第七章 暗黒の大地(4)
サンディ号から乗り移ってきたコラム・ソルの二人と同級生のケイを、眠るサッタールの側に置いて、エステルハージはアレックスとハヤシを伴いブリッジへと赴いた。
ロイター艦長は、発射したプローブから送られてくる観測値モニターの前に立っていた。他の乗員は、ポッドの移送準備や、ロンディネ号にとりついているペリカーノ号とのやり取りなどに追われて、来訪者には見向きもしない。
「ロイター艦長」
エステルハージが小さく声をかけた。ロイターは視線だけを動かして、三人を眺めた。
「乗艦を許可いただきまして感謝します。アレックス・イルマです」
アレックスは海軍式の敬礼をして、隣のハヤシを紹介する。
「それで、こちらは公安警部のミスター・ハヤシです」
「なぜ公安警部を伴って?」
軍と公安は、敵対もしていないし、競争関係にもない。だが公安の乗艦を歓迎する軍はおそらくあまりないだろう。
「どちらかと言えば、やむなく付いてきてしまったに近いですな、初めまして、ロイター艦長」
「やむなく、か。公安が超常能力者に肩入れしているのは周知のことだが、それでも?」
「ええ。それでも、です。宇宙のことは宇宙軍に任せるとかありませんしね。我々が扱うのは、あくまで人間です」
「超常能力者も人間か……」
「違うとでも仰いますか?」
ハヤシはにこやかに眉を上げて聞いた。
「これが本当に、彼がやっていることなのだとしたら、人間というものに対する疑義を呈したいところだね」
ロイターはまた視線をモニターに映した。
訓練に使われていた船が事故にあったという公式発表以外には、コラム・ソルからもたらされた漠然とした不安しか耳にしていないアレックスとハヤシは顔を見合わせてからモニターをのぞき込む。
「ストウ中尉。今起きている現象を説明して差し上げろ」
ロイターの隣に立っていた若い宇宙軍士官が、固い声で未知のエネルギーの発現と収束について説明する。
「サッタール・ビッラウラはコラム・ソルの者に、あの彗星と同種のエネルギーを感じたと告げたそうです。これがそうですか?」
「彗星については、探査機も送ることができませんでしたからなんとも。ただこの現象の周囲に観測用プローブを送りました。二つはこのエネルギー線の中に突入させます。三つはその結果を待ってプローブの機能が保たれる外から観測する予定でいます」
アレックスはエステルハージを振り返った。
「で、君はここにサッタールが関与しているんじゃないかって思っているんだね?」
「そうだ。最初の事故の時、彼は何らかのエネルギーのバーストを感知している。そしてそれを自分の精神感応力で防御したと言った。残念ながらロンディネ号までは守れなかったが。そして、このカラブリア号が救援に来た、ちょうどその瞬間、連絡を絶ったんだ」
エステルハージは苦い顔をした。疲労が表情に表れている。
「寝てないんじゃないのか?」
「問題ない」
かたくなな態度で首を振り、エステルハージは説明を続けた。
「学生の乗っていたポッドからは各人のバイタルサインデータが送られてきていた。ビッラウラの精神は非常に活動的だった。連絡を絶った後も。それがある時からパタッと消えたんだ」
「時間の経緯で見ると、ミスター・ビッラウラの精神活動が途絶えた後に、この収束点が発現点に向かって移動を始めてますね。通常の天文現象ではあり得ないです」
ストウが注釈を入れる。
「つまり……?」
アレックスが戸惑った顔でストウを見つめた。
「つまりどういうことなのか、こちらがコラム・ソルの方々に聞きたいところです」
「ふむ。ところでロイター艦長。カラブリア号の今後の作戦予定をお聞かせいただけますかな? ビッラウラと我々を招き入れて、他の学生たちはサンディ号で送り返すということは、この現象が収まるまではこの宙域に留まると考えても?」
ハヤシは謎の天文現象などに興味はないらしく、ごく実務的な話題を向けた。モニターには通り一遍の興味を示した後は、さりげなくブリッジ内を観察している。
「当初は、学生たちを回収したらすぐに帰還する予定だったが、この現象が、まだロンディネ号で作業しているペリカーノ号の安全を確保できる見通しがたつまでは、援護のため留まるつもりだ」
「期間の見通しは?」
「さて? ロンディネ号を曳航して亜空間に入る訳にはいかんし、炉はつかい物にならないが、機関とAIは回収せねばならん。そこまでで十日はかかる。その前にあの奇妙な現象が消滅すれば、その前に帰還してもいいが……」
十日ですかとハヤシが呟いて、自身のPPCをのぞき込んだ。
慌ただしく出てきてしまったので、地上に残してきた仕事が気になるのだろうと、アレックスはその様子を横目で見ながら、改めてストウに尋ねた。
「プローブがこの地点に到達するのは何時間後ですか?」
「およそ二時間後に第一陣が発現点と収束点の中間に入ります。といっても、両者の間は縮まりつつあるので多少の誤差は出るでしょう」
「なるほど。ではそれまでの間、私もビッラウラの側にいたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
ロイターはうなずいた。アレックスとハヤシが一礼してブリッジを出ようとすると、後に残るエステルハージが薄らと笑みを浮かべてストウに尋ねる。
「ストウ中尉。弟のケイ・ストウも来てますが、お会いになりますか?」
ストウは目も上げずに答えた。
「職務遂行中です」
「では伝言は? イルマが伝えるでしょう」
「……好奇心は猫を殺すと」
にこりともしない返事に、アレックスはうなずいて、ブリッジを出た。案内役の士官の後をついて歩きながら、ハヤシが聞く。
「あの女性士官はケイ・ストウの姉なのですな?」
「うん。士官学校では俺やエステルハージの二個上だった。優秀な人だよ」
「成績優秀者はたいてい宇宙軍に入ると聞きますからな」
「まあ、たいていは、そうだね」
アレックスは苦笑を返して、先を行く士官の背を見つめた。カラブリア号もサンディ号と同じく緩くしか重力が利いていない。走ろうとしたら頭をぶつけてしまうだろう。
荒れる海を渡る船での身のこなしは今も身体に染みているが、低重力環境に慣れることはないんだろうなと、こっそり考える。
「ここに着いたら、真っ先に彼のところに行くつもりかと思ってましたよ」
同じく低重力に慣れていないハヤシも、慎重に歩いていた。
「あはは。そうしたいところだけど、他人の船に乗ったら、まずは仁義を通しておいた方が後々の為になるからね。そこは海でも宇宙でも、多分変わりはない」
「不愉快にさせて様子をみる、なんてことは考えもしないんでしょうな?」
「なぜ、そんな必要が?」
心底驚いた顔をする青年を見上げて、ハヤシは首を振った。
「あの艦長はビッラウラを人間扱いしてませんでしたが?」
「ああ」アレックスは少しだけ言い淀んでから、声を低くする。
「未知の状況に置かれて、責任のある立場なら慎重になるのは無理ないことじゃないかな。少なくとも保護してくれているだけで十分だし、ガナールやクドーもそう思うだろう」
つまり、コラム・ソルには、外の人間への不信感はいまだに根強くあるのだと、ハヤシは口を閉じて考えた。外に慣れたビッラウラならともかくも、あの長殿は要注意で、場合によっては仲介が必要になるかもしれない。
地上の仕事も気になるが、付いてきただけのことはあったかと、ハヤシは頭をふって意識を切り替えた。
***
すさまじい勢いで吹き出すエネルギーをどうやってせき止めているのか、サッタールであった存在は自覚できないでいた。ただ、自身が膨張していくうちに、いつかは破綻するだろうことはわかっていた。
膨らみすぎたシャボン玉が壊れるように。そのときはこのエネルギーは宇宙に拡散してしまうのか、それとも向こう側に取り込まれてしまうのか。
そしてそれが、どんな結果をもたらすのか、予測ができない。
質量のない何かが常に揺らいで、その揺らぎからエネルギーが生み出される。仮に、取り込んだものを揺らがないようにできるのならば、このエネルギーは消滅してしまうのか? あるいは操ることができるのならば、星を一つ破壊できるほどの力を手に入れることになるのか?
吹き出してくるものは、その勢いを失うと、一貫性をもたない。
意志があるように感じたのは思い過ごしだったのか。
――コノセカイのウツワをモトメよ。
――バイタイをモトメよ。
しかし揺らぎの中に、微かな意志を感じた。ソレがサッタールの芥子粒ほどの自我にまとわりついている理由がこれなのだと、唐突に理解する。
実体を持たないソレは実体を求めている。自らの揺らぎのエネルギーで破壊されない器を――生体を!
サッタールの自我は、まとわりつくエネルギーを引き連れたまま、吹き出してくる異次元の穴へと近づいていった。
もう、自分の身体に戻ることはないだろうと、蒸散しない涙が流れ落ちた気がした。
***
コラム・ソルの二人、いや、アルフォンソ・ガナールを迎えたカラブリア号の医務室は、急に一回り狭くなったようにレワショフとジゼルは感じていた。
自己紹介も必要ないと二人を一瞥したきり、アルフォンソは黙って眠り続けるサッタールの手を掴んだ。
大学で会ったことのあるショーゴ・クドーも特に取りなそうという態度ではない。
「……何でお前がここにいるんだよ、ケイ?」
彼らの邪魔になってはと壁に張り付いた三人は、ひそひそと情報交換を試みる。
「まあ、成り行き? 頼んだら乗せてくれたんだよ」
「あたしの為じゃなかったのぉ?」
「もちろんだよ、ジゼル。一刻も早く君に会いたかったさ」
同級生の顔を見て緊張から解放されたのか、ケイの舌は滑らかに動いた。だがレワショフは大きな手でその首根っこを掴むと、凄みを利かせた声で囁いた。
「その舌を引っこ抜かれないうちに答えろ。彼らは何をしに来たんだ? どうやってビッラウラが人事不詳になっていることを知った? 精神感応で連絡がついたのか? ビッラウラは今、何をやっているんだ? 彼らはビッラウラを引き戻せるのか?」
「ちょっ……苦しいよ、この馬鹿力!」
ケイはレワショフの矢継ぎ早の質問を、掴んできた手と共に振り払って、ジゼルの肩を抱いた。
「残念ながら、僕が知っているのは、この巡洋艦を呼ぶためにサッタールが彼らと接触したとき、なにがしかの言葉にできない危険の感触を伝えたってことだけだよ」
「それだけのことで、もう一隻、宇宙軍に艦を出させたのか?」
「そうだよ。中央府議長に話を通してね。まあ、その危機の正体なんてものは、彼らの間でしか理解できないんじゃないかな。だいたい、サッタールがずっと眠り続けてるなんて彼らだってついさっき知ったんだよ」
レワショフはうなって視線をサッタールのベッドに戻した。血の気のない顔は、大きなアルフォンソの背中に遮られて見えないが、向こう側に立つショーゴの表情は予断を許さないものだった。
「ねぇ、前回は時間を超えていたんでしょぉ? じゃあ今回は、空間を飛び越えて異次元に行っちゃってるとかなのかしら? 変な空間異常はあるし、ロンディネ号を壊したのもそこから来た異常電磁波だっていうし」
ジゼルの問いに、ケイは首を振った。
「空間異常のことは、エステルハージ教官がブリッジから聞き出してくれるんじゃないかな。それとサッタールがどう結びつくのかは、の二人から聞くしかないだろうし。とりあえず僕たちにできそうなことってない?」
ジゼルもレワショフも目を合わせて肩をすくめた。学生でしかない自分たちは、良く言ってもお客さん、もしくは単なるお荷物でしかないことは、軍医とやりとりして痛感していた。
「側に控えて使い走りをするくらいだろうな」
「ボーイの役か……それなら君たちはサンディ号で先に戻ったら? 疲れているだろ? ボーイ役なら僕一人で充分だし」
提案は冷ややかな無言で却下された。
また、医務室に静寂が戻る。緊張と眠気の双方を誘う規則的な電子音を耳にしながら、三人は長期戦に備えて床に座り込んだ。
ピッピッという音は、サッタールの身体が生きている証拠だ。だが心は? とケイがぼんやり考えていると、不意にショーゴがベッドを回り込んで学生たちの前にあぐらをかいて座った。
「お前らはずっとここにいるつもりか?」
「とりあえずキャビンの割り当ても受けてませんし。教官から指示がない限りここにいます」
レワショフが代表で答える。大学で会った時、ショーゴ・クドーはもっと親しみやすい人間に見えた。だが今はやせた頬に陰鬱な翳りを張り付けている。
「何が起きているか知りたいんだろう?」
「僕らが聞いてもよければ」
ケイが身を乗り出す。
「とりあえずわかっているのは、サッタールの心はここにないってことだな」
「それは大学での事故と同じですか?」
「ちょっと違う。あのときは、精神と身体を結ぶ糸があった。だからサハルの呼びかけが届いたんだ。だけど今は何もない。空っぽなんだ」
「……それはどういう?」
とっさに目を脳磁図を映しているモニターに走らせる。大脳のほとんどが沈黙しており、ただ基礎代謝に必要な部分だけが弱々しく活動をしていた。
「軍医は、極低温睡眠状態に似ているけど、それよりも昏睡が深いと言ってました。人工呼吸が必要ではないかって」
「その辺の医学的なことは素人なんだが」
ショーゴは言葉を濁して、立ち続けているアルフォンソを見上げた。見慣れないジャンプスーツの背中が盛り上がって見える。呼びかけに力を振り絞っているのだ。
アルフォンソは力は強いが繊細な使い方は苦手だ。島ではそれぞれの得意な分野での分業が成立していた。しかし今、ここには二人しかいない。二人で糸の切れた心を呼び戻すことができるのか。ショーゴには絶望的に思えた。
「……むしろ俺が死にかけた時の方が似ているかもしれねえな」
「死にかけたんですか?」
「ああ」
ショーゴは小さく笑って、島での事故のことを思い出していた。
左足を失って、脳がクタクタに疲れて。あの時、自分の心は確かに身体を離れた。サッタールが遠くに心を飛ばすのとは違い、完全に。
「事故でな。死にかけた。いや、もう半分は死んでいた。あとは身体が衰弱するのを待つだけだったのに、サハル……サッタールの姉さんが潰れた足を切り落として、サッタールが身体から離れた俺の心を探しに来た」
「……ショーゴさん、義足だったんですか?」
ケイが落ち着かない顔でショーゴの膝のあたりに視線をさまよわせた。何度か会ったことがあるのに、全く気がついていなかったのだ。
「あれ? 最初にサッタールがセントラルに行った時のニュース見てねえの?」
「確か、脳障害で意識不明って……あれ、ショーゴさんだったんですか?」
「意識……ああ、うん、まあ、そうだ」
「でもサッタールが心を探しに来たって……セントラルで治療したのは足の方だったんです?」
あの頃、公式にどう説明されていたかすっかり忘れていたショーゴは頭をかいたが、横からレワショフがケイを乱暴にこづいて質問を止める。
「今、ミスター・クドーが言おうとしていたのはそこじゃないだろ。いい加減にしろ」
「悪ぃな。いろいろあんだよ。で、とにかく死にかけた俺の心は身体から離れて、その辺をさまよっていた訳だ。その辺っつっても、現実世界じゃなくて、まあ、言ってみればこの世とあの世の境目みたいなとこをなー。意識が散漫になって感情が希薄になって、ああ、このまま消えちまうんだなと思ったところにあいつかやってきてさ」
ショーゴはちらりとベッドに目を遣った。アルフォンソはまだ微動だにせずサッタールの手を握りづけている。
「否応もなく連れ戻されたんだが、アルフォンソが言うには、そんときの俺と今のサッタールはよく似ているとさ」
この部屋に入ってから、コラム・ソルの二人はほとんど会話らしい会話をしていなかったはずなのに、と考えて、学生たち三人は、彼らが思念だけで話していたことに今更ながら気がつく。
「じゃあ、今はミスター・ガナールが呼び戻そうとしているんですか?」
「んや? アルフォンソにも俺にも、そんな芸当はできねえよ。パワーって意味じゃあアルフォンソ一人で俺の十人分は優にあるし、サッタールに匹敵するけど、あんな風に意識して自分の身体から遠く離れるなんてできねえからな」
「つまり、サッタールにしかできないってことですかぁ?」
「そう」
ジゼルの素朴な問いにショーゴはあっさりと答えて、首をぐるぐる回した。骨の鳴る音が電子音に混ざって聞こえた。
「だからよ、アルフォンソ。ちぃっと休めよ」
アルフォンソは、ちっと舌打ちをして険しい顔でショーゴを振り返る。
「うるせえよ。サハルに身体のモニターの仕方を教わったから、それを試してたんだろ」
「へえ? あんたにしちゃあ、苦手なことにチャレンジしたもんだよな。あ、あれかー、お腹の子を見たかったとかか?」
「だからお前はうるさいんだよ」
ぼやきながら、アルフォンソはサッタールの手を離して、ショーゴの隣に座った。精悍な顔は生気に満ちていたが、疲労が影を落としてもいる。
ケイが立って、医務室の冷蔵庫をあさり、チューブ入りのミネラルウォーターを人数分出して手渡した。コラム・ソルの二人はそれを胡散臭そうに眺めたが、文句も言わずに封をちぎる。
「……空間異常がどうとかってのにサッタールが関与してるんだとすれば、奴を引き戻すにはその近くに行くしかねえな」
やがてぼそっとアルフォンソがつぶやいた。
「でも、あの近くには行けませんよ? 間違いなく宇宙船がぶっ壊れます」
ケイの答えに、他の二人の学生も首肯する。
「だいたい何が起きてるのか、そっちの方もよくわかっていないと聞いています。今、教官がブリッジでレクチャーを受けているので、俺たちにも説明があるとは思いますが」
レワショフが言い添えた。
だがアルフォンソは、唇を引き上げて笑ってみせた。
「行ける。エンジンなんざいらねえよ。俺がそこまで動かすさ」
「でも生命維持は?」
「そっちはショーゴがなんとかするだろ」
水を口に含んだところだったショーゴが盛大にむせる。
「って! 本気かよっ?」
「じゃなきゃ、サッタールのことはあきらめるしかねえだろ。あいつが自力で戻ってくるとは思えん」
「なぜですか? あいつは馬鹿ですが、自殺願望があるようには見えませんでした」
レワショフが訊いた。アルフォンソは、手にしたチューブをもてあそびながら答える。
「自殺願望とは違うな。だが自罰的な傾向はある。本人は意識してないがな。だからいつも一人で突っ込んでいくのさ。どこかで死んでもいいぐらいには考えているだろう。まあ、俺たちがそうなるように育てたって面もあるがな」
その言葉が終わらないうちに、シューッと音をたててドアが開き、アレックスとハヤシが現れた。
「……最後の方しか聞き取れなかったけど、何の話?」
アレックスはついてきた宇宙軍士官を帰すと、しばらく黙って車座になった顔を順々に見てから生真面目に訊く。
「サッタールのことだよね?」
「ああ。あいつはいつも、一人で突っ込んでいくって話な」
ショーゴが渋々答えたが、アレックスはふぅと長い息を吐き出して、サッタールの顔をのぞきこんだ。
初めて会った時は、まだ本当に少年だった。確かにどこか危ういものを持っていた。だが今、見下ろす顔は、もう少年とは言えなかった。うっすらと生えた髭だけではない。線が細かった鼻梁も尖った顎も、変わっていないようでどこか骨が太くなって見える。
「サッタールは……」
アレックスは口元に微笑みを浮かべて囁くように言った。
「いつだって戻ってきたじゃないか。彼はもう子供じゃない。ギリギリまで生還することを諦めたりしないと思うよ。そんな刹那的な生き方を、この三年間してこなかったからね。死んでもいいなんて思ってない」
それはアレックスの願望かもしれなかった。だが、不思議とその場の人間に希望を抱かせる言葉でもあった。
2/17 文章を少し直しましたが、内容は変わりません




