある研究者を排出してきた」
そんな制度が異邦にあるということを二人は驚き聞き入っていた。
「だがこの四百年魔法は目覚ましい進歩がなかった。なぜかわかるか?」
ジーリアの問いに二人は少しだけ考え込む。
「…戦争がなくなったから?」
「それもあるが、根本は別にある」
フィアの答えにジーリアは首を横に振る。
ジーリアはその背後の黒い霧を自在に変化させて見せる。
本人にとってはそれはいつも使う魔力量に過ぎないはずだ。
ただ人間界の魔法使いにとってそれは絶望とも思えるほどの魔力量。
それをこのジーリアと言う子供の成りをした魔族は掌で自在に操って見せる。
「魔力を自在に使える我々にとっては魔法など無用だからさ」
その言葉にクーナはぞっとした。勝てない勝てるわけがない。
志向性の希薄な魔力だけで魔法よりも強いというのは生物として次元が違っている。
彼女たちは魔法式を使うことによって辛うじてその力を具現することができるのだ。
それをこの魔族は必要なく操れるという。フィアが隣にいなければ逃げ出していることだろう。
今自分が逃げ出せばフィアはこの二人の魔族と一人で戦うことになる。
クーナは体の芯来る震えを辛うじて抑えてその魔族と向きあった。
「すまなかったな、エドランデ。戦闘を再開してくれ。小娘共、せいぜい私を楽しませろよ」
そう言ってジーリアはエドランデに声をかける。
「私も遊ぶのを終わりにしましょう」
エドランデは瞼を閉じる。視界と言う情報を遮断したのだ。
これならば光学魔法による位置のずれは効果がない。
フィアの顔から血の気が引く。エドランデは目を閉じ、最も近いクーナに迫る。
その体はいかなる魔法も受け付けず、止めることはできない。
圧倒的なまでの力。エドランデの拳がクーナに迫ってくる。
その拳の先には終わりがある。フィアは声にならない叫びを発する。
エドランデの拳がゆっくりと近づいてきた。
ここで自分は終わる。
ほんのわずかな瞬きほどの時間に彼女は目の前の死と向き合った。
今までのことが脳裏に思い出される。
ああ、ここで終わっても悔いはない。
すべてを失った自分が誰かのために死ぬことができる。なんて贅沢な最後なのだろう。
もし私が死んですぐに来たら許さないから。クーナはフィアに微笑んだ。
クーナと魔族の間に二人の間に一つの人影が割って入る。
乾いた音が周囲に響き渡る。




