決意と運命
ギーナスの居室を出て、今度はシルビアの部屋へと向かう一行。
「で? 君は決心がついたの?」
シルビアの部屋のソファに腰掛けるや否や、問いかけたのはクロだ。彼女もまた、ギーナスとの会話の中で、何かを感じていたようだった。
「……まだ、はっきりとはしませんけど……。運命というものが存在するのなら、私はそれを受け入れなければならないのですね」
「ああ、運命って奴からは逃げられないからな。俺とは違うっていう意味、分かっただろ?」
と、これはアル。
「ええ。……私は王家に生まれ、そして翼とのシンクロ率も十分にあります。身体にメスを入れるのはまだ怖いですけど……、私、運命に従いますわ」
強い口調、決意を込めた瞳で、シルビア。
「そうか。それは良かった」
「メスを入れるったって、痛くもなんともないし、傷跡なんかは全く残らないから安心しなよ。人格が変わるわけでもないしね」
手術に対しては、まだ不安が残る様子のシルビアを、クロとアルが励ます。
「それで……お願いがあるのですが……」
「何だい?」
「あの……その手術、職長さんのところでやっていただけないでしょうか?」
「え? 王宮の研究室じゃなくて?」
「ええ。正直、あの研究室には知った顔がほとんどいないのです。だけど、皆さんでしたら、とても信用できますし。どうでしょうか?」
「それは、お父上である王様に直接断った方がいいと思うよ。僕たちは大歓迎だけどね。ね、皆?」
「そりゃあもちろんっスよ! 大歓迎!」
「責任重大な仕事になりそうだな」
「翼を移植するなんて初めてだから、緊張しちゃうけど」
と、それぞれすでに歓迎ムード。あとは国王に上申してみるだけだ。
「ありがとうございます、皆さん!」
しばらくシルビアの自室で話し込んでいたのだが、王には早いうちに知らせたほうがいいという結論のもと、なぜかクロやアルたちまで謁見することになってしまったのだった。依頼を受けた本人たちなのだから、当然のことなのだろうか。
「俺会うの嫌だな……」
正直なことを言うのはアルだ。自分自身はうっすらとしか覚えていないのだが、彼の実の父親なのだ。彼を追放するのを何とか阻止しようと尽力したのだが、結局アルの追放を認めざるを得なくなった、父親。
『王族らしくなく振舞っていればいい』と、事情を知っている工房の皆に背中を押され、渋々ながら一緒に行くことを決めた。
クロが以前に研究の成果の報告などで会ったことがある以外、他のメンバーは王に謁見するのは初めてだ。にわかに緊張し出していた。
「大丈夫か? レイン、ラム」
クロ以外では一人だけ、落ち着き払ったホクシーが、他の二人を心配する。
「大丈夫なワケないっスよ! 俺初めてなんスからね! もうめっちゃ緊張しちゃって……」
「私もー…鼻がむずむずしますー……」
二人とも、どうにも落ち着かない雰囲気だ。
「大丈夫ですわ、皆さん。私がことのいきさつを説明しますので、相槌だけ打っていて頂ければ」
くすりと笑いながら、シルビア。
やがてそろって謁見の間へ到着した。そこには、真っ赤な絨毯が玉座に向かって敷かれ、国王がその椅子に腰掛けていた。王妃は何年か前に他界している。王の隣は空席だった。
近衛兵に案内されるがまま、六人は謁見の間に入る。
「ただ今戻りました、父上」
恭しく頭を下げ、穏やかな、王女らしい振る舞いで王に報告するシルビア。
「うむ。先ほど衛兵から報告を受けたところだよ……無事で何よりだ。で、その後ろの者たちは?」
シルビアの後ろにずらりと並んだ工房のスタッフを、当然のことながら気にかける王。
「はい、町で私の命を助けて下さった方々です。有限動力工房という名の工房の職人さんたちですわ。戻ってくるときも、いろいろとお世話をしていただきました」
「ほう……有限動力工房といえば、クロムウェル・サース殿が職長をしておられる工房だな? 道理で」
ここで、クロに話が回ってきた。
「これは御挨拶が遅れまして申し訳ございません。訳あって、王女様を一晩、ご無礼かとは存じましたが、お預かりさせて頂きました」
「いやいや、無事にいてくれたのならばそれで結構。よくぞ連れ戻してくれた、サース殿。貴方の所で匿って貰えただけで、安心した。……シルビアの脱走の原因は分かっていたつもりだったのだがな……」
「……申し訳ありません……。でも、この方々のお陰で、ようやく決心が着きましたわ。人は運命には逆らえない。これから先を変えることが出来ても、生まれ持った運命と共に生きることの大切さを、教えて頂きました」
凛として、胸を張り、王の前に宣言する。
「私、王族としてのしきたりに従います」
「おお、そうか! ようやくその気になってくれたか! では早速手配を!」
「あ! お待ち下さい、父上!」
すぐにでも手術が出来る準備が整っていたのだろう。すぐに手配されてしまう前に、シルビアが最後の一言を付け加える。
「なんじゃな?」
「あの……まことに勝手な願い出だとは思いますけれども……こちらの工房の皆さんにお手伝いを願いたいのです」
と、後ろに控える工房スタッフにちらりと視線を送る。
少し悩んでいた様子だったが、クロは王にも面識があるし、王自身、クロを信頼している。少しだけ考えた末、王はこう結論を出した。
「ふむ……よし分かった! 移植する予定の翼は、後日届けることにして、そちらの準備ができ次第、始めてもらおう。それから、下町の暮らしにあまり慣れてしまってもいかんので、手術が終わったらすみやかに王宮に帰ってくること。これが条件だ」
なかなかに懐の大きい王である。普通ならば、自分の可愛い娘を下町の工房に預けたりはしないのだが……。今回、彼女を連れ戻し、ギーナスの一件を暴いたことが評価されたのだろう。そして、面識も信頼もあるクロの存在が大きい。
ギーナスのことは、ごくごく簡単に、シルビアの方から説明してあった。最初こそかなりのショックを受けていてようだが、改心したことを知ると、心の広い王は、そのまま王室研究室に留まることを許してくれた。
「ありがとうございます。お父さま」
「まあ、随分と世話になったようだし、友達もできて良かったと思っているよ、シルビア。話というのはそのことかな?」
「はい。王宮に戻ったことを直接お伝えしたかったものですから」
「そうか。これからは、身分を隠し、護衛をつければ王宮から出ることも許そうではないか。町に出て学ぶべきことは多い。今のうちに、庶民の暮らしぶりを見ておくことも、時期女王になった時に役に立つだろう」
寛大な国王である。脱走という形を取られるよりは、正式な訪問という形を取った方が、皆に示しがつくということでもあるらしいが。
「ところで、そこの金髪の青年よ」
突然、アルに話の矛先が向いた。
「ああ、皆の者は下がってもよいぞ。ご苦労であった。あとで褒美を取らせよう」
「ありがとうございます、国王」
クロが対応し、アルを残した五人が謁見の間を辞して出て行った。
「もう少し近くへ」
「は、はい……」
おずおずと前へ進むアル。最初からずっと、王の目を見ずにやり過ごしていたのだが、二人きりになってしまうとそうもいかない。
真っ直ぐな王の目に、アルが映っている。
「アルヴィンス、元気でやっているようだな」
「はい、お陰さまで」
「今は何をしているのだ?」
「先ほどの工房で、用心棒を務めています」
できる限り言葉を選んで、失礼のないようにしているつもりが、普段使い慣れない言葉のためか、少しぎこちなく答える。
「昔、シンクロ率がなかったお前を追放したのは他でもない、この私だ。さぞかし恨んでいることだろう。申し訳なく思っている」
深々と頭を下げ、国王。
「い、いえとんでもないことでございます、顔を上げて下さい。俺……僕は今の生活がとても気に入っているんです。職長からは目が離せないし、他のスタッフたちの護衛も、今ではすっかり馴染んでいますので、逆に追放されて良かった、といえば聞こえが悪いでしょうが……」
「そうか……元気そうで……楽しそうで何よりだ。今の生活が馴染んでいるということは、すでに王室に戻る気はないようだな?」
「ええ。五体満足のこの身体で、翼を持てない以上、王室に恥をかかせるわけにはいかないでしょうから」
苦笑しながらアルが答える。今王室への出入りが許可され、年齢的に第一王位継承者となっても、やはり窮屈なだけ。アルには、今のような気楽な生活が身に染みて着いている。王家に戻ることは、端から頭にはないようだ。
「そうか。ならば今までどおり、工房の用心棒として役割を全うしてくれ。いつでも戻ってくるがいい。……いや、引き止めて悪かったな。下がってよいぞ」
「はい」
アルが立ち上がろうとした時、王が再びアルに声を掛けた。
「シルビアのことはどうだ?」
「可愛らしくなりましたね。俺に似なくて良かったですよ」
「ははは……そうか……シルビアはお前が追放された時はまだ幼く、お前のことは修道院で病死と知らされたのでな……」
「いや、実際のところは詳しく知らない方が良いと思います。……混乱させてしまうでしょ」
「……そうだな……シルビアを頼んだぞ」
「はい」
こうして、アルも辞して謁見の間を後にし、再びシルビアの自室へ戻る。国王は、何やら満足気に顎を撫で、しばらく玉座に座っていたが、やがて謁見の間から姿を消した。
その様子を、陰で見ているものがいたことに、国王は気付いていなかった。
「良かったっスね、シルビアさん、ウチで手術できることになって」
王宮から工房までの道すがら、無邪気に喜ぶのはレインだ。まだ王女の格好のままなのに、言葉遣いが以前と変わらない。しかしシルビアは、その無垢な笑顔に嬉しそうに笑っている。
「こらレイン。シルビア王女様だろう。無礼じゃないか」
と、たしなめるようにいうのはホクシーだ。今までと違って、一線引くように、彼女の後ろを歩いている。
「いいのです皆さん。私、今までみたいな下町の雰囲気も大好きですもの。王宮の外にいる間はシルビアと呼んで下さい」
「ははっ、そうだね。こんな経験滅多に出来ないもんね。王宮に戻るまでは、皆今までどおりにするように!」
『了解っ!』
ふざけたような、真面目なような……クロも、無邪気な笑顔のまま。
王宮から工房までの帰り道。六人は代わるがわるに他愛のない話で笑い合いながら、賑やかな帰路についていた。
時刻は丁度夕暮れ時。鮮やかな夕日が美しい景色を生み出す時間。街並みが、オレンジ色に輝く。沈みかけた太陽が、六人の影を長く長く映し出す。いつもの工房であってそうではないような、非日常的な一日の終わりだ。
「あ、そういえば職長」
「何? アル」
「工房にいるロンとシャルですけど、夕飯、作ってくれてると思います?」
不意に日常に戻ったアルが、どうやら今一番気になることであるらしい。ロンやシャル、それからシルビア以外のメンバーは、これから自宅に戻るのだが、クロとアルはあの工房が自宅だ。日常に戻った時、まず気になるのが、アルにとっては食事だったらしい。
「いいや、作ってないね。僕はアルのご飯が食べたい」
「了解です」
優しく微笑んで、アルが答える。
「皆もどう? たまには皆で夕食にしようよ」
クロが並んで歩くメンバーに声をかける。当然のことながら、全員が賛成。賑やかな夕食になりそうだった。
「じゃあお前ら、足りない分の材料買ってきてくれよ?」
と、真面目なことを言ったのはもちろんアル。『お前ら』と言ってはいるが、目はしっかりとレインを捉えていた。今朝シルビアと買い物に出た時には、当然三人分しか買い込んでいないのだ。八人分には到底足りない。
王宮からの緩やかな下り坂。その周囲には貴族階級の立派な屋敷が立ち並ぶ。その高級住宅街を抜けると、商店街だ。工房は、その先の住宅街との間にある。途中、レインとラムが買い出しに抜けると、四人はだんだんと歩き慣れた道に辿り着いた。
小さな金物屋や雑貨屋に囲まれて、その工房がある。先に着いた四人は、二人っきりで留守番を任されていたロンとシャルから熱烈歓迎を受けることになる。
『ああああっ! 職長! ご無事でしたかっ?』
声をそろえて留守番組の二人。今にも抱きつかんばかりの勢いだ。
「あはは……ごめんね、心配かけて。皆が助けに来てくれたから大丈夫だよ、ありがとう」
「よかったぁ……」
「ん? あとの二人はどうしたのだ?」
「ああ、レインとラムは食材の買い出し。今日は皆で夕食会だ」
工房に着くや否や、アルは慣れた手つきでエプロンを装備、早速調理開始。さすが、毎日のことだけあって、家事一般のことが身に染み付いている完璧な手早さだ。
シルビアは、昨日の一件があったので、今回は待機に徹しているようだ。大人しく、だがなぜか嬉しそうにアルの様子を眺めていた。クロはというと、溜め息をついてキッチンにやって来た。
「どうかしましたか? 職長さん」
「うん……僕の部屋の天井……そういえば穴が開いてたんだよね……しばらくは雨降りそうもないけど……」
その言葉が耳に入ったアルは、調理をする手を休めずにクロに向かって言う。
「ああ、そのことでしたら、応急処置くらいなら何とかなるんで、夕飯食ったら俺がやっときますよ。持ち出された資料も、数日のうちに送られてくるんでしょ?」
「ま、そうだけどね。でもなんか……ああいう部屋に一人でいるのって、なんか嫌なんだよね……ねえアル、今晩アルの部屋に泊めてよ」
「そりゃ、かまわないですけど」
「良かった。……心細いのなんて、ホントもうヤダ……」
最後の呟きは、そこにいるシルビアやアルに届いたかどうか。
「たっだいまーっ!」
「ただ今戻りましたー…」
と、さほどの時間を置かずに、買い出し組の二人が帰ってきた。それぞれ両手に抱えきれないほどの紙袋を抱え、レインなんぞすでに、空腹も混じったのかフラフラしていた。
料理はほとんどアルが担当する。その手際の良さには誰もついていけないほどに、彼の腕前は専業主婦も顔負けだ。いつもならクロと自分との二人分を作るだけなのだが、今回は工房のスタッフとゲストがいる。いつもの倍以上の料理の量だが、周りの賑やかさがそれを忘れさせてくれていたようだ。気が付けば、かなり豪華な料理がテーブルに並んでいた。
今日はいつものダイニングキッチンでではなく、全員が集まれるリビングが夕食の場だ。
「アルさんてー…相変わらずお料理お上手なんですねー…」
「そうか、そう言えばお前らが俺のメシ食うのは久しぶりだったな」
たまにスタッフが弁当を忘れた時には、アルの料理を食べることもあるのだが、こんな豪華な料理は初めてかもしれない。
「そうだね。結構僕の嫌いなものもちょこちょこ入れてくれちゃったりするんだけど……」
と、若干恨めしげに言うのは、いつもアルの料理を食べているクロだ。
「そりゃ、好き嫌いばっかりしてちゃ、体調崩しちゃいますからね。不老不死も、具合悪かったら意味ないじゃないですか」
さらっとかわすアル。実はこれでも、かなりの偏食家だったクロのために、栄養バランスを考えたり、嫌いなものをいかに分からないように料理に混ぜるかを考えたりと、頭を使っているのである。
「いやマジで美味いっスよね! アルさんの料理って」
普段食べ慣れていない料理なのか、あちこちに手を伸ばして堪能しているのはレインだ。
「うん、美味いな。こらレイン、少しは行儀良くしろ」
しっかり味わいながらも、隣に座っているレインを叱る。真面目なのだ、ホクシーは。
「昨日も美味しく頂きましたけれど……やっぱり私もお料理、習ってみようかしら。ねえ、アルさん」
「おう、いつでも教えてやるよ。前みたいに皿やらテーブルクロスまでゴミ箱行きは悲しいからな」
「もう……」
意地悪く言ってみせるが、アルの表情は優しかった。その会話を聞いていたクロの表情も、穏やかで、安心しきっているようだった。
こうして、賑やかな時間が過ぎていった。
「それじゃー…ごちそうさまでしたー。お休みなさーい」
「また明日!」
「お疲れ様でした」
それぞれに挨拶を交わし、工房を出て行くスタッフたち。工房に残るはクロとアル、そしてシルビアの三人だ。
「さてシルビア」
「何です? 職長さん」
スタッフを見送って部屋に入ると、唐突に、改まってクロが切り出した。
「早速で悪いんだけど、今のうちに明日以降の予定を立てておきたいんだ」
「ええ、分かりました」
素直に応じるシルビア。
明日以降の予定。それは他でもない、シルビアの翼の移植だ。データは全て王宮から拝借し、そろっている。だがこちらとしても、専門のラムに再度精密な検査をしてもらう必要があるという。そして、シンクロ率を割り出し、『賢者の水』を配合した翼を移植する。
実に簡単なことのようだが、少しでも間違いがあれば、移植部分から変性し、最悪死に至る、危険と隣り合わせの技術なのだ。それも、相手は王族である。それが彼らをいつも以上に真剣にさせていた。
クロからざっと流れを説明され、今後の流れを確認するシルビア。
「ええ、大体の流れは分かりましたわ。私は言われたようにしていればいいのですね? あと、異常があったらすぐに知らせる、と」
「そう。最初の麻酔以外は痛くもなんともないらしいから安心してな」
「はい。大丈夫ですよ、アルさん」
すでに不安などは消えたのか、穏やかな表情でシルビアが答える。
「恐らく、翼の到着は四•五日後になると思うって、郵政官が言ってたから、ラムの診察が終わってからは少しゆっくり出来ると思うよ」
「そうなんですか? 私、それなら少しこの街並みを歩きたいですわ」
「それには俺がついていくから問題ないな」
「ねえちょっと待って、そしたら僕も一人で出かけていいの? アル」
「いやいやそれはだめです! ……一緒に行きましょう……」
「……やっぱり……」
あからさまにがっくりと肩を落とすクロ。クロが方向音痴と知ってから、クロは一人では外出することができなくなったのだ。必ず後ろにはアルがいるから。クロは、アルがいることを邪魔に思っているわけではない。むしろその逆なのだ。どこに行ってもアルが傍についていてくれる。それだけで、クロの心は安心する。
アルが年端もいかない幼き日に、王宮ではしきたりとなっている儀式がある。儀式といっても、その者のシンクロ率を細かくチェックしていくだけなのだが、アルはどれにもシンクロ率が持てなかった。当時の大臣たちは、王の制止もきかず、幼いアルを隣国の名もなき教会に送り込んだ。そこで、諸国を巡り歩いていた頃のクロと出会うことになる。彼には、アルに何か感じるものがあったのだろう。アルを引き取り、育てたのがクロなのだ。彼らは血縁上の親子ではないが、むしろそれ以上に固い絆で結ばれている。
「何だか……羨ましいですわ、あなた方二人が」
静かに二人のやり取りを眺めていたシルビアが、小さく呟く。
「そうかな? 僕たちはいっつもこんな感じだよ? アルを拾ってここまで育てたのは僕だから、僕が義理の父親ってことになるんだよね?」
「不老不死の父親っすか? 俺は今だけを見てると、子供のお守みたいな感覚っすね」
「子供のお守はちょっと言いすぎじゃない? 仮にも育ての親に向かってさ」
「そりゃそうっすね、失礼致しました」
少しおちゃらけたように言って頭を下げてみせる。
「ぷっ、あはははっ」
「くすくす……」
笑顔の絶えない夜だった。シルビアが襲われ、クロが誘拐されたその日の夜であるというのに、工房はいつもと変わらず、何事もなかったようだ。