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第六章 星々の狭間で(4)


 懐かしい故郷の星が少しずつ大きくなる。もう虚空に浮かぶ光の点ではなく、青い海と様々に形を変える白い雲、緑と茶の大地が視認できるようになった。

 ここまで来て、サッタールは気がついた。

 おかしいと気づいたのは第五惑星の側にいた時だった。自分はかなり過去に飛んでいるようだと。

 しかしファルファーレを目で追いながら、じりじりと近づいていくうちに、惑星は本来あるべき場所に進んでいた。


(一度過去に飛んで、それから【今】を目指しているのか?)


 精神感応はあくまでも人の心の壁をなくす力だ。だからサッタール以外の能力者は、精神感応力を持っていても、対象者との距離があけば心の声は届かない。

 考えてみれば、時間と空間をこんなに容易に飛び越えられるのはサッタール一人だ。

 以前は、単純に力が強いからと思っていたが、どうもそれだけではないようだと、遅ればせながら考える。

 それにしても、もう何ヶ月もこうして漂っているような気がする。その間に、何度も眠ったような気もするが、サッタールの肉体にとってはそもそも夢を見てるだけのはずだ。

 一度、誰かの気配を感じたことがあった。よくよく思い出せば、あれは幼い女の子、たぶんユイだったんじゃないだろうか?


(夢の中でさらに眠ってまた夢を見た?)


 真面目に考えたら頭が混乱しそうだ。

 そういえば、ファルファーレの地上にいるときも、星の反対側の人間と話そうとするときは、常に一種の睡眠状態だった。


(ここからでも、さらに眠れば、ファルファーレに届くのか?)


 試してみたいが、焦るなという声も自分の中にあった。二重の睡眠状態から自由に戻れるとは限らない。

 ロンディネ号の危機を誰かに伝えて、動いてもらうまでは、よけいな危険は犯さないに限る。

 たとえ、うんざりするほど、心が麻痺しそうなほどの孤独の中にいたとしてもだ。

 サッタールを乗せた宇宙船は、思考を巡らせている間にまた少しファルファーレに近づいた。奥にトゥレーディアと手前にロビンの姿もはっきり見える。

 しかしトゥレーディアにもロビンにも精神感応者はいない。強制的に話しかけても、まず信じてはもらえないだろうとは、エステルハージも言っていた。


(やはり姉さんかな……)


 肉親だからか、一番すんなり繋がれるのはやはり姉だった。一瞬、アレックスの姿も思い浮かんだけれど、どんな状態で話しかけることになるのかわからないのだ。彼の脳に大きな負担がかかるかもしれない。


(いっそのことハヤシに繋いでみてもいいが)


 と皮肉な笑みを浮かべてみたが、気に食わなくてもハヤシ警部は有能な人間だ。メッセージを受けて、実際に動いてもらわねばならない人間の脳を焼き切る訳にもいくまい。

 急速にファルファーレの海が近づく。

 サッタールは、自分を守っていた宇宙船の幻影を消して、一羽のカモメに姿を変えた。

 とたんに厚い空気を破っていく抵抗を全身に感じる。


(くっ、この身体に重力なんかないはずなのに。落下の速度をゆるめないと燃え上がりそうだ)


 自分が隕石のように燃えてしまいそうな恐怖と戦って、サッタールは翼を大きく広げた。

 ひとうち、ふたうちと羽根を羽ばたかせ、ゆっくりと高度を下げていく。

 行き先は、大海の真ん中にある小さな緑の島。コラム・ソルだ。

 かすかに青みを帯びた白いカモメは、島の上空でいったん旋回し、それから目指す人を見つけて、高く鳴いた。


***


「だからね。本当にサッタールが宇宙で迷子になってるのっ! いい? これがあたしの夢の記憶なら、あとでサッタールだけが消えてなくなるなんてことはないの」


 ユイはマイクに向かって、きっぱりと言った。


「アレックスおじさんなら、信じてくれるでしょ?」


 ユイの両側には、サハルとアルフォンソ、後ろにはショーゴがいる。何かあったら代わろうとしている大人たちを後目に、ユイはなおも言葉を継ぐ。


「何かあったんなら、ちゃんと教えて」


 するとスピーカーの向こうから、待ってという声がして、目の前のモニターにアレックスとハヤシの顔が映った。携帯通信機から切り替えたのだろろう。


「サッタールを見たというのは、この近く? つまり、ファルファーレのそばなのか、それとももっと遠くなのか。フィオーレ星系の星は見えたかい? 太陽も惑星も見えないような宇宙だった?」


 矢継ぎ早の質問に、ユイはむっと口をとがらせた。


「ファルファーレから離れた場所だったけど、それがどこかなんてわかんないよ。トゥレーディアにだって行ったことないのに」

「太陽は?」


 ユイはサハルを振り返った。あのとき、太陽は見えただろうか、と。サハルは首を振って、代わりに答えた。


「少なくとも私たちが、この星から仰ぎ見るような大きさの太陽は見えなかったと思うわ。だからファルファーレからは離れているんでしょうけど、ユイが言うように、それがどこかなんて、私たちにはわからないの」

「だいたい、それって重要なことなの? だってサッタールは実際にそこにいるんじゃないと思うのよ? つまり、身体ごとって意味だけど」


 二人の女性――一人は子どもだが――の答えに、モニターの向こうでアレックスとハヤシは顔を見合わせた。


「一光年先からメッセージが送れるのかどうかの検証は、後でするとして。これで口実ができましたな」


 ハヤシが、ユイの夢の真偽をすっ飛ばしてうなずいた。


「でも、こんなことで、いきなりトゥレーディア基地司令に話が通るんです?」

「いやいや。それは難しい。ここはぜひあなたの【コラム・ソル中央府事務所長】の肩書きを生かして、議長から内々の問い合わせという形で、彼らの優柔不断な尻を突っついていただいて」

「俺の肩書きは公安所属になったんじゃ……? それに議長を使い走りにしていいんですか?」

「まだ、そこの書類を提出してませんからね。議長直属ってことでいいじゃないですか。それにジェイコフ議長には一言もらうだけですよ。「あれ、どうなってる?」ってね。たいした手間じゃありません。急ぎましょう。ジェーコフ議長を捕まえるのは簡単じゃありませんが、秘書のミスター・チェンなら」


 こちらから通話をしたはずなのに、モニターの向こうで勝手に話が進む様子に、アルフォンソが舌打ちをして怒鳴ろうとした瞬間、ユイが、通信機に手を伸ばした。


「ちょっと、おじさんたち! こっちは話すべきことをちゃんとしゃべったんだから、そっちもちゃんと教えてっ!」


 アレックスとハヤシは、耳を押さえてぴたっと口を閉じた。ユイが力を通信に割り込ませて、勝手にスピーカーの音量を上げたのだ。

 カメラを振り返ったハヤシは、頭から足先まで善人そのものという笑顔を浮かべてうなずいた。


「もっともですね、ミズ・クドー。大変失礼しました」


 アレックスは、目をむいて間に入ろうとしたが、ハヤシは邪魔だと言わんばかりにひらひらと手を振る。


「何かあったのかと心配するなら、さっさと仕事に移ってください、イルマ所長。コラム・ソルの皆さんには、私からご説明しておきますよ」


 アレックスの迷う顔をモニターで見ていたアルフォンソは、ハヤシと同じように手を振った。


「詳しいことはこの男から聞く。やることがあるなら、行ってかまわんぞ」

「では、後はよろしくお願いします」


 アレックスは、迷いをふっきるようにきっちりと頭を下げると、さっと踝を返して出ていった。

 残されたハヤシは、笑顔を崩さないまま、モニターの前のイスを引いて座った。


「さて、ちゃんとした説明をしましょうかね。端的に言うとですね、ミスター・ビッラウラと大学生を乗せた宇宙軍の船が、予定時間を大幅に過ぎても戻ってきません。事故があったのか、他の理由で遅れているのか。それはわかりません。なにしろ、この星系の外ですから。宇宙軍は、救援船を送ろうか、どうしようかと決めかねています」

「そこへ、都合良く届いたユイの夢の話を拡大解釈して、サッタールが救助を求めて念話を送ってきたということにした、ってことだな?」

「ええ。ミズ・クドーの話を聞かなくても、そういうことにするつもりでしたが。あなた方に、口裏合わせをお願いしようとしていたんですよ」


 にこにこしているハヤシの表情は、一見したところ緊迫感が見えないが、その小さな目は少しも笑っていないことに、コラム・ソルの四人は気づいていた。


「俺たちは、宇宙のことはさっぱりだが。議長を動かすほど切迫していると考えているのか?」


 アルフォンソの問いに、ハヤシはゆっくりと首を振った。


「私だって、さっぱりですよ。ただ、ミスター・ビッラウラをあっさり失うことを思えば、宇宙軍の尻を蹴り飛ばすなんて造作もないことです」

「俺たちや、イルマにとってはそうだろうが。あんたにとっても、あいつは、そんな大事なのか?」

「そりゃ、そうですよ。今のところ、たった一人ですからね」

「公安の手駒が、か?」


 アルフォンソの声が、限りなく平板になったが、ハヤシは珍しく声をたてて笑った。


「それもそうですがね。自ら進んでこっちに来てくれる唯一の超常能力者という意味です。あなた方は、なかなか頑固で、いくら友好的に見えても結局は身内で固まってますからね。でも彼がこちらと関わる限り、あなた方も引きこもってばかりというわけにはいかない」


 思い当たるのか、コラム・ソルの大人たちは顔を見合わせたが、真ん中に陣取っていたユイだけは首をふった。


「あたしもそっちの学校に行くよ? サッタールだけじゃない」

「ほう? それは楽しみですな」

「あとね。あたしの夢が単なる口実みたいに言ってたけど、そうじゃないよ。サッタールは、絶対にこっちに来てる」

「確信があるんですか? しかし夢、なのでしょう? ファルファーレに連絡をつけようとするなら、きっとあなた方の誰かと接触するだろうと思いますが、今のところミズ・クドーの夢の話しか……」

「ううん。来てるんだよ。ただ、迷子なの」


 ハヤシはようやく笑みを納めて、真剣に訊いた。


「本当に彼が、一光年という距離を超えて接触しようとしていると?」

「だって、五百年前の人と話をするくらいだもん。一光年って、たった一年分でしょ」


 この子は何を言ってるのか、わかっているのかとハヤシが目顔で傍らの大人たちに尋ねた。しかしサハルもショーゴもアルフォンソも真顔でうなずく。


「ユイの言う迷子というのは、あてもなくさまよっているのではないと思いますわ」


 サハルが慎重に言った。


「夢で見た場所に、確かに弟はいたのだと思います。ただ、おそらくですけど、時間が合っていなかったのだと」

「時間? あなた方の話は科学の常識外で、すんなりと納得はしかねますが?」

「そうでしょうね。私にもうまく説明できませんけど。多分、ユイの見たのは弟の残像のようなものです。一光年なんて途方もない距離をわたるために、移動にかかる時間の分を過去に遡ったんじゃないかしら?」

「そうだとしても、夢以外の接触は今のところないんでしょう?」


 ハヤシのもっともな問いに、ショーゴが答える。


「うまく時間が合わないか、来ちゃいるけど、ヘトヘトで俺たちが気づけないほど力が弱まっているか。どちらかじゃねえかな」

 ハヤシは、深々と息を吐き出して、立ち上がった。脳科学者なら、あるいは哲学者ならば、この話は興味深いだろうが、ハヤシにとって大事なことは、サッタール・ビッラウラの無事だ。

 精神がどこをさまよっていようと、身体の方は生きて帰ってもらわねば困る。できたら、他の学生たちとロンディネ号の乗員も。

「私はミスター・イルマの援護射撃に出かけます。もし、ミスター・ビッラウラと接触が成功し、何が起きたのかわかったら、大至急知らせてください」

 言うだけ言って、ハヤシは通信をあっさりと切った。

 灰色のモニターを見て、コラム・ソルの側でも一斉にため息が漏れる。

「さて。ショーゴの推論通りだとして、サッタールの首根っこを捕まえるにはどうしたものかな?」

 ユイは、くるっと振り返って、にぃと笑った。

「夢の中の方が、サッタールに繋がりやすいんじゃない? だったら、あたし、ちょっとお昼寝してみるねっ」

「なんでお前なんだよ」

 ショーゴが不機嫌に言ったが、サハルに柔らかくさえぎられた。

「そうね。そもそもユイが夢で見たんですもの。大丈夫よ。私もショーゴやアルフォンソも、あなたをモニターして、サッタールみたいに迷子にならないようにするから」

 ユイは、二本のお下げの髪を揺らして、ぴょんと立ち上がり、まかせてねと、元気よく答えた。





 サッタールは、コラム・ソルの空を飛びながら、何度も何度も呼びかけた。真昼の海は、うねりながら陽の光を跳ね返している。

 発電プラントの周りには、能力を持たない人たちが忙しく働き、穏やかな海には漁にでている島人の舟も視える。

 岬の根本にあるクドーの家に、姉のサハルとユイの姿も視えた。そこに急ぎ足でショーゴとアルフォンソが連れだってやって来るところも視た。

 それなのに、誰もサッタールのカモメには気がつかない。


(おかしい。これも私の幻想なのか? 私は、あのポッドの中で惰眠をむさぼっているだけで、ファルファーレに戻った夢を見ているだけなのか?)


 焦りが白い羽毛に包まれた胸を焼くようだった。

 いつもなら聴こえるはずの、人々から漏れてくる思念も、全く読みとれない。ぼんやりと潮騒のようにノイズが聴きとれるだけだ。

 ここまで来て……と、もがくように羽根を動かしていると、不意にクドーの家から光がほとばしった。光、というよりも、目に見えないエネルギーがあふれて、噴水のように空に向かって噴き上げる。

 驚いて目を瞬かせると、そこに生意気そうな顔をした少女が浮かんでいた。


『やっぱり! サッタール、みーつけた!』

『ユイ? お前、何をやってるんだ?』


 思いがけない成り行きに、サッタールはユイの肩にとまって、首をかしげた。


『お兄ちゃんの言った通り。だいぶ疲れてるねえ』


 ユイはうれしそうに笑って、カモメのサッタールの頭をそっと撫でる。


『もしかしたら話せないほど力が弱まっているのかもって言うから。あたしも眠って、夢の中で探すことにしたの』

『探す? 私がここにいることを知っていたのか?』

『宇宙のどっかにいたでしょ? それも夢で見たよ。それからね、アレックスおじさんからね……』


 サッタールは、ユイの話を聞いて、今、この瞬間がロンディネ号の事故からおよそ二十数時間たっているのだと理解した。そしてこちらからは、ロンディネ号の機能不全と炉の暴走について語り、至急の救援を出すよう宇宙軍に要請するようユイに伝えた。


『あと。お前の夢に、アルフォンソは呼べないか?』


 救助については、アレックスとハヤシ、それにトゥレーディアの宇宙軍に任せることにして、サッタールは、もう一つ気がかりなことがあった。

 そもそも、ロンディネ号の事故は、謎のエネルギーのバーストを浴びたことが原因だ。

 あれが物理的に説明のつくものなら、サッタールには何もしようがない。だが、一筋の光のように貫いてきたあのエネルギーは、どこかアルフォンソの使う念動力に似た感じがあった。あるいは、彗星の放射した電磁波のような。


『何か、その類の言い伝えを聞いてないかどうか、知りたいんだ』


 ユイは困ったように眉を下げた。


『あたし、今は寝てるのよ。急いで起きて、アレックスおじさんに船の話を伝えて、アルフォンソにそのことを聞いて、それからまた眠ってって……できるけど、時間かかっちゃうかも。サッタールほど器用なこと、誰にもできないよ』

『かまわない。身体に戻るのに、また時間をさかのぼって、宇宙軍の救援には間に合わせる』

『そんな、何度も行ったり来たりして。大丈夫なの?』


 カモメの姿のサッタールは、安心させるようにずいぶん年下の少女の顎をくちばしてチョンとつついた。

『時間を心配するなら、さっさと起きてやることやって、また昼寝をしてくれないか、ユイ』

『こんな忙しいお昼寝なんて、二度とごめんだよ?』


 ユイはカモメの頭を指先でつつき返してから、お腹の下に手をやって空に放り投げた。

 サッタールはまた翼を広げて空を舞った。

 見る見るうちにユイの姿は空気に溶けていく。

 伝えるべきことは伝えた。あとは、知りたいことを聞いたら、また宇宙へと戻らねばならない。

 この懐かしい大地に、自分を思う人々がいるように、あの虚空の彼方にもサッタールの帰りを待つ友人たちがいるのだから。


ゆっくり更新ですみません。

年内はあと一回、更新できたらいいなと思っております。

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