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有限動力工房  作者: 芹沢一唯
11/11

日常と未来

 全ての事後処理が終わって数日が経った。工房はいつもの活気を取り戻していた。予約の患者、定期受診の患者などなど、スタッフたちは休む間もなく大忙しだ。この数日、シルビア王女の翼の移植や王宮への招待など、工房を閉めている期間もあったのだから、これは仕方ないと言うべきか。そんな中、アルは熱心に仕事を続けるスタッフの体調管理のため、台所をしっかりと切り盛りしているのだった。

「なあアル、何か飲み物くれないか?」

「あ、ホクシー。今コーヒー入れるから。ブラックでいいんだっけ?」

「ああ頼む」

「すいませんー…アルさーん、私にもお願いしますー」

「はいよー」

 という具合に、アルはほとんど給仕と化していた。その間に買い物や工房の掃除、そして町の見回りなどに行っているのだから、アルも十分忙しい。

そんな中、またしても王宮から招待状なるものが届けられた。今度は綺麗に整った、シルビアの筆跡だ。

 その日の業務を終え、ひとまずリビングへと集合したスタッフたちに、クロが代表してシルビアの手紙を読み上げる。

『皆様、お忙しい折お変わりなくお過ごしでしょうか。

 その節は大変お世話になりまして、誠にありがとうございます。

 私の翼も滞りなく穏やかで、国政に日々忙しくしております。この勇気を下さったのも、工房も皆様のお陰。感謝の言葉は尽きません。

 あの時、危険な状態にありました父王も、今では車椅子で生活できるほどに回復に向かっています。重ねて御礼申し上げます。

最後になりましたが、このたび、父王の快気祝い、そして私の王女としての報告会が近日中にございます。ご多忙の折とは存じますが、皆様是非いらしてください。

追伸  先日医務室に送られたアゼロフという元側近ですが、現在は医療棟精神科での治療で、快方に向かっているようです。』

「だって」

「良かった、元気そうだな」

「そうですね」

 直に読もうと、スタッフたちはクロから順にその手紙を受け取っては、つい先日のことを思い出してしまう。

そのつい先日、翼の移植を嫌って王宮を抜け出してきた王女が、下町に生活している者によって翼移植の決意をし、『賢者の石』を巡ってギーナスを改心させ、続いたアゼロフの主催のパーティーでは、王家乗っ取りを阻止した。そのアゼロフが医療棟にいるということは、やはり何らかの精神的疾患があったのだろう。

「しっかしなぁ」

 ソファにどっかりと腰を下ろし、足を投げ出した格好でアルがぼやく。

「何だ?」

 その足元でうろうろと歩き回っていたロンが、アルのぼやきに耳を傾ける。

「いえね、最初にアゼロフから招待状が届いた時、宛名が俺の王族としての名前だったでしょ? 俺なんてシンクロ率ゼロなんだから、俺を昔の名前で呼んだってあいつの得になることはないんだけどな?」

 確かにそうだ。王家を追放され、ここで生きてはいるが、家系図では死亡となっているはず。やはりあの側近、何かしらの手を使って中に入り込み、アルが生きている証拠でもつかんでいたのだろう。しかし、アルの体質までは知らなかったようだ。

「ま、次のパーティーは陰謀抜きで楽しめそうだな」

「そうだね。アル、ちゃんとドレスローブ調えてある?」

「……………………」

 コーヒーを飲むアルの手が止まった。

「…………忘れてた」

 残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、彼は自室へと急いで戻り、ばたばたと一人で大騒ぎをしながらドレスローブをチェックしはじめた。

「ちょちょっ、これって、今からクリーニングに頼んでも間に合うよな?」

 完全にもみくちゃになってしまっているドレスローブを両手に抱え、返事も中途半端に聞き流して、あっという間に工房を出て行ってしまった。

「ふふっ、自分のことは本当にそっちのけねー」

「まったく……人のことならてきぱきやってくれてるのに」

 くすくすと笑い合う、ラムとシャル。閉店後の工房は、静かで落ち着いている。……アル以外は。

「また数日中に案内状が届くみたいだからね。皆今度はちゃんと、王女様って呼ばなきゃダメだよ。王様もいるし」

『はーい』

「よし、じゃあアルはいつ戻ってくるか分からないから、今日は解散。お疲れ様でした!」

『お疲れ様でした!』

 こうして、メンバーはそれぞれの自宅へと戻って行った。はたと思いついたようにクロがスタッフバッジを手に取る。

「あ、アル? 今日の晩御飯、何?」

 ……スタッフバッジはこういう時にも役に立つ。

 しばらくの後、ドレスローブの代わりに持ってきたのは、近所の生鮮野菜売り場で特売をやっていた野菜たちだった。

「すんません、職長。今日やたら忙しかったもんで……今適当に美味いもん作りますから」

「うん、ゆっくりでいいよ。待ってるから」

 言いながら、ゆっくりとコーヒーをすすり、これもまたアルのお手製のクッキーで空腹を凌ぐ。……アルの見た目とは裏腹に、こういうことはかなり得意らしい。

 そうこうしている内に、夕食も出来上がり、ようやく工房の明かりも消える時間だ。明日もまた、同じように忙しい一日が待っている。


 数日後。王宮からの遣いがやって来た。工房のスタッフたちは、以前と同じようにきっちりとした格好で、女性たちは各々に着飾っている。アルのドレスローブも間に合ったようだ。

「お待たせいたしました。どうぞ中へ」

 以前来たときとは違う御者が、馬車の中へ案内する。

「今回は何事もなければいいっスね」

「シルビア王女の招待なんだから、それはないんじゃない?」

「国王様、どのくらい回復したかな……」

 それぞれの思いを胸に、王宮への道を辿る。

 数日前にくぐったばかりなのに、なぜか懐かしさを感じさせた荘厳な門をくぐりぬけ、整備された中庭を抜ける。正面玄関にはずらりとならんだメイドや執事。以前とは大違いだ。通された正面に、シルビアが待っていた。白く、輝かしい翼を背に。

 クロが一歩前へ出て丁寧にお辞儀をする。メンバーも、それに従い丁寧に王女への挨拶を交わす。

「本日は、お招きいただきましてありがとうございます」

「まあ、職長さん。そんなにかしこまらないで下さい。くすぐったいですわ」

 照れ笑いをしながらも、その立ち居振る舞いは立派に王女の貫禄だ。急に成長したように、クロには見えた。

 通されたのは、以前も晩餐を開いたあの会場。が、今度は主催がシルビアなのだろう、華やかに飾りつけてあって以前のものとは大違いだ。少し上の段、王と王女の席にはまだ誰もついていない。ちらほらと、招待客と思しき者たちが集い始めていた。

 招待客はもちろん、国政を担う中でも重要な役どころを持つ幹部ばかり。と思いきや、

「あれ? おっちゃんたちも招待されたのか?」

 思わず声を上げるアル。国の重鎮たちに続いて入ってきたのは、なんとアルがいつも日々の買い物でお世話になっている店の主人と女将さんたちだ。これもシルビアの計らいなのか。

「さて皆様、お集まりのようですね。食事を始める前に、父に代わりまして私から御挨拶をさせて頂きます」

 壇上に昇り、凛とした声でゆったりと話すシルビア。その後ろを、新しい側近に押されて車椅子で王が席に着く。まだ点滴はしているようだが、顔色も眼光も戻っている。

「今回、私は皆様にお詫びとお礼を申し上げなくてはなりません」

 こうして始まったシルビアのスピーチ。

 自分の身体にメスを入れることが怖くて王宮を逃げ出したこと、クロたちの工房に匿われ、『賢者の石』や『賢者の水』についての知識を得たこと、そして翼を移植しようと決意したこと。それから、先日起こった王家乗っ取り未遂事件の顛末を、包み隠さず彼女は話した。

「今お話ししたことを、今ここにいる者だけではなく、他の皆さんにもお話し下さい。命の意味、そして、この国が力を入れている移植手術にも、大きな意味があることを……今ある自分を大切に、出来ることを一つずつこなしていけばいいのです。焦る必要もありません。私も、今がスタートです。皆様、ご協力お願いいたします。さて、少し長くなりましたが、晩餐会を始めましょう!」

 盛大な拍手が沸き起こった。彼女が椅子につくまで、その拍手は鳴り止まない。この僅かな間にどれほど彼女は成長しているのだろうか。今の話を聞いている者はかなり少数ではあるが、その成長ぶりはしっかりと国中に伝わるはずだ。

「さあさぁ、無礼講といこうではないか!」

 黙って娘のスピーチを聞いていた王が、拍手の静まりと同時にその一言だけを言うために、グラスを持って立ち上がった。

『国王様に! 王女様に! そして我らがヴァースタウンに! 乾杯っ!』

 全員の声が同時に響き、盛大な晩餐会が開かれた。


 その日は夜遅くまで楽しそうな笑い声や歌声が、王宮から聞こえてきたと言う。政権交代には程遠いだろうが、ヴァースタウンの未来は明るいようだ。


                               《 終 》


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