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2、セシルの受難(2)

 

 社交界の「黒薔薇姫」ことセシルが舞踏会の会場へ足を踏み入れたとたん、大勢の人の視線がセシルに突き刺さった。

 煌びやかなシャンデリアの下、セシルの黒髪はつやつやと輝き、とろりとした質感のドレスはさらに光沢を増して美しい。


「よくきたな、ファドリック卿。何時ぶりだ?相変わらず美しいな。」


 と、セシルに砕けた口調で話し掛けてきたのは、金髪碧眼の麗しい青年。何を隠そう、この国の国王ジョシュアである。

 ジョシュアはセシルの手を取ると、挨拶がわりに手の甲にキスをした。


「あんまり女性と親しくし過ぎると、プリムローズ王妃に愛想を尽かされますわよ。」


「おいおい、挨拶もなしか?セシル。私は君をそんな子に育てた覚えはないぞ?」


 セシルはうっと声を詰まらせる。

 貴方に育てられた覚えなどない!、と思わず叫んでしまうところであった。危ない危ない、こんな奴でも国王だ。


「……お久しぶりでございます、陛下。そうですね、以前お会いしましたのは、婿候補として隣国の公爵子息とお見合いをさせられたときでしたわ。」


 嫌味と悪意だだ漏れで言葉を返しても、ジョシュアは怒るどころかにやにやと笑いだす。


「なんだ、男嫌いは健在か。昔はあんなにジョシュアお兄さま、クリスお兄さま、と私たちにくっついていたものだが。なぁ、クリスティアン?」


「えぇ、兄上。僕らの膝に上がってきて絵本を読んでとせがんできて、あの頃は可愛かったのに…」


 ……今は可愛くないというのか、おい。


 話を振られた王弟クリスティアンが、セシルの恥ずかしい過去を暴いた。


 これだから幼馴染みというやつは嫌いである。クリスティアンとは三歳、ジョシュアとは五歳が離れているわけで。セシルが王宮に出入りしていたとき、彼らはすでに大人へ一歩足を踏み入れた少年だったのだ。セシルより記憶もはっきりと残っているだろう。それに、彼らより年下のセシルには彼らの幼い頃など知りようがない。


「…圧倒的に不利な相手に卑怯ではありませんの?クリスティアン王弟殿下。」


 むぅっと唇を尖らせて、セシルはクリスティアンを睨んだ。

 この淡い金髪に薄青の瞳の、夢見る乙女が好みそうな甘い顔立ちの青年が、セシルは正直言うと嫌いである。


「あぁ、つれないね、セシル。もう僕のことをクリスお兄さまと呼んでくれないのかい?」


 猫なで声でそう言ってセシルの腰に腕を回してきたクリスティアンの手をはたき落として、セシルは踊るようにふわりと逃げる。


「触らないで下さいませ、この女の敵。わたくしが男嫌いになった一端は貴方にもあると思うのですが。」


 そう、この野郎…失礼、クリスティアン殿下は女性と見るととにかく口説く。それでいて愛を告白されれば手ひどくふるという、すべての女性の敵なのだ。

 ふん、と鼻で笑ってやるも、クリスティアンは余裕の笑みを浮かべたままで。


「それは申し訳なかったね。なんならそれ、治すのに協力してあげようか。」


 悪びれる様子もなくそう言うクリスティアンを、もはや王子として敬うこともないだろうとセシルは判断した。

 じっと睨み合いを続けるふたりが、端から見れば熱く見うめ合っている恋人同士にしか見えないのをクリスティアン……はどうか知らないが、セシルは全く気付かない。そしてしばらくその状態が続く。


「…ところでセシル。」


 だがここで空気を読まずに声をかけてくるあたり、さすがは国王さま、というべきか。

 ジョシュアがにこにこ笑いながら、セシルを見ている。嫌な予感がした。ジョシュアがこういう顔しているときは、たいてい悪知恵が働いているのである。


「…………何でしょうか?陛下。」


「ああ、君、今年で何歳になった?」


 さすがは国王陛下、洒落のセンスが一味違うらしい。


「おととい来やがれですわ。女性に年齢を聞くなんて、貴方、デリカシーないにもほどがありますわよ。」


「うん、まず君はどこでそんな言葉を覚えたのかな?……まぁいいや、セシル、今年で二十歳だね?」


「…仰せの通りでございます。」


 分かっているのならば聞くな。と言いたいが、さすがにやめておいた。


「そうだよな。二十歳か…プリムローズ!君、私と結婚したとき幾つだった?」


 くるりと振り返ったジョシュアは、王妃のプリムローズに声をかけた。

 プリムローズ妃が、ちょっと首をかしげて答える。


「確か……二十歳の年でしたわ。」


 読めてきた。ジョシュアが何に話を繋げたいのか見えて来たぞ。


「やはりな…セシル、君もそろそろ───」


「結婚ならお断りです。」


 皆まで言わせてなるものかと、セシルは言葉を重ねた。今までもジョシュアに結婚を薦められていた。お見合いをさせられたのも一度や二度ではない。だが、まだセシルは結婚などしたくはないのだ。いや、出来ないと思った。


 しかし、相手はあのジョシュアである。若くして国のすべてを動かす、国王陛下なのである。


「いや、今度ばかりは断れないだろう。いや、断らせないさ。」


 結局、ジョシュアのほうが一枚上手だったということだ。


「私の弟クリスティアンとファドリック女侯爵の婚約を、今ここに発表する!」


 良く透るジョシュアの声は、舞踏会の会場に響き渡り……


 



 セシル・ブラッドフィールド女侯爵と、王弟クリスティアン・クレイヴィンスの婚約が宣言されたのだった。



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