1話 浦野ハイツについて
今日からようやく新しい日常。『浦野ハイツ』という、1階3部屋ずつの2階建てで徒歩圏内にまあまあ色々なものがある。生活自体に不便はないだろう。約築30年……の割には、綺麗という印象を受けた。
僕はただの大学生、日暮朱留。新しく、浦野ハイツ【203】に暮らす。学校からは少し遠く、でも両親が借りてたから家賃は親持ち。だから値段は知らないし文句も言えない立場にある。
カンカンと鉄の階段を登る。不思議な話、すべての部屋に表札は出されていない。勿論、自分の部屋にも。……なんだろう。なんだか、モヤモヤとしていたが、わからないものだ。
「……意外と広いな。」
リビングが9帖。奥に洋室という僕の寝室は6帖と聞いている。一人暮らしには少し広い気もする。だが、不便は部屋に関しても無さそうだ。
しかし、ここに来て思うのもあれだが……一切人の出入り、物音もしないのが不思議だ。まぁ、日曜の昼間だし、と思ったその時。
がた、がたがたがた!!!!!!
な、何?!この音は……!?
がたがたがたがた!!!!がた!!
……上?上だ!!…冷静になれ、朱留。上は誰もいない。つか、部屋がないじゃないか。
しばらくすると、音は止んだ。どこにも人気は相変わらずない。そうか……。何も、ないか……。はぁ、とひとつため息をついて、夕方も更けたので、今日は外に晩御飯を買いに行くことにした。
翌日。今日は学校の日だ。少し駅から遠い。朝からバスだ。
「えーと、この時間はこのバス……これなら間に合うな。」
「おはようございます。見かけない顔ですねぇ。」
にこやかで優しそうな笑みの男性。大体50代前半というところか。
「あぁ、僕、ハイツの【203】に昨日越して来た者です。日暮朱留っていいます。」
「へぇ。そうかそうか。私は、【101】に住む、雨崎降織だよ。よろしくね。」
雨崎さんか……。感じがいい人だ。流石大人の男性。すごく気品が漂っている。
「雨崎さんは一人暮らしですか?」
「ん?いやいや。一応同居人はいるんだよ。こんな社畜じいさんと良く一緒に住むねぇ。」
おい、最近は凄いな。50代の人でも社畜という言葉を知ってるぞ。なんてのはどうでも良い。ふぅん、同居人ね。
朝からこの人とは妙に話が会う。そんな中で、バスが着いたので乗り込み、学校へ向かった。
はぁ、大学の講義にようやく着いた。遠かった……。両親は通学で僕を殺す気だ。
「よっ、寮から出てった朱留くん」
「殴るよ、ハルキ。」
茶化してくるのはハルキ。僕のゼミ仲間というのか、幼馴染み。小学校から大学まで同じなのだ。
「ジョーダンじゃん、朱留。ところで、新しい家はどーなんよ。」
「うん。それがね、【浦野ハイツ】って言って、表札とか無いんだよ。」
一瞬、ハルキが目を丸くした。
「なぁ、朱留。それって、【裏野ハイツ】じゃねぇの……?」
「は?」
よくわからない。こいつ、何言ってんだ?
「【203】の住人はコロコロ変わっていくって都市伝説、知らないのか?」
「え、あ、知らない」
僕の部屋じゃないか。
僕の家は両親が非科学的な事を基本的には信じない。だから、そんな噂も都市伝説なんかも知らない。
そっか~とハルキが言った。「ま、都市伝説だし気にすんなよ」と話した。いや、お前のせいで気になるわ。
もやもやした気持ちを抱えながら講義を受け、今日は午前中だけなので、終わり次第帰ることにした。
「しかし今日は疲れた。」
なんなのだろう。都市伝説が起こる割には住人は優しそうだ(1人しか会ってないけど…)。またハルキの脅しか何かだろう。
僕はハイツに着くと、なんだか嫌な予感がした気がして、名前の書いてある門を確認した。
【浦野ハイツ ○○町1-KI-564】
別に普通だ。裏野なんて。
「あら?何か御用かしら?」
「えっ。僕、最近越してきた【203】の日暮朱留です。あなたは……?」
明らかに住人で夫婦らしき2人。大体30代だろう。ここの住人だろうか?
「私たちは【103】に住む雲ノ揺。こちらは、私の旦那の昂さん。」
「…よろしくね、朱留くん。」
「はい。よろしくお願いします。」
ごくごく普通の夫婦。旦那さんも無口でも良さそうな人だし安心した。
それでは、と別れ、それぞれの部屋に向かっていった。
「なんとなくわかってきたな……」
この家にもなんだか馴染めるようなきがした。気、だけだ。
こんこん、こんこん
…?今は夜7時前だ。こんな時間に誰だろう。
「はい?」
「こんばんは。私【201】の夜更クラヤといいます。最近若い子が越してきたと聞いてね。どんな子かと見に来たんだよぉ。よかったら、鯖の煮付け、作り過ぎたから、食べておくれ。」
大体70代のおばあさん。夜更さんは綺麗な土鍋に入った美味しそうないい香りの鯖の煮付けをくれた。味付けは味噌だろうか?僕も釣られて礼と名前を名乗った。
「朱留くんも大変だねぇ。大学生で一人暮らし…。」
夜更さんはにこっと笑って話してくれる。どうも彼女はここの暮らしが長いらしい。かれこれ20年になるとか。
「まぁ、こんな料理しか出来ない婆さんだけど、よかったらまた晩御飯食べにおいでね。」
「ありがとうございます。僕、料理苦手なので助かります……はは。 」
さて、というと、夜更さんは手を振って僕の部屋を後にしていった。
部屋に入り、再度土鍋を温める。あぁ、美味しそうだ。これは白ご飯と大層会うだろう。
「おかずがある夕食なんていつぶりだ……」
僕は寮生活を辞めてから白ご飯かコンビニ弁当しか食べていないのでこの様な手作りのご飯はとてもありがたかった。
温かい晩御飯が身に染みた。……ここでなんとなくやっていける。僕はそう確信した、が、この【ハイツ】には、これからまだまだ不思議が隠されていようとも知らず、僕は生活を始めるのだ。