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オサ

翌朝。

決して気持ちのいい朝とはいえないけれど、いつものように僕はぎこちない動きで起き上がる。

昨日作るのが面倒と言った朝食は、今朝になっても作るのが面倒でチーズを適当に口に放り込んで済ませた。

何時になっても、朝に弱いのは変わりないなあと思ったけれど、よく考えたら毎晩の徘徊癖のせいだった。

まあ、あれも正確には徘徊癖ではないんだけれど……。


朝特有の回転の遅い頭でそんなことを考えながら、出かける準備をする。

とはいっても、機能性の優れた仕事先に支給された仕事服を着てしまえば準備は完了だ。

もう一つ携帯を義務付けられているものはあるけれど、それは引き出しの奥深くに仕舞い込んである。

どうせ、使うことも早々無いものだ。

もって行かなかったところで文句を言われることもないだろう。


扉を開けると昨夜は見た空とは別の形をしたものが真上に広がっていた。

天井。

上から蓋をするかのような無機質な物体が上を塞いでいた。

昨日見上げた空はこうやって見上げるとただの錯覚でなんとなく物悲しさのようなものを覚える。

きっと、そんなものは『上』の奴らには関係の無いことなのだろうけれど。

得もいえぬやるせなさにため息を漏らしながら、僕は仕事先に足を向けた。



町の中心のほうに向かうように歩くと、少したってから他の家よりも少し大きめな建物が見えてきた。

建物の前に立っている門を開き、傍にボーっとした様子で立っている同僚たちに声をかける。


「お疲れ、変わるよ」


「……ああ、後はよろしく」


そんな言葉を交し合っていつものように門番の役目を変わろうとすると、


「ハグルマ」


と声がかかった。

その声に後ろを振り向くと年の頃12、3歳頃の男の子が立っていた。

美しい金髪に宝石のような青い瞳を持つその子にやあ、と挨拶をする。


「こうやって話すのは久しぶりだね、カイ」


「うん」


言葉少なに肯定したカイは、僕の手をとり歩き出した。

その様子を見て、のろのろと元の位置に戻る同僚にすまない、と声をかけカイと並ぶように歩き出した。






屋敷の中に入り、しばらく歩くと一つの扉の前でカイは立ち止まった。

扉にかけられたプレートには『寝室』の文字。

そこはかとない嫌な予感を感じながらカイを止めようとしたけれど、時すでに遅し、カイは扉をノックし、返事を聞く間もおかず部屋の扉を開いた。

途端、汗と甘い香りが混じった匂いが漂ってきて思わず眉をしかめる。

部屋の中には寝室の名に違わずベッドが置いてあり、その周りに何に使うんだと聞きたくなるような怪しげな器具がずらりと並んでいた。


「ああ、来たか」


声の主はベッドに腰掛けていた。

鋭い目つきに引き締まった筋肉。

何故か上半身は裸のままで、少し汗ばんだ様子だった。


――おさ

他の人間からそう呼ばれている人物。

文字通り、この街を取り仕切る人物の一人であり、僕の雇い主だ。


「ほら、そんなところに立っていないでこっちにきて座れ。このままでは流石に話しにくいだろう?」


「いえ、遠慮しておきますよ。流石に雇い主と同じ場所に座るのはまずいでしょう」


僕が来るまで何をしていたのかベッドの上に荒い息で寝転んでいる見覚えのある少年を勤めて視界に入れないようにしながら、僕は答えた。


「ふん、言われてみればそれもそうか。……しかし、相変わらずきれいな肌だな。傷一つ無い。それに、美しい髪だ」


そう言って、こちらに笑みを向けてくる雇い主に僕も笑みを返す。

……おそらく口の端が引きつっているだろうが。


「ご冗談を。それに、肌はともかく髪は美しいとはとてもいえないかと」


「そんなことはないさ。黒に白が混じった髪……ぜひとも触ってみたいものだ」


「それも遠慮しておきますよ……。さて、できればここに呼ばれた理由をお聞かせ願いたいのですが」


同僚も待っていることでしょうし、と言うと彼も諦めたのか笑みを少し薄れさせた。


「それもそうだな……。まあ、大したことではないのだがな。……ハグルマ、あれは持っているか?」


「ああ、家に忘れてきました。どうせ使うことも無いでしょうし」


引き出しの中に突っ込んだままのナイフを思い出す。

柄に星を描いたような紋章が刻まれたそれは、この雇い主に仕事服と一緒に渡されたものだった。

最も、携帯を義務付けられたものを忘れるほど愉快な脳みそはしていないので、忘れたのではなく故意に忘れてきたのだけれど。


しかし、僕の不真面目な発言を聞いた長は、一度は薄れさせた笑みを再び濃くしながら本当か?、と問いかけてきた。


「……どういう意味です?」


「いやなに、ちょっとした確認さ……。ハグルマ、最近この街で起きている連続殺人事件の話は聞いているか?」


「ええ、噂程度なら」


「その殺人事件の容疑者にお前の名が挙がっている、知らないとは言わせないぞ?」


「……やれやれ」


両手を挙げ、首を振る。


「よくご存知ですね……。調べたんですか?」


「まあな。こんな街で連続殺人事件なんてことが起きるなんて普通じゃあない。ここはそういう街ではない(・・・・・・・・・)。そうだろう?」


「……ええ」


その通りですね、と呟く。


そう、この街でこんな事件が起きることが異常なのだ。

ここは、人間として何もかもが希薄になった人間だったものたちが集まる場所。

『怠惰』と呼ばれるこの街で他人を何人も殺すような執着心を持つ人間なんているはずが無い。

それは、純然たる事実で論理も議論も必要の無い決まりきったことだった。

人間が息を吸わなくては生きていけないように、生きているものがいつかは死ぬように。

だが、その決まりきったことが覆されるような出来事が起こってしまった。


「なあ、ハグルマ。お前は本当にあのナイフを持っていないのか?いや、別に今持っていなくとも構わない。だが、例えば夜に持ち歩いて人を解体(バラ)したりしちゃいないか?」


変わらず笑みを浮かべたままそんなことを聞いてくる彼。

だが、当然ながらその笑みは作られたものだ。

きっと皮一枚はがせば……別の感情が渦を巻いているのだろう。


「ええ、僕はそのようなことはしていないですよ、長。それにそこまで調べたのなら僕がやれるはずも無いと言うことを、自警団が判断していることも知っているのでしょう?」


「ああ、知っているさ。……ヒツギ、と言ったか?あの事件を積極的に調べている奴の名は。あいつから、大体のことは聞いたさ」


なんとも気に食わない奴だったがな、と微妙な表情を作る長。


「そもそも今回の事件といい、自警団の奴らといい最近この街はおかしなことになってやがる……。ここは、あんな誠実そうな奴がいていい場所じゃあないはずだぞ……」


「同感ですね、彼はあまりにもここに似合わない」


誠実すぎて逆に不恰好だ。

彼のように回りの人間のために頑張っている、というような人間が着ていい場所ではないのだ。

ここはいわば、ゴミ捨て場のような場所なのだから。


「まあ、奴のことは置いておくとして、だ……。少なくとも、この事件お前がなにかしらの情報を持っていると俺は踏んでいる」


「何故でしょうか?僕はたまたまその事件の場所を通りすがるだけの一般人のつもりですが」


僕がそういうと、彼はベッドから立ち上がりこちらに近づいてきた。


「……俺がお前と初めて出会ったとき、お前はまるで血の海で泳いだみたいに全身血まみれだった。あの時は、暗くてよく見えなかったが、今思い返してみると……」


僕の目を見つめ、彼は言う。


「お前の横に落ちていた棒のようなもの。それが、お前と同じようにどす黒い赤に染まっていたような気がしてな……。まるで、血でできたみたいな、な。……血でできた物体。どこかで聞いた話じゃあないか?なあ、ハグルマ?」


「…………」


わずかに体を硬くし、しかし、動揺を悟られぬよう彼の目を見つめ返し、僕は言葉を返す。


「確かに、血でできた武器というのは最近よく聞く話ですね」


「ああ、そうだな……」


目をそらさず長が更に顔を近づけてくる。




「……知っていることを話せ、ハグルマ」




その言葉に。

僕は少しだけ目を瞑ってからこう答えた。


「――僕は、犯人ではありません」


そう言って、一歩下がる。

いつの間にか、彼との距離はこぶし一個分の距離まで狭まっていた。


「あの事件について、知っていることは確かにありますが、それも自警団の……ヒツギさんの知っていることの中に含まれることでしょう。僕から改めて説明できるようなことは、何一つありませんよ」


「…………そうか」


呟き、彼はベッドに再び腰掛ける。


「いや、正直お前が人を殺そうが何をしようが、どうだっていんだ」


「今までのやり取りを無に帰すような言い草ですね」


「ただ」


と、彼は僕に鋭い目つきを向ける。


「それが俺の与えたものによって引き起こされたなら話は別だ。……俺に害が降りかかってくる事態になった場合、俺はお前をためらい無く切り捨てる。……それだけは覚えておけ」


「……ええ、肝に銘じておきますよ」


「それならいい……。ところで」


張り詰めた空気を緩めるようにだらしない笑みを浮かべた彼はこう言った。



「仕事なんてほっといて、俺とイイコトしないか?」


「…………」


訪れる沈黙。

部屋の隅で、カイがため息を漏らした。


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