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ハグルマ

足を踏み出した瞬間に拘束された。

腕も、足もそれどころか眼球を動かすこともできずしたがって視線をどこぞへ彷徨わせることもできない。

体を動かそうとする意思はあるのに、体全体から動くべき箇所がすべてなくなってしまったかのような、そんな感覚。

はっきり言ってしまえば、今の僕はその辺に立っている邪魔くさい像となんら代わりが無い。

ただ、一点だけこうして思考だけはできるという点だけが違うが、周りからしてみれば他人の脳の動きなんて見ることはないし、関係の無いことだろう。

自分でも考えごとをしている自分の脳の動きなんて見ることはできないだろうけれど。


さて、そんなことよりも自分の肉体が僕に反抗して動くことを勝手にやめたということも無いだろうし、そろそろ僕の体がこんなことになった原因を探らなくてはならない頃合だろう。

とはいえ、生憎と僕は人の体を勝手に動かしたり、止めたりすることのできる冒涜的な奴を少なくとも二人知っているし、また、この状況でこんなことをやってくる奴は僕の知り合いには一人しかいない。

そして、今のところ僕がこれ以上の危害に会うこともきっとないだろう。

最も、体の脳みそ以外の感覚をすべてのっとられる以上の危害といったら後は殺されるとか拷問されるとかしか僕の貧相な脳みそでは思いつかないのだけれど。

そんなわけで、これ以上は考えても仕方ないかと体の操作権を取り戻そうとすることもなく、ボーッっと目の前を見ていると


「――また貴様か。ハグルマ」


あきれたようなため息とともに、フードをかぶった男性が目の前に現れた。

こんな夜更けに灰色のフードをかぶっているというだけでも十分に怪しいが、そんなフードから時たま見える悪趣味な眼帯がさらに怪しさを増しているという、なんというか善良な市民であったならば即座に然るべきところへ通報されそうなそんな格好の男性。

だが、非常に残念なことに僕の知り合いであり、ここ数年でこうして捕まることの多くなった人物だ。

まあ、最近会うごとに拘束されることが多くなっただけで別に悪感情を抱いているわけでもないので、ごく普通にやあ、心地のよいいい夜ですね、と声をかけようとしたら拘束されているせいで声が出なかった。

とはいえ、僕が口やら舌やらを動かそうとしたことが向こうにも伝わったのか、彼は渋い顔をしながら手を一振りした。

たったそれだけのことで僕の体は自由を取り戻したのだが、すっかり油断していた僕は体に力を入れていなかったため、変に体を動かしその場で見事にすっ転んだ。


「いてて……解くなら一声かけてくださいよ、ヒツギさん……」


「非常に遺憾なことではあるが、いつものことだろうハグルマ。体に力も入れずに呆けていた貴様が悪い」


そう言いながらも、こちらに手を差し伸べてくれるヒツギさん。

主に怪しげなフードと厳つい眼帯のせいで誤解されやすいのだが、これで彼は割りと親切なのだ。


「……で、これはどういうことだ?ハグルマ」


こちらの手をつかんだまま僕の体を反転させ、彼に背を向けるような形にしてから彼はそう僕に問いかけた。


「どういうことも何も、いつもどおりのお決まりのパターンですよヒツギさん……。明日の朝食を作るのが面倒で明日が来ないといいなあ、なんて思いながらベッドに潜り込んで、ふと目がさめたと思ったら見知らぬ場所でこんな状況ですよ」


いたって変わりようの無いいつもの状況です、と言うと彼は額に手をやり深く嘆息した。


「全く、こんなことに巻き込まれる私の身にもなってほしいのだがな」


「それを言うならそれこそ僕が言いたいですよ。何だって僕みたいな一般人がこんな珍妙な出来事に見舞われなければならないのか……」


「その割には落ち着いているようだが?」


「もうこんなことも両手の指じゃ数え切れないほどでしょう……。いい加減に慣れてきてしまいますよ」


斜め上に見える亡骸を何とはなしに見ながら彼とそんなことを言い合う。

きっと彼も視線は僕と同じ方向に向けているのだろう。

時折、後ろからふむ、なんていう声が聞こえいた。

というか、この人、僕の話を聞いているのだろうか。

まあ、このやりとりももはやいつものことと言ってもいいぐらいのことなので、まじめに聞かないのも仕方ないと言えば仕方ないのだろうけれど。


「それにしても、少しは対策を考えたらどうだ。目下、この連続殺人事件の容疑は貴様にかかっているのだぞ」


「そりゃあ、僕だって少しは考えますよ……ほら」


そう言って、左手の手首を見せる。

そこには、何かで手首を縛ったような痕が残っていた。


「寝る前にそこらへんで売っている縄で、手首やらを物に括り付けて寝てみたんです。寝返りもうてなくて、中々快適とはいえないですけれど、まあ、最近は何故だが拘束される機会も多いのでそこまで支障をきたすと言うことも無く」


「貴様も迷惑だろうとは思うが、私もこれで仕事なのでな」


「ああ、そこらへんは僕も把握してますし、謝らないでください。僕もいい加減にこの状況を何とかしないといけないとは思っているので」


「少なくとも、縄で自分の体を縛る程度の危機感は持っている、というわけか。しかし……」


「ええ、こうしてない頭を絞って考えた策も健闘空しく、といったところです。家に帰ればわかると思いますが、引きちぎるか何かしたのでしょう。微妙に違和感がありますし」


「四六時中壊れた機械のように歩く貴様を見ているとそんな違和感も今更のように見えるが……。しかし、貴様のその体質も難儀なものだな」


「ええ……」


数年前から起きるようになった僕の徘徊癖。

基本的に意識がなくなっているときに起きていることから、いわゆる夢遊病の一種なのだろうけれど、これの難点は何故かこうした殺害現場なんかに向かってしまうことだ。

意識が戻ったら目の前に死体が……なんてことがざらにどころか毎回ある。

それにしたって、この街は比較的治安のいい街でそんな殺害事件はそうそう起こるはずも無いのだが、運の悪いことに最近この街では連続殺人事件が起きていた。

どうにも、この事件は捜査が難航しているらしく、犯人の目星が全くと言っていいほど付かない中で、毎回殺害現場にいる僕に疑いがかかるのは至って当然のことだった。


「にしても、よく留置所にぶち込まれてないですね、僕……。僕だったらこんな怪しい奴即座にとっ捕まえて放り込んじゃいますけど」


「私としてもそれができればいいのだが、そういうわけにもいかないのでな。貴様がここにいるのに、貴様がやっていないという証拠が出てしまっては私にはどうすることもできん」


イライラとした様子でフードの上から髪をかき回すヒツギさん。

彼の言うとおり、僕は毎回事件現場にいることでこれ以上無い疑いの目をかけられているにもかかわらず、これ以上無い殺人を犯していないという証拠を得てしまっている。

その証拠とは、凶器のことだ。

一連の犯行で用いられている凶器は刃物だったり、鈍器だったりとばらばらだが、共通点としてすべて血で作られているということが挙げられた。

当然、普通の方法で血の武器など作れるわけも無く、だからこの事件を調査した面々はこれを『異能』の力で作られたものだと推測した。


『異能』とは、まあ、いわゆる魔法のようなもので、しっくり来なければ異能力、とかあるいは超能力と捉えてもかまわない。

つまるところ、それは摩訶不思議な理論やら何やらで説明の付かない意味不明な能力と言うことだ。

例えば、先ほどのヒツギさん。

僕の体を何の抵抗もできないようにさせたあれも一種の『異能』だ。

彼がどういう異能をどういった風に使えばあんな結果を引き起こせるのかは僕には皆目見当もつかないけれど、それでもあれが『異能』だと言うのはわかる。

まあ、そう言った『異能』と呼ばれるものだけれど、最初ヒツギさんに怪しい奴だとしょっ引かれたときに妙な機械に体を撫で回された記憶がある。

いきなり服を脱がされて、体中に機械を這わせられたのだから今思い出してもぞっとしない話だけれど、おそらくそのときに僕の『異能』がどのようなものなのかを調べられたのだろう。

さすがに、どのタイミングでどのようなことを調べられたのかをヒツギさんは教えてくれなかったけれど、ヒツギさんのいる組織は、僕の『異能』が血で武器をつくると言う現象を引き起こせるものではないと判断したらしい。

それゆえの、証拠。

勿論、僕は自分の異能がどんなものかを知っているし、その異能をどういう風にいじくっても血で武器を作る、なんてことができないものだと言うことも十分知っている。

だから、僕は少なくともこの事件の犯人ではないことは確かだ。


「とはいえ、貴様にも共犯者であるという疑いはまだあるわけだからな……。或いは、犯人を知っていてこの場から逃している、という線も……」


「僕の異能でどうやって逃がすことができるって言うんですかヒツギさん……。僕の異能は今になってはもう何の役にも立たない異能ですよ」


そういって苦い笑みを浮かべると、ヒツギさんは少し困ったように頬をかいた。


「そう言われてもな……。私はその言葉に軽々に答えを返せる立場ではない」


「ああ、一応守秘義務みたいなのがあるんでしたっけ」


それが、僕自身の個人情報にかかわることだからなのか、それともあの妙な機械の性能についてのことかはわからないけれど、どちらにしても今の言葉は口に出すには少しばかり迂闊だったかもしれない。


「すみません、ヒツギさん。困らせるつもりではなかったんですが……」


「ああ、いや気にするな。そもそも私が貴様のことを疑うようなことを言ったのが発端でもあったからな」


そう言って、ヒツギさんは死体の下まで歩み寄った。


「当然のことだが、夜ももう相当に更けてきている。貴様も明日に支障が出ぬように早めに帰れ」


パン、と乾いた音が響いた。

銃声か何かと身構えたが、そんなことはないようでヒツギさんが手を打ち合わせた音だった。

途端に、あらゆるところを突き刺されていた遺体が、それらから逃れるように宙に浮く。

少しばかりバランスをとるように、右に左に揺れる人だったものを一瞥し、


「では、お言葉に甘えて失礼しますね」


その場で礼をして、今度こそ足を踏み出した。


……こんな時間になったことの原因の一因はヒツギさんにもある気がするけれど。


『ケッ、相変わらずいけ好かないヤローだぜ』


こいつが暴れなければそもそもこんなことにはならなかったのだからそれを言うのはきっと酷な話なのだろう。


……やれやれ。


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