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第六章 星々の狭間で(2)

 超常能力はイメージの力でもあると、サムソンと争った時に思い知った。

 サッタールは脳裏にフィオーレ星系全体を思い浮かべる。中心に太陽である恒星フィオーレ。周りを回る八つの惑星。その三番目がファルファーレだ。第八惑星の外側に広がるオールトの雲と、その縁にいる自分。

 トゥレーディア出発前にホーガンが見せた、現在の位置を鮮明に思い出す。


 ここに来るまで二回亜空間を通ったが、精神体でそこを抜けられるのか、今は試す時ではない。

 自分の肉体と完全に離れてしまえば、また迷子になる。

 身体は精神の単なる器ではない。それはともすれば容易に抜け出てしまうサッタールの心の碇であり、生命の根源でもあるのだ。

 目を瞑ってからどのくらいの時間が経ったのか。

 サッタールは自分が宇宙空間に浮かんでいることに気づいた。手を伸ばせば触れられるほど近くに自分のポッドがある。


(暗いな……)


 フィオーレは遠く、ポッドには照明などついていない。ぼんやりとしたスクリーンの光など、少し離れただけで暗黒の中に霧散する。

 サッタールは目を転じて、フィオーレを見つめた。

 ファルファーレの地上で念話を行うとき、タイムラグを感じたことはない。この精神感応の力がどのように働いているのか、自分でもわからないが、空間を飛び越えて共鳴しているのだとすれば、時間差など生まれようがないのだ。

 だが、ここから故郷の星はあまりにも遠い。


 サッタールは、ファルファーレの、コラム・ソルの海を思い浮かべた。

 白い細かな砂浜。切り立った黒い断崖。緑あふれる山。海中に突き出た岬の突端の発電所は新しく生まれ変わった。その側にあるクドーの家には、中央から派遣されたエンジニアたちが集まり、義足をつけたショーゴが厚い体躯を持つアルフォンソと並んで歩いている……。


(ダメだ。それは私の想像に過ぎない。今、この瞬間の現実じゃない)


 そこに行くまではイメージで短縮できても、相手は現実に生きている人間なのだ。ひと跳びにファルファーレに行けないかという考えは、すぐに断念した。

 焦るな、と言い聞かせて、サッタールは再びイメージの構築に取りかかった。今度は虚無の宇宙を渡る小さな宇宙船を。

 それは、オールトの雲を突き抜け、巨大なガス惑星をかたわらをすり抜けていく、心の中の宇宙船だった。


***


 ケイ・ストウはトゥレーディア宇宙基地に戻っていた。目の前には強化プラスティックの窓があったが、その先はファルファーレでも太陽でもなく、暗い宇宙空間だった。

 仲間に置いて行かれたことはショックだったが、実習から帰ってくるジゼルや友人たちは笑顔で迎えようと心に決めていた。


「こんなところに陣取っていても、彼らの帰還は標準時であと十三時間はあるぞ」


 背中にかけられたすずやかな声は、姉のものだった。彼女はトゥレーディア基地に所属する宇宙軍の少尉だ。ケイと同じ班だった二人は、ついさっきストウ少尉の監督の元、第二ベースとトゥレーディア基地の間を行き来する小型輸送船でここに着いたばかりだった。


「うん。みんなは今ごろ何をしてるかなあって」


 ストウ少尉は、弟の少々幼い物言いに苦笑した。軍人であることを嫌ったこの弟の周囲には、常に友人たちがいた。


「孤独に耐えられない者は宇宙では生き残れないぞ」

「そうだね。思い知ったよ」

「あれっぽっちの訓練でわかったようなことを言うな」


 言葉は厳しかったが、口調は柔らかかった。ケイはしばらくしてから、つぶやいた。


「サッタール・ビッラウラ。知ってるだろ? コラム・ソルの精神感応者」

「ああ。その名を知らない者は宇宙軍にはいない」

「彼は、いつでもどこでも、どんな状況でも他人と繋がれるはずなのに、いつも一人でいようとするんだ。何でかなぁって最初は思ったけど」

「理由はわかったのか?」


 姉の声に非難の影を聞いて、ケイは振り向いた。


「初めはね。僕たちを見くびってるのかと思ったんだ。能力を持たない鈍感な我々を。でも、そうじゃないかった。彼は人の心が読めるから、怖いんだと思うよ」

「怖い? 教官や同級生の頭をのぞけるなら、大学なんて楽勝だろうに。それともそんなに他人の評価を気にするケツの穴の小さいやつなのか?」


 ケイは、あははと笑って首をふる。


「他人の事情でも知ってしまったら気になるだろう? 僕らは普段、家族や友人のことしか気にしないけど、それが見知らぬ人間を含めて、何十、何百、何千となったら? とても背負えやしないさ。でもそうしたくなっちゃうんだろうな。だからなるべく心を遮断していたんだ」

「賢いな。常人を越える力なんか、必要な時にだけ発揮できればいいんだ」

「そうだね。彼は賢い。でもって、僕より寂しがり屋なんだよ」

「……お前は何が言いたいんだ? 恋人のことを考えていたんじゃないのか?」


 姉のもっともな疑問にケイは破顔した。


「そうさ。彼がいれば、ジゼルとコンタクト取れるのにってさ」


 バカバカしいとストウ少尉は肩をすくめた。


「一光年だぞ? それとも超常能力はそれほどの距離をものともしないのか?」

「さあ? でも、ほら。愛は時空を越えるかもしれないじゃん?」

「私の弟がサッタール・ビッラウラとそれほど遠大な愛を育んでいるとはな。地上に戻ったら母上に申し上げておこう」


 あきれたように踝を返した宇宙軍士官の背に、快活な笑い声が響いた。


***


 なす術もなく漂うロンディネ号では、船長のホーガンが打ち消しても湧きあがろうとする焦りを、その度にねじ伏せていた。

 すでに自分も部下も、備えられていた船外活動用の宇宙服を身につけている。

 ようやく開けたブリッジのドアの向こうは、空気が生ぬるくなった真っ暗な通路が続いていた。


「炉心の温度は相変わらず上昇中か」


 いっそのこと、沸騰した冷却水のパイプが圧力で破損して、外壁を突き破ってくれればとさえ考えた。

 あれからビッラウラからの連絡はない。ここでロンディネ号が爆発した場合、学生たちのポッドへの影響はどれくらいあるだろうと、汗を拭いながら考える。

 デイモンたちは今、なにをしているだろう。無事に機関室から抜け出て、今頃は宇宙服を身につけられただろうか。

 対処するより、船を捨てる方が賢明かもしれない。


「キャプテン。補助電源まで、あと隔壁が二つありますが」


 通信担当の部下が、手にした短機関銃で先を示した。


「明かりを照らしていただけますか?」

「すまない」


 ホーガンは部下が作業しやすい位置に移動した。

 宇宙服の機能が保たれていたのは幸いだった。同じようにブリッジに保管されていたエネルギー銃は使い物にならなくなっていたのだから。

 すぐ側にエアロックがある。船を捨てるならば、いま出るべきだった。宇宙服に装備された推進用エンジンでは、大爆発から十分な距離を稼ぐのに時間がかかる。

 ポッドが使用できるなら、もう少しはここで時間を使えるが、しかし。

 考えるホーガンに轟音が響いた。


「ロックが外れました」


 その声に我に返る。

 どちらにしても脱出するのは自分が一番最後だ。それまではやれることをするしかなかった。


***


 ぼやけたサッタールの視界に、一つの星が浮かびあがってきた。フィオーレ星系の一番外側を回る凍りついた第八惑星。楕円の軌道を持つこの惑星は、今、太陽フィオーレからもっとも遠い場所にある。

 これが本当のことならば、すでに九兆キロメートル以上を来たことになるが、もちろんこれはあくまでもサッタールの脳内イメージでのことだ。


(あれからどのくらいの時間が過ぎたんだろう)


 考えてもせんないことを、つい思ってしまう。

 青白く見える第八惑星を右手に見ながら、もう一度フィオーレ星系内の惑星の位置関係を思い浮かべる。

 第七、第六惑星は、ファルファーレから遠い。やはり次の目印はフィロメロス基地のある第五惑星だろう。

 だが、時間も遡らなくてはならないのだ。


(どれくらい? 少なくとも私たちがトゥレーディアを出発した後のはずだ)


 果たして、意識してそんなに正確に時を渡れるものなのか自信はない。だがロンディネ号に残された時間はそう多くはないのだ。

 サッタールはもう一度、航路を頭に浮かべて、第八惑星に別れを告げた。


***


 アレックス・イルマは、セントラルの公安事務所で書類の山にサインをしていた。

 超常能力者対策法が施行され、コラム・ソルと能力者たちの社会的な位置づけも決まったのはいいが、そうなると中央府議長直属の出先機関であったはずのコラム・ソル事務所の性格が曖昧になってしまい……。

 結論として、コラム・ソル事務所自体が公安に移管されるということで落ち着いたのだ。


「ますます後任のなり手がなくなりそうなんですが」


 アレックスは目の前で同じく書類仕事をしているハヤシに向かってぼやいた。


「おや? あなたは終身なのかと思っていましたよ」


 ハヤシは目も上げずに答えた。

 この電子化社会の中で、役所だけはいまだに紙の書類にサインという旧態依然を保っている。


「単にコラム・ソルに移住しても、あなたじゃ食べていけないじゃないですか?」

「……俺、一応海軍にもいたんですけどね」

「海軍もクビ、公安もクビで、次は漁師にでもなるおつもりですか」

「いや。そもそも俺の身の振り方の話じゃなくて」


 サインしながらかきむしってしまった髪が、ふわふわとあちこちに流れるのもかまわず、アレックスは首をふる。


「彼らとのつきあい方を知っている人間は増えた方がいいと思うんですよ。だから事務所を拡充したらどうかと。中央府の中だけじゃなく、四大陸のあちこちに。もうあそこは伝説の島じゃない」

「それはそうですが」


 ハヤシはようやくペンを置いて振り向いた。


「サン・マルコで起きたことを忘れたんですか? 彼らは今でも、これから先も、力を得たい組織にとっては喉から手が出るほど欲しい存在です。中に入り込む人間が増えるほど危険も増す。いくら彼らが精神感応力で他者の頭をのぞけるからって弱点がないわけじゃない。いまのところ公安としては事務所の拡充には反対です。あなた一人で充分でしょ?」


 厚い唇に笑みをのせたハヤシは、またペンを握った。

 実際、議長が約束した発電所の建設が終わって、折衝役だったアレックスは暇だった。

 法整備も終わったし、四大陸やセントラルでの新たな超常能力者の発見もない。海底資源を求めて細々と派遣されてくる企業関係者を案内するのが仕事になっていた。


「だいたい彼らだって、ビッラウラ以外は積極的に外に出ようとしない。私はそれでいいと思ってますがね。なにも閉じこめてるわけじゃないし」

「それで都合のいいときだけ利用しようと?」

「もちろんです。同時に不満分子にさせないために」


 アレックスはむっとして口をつぐんだ。

 もうあらかたサインすべきものはしてしまったが、せっかくセントラルまでやってきたのだ。もう少しハヤシと話をしたかった。

 コラム・ソルの能力者たちは、けして無垢な幼児ではない。むしろ自分よりもよほどしたたかだ。それでもハヤシの言うとおり、積極的に外と関わろうとしているようには見えなかった。

 公安に利用されても自分たちの楽園を守ろうと、堅く決意している。


(ミスター・クドーでさえも、いったん外の情報に自由にアクセスできるようになったら、島から出たがらないもんなぁ)


 アレックスは遠い目で、法案成立後の式典に、誰が出席するのかで起きた騒動を思い出した。

 サッタールはともかく、あと一人、島の代表者に出て欲しいと要請すると、アルフォンソは頑としてうなずかず、ショーゴにその役割をふった。セントラルでの滞在経験もあるし、社交的な彼ならとアレックスが出席を切り出すと、ショーゴは自分の実験室に閉じこもって鍵をかけた。

 それならばと、ジャン・ポワイエや老ゴータム、サハルやミアにも声をかけたが、皆、それぞれのやり方で逃げ回る始末。最後にはショーゴの妹のユイを連れていくと、アレックスにしては珍しい恫喝に屈服したショーゴが渋々出てきて決着がついたのだ。もっとも、兄に怒ったユイは一緒にセントラルまで来てしまったけど。


「我々の社会には、彼らの必要とするものがないんですよ」


 突然ハヤシから返事があって、アレックスはぎょっとした。


「いつの間にあなたも精神感応力を持つようになったんです?」

「持ってませんよ、そんな便利なもの、あったらもっと出世してます。単にあなたが口の中でぶつぶつ言ってただけじゃないですか」


 いや、この男は社会的な出世より別のことに使いそうだと、今度はしっかり口を閉じてアレックスは中年男を見返した。


「我々が超常能力を異端とするからですかね?」

 話を元に戻すと、ハヤシは首をふった。

「それだけじゃないでしょう。素朴な憧れや、社会での成功を希求する心。そんなものが希薄なように感じましたね、私は。それで言えばビッラウラの例は非常に珍しい。そもそもの動機は知りませんが、彼はこっちの流儀の中で自分の地位を自力で勝ち取ろうとしています。彼を一般化してあの島を考えちゃダメですよ」


 数回しかコラム・ソルに足を踏み入れてないくせに、自分より客観的な理解をしているのはどういうことだと、アレックスは凹んだ。


「それでも来る者は拒まないと言うのですから、ぼちぼちでしょう。それよりビッラウラはいつトゥレーディアから戻るんですか?」


 アレックスは腕の情報端末に目を遣った。


「トゥレーディアじゃなくて、今頃はこの星系から出ているはずですよ。そこで救命ポッドの脱出訓練をして……ファルファーレ帰還は早くて明後日ですね」

「深宇宙で、彼の能力は使えるんでしょうかね? 星間で光より速く意志が伝えられるようなら、宇宙軍は大喜びでしょうな」

「さあ? それに宇宙軍はいまだに彼のことを腫れ物を扱うように接していると聞いてますし」


 首を捻ってアレックスは窓の外に目を向ける。

 灰色の海に日の光かきらめいていた。


「ビッラウラは特異点なんですよ。彼を公安の支配下におけて私は満足です」


 支配下ってなんだよと思いながら、アレックスは立って窓を開けた。

 もしサッタールが深宇宙から思念を送ってきたらと考えると、それはそれで胸が躍るような気がした。


***


 エステルハージは、スクリーン上に映し出された漂うポッドの群の光点を見つめ続けていた。

 ロンディネ号に対して自分ができることはなにもない。ビッラウラが去った今、連絡すらつけられないのだから。

 しかしポッドの方はそうではない。学生たちはエステルハージがここまで連れてきたのだ。宇宙に事故はつきものとはいえ、彼らを無事にファルファーレに帰す責任がある。


(ビッラウラの身体は安定してるな)


 訓練の引率者用として仕様を変更されたエステルハージのポッドには、各ポッドから乗員のデータが送られてくる。

 それによればビッラウラのバイタルは、脈拍も呼吸も多少抑えられているが正常の範囲だった。まるで睡眠状態にあるように。

 しかし脳波については激しく変動している。眼球の動きもだ。

 脳医学の素養がなくてもはっきりとわかるほど、サッタール・ビッラウラの脳は活発に働いていた。


(だが他の学生たちは、どこまでもつか……)


 二七人の学生のうち、六人が極低温睡眠に移行していた。うち一人は、興奮が激しく、エステルハージが遠隔で眠らせたのだ。

 無理もなかった。

 うっすらと目視できる場所に浮かんでいる母船ロンディネ号は、標準時間で四十分ほど前に小規模な爆発を起こしていた。

 熱センサーの推移を見る限り、炉の暴走は止まっていない。

 爆発が、船長以下の努力による人為的なものか、為す術もなく起きたものかも、ここからではわからない。もちろん彼らの生死も。

 全ポッドが自動で睡眠に入るまで、あと三七時間ある。だが、エステルハージは手動でその設定をキャンセルしていた。せめてビッラウラが戻ってくるまで、目を覚ましておきたかった。




連載は不定期になりがちですが、週に1回かできたら2回を目指したいと思っております。

予告できず申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

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