4-3 追う者たち
「『白の君』救出おめでとう」
モールの突然の言葉に書類に釘付けになっていたドーラは視線を彼に向けた。
「…何も言わずに飛び出して行ってすまないナ」
「…飛び出していったのは自分にはできると思っていたからだろう?」
「まあネ」
ドーラはそっけなく答える。
「そう言えばアデルフィ様から直にお礼を伝えたいとか話が来たって話だったが」
「その会食は誘われたけど断ったヨ」
ドーラは筆を動かしながら答える。
「おいおい断ったって…、『白の君』っていえばアデルフィ様のご息女だろ。
大層美しいと評判の。実際のところどうだったんだ?」
「知らないネ。もう顔も忘れてしまったヨ。そんなことよりも自身の仕事に戻ってもらえるカ?書類整理が面倒なんダヨ」
軍規違反の反省文、各種方面への謝罪文、さらに不在の際の書類の整理等。
ドーラの座る机には書類の山が築かれていた。
「…お前は本当にぶれないよな」
「成り行き上ダヨ。それにアデルフィが怒ると呪軍全軍動かしかねないからネ」
そうなれば魔王軍はその編成上かなり大がかりな見直しがされる。
「待機命令無視して救出作戦決行したお前がいえた台詞か?こっちはお前のフォローするのに大変だったんだぞ?」
その友人は大げさな素振りをしてみせる。
「一回驕るから許せヨ」
「おっし、みんな聞いたか?今日はドーラのおごりで酒盛りだぞ。ついでにお前の英雄譚を酒の肴にするからな」
モールのひとことに職場全体が湧く。当の本人のドーラは横で顔をひきつらせていた。
「…俺は一人だとは言ってないぞ」
「…モール、君は僕に何か恨みでもあるのカイ」
恨めしげにドーラは友人を睨む。
「じゃあな、今日の夜を楽しみにしてるぜ」
軽い足取りでその友人はその職場を後にした。
「…」
ドーラの脇には書類の山が積み重なる。
これを夕方までに終わらせならなくなったことにドーラは頭痛を感じていた。
後で聞いた話だが、作戦決行の際に軍の横やりが入るのをモールは自身の首を賭けて止めてくれたらしい。
そのことを知るのはクファトス王が封印された後の話だ。
ドーラは洞窟の中で目を開ける。魔方陣の中心で一人座していた。
周囲には封を切られた魔封緘が転がり、魔法式のようなものが描かれている。
ドーラの周囲には四つの黒い魔力の球がドーラを取り囲み回っている。
見ていたのはクファトス王に仕えていたころの夢だ。
「そうか、まだ、僕は…」
誰もいない洞窟の中でドーラは一人寂しげに微笑む。
未練は当の昔に捨てたと思っていた。
自分しかいない洞窟の中で、ドーラは少しだけフゲンガルデンの喧噪を懐かしく感じた。
あの輪のなかに確かにいたのだ。
少しだけおかしくなってドーラは笑った。
まさか魔王と呼ばれた自身が人間に友を持つとは思っていなかった。
自身を気遣ってくれる人間が現れるとは思いもしなかった。
「…ああ、そうカ。僕は救われていたのカ」
ドーラはそれを思い知り、少しだけ胸が熱くなった。
戦闘準備は整った。
後は探査魔法を使うタイミングだ。
あの男は間違いなくこの北の地にいる。ドーラにはその確信があった。
オルドリクスが完全に復活すれば、間違いなくこの大陸は火の海になる。
この大陸だけではなくこの星すべてが。
それだけは絶対に阻止しなくてはならない。
人間として生きた時間は生きてきた時間と比べてはるかに少ないが、かけがえのないものが昔より多くできた。
自分を友と呼んでくれたヒト。かつての弟子の忘れ形見。自分と関わったすべての人間。
彼らの未来を護りたいと心から思った。
モールは異邦から出る際に三人の『爵位持ち』を殺している。
三人の『爵位持ち』を返り討ちにできるとすれば公爵クラス以上の力が必要になる。
モールの力は魔法長候補になったとはいえ、そこまでの力はなかったはずだ。
これから考えられることは既に『オルドリクス』の一部は復活しているということだ。
同時に異邦から逃れてきたということはまだ不完全だとも読み取れる。
完全に復活した『オルドリクス』の前には文字通り敵はいないのだから。
リュミーサが『オルドリクス』を唯一討伐可能とした二人の者、
クファトス王と黒竜王オルカは現在動けない状況にある。
肝心のクファトス王は事情があり表には出られない。
黒竜王オルカは動けるが、その結果この星がどれほど損害を被るかわからない。
他の幻獣王では倒すことはできるだろうが、倒しきることまではできないだろう。
ドーラはそう読んでいた。リュミーサの言葉と照らし合わせると、おそらくその読みは正しい。
現在世界にとってのイレギュラーである自身がそれを行うしかないのだ。
そして、それはかつての友であった者への手向けでもある。
たとえその結果この世界から自身が消えることになろうとも。
「…結局カーナに会えなかったナ」
一つ残った未練をつぶやいてドーラは苦笑する。
彼女はアビスに落とされたままだ。
「いない人間はいない人間らしく舞台から静かに去るのもいいかもネ」
ドーラは暗い洞窟の中で一人ゆっくりと立ち上がった。
ヴァロたちは北の地の村を訪ねて聞き込みをしていた。
「五人組の黒い服を着た集団を見ました」
一人の子供が今日の朝方、その集団を目撃していたらしい。
「黒い服を着た一団が山小屋の方に向かっていきました」
昨日のことだ、北に向かうその集団をみかけたのだという。
詳しく聞くとミョテイリを襲った五人の魔族と背格好が酷似していた。
その五人の魔族と見て間違いはないだろう。
さらにその五人の向かった先には小屋があるのだという。
夏場に薪を作っておくものだそうで、聞けばその小屋は今の時期使われることはないのだそうだ。
村での聞き取りが終わるとヴァロたちは取り囲んで今後の方針を話し合った。
「移動距離が一定ではないし、北に向かっていると思えばそうではない。…どうも妙な感じがする」
ドーラが何か知っている感じだったのを思い出す。
ヴァロはもう少しドーラに聞いておけばよかったと少し後悔していた。
「…連中の目的を知れれば先回りもできるだろうが…」
ヴィズルは考えるようにそうつぶやいた。
「フィリンギと戦うためとか」
ココルの冗談に一同は沈黙し考え込むような素振りを見せる。
「もしそうだとしたら放っておくのだが、どうもそうではなさそうなんだよな」
どこか考え込むようなそぶりでヴィズル。その可能性も考慮に入れられていたらしい。
「相手の出方がわからない以上こちらから先手をしかけたほうがいい。
相手は魔族。ミョテイリでの破壊行為を見れば、正面からまともにやっても勝てるとは到底思えない」
これはクーナ。クーナの言葉にも一理ある。
「話し合うことはできませんか?」
フィアは戦うことを避けるのを望んでいる感じである。
「何かを聞きまわっていたらしいとは聞いています。どうしてそんなことをしていたのかそれがわかれば…」
「だとしても相手はミョテイリで大規模な破壊行為を行っている。
状況だけ見ても、正体不明、その上相当な武力をもった魔族の一団がフィリンギの地に入っているというのが現状だ。
しかもミョテイリの結界を破ることができる魔族が五体だ」
フィアはヴィズルの言葉に閉口する。
教会がこの事実を知れば魔王指定してもおかしくはない。
状況だけ見れば最悪の状況とも言えた。
「とにかく目撃情報のあった小屋付近まで行ってみるか」
「はい」
ヴィズルの提案にヴァロたちは頷いた。




