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鹿翅島‐しかばねじま‐  作者: 犬河内ねむ(旧:寝る犬)
ペパーミント世瓦(よがわら)の場合

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ペパーミント世瓦(よがわら)の場合

◇ホラー

◇コメディ

 山奥のロケバス。

 ディレクターに「他の出演者さんの空きまで、ちょっとここで待っていてください」と言われてから、すでに8時間が経過している。

 これはあれだ。売れない芸人が「待っていろ」と言われたときにどのくらい待てるのかと言うくだらないバラエティ番組のどっきりだろう。

 最初の2時間でそれは分かった。

 私は分かっていて、それでも待っている。

 それが私に求められている『笑い』だということを知っているからだ。


 数年前に一発ギャグがおかしな流行り方をして名は売れたが、もともと自分でも何が面白いのか分かっていないのだ。

 仕事があるだけでも良しとしよう。

 そもそも昨日見せられたマネージャの予定でも、明後日の(もう明日だが)夕方まで仕事が開けてあった。

 普段ならこまごましたガヤの仕事がぽつぽつと入っているのにだ。

 これは睡眠時間も含めて24時間くらいはネタとして使えると、暗に言われているのだろう。

 私も一応プロだ。求められた仕事はする。

 今日の夕方くらいまで粘り、ロケバスから降りて入り口に仕掛けられている大きな落とし穴に落ちて「なんかおかしいなと思ったんですよ~」とでも言えば私の仕事は終わりだ。

 何が面白いのかわからないが、今はそれがウケているのだ。


 私はただ待った。


 明け方、バスの外で「どさ」「どさ」と何度か音がした。

 何か獣の唸り声も聞こえる。

 私はどこかに仕掛けられているであろう隠しカメラに向かって、わざとらしくならない程度のリアクションを取り、それでも待った。


 12時間経過。


 もう朝の9時だ。

 さすがに空腹を覚える。

 棚にあったポテチを勝手に開け、無表情のままバリバリと食う。

 ペットボトルを開け、炭酸飲料をぐびぐびと飲む。もちろん無表情だ。

 すごい勢いで両方を空にすると、わたしはまた椅子に座って目を閉じた。

 何時間ロケをしようが、番組中での尺は決まっているのだ。ディレクターが取捨選別できるくらいの撮れ高を作れば、あとはどうせ使われない。

 そこはメリハリが必要だ。

 私をメインにするなら、ワンコーナーで長くても5分から10分くらいだろう。

 最初の説明シーン、ロケバスに乗り込むシーン、ウロウロしたシーン、物音に対するリアクション、飲み食いするシーン。

 あとは外に出て落とし穴に落ちるシーンを何方向かから映したものを流し、最後のコメント。

 これで十分だろう。

 ほんとうは夕方までねばろうと思っていたが、12時間と言う区切りも越えた。

 頭の中で撮れ高を計算して、私は起き上った。


 こんな何の生産性もない仕事はもう嫌だ。

 スタッフが『終わり』に気づくように「おっかしいなぁ~、遅いなぁ~」などと独り言をつぶやき、間をとる。


 まだ周囲を気にしている素振りを見せながら、私はロケバスのドアを開いた。


 ここだ。落とし穴に落ちるシーン。ここが見せ場だ。


 そう思ってちらりと足元を確認すると、ふさがっているはずの落とし穴はすでに落ちており、中ではスタッフらしき人たちが、数人もぞもぞとうごめいていた。

 今朝聞いた「ヴぁあァァあぁ……」と言う唸り声も彼らがあげている。


 これは……新しいパターンだ。


 どうリアクションするのが正解なのか。

 一瞬の躊躇の後、私はその丸見えの落とし穴に飛び込んだ。


「うわっ! なんだこれ?!」


 我ながらわざとらしい。

 スタッフが私の体をまさぐり、そのあとかみついた。


「うわっ! すみません。わざとらしかったですか?!」


「ヴぁアァあぁあ……」


「すみません、もうワンテイクお願いします! 絶対面白くしますから!」


 私の懇願も聞き入れず、スタッフは私をかじる。


「うわっ! 痛っ! ちょっと! ほんとに痛いですよ!」


 ついにスタッフが私の肩の肉を噛みちぎり、さすがにこれはおかしいと私は気づいた。


「ちょっと! おいっ! やめろっ!」


 なにを言ってもスタッフは唸り声を上げるばかりでやめる様子はない。

 私は体中を噛み千切られながら、このパターンは新しいけど、一体どんなリアクションが正解なんだろうといつまでも考えていた。


――ペパーミント世瓦よがわらの場合(完)

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