5-1 洞窟の中で
ヴァロたちは遠く離れた洞窟の中から魔族の目撃情報のあった小屋を見張っていた。
フィアの魔法を使い屈折を使って洞窟の中からでも見られるようにしてある。
そのへんの手際の良さは見事としか言いようがない。
ヴィズルの肩にエルンと言うカラスが止まり何かを耳元で囁いている。
どうやらずっと偵察に出していたらしい。
「あの小屋の中にいるのは五人で間違いないようだ。雪の上に残されたカタチの違う五つの足跡があったらしいな。
…ようやく五人の魔族に追いついたな」
ヴィズルの言葉に一同は頷く。
空気が重い。吸う空気にもどこか緊張のようなものが含んでいるのを感じていた。
「ここから先はどうする?」
ヴァロはヴィズルに声をかける。
「…慎重に行くべきだろうな。ミョテイリの一件だけ見ても相当な手練れだとわかる。
最もミョテイリの『狩人』のやられ方を見ると一国の軍が相手でも歯が立つのか怪しいところだ。
聖カルヴィナ聖装隊か、ハーティア聖滅隊ぐらいは欲しいところだが…」
「冗談でも笑えないぞ」
「私は至って真面目だぞ」
ヴィズルはめちゃくちゃなことを言っている。
前者は教会の切り札、後者は魔女側の切り札。文字通り人類側最強の部隊である。
その武力は一国をたやすく掌握できるほどのモノだと聞いている。
そんなものを動かすには大魔女も教皇もそれなりの手続きが必要となるし、この地までどうやって彼らを連れてくるというのか。
一朝一夕でどうにかなるものではない。
言い方を変えてみれば自身にその力があるとも言っているようにも聞こえる。
「それにここはフィリンギの地。援軍は望めないし、来てもそれほど役に立たんだろう」
この地は幻獣王フィリンギが治める土地。
そんな部隊が出てきたともなればフィリンギが黙ってはいまい。
「こちらの戦力は私と魔剣契約者のヴァロ、聖堂回境師であるフィア殿、魔法使いのクーナ殿か」
「僕も含めて五人でしょう」
ココルの発言にヴィズルは表情を変えない。
「すまないがココル君。君は戦闘から除外させてもらった」
ヴィズルの言葉にココルは表情をピクリと動かした。
この場の指揮を執っているのはヴィズルだ。それはここに来る前に決めてきたことである。
ココルもそれは知っている、だからヴィズルの発言に辛うじて表情を変えなかったのだろう。
「何せあのミョテイリの氷結結界から逃れ、現役の『狩人』が歯が立たなかった手合いだ。
魔器をもたない君が歯が立つ相手にはとても思えない。ココル君は後方支援に徹してほしい」
魔器のないことを指摘されココルは口をとがらせる。彼の言葉には説得力があった。
ミズチやバルケが子供の様にあしらわれたことを考えると、ココルの後方支援は当然とも言えた。
「いいですけど、魔器をもたないというのならあなたも一緒ではないですか。それともあなたにはなにか切り札のようなものがあるというのですか?」
あからさまな不満をココルはヴィズルにぶつける。
「私を信じられないと?」
「せめて僕たちがあなたを信用するに足る根拠を示してもらわないと」
ココルの言葉にヴィズルは頭を掻いた。
ヴァロとクーナは聞き耳を立てる。彼が腰に差している剣は魔剣ではない。
魔剣使いならばお互いにわかる。さらに魔法もそれほど使えないと言っている。
ただ口ぶりから今の状況を理解していないようにも見えない。
だとすればどこからこの男の自信がくるのか?
強力な力を持つ魔族相手に魔剣や魔法意外に何か戦うすべが他にあるというのか?
ヴァロとクーナはそれが気になっていた。
「ココル」
フィアは横からココルを諌める。
「フィアさん?」
横からの意外な声にココルは驚く。
「この人なら任せて大丈夫。この北の地で彼ほど頼れるものはいない」
フィアの言葉にココルはおろかクーナやヴァロも怪訝な顔を見せる。
その中でヴィズルは一人だけ満足気に微笑む。
すでにその時にはフィアだけはこの男の正体に気付いていたらしい。
既に彼女も枠外の一人。
「ヴィズルさん、もしもの時は頼らせていただきます」
彼女はヴィズルに一礼する。
「…わかった」
魔族討伐の前、旅の疲れもあり仮眠をとってから作戦を行うことになった。
ヴァロは魔族のいる小屋をフィアの光学魔法越しに見ている。
「ココルの件すまなかったな」
ヴィズルはヴァロに話しかける。
「誰かが言わなくてはならないこと。命のやり取りをしてるのだからできるだけ生存率の高い者を当てるのは当然のこと。
今回はあんたが指揮を任せました。ココルの奴もあの場では感情的になってしまったが、内心ではわかってるでしょうね」
「…弟子を信頼してるんだな」
「それなりには」
ココルは自分には過ぎた弟子だとも思う。
「君も俺を信用できないか?」
まるで試すようにヴィズルはヴァロに聞いてくる。
「フィアが大丈夫と言っているのだから問題はないでしょうし、無理をしてあなたから聞き出すつもりもありません」
「助かるよ。…正直できるのなら使いたくはない類の力でね。あの力は自身が勝ち取った能力ではない。与えれたモノだ」
何らかの事情があるのだろう。無理に聞くのも嫌なのでヴァロは話題を変えることにした。
「そもそも魔族とは一体何なんだろうな?あの力は一介の生命体が宿す力にしてはあまりに巨大すぎる」
人間とはあまりにかけ離れた生命体。
「…魔族か」
「私の知人の話ではもともと魔族という者たちは天の御使いの子孫なのだそうだ」
ヴィズルの声にヴァロは耳を傾ける。
「…天の御使い…」
初めて聞く言葉である。
「天にいるという神の使い、そしてそれは神の手先でもある」
「神の手先…」
「この世界の神は何千年何万年に一度代替わりをするという。そのたびごとに古い体制の者たちは一新され、天から追放されるのだと。
…要は体制から弾かれたモノたちが魔族になったと話していた。私はそれを見てきたわけではないし、その者が語る話、それが嘘か本当かはわからないがな」
確かにそれならばあり得ない話ではない。
巨大な力を有しているのもそれならば頷けた。だがそうすると新たな疑問が湧いてくる。
「教会が教える女神は御使いだと?」
結界術、魔剣製造技術など。それを人類に教えた者たち、それが教会で言うところの女神である。
この大陸の結界は昔からあったものと言われている。大魔女はその結界を補修しただけにしかすぎない。
魔剣の製造技術も教会で言うところの見るに見かねた女神がその技術を人に授けたと言われている。
魔剣製造の発案者とされているジグントは昔の文献からそれを知ったと言われる。
「もしも御使いが本当にいたとしたら魔王戦争はなぜ引き起こされたのでしょう?」
人類は魔王の手により絶滅寸前まで追い込まれた。
もしもその時に教会の教えるような神がいれば人間たちを見捨てることはなかっただろう。
「さあな。その知人は語ってはくれなかった。単純に神が人間を見限っただけなのかもしれない。もしくは…天で…」
話していると小屋の扉が動く。ヴァロはそれを見逃さない。
「ヴィズル、人影が出てきました」
二人の視線は小屋に向けられた。
天の御使い、クファトスの目的、星間戦争。
それらは一つ一つのピースであり、いずれそれは大きな構図を形作っていきます。
さて、その前に極北の地での頂上決戦をはじめましょうか。




