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有限動力工房  作者: 芹沢一唯
5/11

逃走と探索

「ここが最後ですね……こんな場所があったなんて、私知りませんでした……」

 城の衛兵から何とか手に入れた、王宮の細かい見取り図を見ながら、シルビアが言う。彼女が持っていた鍵の部屋、一つ目は犯罪者が収容されている監獄。あとの三つは緊急の時以外使うことがない避難経路だけで、クロの存在は未だ確認されていない。五つあった鍵の最後は、彼らが現在入ることのできる、王宮の最も地下にある場所だった。人の気配はなく、灯りも最小限に留められている。

「ここにいなかったらほぼアウトだな。王宮内には他に監禁できるような場所はないんだろ?」

「ええ、恐らく。私の知らない場所はまだありそうですが……、ここに賭けるしかありません」

 怯えた表情もなく、シルビアは凛とした態度で扉の鍵を開けた。

 錆び付いた音と共に、重々しい鉄製のドアが開く。ドアの奥には左右に続く長い通路。所々をかすかに照らすランプが点在するだけで、何もない、無機質な廊下が続いている。左右に続く廊下といっても、通路の右手の壁には、長いこと使われた形跡のない警備用の武器が立てかけられている。そこにもランプが一つあるだけで、二人は扉を押し開けて通路を左に曲がる。

「結構長い廊下だな……」

「不気味ですね……王宮内だというのに」

 他に音はなく、彼らの声と硬質な靴の音だけが奇妙に響く。

 やたらと長い廊下の奥に、やがて仄かな灯りが見えてきた。点在しているランプのものとは違うようだ。

「どうやら当たりみたいだぜ?」

 遠くにその灯りを見つめて、アルが不敵に言う。背中の大剣に手をかける。

「シルビア、見張りがいるかもしれないから下がってろよ。後ろにも気をつけてな」

「はい」

 シルビアの声に緊張が混じる。

 彼らの進行方向から、二人の足音を聞きつけたのか、衛兵の足音が近付く。油断なく構えながら、アルが先を歩く。仄かな灯りはほとんど役に立っていないこの場所は、それでもアルの大剣を使うには十分な広さがあった。

「……何者だ?」

 慎重な響きを込めた衛兵の声。

「曲者でぇす」

 にやりと笑いながら、アル。

「なっ……!」

  ごんっ!

「っっ!」

 有無を言わせず、鞘ごと剣を振り下ろし、やたらと景気のいい音と共に衛兵の頭に一発。声もなく、衛兵はその場に気絶する。

「何だっ、どうしたっ?」

 クロが監禁されている部屋の見張りについていた他の三人も、今の物音にこちらに走ってきた。が、同じようにあっさりとアルの攻撃によってその場に倒れ込む。

「ちょいと乱暴だったけど、ま、命には別状ないでしょ」

 剣を元の位置に背負い直し、倒れた四人の衛兵を跨いで先に進む。

「ごめんなさい」

 シルビアは跨ぐことはしなかったが、四人を避けてアルに続く。

 やがて廊下を塞ぐような鉄格子の向こうに、見慣れた顔を見つけた。

「アル! シルビア!」

「良かったぁ!」

 衛兵がいなくなったことを何事かと思っていた四人が、鉄格子に張り付くようにして廊下の様子を見ていたようだ。乏しい明かりの中、アルとシルビアの姿を確認した四人は、口々に彼らの名前を呼び、喜びと共に安堵の表情。クロもまた、他の者には気付かれない程度の、安堵の表情を見せていた。

「職長、無事でした?」

 真っ先にクロの安否を気遣うアル。

「うん。別に危害はなかったし。ちょっと退屈だっただけ」

 やはりいつもと変わらず、落ち着いた、何事もなかったような口調で答える。

「ところで何でお前たちまでここにいるんだ?」

 てっきりクロだけが監禁されているのかと思いきや、研究室に入っていったはずの三人がここにいる。

「いや、ちょっと手違いがあってな……」

 言葉を濁すホクシー。説明には無論なっていないのだが、アルは余計な詮索はしなかった。

「今ここ開けますから。シルビア、さすがにここの鍵は持ってないよな?」

「ええ……」

「それじゃ」

 と、先ほど背負い直した大剣を再び、今度は鞘から抜き放つ。

「ちょっと危ないから、皆下がってて」

 言うと、鉄格子の錠前を目がけて勢い良く剣を振り下ろす。

  がっちゃんっ!

 お見事。一撃で錠前を破壊する。

「もしかすると今ので誰か来るかもしれないから、急いで脱出しますよ」

 剣を戻しながら、アルが促す。

「あ、待ってアル」

「何すか? 職長」

「僕の資料、どうしよう?」

 ここに運び込まれた大量の資料。持ってきた時は自我を失っていた三人が平然として抱えてきたのだが、いざその量を見てみると、とてもではないが抱えて脱走できる量ではなかった。加えて、三人の解毒のために奮闘した形跡がそのままだ。

「どうしようって……」

 アルも頭を抱える。皆で分割して持てる量でもない。それに、いつ誰が来るか分からないこの状況で、アルが両手を塞いで逃げることは避けたい。

「大丈夫です」

 と、ここでシルビアが口を挟む。

「私があとでお送りします。仮にもこの国の王女ですもの、そのくらいのことは簡単にやってみせますわ」

 胸を張って言い切った。彼女も、アルと共に王宮内を歩いているうちに少し強気になってきたようだ。

「よし、じゃあ任せるぞ?」

「ええ!」

 開け放たれた鉄格子から部屋を出て暗い廊下を進み、先ほどアルとシルビアが入ってきたドアへと向かう。

「できるだけ慎重に行きましょう。いつ誰が来るか分かりません」

 シルビアが、やはり緊張感を込めてアルとクロのすぐ後ろについている。続いてラム、レイン、最後尾がホクシーだ。

「ていうかさ、ここってどこなの?」

 暢気にクロが問う。

「王宮の避難経路の一つらしいんですけど、どうやら監獄みたいっすね……ちょっと特殊な感じもしますけど……」

 避難経路にしては出口がないし、クロが監禁されていた部屋にしても、外の光こそほとんど差し込まないが、生活はできるようになっている。一般的な犯罪者を監禁しておくような部屋ではないことは確かだ。もしかすると、ギーナスが独自に建設した研究施設なのかもしれなかったが、今はそれを知る術はない。

 小声で話してはいるのだが、この無機質な廊下にはかなり大きく響いている。少しの緊張感も加わって、不気味な空気が辺りに漂う。やがて、仄かな灯りが照らす壁にぶつかり、右手にはドアが見えてきた。

 入ってきたときに、用心のためしっかりとドアを閉めていたのだが、今度はそのとき以上に慎重にドアを開ける。重厚なドアの中で起こった出来事は、恐らく外には漏れていないだろうが、用心はするにこしたことはない。

  きいぃ……

 軋んだ音が静かに響き渡る。ドアの向こうは明るく、目が慣れるまでにはしばらくの時間を要したが、ゆったりしている時間はなさそうだった。どこかで音を聞きつけたのだろう、異常に気付いたギーナスとその部下たちが、そのドアの付近で待機していたのだ。

「やべ」

 入ってきたときには周囲には誰もいなかったはずなのだが……。先頭を切ってドアから出たアルが、その場で突然立ち止まったものだから、後ろに続いていた者たちは立て続けに背中にぶつかっていった。

「何だよ、アル?」

 場違いな明るい声で、レイン。いつもは周りの雰囲気を明るくしたり、和ませたりするものだが、今回ばかりは違った。

「誰だっ?」

 本来ならば聞こえてくるはずのない、聞き慣れない妙に明るい声が、ギーナスの耳に届いてしまった。

「あ、ごめん……」

 恐縮して謝ってみるが、もう遅い。

 ドア周囲を警戒していたらしいギーナスと、その取り巻き兵たちがこちらを向く。そこで、ドアから出てすぐに立ち止まったアルとバッチリ目が合ってしまった。

「どうしましょうか、職長?」

 こちらはあくまで落ち着いていた。クロに指示を仰ぐ。

「うーん……横にいる人は知らない人だけど、博士は僕を誘拐して監禁した張本人だからね。懲らしめてもいいんじゃないかな」

「了解」

 短く答えると、アルは大剣を抜き放つ。

「職長の許可が下りたもんで、ここであんたを叩きのめしてやろうと思うんだけど、俺とやり合う気、ある?」

 不敵な笑みを浮かべて、アルが挑戦的に言う。いつでも攻撃できるように、しっかりと剣は構えたままだ。素人なら、こうして凄まれただけで腰を抜かしてしまうほどに迫力がある。言われたギーナスは、サーベルを手にしているものの、アルの大剣にはとてもではないが太刀打ちできそうもない。加えて、彼は研究員だ。博士ともなると、実戦なんぞしたこともないだろう。すでに腰が抜けそうだった。

「き、貴様ら……不法侵入だ! 誰かっ!」

 剣では敵わないと早くも悟ったか、大声で助けを呼ぶ。一緒にその場にいた取り巻き兵たちを無視して喚き散らす。と、

  ごんっ!

 アルが大剣の柄の部分で脳天に一撃。あっさりと倒れ込むギーナス。

「武器持ってる相手に後ろ向けちゃだめじゃん?」

 その場にいた、ギーナスを護衛するための兵士たちは、その様子を見るやいなや、抜き放ったサーベルもそのままで、猛ダッシュで逃げてしまった。

「よし、今のうちに!」

 アルが気絶させたギーナスを壁際に寝かせている間に、廊下で待機していた五人が順にドアから出る。

 ドアを出たこの場所も、普段は使われていない通路だ。冷たい印象のある石造りの廊下が複雑に入り組んでいる。見取り図がなければ迷い込んでしまいそうだ。

 見取り図を持っているシルビアを先頭に、できる限り急いで、ギーナスの追っ手から逃れるように進む。もともと体力の乏しいクロは、アルに抱えられての逃走だ。

「アル」

「何すか?」

 本人にだけ聞こえるように、小声でクロが言う。

「……ありがとう」

「…………いいえ、職長のためですから」

 他の者には見えないように、クロはぎゅっとアルにしがみつく。よほど心細かったに違いない。他のスタッフには見せない表情で、アルの胸にしっかりと顔を埋めている。

「皆さん、ここを通れば大広間の裏口に出ます!」

 必死に走りながら、シルビアが促す。促すその先には、巨大な、両開きのドア。鍵はかかっていないようだ。

「ここまで来れば、あとは私の権限で何とかなるでしょう」

 少し息を切らしながら、シルビアが歩調を緩める。ドアを抜けると、大人の背丈ほどもある植木が並べられ、ちょうど目隠しになっていた。立ち並ぶ柱には彫刻が施され、豪奢な椅子がいくつも置かれている。ギーナスが求めた追っ手もなく、大広間には誰もいなかった。

「ここは舞踏会や晩餐会の会場として使われる場所ですから、普段はメイドが掃除にやってくる程度ですので、安心して下さい」

「そうか……それじゃ、少し休ませてもらおうか」

 あまり走ったことがないせいか、手近にあった椅子にどっかりと、真っ先に腰を下ろしたのはホクシーだ。他のスタッフたちも、何となくそれに倣う。

「ここからなら、堂々と廊下を渡って正門から出られるでしょう」

 一息ついて、シルビアが言う。通りすがりの兵士から拝借した見取り図は、彼女の物になったらしい。

「お前はどうするんだ? シルビア」

「私は……」

 アルの問いかけに、言葉を選んで、シルビアが続ける。

「皆さんが無事に王宮の外に出ることができたら、その時に考えますわ。まだ決心はつきませんが……」

 今回はクロの救出ということで、急遽王宮に戻ってきたシルビアだったが、まだ翼の移植には抵抗があるらしい。

「そう。ところでシルビア」

「何です? 職長さん」

「ギーナス博士のことなんだけど、どこかで悪い噂とか、聞いてない?」

 不老不死を手に入れたがっていた王家直属の研究員。博士という肩書きを持つ以上、かなりの権限を持っているはずなのだが……。

「そうですね……」

 と、シルビアは自分の記憶をたどる。

「そういえば……時々お父さまに何か進言しているのを見たことがあります。それがどういった内容のものなのかまでは聞けませんでしたけど」

 直接王に会い、進言できる立場にあるギーナス。もし、彼に話術が備わっていたとしたら、王家の研究室は『賢者の水』や『賢者の石』を使って、人道から外れる研究を行うに違いない。それだけはなんとしてでも食い止めなければならない。……被害者がクロだけで済むように。

「でも、なぜ職長さんが誘拐なんてされていたのです?」

 事情をほとんど知らないシルビアが、突然話を振ってきた。

「あれ? 言ってなかったかな。僕の研究」

「それは『賢者の水』に関わることでしょう? それだけでなぜ?」

 何となく察していたとはいえ、どうやら、誘拐とギーナスの野望を繋げて考えてはいないようだ。ギーナスが誘拐という手段に出た本当の理由を、クロは包み隠さず話して聞かせた。

「不老不死……ですか? そんなことが可能なのですか? あ、いえ、職長さんは別ですよ? 実験の結果そうなったんでしょう?」

 シルビアの問いに、クロは苦笑しながら答える。

「そうなんだけどね、あいつ、その『賢者の水』で僕が不老不死になっちゃったもんだから、そのノウハウを知りたいらしいんだよ。もともと野心家っぽい顔してたしね。それで、原料になる『賢者の石』を探してるらしいんだ」

 今は研究室の室長を務めている程度の男だが、いずれ本当に不老不死が手に入れば、王家乗っ取りまで考えそうな輩である。

「そういえばさ」

 いつもの口調で、レインが言葉を挟む。

「俺たちが調査に行ったあの研究室って、『賢者の』なんたらの資料、ほとんど置いてなかったっスよね? 明らかに隠したみたいに。てことは、他にもどこか別の研究室があってもおかしくないんじゃないスか?」

 そうだ。研究室に入り込んだ三人は、そのことに気付いていた。それを調査する前に、催眠ガスでああなってしまったのだが……。

「これは調べる価値はありそうっすね、職長」

「そうだね。僕もこのまま工房に帰っても、夜眠れなくなりそうだもんね」

 アルに続いて、クロ。全員がそろったところで、ようやくいつもの調子を取り戻したようだ。こっそり侵入したはずの王宮で、誰もいないのをいいことに、情報交換や今後の行動の作戦会議。

「それじゃシルビア、もう一つ頼まれてくれよ」

「ええ、何でしょう?」

「あのギーナスとかいう野郎の自室を調べたいんだ。できるか?」

「ええ……場所は分かりますけれど……鍵は本人しか持っていないはずですし……」

 見取り図を見ながら考え込むように、シルビアが言葉を濁す。

「鍵ってこれのこと?」

 アルとシルビアの目の前に、鍵の束をちらつかせて、レインが言う。いつの間にやら、倒れ込んだギーナスの懐からごっそりと鍵の束を失敬していたのは、手癖の悪い猿の習性だ。

「まあすごい! これでしたら、ギーナス博士の居室にも入ることが出来ますわね」

 単に寝込みを襲っただけなのだが、シルビアは、すでに五人のペースにすっかり馴染んでいる。あまり大きな声で言えないことをこれからしようとしているのに、シルビアはなぜか楽しそうだ。

「この大広間を抜けて少し階段を降りたところが、王宮に住んでいる者の居住区なのですが、その奥に彼の研究室があるはずです」

「よし、行ってみようぜ!」

 先頭を切ってアルが歩き出す。続いてシルビア、クロ。ぞろぞろとした六人だったが、一緒に歩いているのが王女である。衛兵の中にも、違和感を持った者もいるようだったが、誰も口を挟む者はいなかった。ただ彼らの行く手を阻まぬよう、礼を尽くして通り過ぎるのを待つだけだ。その間を堂々と、ギーナス博士の居室へ向かう。

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