誘拐と転機
「ああっ! アル! 大変よっ!」
アルが工房に着くなり叫んで走ってきたのは事務のシャルだ。
「何だよ? シルビアのことか?」
落ち着き払って、アルが答える。
「違うのよ違うの! 職長が……職長がっ! ……攫われちゃったのっ!」
「え………………? ……………………何いぃっ?」
いきなりのシャルの言葉を理解するのにしばしの間があった。
「職長が……誘拐された?」
ゆっくりと、言葉を噛み締め確かめるように反芻するアル。見回すと、ラム、レイン、ホクシー、ロンそしてシャルが、深刻な顔でアルを見つめている。どうやら嘘ではないらしい。ホクシーに抱えられてやっと立っている状態のシルビアもまた、同じような表情だった。
「どういうことだ?」
繰り返す質問。自分たちがいない間、シルビアを助けにレインとホクシーが工房を空けた間に、何者かがこの工房に入り込んだということになるのだが……。
「あ、あたしが事務処理してて、そしたら……奥の職長の部屋からいきなり大きな音が聞こえてきて……ビックリして行ったら……っ」
「職長の部屋の天井がキレイに四角く無くなっててな、どうやら賊はそこから入り込んだらしいんだが……」
今にも泣きそうなシャルの言葉を、ゆっくりと落ち着いた声でロンが引き継いだ。その説明を聞くや否や、いきなりロンとラムに矛先を向けるアル。
「お前ら犬だろ! 匂いで追求できねえのかよっ?」
「やっとるわい! だがの、知った匂いだったんじゃっ!」
興奮のあまり、思わずジジイ言葉になるロン。
「知った匂い? 同業者か? 誰だっ?」
焦っているのか、アルも早口で矢継ぎ早に質問を繰り返す。
「ちょっ、ちょっとー…落ち着いて下さいよ、二人とも……。今はここで言い争ってる場合じゃないでしょー…?」
ここに落ち着きを取り戻したラムが割って入った。多少の責任を感じてはいるようだったが、ここは冷静だった。
「ああ? あ、……ああ」
「うぉっほん! ……悪かったな」
研究以外ではかなりおっちょこちょいで有名なラムにたしなめられ、二人の熱は次第に冷める。全員で一旦クロの部屋を検証することになり、リビングに集まった。
リビングの奥がクロの執務室になっている。天井が破壊されたのは、その執務室だった。彼の部屋だけは二階がなく、大きめに間取りされた窓から太陽の光が燦々と入り込んでいる部屋。その部屋の天井の一角が、見事にくり抜かれている。くり抜かれた天井から、太陽の光が差し込んでいた。この白昼堂々、クロが誘拐されたのだという。
「こっから入ってきたのか……」
キレイに開けられた天井を仰ぎ見、アルが呟く。
「職長って基本はウサギだからー…耳はいいはずなんですけどねー……」
と、呟くのはラムだ。ウサギの聴力と注意深さを兼ね備えたクロが、そう簡単に捕まるとは考えにくい。だが、実際にいないのだから信じるしかないのだろう。クロ自身が自らの意志で行くのであれば、必ず工房の誰かに声をかけ、しかも誰かが一緒について行くことになるのだから。それすら出来ない状況にあったことは間違いない。
「で? ロン、知った匂いってどんなんだったんだ?」
改めてアルが問う。
「うむ……知り合いというものではないのだがな……」
「もったいぶるんじゃねえよ。ここまでする奴は滅多にいないんだからな。ただの人攫いにしちゃ……天井破壊するとか大袈裟だし……俺にも心当たりあるしな」
先程のシルビアの一件だ。人攫いのリーダーが言っていたことが気にかかる。
「王宮の部隊だ」
苦々しい口調で、ロン。アルは重々しく頷く。
「これは何らかの陰謀の匂いがするな」
これまで黙っていたホクシーが、静かに言い放つ。ホクシーもどうやら何かに気付いたのだろう。ちらりとシルビアに目をやる。
王位継承権を持つ少女と誘拐された工房の職長。そしてその職長が研究していた『賢者の水』と『賢者の石』。
『賢者の水』と『賢者の石』は、王家でも最優先で研究されているとされる材料である。故に、国中にある工房が王室の庇護を得るためこぞって研究をしようとしている。そのため、王宮の研究室も、工房長や職長には情報を公開するために、(ある程度の許可が必要だが)出入りは自由となっているのだ。
クロはそんな職長たちの中でもトップクラスの実力を持っているため、これまでも何度か王宮の研究室から直接、研究員としての勧誘を受けていたのだが、なぜか断り続けているのだ。クロの知識と技術は、王宮の人間でさえも手に入れることができない独自のものがあるという。
「ほぼ間違いなく王家の奴らの仕業ってことか……」
曲がりなりにもこの国を治めている者たちを思わず『奴ら』などと呼んでしまうほどに、アルの怒りは湧き上がってきていた。
「しっかしなんで今更なんスかね?」
後ろ頭に手を組んで、場違いに暢気な声でレインが言う。犯人が王家の者、恐らくは特殊部隊なんかに属する者と推察され、安心したのもあるのだろうか。クロを攫った犯人が単純な人攫いであれば、間違いなくクロの命はない。が、王家の者となれば、恐らくその理由は『賢者の水』や『賢者の石』に関わる研究のため。殺される心配はまずない。
「……お前には調子狂わされるわ……」
「ホントー…、お調子者もいいところねー…」
「暢気に構えすぎだろ……」
その場にいた誰もが、レインの場違いな雰囲気にあっという間に呑まれてしまった。緊張もわずかに解け、冷静な判断力を呼び戻しかけていた。
「シルビア」
「は、はいっ?」
この急な展開になかなかついていけなかったシルビアが、いきなり呼ばれてひっくり返った声を出す。
「お前、逃げてきたとはいえこれまで王宮にいたんだろ? 何か聞いて知ってることはないか?」
恐怖感を与えないよう極力配慮しながら、アルが問う。以前彼女は、『賢者の水』と『賢者の石』に関してはわずかではあるが知っていると言っていた。王宮での研究には携わっていないだろうが、何かしらの情報をもっているかもしれない。……アルはまずシルビアからの情報収集に入った。
「それじゃあ俺は、ちょっくら後追ってみるわ。ロン、一緒に来てくれ」
「うむ」
と、今度はレインがロンと共に匂いを辿り、クロが攫われていった痕跡を探す。早速表へ出て、お互いに協力し合いながら工房の屋根から民家の屋根へと飛び移り、情報収集へと出て行った。レインが上から、ロンが下から。匂いを辿り、屋根へと伝わる侵入者の逃走ルートを追いかける。身軽なレインと運動神経の良い犬のロン。いいコンビかもしれない。『犬猿の仲』とはよく言ったものだが、そういう概念はこの二人にはないらしい。
「僕は……そうだな、王宮への進入経路でも探ってみようか……。もしかしたら、研究室に行けるかもしれないからな」
と、これはホクシー。クロの執務室に何かヒントになるものはないかと、無論無許可で彼の引き出しや本棚を調べ始めた。
「あのー…、じゃあ私はー…? 今は何をすれば……?」
「ああ、ラムとシャルは今までどおり。この工房がこんな平日昼日中から工房を閉めてちゃ、患者さんに悪いからな。出来る範囲でいいから対応しててくれ。何かあったら必ず連絡するように」
『はいっ!』
二人は元気よく答える。この場合の連絡手段。それは工房のメンバーが持っているスタッフバッジ。比較的距離が離れた場所でも、これを使えばお互いの通信が可能になっている。クロも含め、全てのスタッフが持っている。
もちろん、最初にクロのバッジにも通信を入れてあるのだが、音信がなかった。……恐らく、監禁されているか、そこまでされていなくても、話せる状況ではないということだ。
工房の緊急事態に対応するスタッフたち。ただ一つの目的、彼らの職長捜索のため、スタッフの士気は高まる。
一方ここは、王宮の離れの一角。陰湿な室内に、ご丁寧にも窓には鉄格子。日常的な生活ができるスペースは確保されているものの、これまでの執務室とは明らかに異質。ただ研究のために研究員が缶詰にされていそうな空間に、クロは半ば監禁状態で押し込められていた。
「ねえ、ちょっと酷い待遇なんじゃない?」
別段焦る風でもなく、不安げもなく、近くを行き来し監視している一人に声をかける。知った顔ではない。恐らくは雇われの兵士だろう。王宮支給の甲冑と兜から、ネズミの耳と尻尾が見えている。その顔には、これもバランスを保つためだろう、長い髭が三本ずつ生えている。
「上からの命令なんだ。俺も下っ端でね、命令には逆らえないのさ」
「ふうん……下っ端は下っ端で苦労してるんだ」
暇を持て余し、硬いベッドに優雅に寝そべって、クロが答える。
その部屋はドアも廊下との仕切りもない。王宮から続く狭い廊下の延長にあり、鉄格子で部屋を仕切っているだけだ。
「で? 僕は何をすれば良いわけ? 何も聞かされないでいきなり工房から連れ出してさ。しかもご丁寧に天井に穴まで開けて……ま、大体の予想はついてるけどね。今現在何もすることがなくて暇なの」
その鉄格子越しに、クロは見張りの兵士に問うてみる。
「俺には何がなんだか分からんよ。じきに研究員の方々がお見えになるだろう。質問はその方々に聞いてくれよ。本当に俺は何も知らないペーペーなんだからさ」
「分かったよ。……それにしても退屈……なんか面白いことない?」
「………………自分で見つけてくれ」
監禁されている、という現状で、何を根拠にこの余裕があるのか。クロは至って平然とその場に馴染んでいる様子だ。
その部屋には、クロが寝そべっているベッドの他に机と椅子、カーテンで仕切られただけのバスルームがある。そして研究のための設備が一通り、そこだけ立派に備え付けられていた。床や壁は質素な石造りの冷たい印象の部屋。
「研究するにも僕の資料、工房に置きっ放しなんだよね……通信もできないみたいだし」
低い天井に向かって独り言のように呟くと、クロはそのまま目を閉じた。
溜め息をつきつつも、その様子を見張り続けなければならない兵士の仕事というのも、なかなかに大変である。
「職長からの連絡がないところをみると、外ってワケじゃないな。どっか電波の届かない所に閉じ込められたのか……」
自分のスタッフバッジをいじりながら、アルが呟く。その間にも、シルビアの答えを待っているようだった。
「……私は……他の生命体を人間の身体に移植する……という技術が……この国にあるのは……もちろん知っていましたけれど、直接関わったことは一度もないのです……」
ぽつりぽつりとシルビアが話す。
「そりゃそうだろう。実際に必要がなければ関わることのないことだからな。まあ、関わらない人間はほとんどいないけど……だけど王家の人間にはしきたりがあるんだろ? それでも何も知らないのか?」
何も知らないと言い張るシルビアに、ややきつい口調でさらに問いかける。
この国には、王家の人間だけに特別に許されているものが一つある。それは王位を継承するものならば必ず施さなければならないものなのだが、シルビアは建前上、それを嫌って王宮から逃亡した。
「私には翼なんて必要ありません! 親族も……十六を過ぎたものは全て翼を持っていますが……それまでに行われた実験はとても恐ろしいものでした……」
「実験?」
何かを思い出したのか、シルビアは頭を抱えて今にも泣き出しそうだ。しばらくの間、シルビアは言葉を詰まらせ、何も話さなかった。それをアルは辛抱強く待つ。
「……直接は関わっていません……。でも私も王の娘。その実験をさせていたのが王家の者である以上、全く関わっていないというのは嘘になりますね……」
王家には、お抱えの科学技術研究班というものがある。その研究室にはお抱えの研究員たちが主に出入りしているのだが、過去にはいくつもの人体実験が行われていた事実がある。現在の技術が定着する以前の話だ。
その人体実験のお陰で今の技術があるのだが、実際にどんなことが成されていたのか、それは今の町の職人たちには知る由もない。
もともと異なる生体を移植し、自分の身体のように動かし、生きていくために繰り返された実験。『賢者の水』が発見され、様々な拒絶反応への中和剤として利用されるようになる前までは、その実験が恐ろしい生物を生み出してしまうという悲劇も数多く起こった。
目を移植したものは拒絶反応により組織が壊死し、脳を蝕みその結果死に至る。足を移植したものは、バランスを保つことができないために立ち上がることが出来ず、ケンタウロスのように四足歩行の姿のまま、生き続ける。動物に動物を移植し、動き始めたのは獰猛な合成獣。脳内はケモノのまま、人々を襲いそれを糧として生き、結果殺処分となった。
それを王家の人間は、ただ傍観していたのだ。シルビアも幼い頃にその実験や資料を見たことがあると言い、今でも叫び声や怒鳴り声、何のものともつかない奇声が耳に残っているのだと言う。
今の技術が定着したのは、実はごく最近なのだ。シルビアが幼い頃なら、王宮では『賢者の水』を使った非人道的な実験を行なっていた時期と一致する。
「そんな恐ろしい実験をしてまで、王族だけに翼を持つことを許されても……私は……」
恐怖と罪悪感で、シルビアは完全に塞ぎ込んでしまった。
「ああ……確かにその実験の黒い噂は聞いたことがあるな……でもさ、その実験があったからこそ今の技術があるんじゃねえか。やり方はちょっと強引過ぎたんだろうけど……今は純粋な人間の方が圧倒的に少ないんだ。結果として人々の命を救うことになってるんだよ。そんなに全ての責任負うような言い方しなくてもいいんじゃねーの?」
アルは言う。この工房に居座ることになって数年。肢体は勿論のこと、死に至る病を内臓に抱えた人々が大勢集まるこの工房で、生体移植による生命を与えられた者は数知れない。それでも、新しい命を与えられた人々は、その後の人生をそれぞれに、有意義に過ごしているものが圧倒的に多い。その技術を定着させるまでの実験がどんなものであったにせよ、今の技術がその実験に基づいているのは紛れもない事実だ。
「今を生きることが大切なんだよ。それぞれに事情があってさ、宿命っての? それを抱えて生きてるんだから、受け入れていかなきゃこの先、生きてられねえよ?」
諭すように、アル。
「……そうですね……。私のはただの我儘なんですね……」
アルの言葉を噛み締めるように、じっと考え込むシルビア。静かな時間が過ぎる。
「一つ、重要なことがあります」
意を決したように、シルビアが真剣な表情で切り出した。
「その実験を行なっていた者の中に、王家の意志とは反することを企んでいる者がいたらしいのです」
「『賢者の水』の研究じゃなくて?」
「いえ、同じく研究の中で……独自に何かを企んでいたようなことを、王宮内の噂で耳にしたことがあります」
真相は分からないが、どうやら生体移植とは別の研究をしていた輩が存在していたというのだ。
「王宮での研究は全て、王に報告する義務がありますが、明らかにその者はそれを隠していたのではないか、と」
「それが『賢者の水』に関することとなると、職長が誘拐された理由も分かる気がするな」
「どういう意味です?」
「今数ある工房の中では、『賢者の水』は中和剤として使われてるのは知ってるな? だが職長を見ただろ?」
「ええ、あの姿で、一番の年上だと……あ」
そこでシルビアにも何か思い当たる節があったようだ。
「そう。『賢者の水』には不老不死をもたらす力があるらしい。職長が研究してるうちに偶然にそれを発見してな、興味本位で飲んでみたらああなったらしいんだよ。性格はともかく、頭の中身は知識の宝庫になるほどに、職長は長生きなんだ。俺たちの中の……そう、この国の、誰よりもね」
「じゃあそれで……!」
「だろうな。お前が言ってた別の研究ってのは、恐らくそっちの方だ。だから職長をしょっちゅう勧誘に来てたし、断られ続けてたんで痺れを切らしたってとこだろうな」
どうやら、クロを誘拐したのは王家の研究室の誰かということは間違いないようだ。それも、本来の研究とはかけ離れたもの。
王族の人間とは別に、『賢者の水』を研究し、不老不死という人間の純粋なる欲を叶えるために研究している者。単純に言えば、王家直属の研究員の中にいる裏切り者。
「この件に関して、お前には全く責任感じる部分はなさそうだな。……強いて言えば、王家のしきたりを嫌って逃亡したことくらいか」
「……私……でもやっぱりまだ決心が……」
「まあ、トラウマもあるだろうから、そう簡単には決心なんてつかないだろうけど、いずれは従わなきゃならないんだからな。……俺とは違うんだし……」
「え?」
「あ、いや、何でもねえよ」
ぼそりと言ったアルの最後の言葉。シルビアは何となく気にかけている様子ではあったが、それ以上追求することはなかった。
これで、アルの方の情報収集は一応終了ということになる。これだけの情報を引き出すことが出来れば上々か。
コンコン
軽くドアをノックする音。
「ホクシーだ。話、終わったのか? 入るぞ」
アルの自室で話し込んでいたのだが、ホクシーが何やら書類を持ってやって来た。どうやら、何らかの成果があったようである。
「研究室へのルートでもつかめたのか?」
「一応な。一般の工房長や職長に公開されている研究室へは、どうやら許可証がないと入れないらしいが……うまいこと手続きとやらを済ませれば、工房のスタッフでも入ることは許されるらしい」
「面倒だな……第一、俺はスタッフっつっても技術者でも科学者でもねーからな、基本的に俺は入れねえのか……」
言って後ろ頭をポリポリと掻く。
「それでしたら、私が案内しますわ」
提案したのは他でもない、シルビアだ。
「そんなことしたら、お前王宮に逆戻りだぞ? 決心はついたのか?」
「いえ、まだですけど……職長さんのために一生懸命な貴方たちを見て、私も何かしたくなって……。決心はまだつきませんけど、それは王宮に帰ってからでも考えられますしね」
言ってにっこりと微笑む。工房のメンバーの真剣さを目の当たりにし、彼女の中にも変化があったに違いない。これまでの塞ぎこんでいた考えを断ち切るように、強気に彼女は言ってのけた。
「じゃあ僕は何とかして王宮の研究室に入れるように、手続きに向かおう。ラムやレインもいた方が心強いな」
「ああ。俺はシルビアと王宮に直接乗り込む。……あとはレインとロンが戻ってくるのを待って、職長の居場所を確認しなきゃな」
クロ誘拐からわずか一時間足らず。実行犯の目星はついた。アルたちは、レインとロンが確実にクロの居場所を突き止めていることを確信している。
そこへ、足音も軽快に、レインとロンがタイミング良く戻ってきた。シャルとラムも作戦会議に合流する。
「たっだいまー! 大体の場所分かったよん」
「やはり王宮だったようだ」
場違いに明るい声のレインと、対照的に落ち着いた声のロン。二人はクロと彼を誘拐した『知った匂い』を追いかけて行ったのだが、期待通りの収穫はあったようだ。やはり王宮。アルたちが推測、半ば確定していた場所に間違いはないようだ。
「今そこに乗り込む手はずを考えてたとこだ。ホクシーとラムと、それからレイン、とりあえず、王宮お抱えの研究室に向かってくれ。俺とシルビアは真正面から王宮に乗り込む。お前たちはどうする?」
言って、ロンに視線を送る。
「そうだな。我々は工房で武運を祈るとしよう。何かあったらすぐ連絡してくれ」
不安そうに聞いていたシャルだったが、ロンの冷静な言葉に、少し安心した様子だ。そこにレインの明るい声。
「そうだね、アルはともかく、俺たちは王宮へは入れないからね……一応技術担当だし、鼻の利くラムと一緒なら、研究室で何か手がかり掴めるかもね」
「となると、工房の留守番は事務と受付か。しばらくの間、お客さんには悪いが、職長奪還のためだ、仕方ねえか」
早くも準備していた『本日休業』の看板を準備しながら、アルが言う。
「あの……」
「ん?」
「さっきレインさんが言ってた、『アルさんはともかく』って、どういう意味です?」
シルビアが気になっていたのであろうことを問うてきた。
「あれ? アルお前言ってなかったのか?」
と、これはホクシーだ。
「だって言う必要ねえと思ったしな……」
アルが言葉を濁す。
「ま、でもいずれはバレるんでしょ?」
と、軽い口調でレイン。
「そうだけど……」
そしてやはり歯切れの悪いアル。
「何なのです?」
「いや……実は俺ってば王家の人間だったんだよ、昔ね。あ、厳密に言えば今でもそうなのか?」
誰に対する疑問符なのかは不明だが、実に的を射た、簡単な説明である。
「………………えええっ?」
しばらくの間をおいて、シルビアが驚愕の声を出す。
「ま、いろいろあってね、今じゃここの、特に職長の世話になってるんだよ。いずれ分かることだから、今はあんまり話したくねえの」
アルの本名、今はアルヴィンス・ヘラルドと名乗っているが、その前の名前はアルヴィンス・ヴァン・ラスティンヴァース。シルビアと同じ王家の名を持っている。
彼はシルビアと同じく、何不自由ない純粋な人間である。本来ならば、王位継承権をもつはずだったのだ。王家の人間は、全員が翼を持つことを許され、それを王族の証としている。
王族は、シンクロ率もかなり高いはずなのだが、アルだけは別だった。他のどの動物ともシンクロすることができなかった。つまり、翼を持つことすらできなかったわけだ。王家の人間が翼を持てない体質を持って生まれてきた。これは王家にとって恥ずべきこと。
王族としての教育を始める前、幼い頃に王宮から追放され、遠く離れた隣国の教会に送られた。たまたま諸国を巡る旅に出ていたクロが彼を見つけ、この国に連れ帰ってきたのだ。そして、これまで彼を育ててくれた。
「でしたら、私も深くは追求しませんわ。それに、アルさんが一緒に行ってくださるのなら、それ以上に心強いことはありませんもの」
にこやかな表情で、シルビアが言い切った。
「それじゃ、ある程度の情報もそろったことだし」
「乗り込みますか?」
「行きましょうか」
「ええ!」
「はい!」
アル、レイン、ホクシー、ラム、そしてシルビアが、それぞれに決意を胸にして、工房を出て行く。その後ろ姿をロンとシャルが見送る。彼らもまた、職長奪還という目的と願いをそれぞれ胸に抱きながら。