4、セシルの攻防(2)
「わぁ、おいしいわ!このビターチョコレート、苦すぎないんだけど、チョコレート本来の酸味がちょっぴりあって……これも、あっこっちのトリュフ、お酒ね!」
あれもこれもと買った結果、アム・リアーナのカフェのテーブルに乗り切らないほどになってしまった。
エクレアも、マカロンも、どれもこれもおいしそうで…セシルがお菓子を頬張る様子をクリスティアンが微笑ましそうに見ているのが、なんだか悔しかった。
「おいしいかい、セシル?」
「ええ、とっても。悔しいけど、その女性遍歴もこういうふうに役立つなら得ね、貴方。」
「……えーと、女性にこのお店のことを聞いたのは否定しないけど、恋人とかじゃないよ?」
クリスティアンが困ったような顔をしていても、特に気にしない。むしろ、なるほど遊び相手は恋人と呼ばないのか、と変な納得をして一人で頷いていた。それをクリスティアンが複雑な顔で見る。
別にセシルは恋人ではないので嫉妬などをする必要はないし、その遊び方をとやかく言うつもりもない。ただ、絶対に理解できない、というだけで。
とにかくお菓子がおいしかった。
「えぇっと……今日はありがとうございました。クリスティアン殿下。」
不本意ながら、ぷいっと横を向きそう言ったセシルを、クリスティアンはやっぱりにこにこと見ていた。
「どういたしまして。気に入ってもらえてよったよ。」
「……アム・リアーナわね。貴方のことではないわよ。きゃっ。」
また憎まれ口を利こうとしたのを防ごうという神様のいたずらか、ガタンと馬車が揺れた。
「大丈夫かい?」
クリスティアンが前のめりになって腕を伸ばしてセシルを支える。
「あ、ありがとう。」
そう言って、セシルはクリスティアンからぱっと離れた。
狭い馬車の中、向かいあって座っていると、膝がぶつかりそうだった。
今さらながらにこの状況を意識してしまい、セシルはうっすらと頬を染める。
「セシル?頬が赤いよ、疲れたかい?体調が悪いなら…」
「だ、大丈夫よ!」
照れているともばれたくないので、慌ててぶんぶんと首を横に振るが、クリスティアンがセシルの隣に移動して額に手を伸ばしてきた。
(貴方がそういうことするからよ!)
またしても赤くなっただろう頬を隠しながら、セシルは両手でクリスティアンを押し返す。
「やめて頂戴。わたくし──」
そのときうっかりと、クリスティアンの目を見てしまったのがいけなかった。
淡い優しげな青い瞳に、熱い炎のようななにかを見てしまった。それがいったい何なのか分からないほど、セシルは子供ではない。
「セシル……嫌わないで。」
縋るような、懇願するような声音でそう言われてしまえば、セシルはもう動けなかった。
(しっかりしなさい、セシル。こういう人の常套手段でしょう?騙されてはだめよ。)
セシルのなかの理性的な心は、そう言って彼女を引き留める。
しかし、感情的な心がずるずるとクリスティアンに引きずり出されて、あっけなくその主導権を彼に渡してしまったのだ。
結局、
「セシル…」
まるで恋人の名を呼ぶかのように自分の名前を呼んで、自分のことを抱きしめるのが初恋の人であったなら。
「…クリスティアンさま。」
うっかり名前を呼んでしまっても。
「セシル……目、閉じて。」
言うことに、従ってしまっても。
「クリスティアンさま……っ。」
誰も文句は言わないのではないかと、セシルは自分に言い聞かせる。
重なった唇が、妙に熱を持っていて。
重ねたびに、体中にその熱が広がっていって。
無意識に熱を追いかけて、自分の熱も分け与えて。
くたりと力の抜けたセシルをクリスティアンが大事そうに抱えなおしてもう一度深いキスを仕掛けるころには、セシルにはもう抵抗する気力も意思もなくなっていた。
ちゅっと音をたてて絡めていた舌が離されると、先ほどまでの情事の証とばかりに、唾液が糸を引く。
「なんで……」
ようやく思考の戻ってきたセシルは、涙で潤む目を閉じて呟いた。
貴方はわたくしのことが嫌いでしょう?
と。
それを聞いていたクリスティアンが、申し訳なさそうに、そしてとても愛おしそうにセシルを見ていたことを、彼女は知るよしもない。