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第四章 彷徨う心(9)


 幸いなことに翌日、大学は休日だった。夜明けと共に目覚めるコラム・ソルからの習慣も、この朝は寝坊を決め込んで、サッタールがようやく起きたのはもう日が高く昇ってからだった。それも遠慮のない侵入者によってだ。


「まだ寝てんのか? 朝飯、食いっぱぐれただろ」


 勝手に電子錠を開けて部屋に入ってきたコラム・ソルのエンジニアは、手にしていたトレーを乱暴に机の上に置いた。


「……なんであんたがここにいるんだよ」


 ショーゴの気配と声に、サッタールはベッドに転がったまま額に手を当てる。寮は部外者を閉め出している訳ではないが、鍵を力で開けるのは言語道断だ。


「ちゃんと案内してもらったぜ? 玄関ホールでウロウロしてたら、お前の同級生ってのを見つけて……えーと、ストウだっけ?」


 ぎょっとして起きあがると、両手に分厚い資料を持ったケイが戸口からのぞいていた。


「やあ。ちょっとばかり久しぶりだな」


 ケイは興奮した顔で部屋を横切り、朝食の乗ったトレーの隣にどさっと手にしていた物を置く。


「いやー、見慣れない人がいるなって思ったら、この人が僕に話しかけてきてさー。同級生なら案内してって。まいったな、何で見ただけでわかったのかとか、鍵を触っただけで開けたとか、見ちゃいけないもの見ちゃった気分」


 にやにや笑うケイには、いつものように好奇心しか感じない。


「まあ、どうせ僕も君のところを訪ねるつもりだったからね。ちょうどよかった。はい、これ。君がサボった五日分の資料。講義録はまとめてあるから、君のPPCにダウンロードするといいよ」


 体調管理もスケジュール管理も宙航士の資質ということになっている宙航士科の教育プログラムは、欠席の理由などいっさい考慮されない。

 机の上を見て呻くサッタールを見て、ケイは愉快そうに笑った。


「どの教官も補講はしてくれるそうだから、明日早速申し込んでおくんだな。このままだと最優秀はユーリに取られるよ?」

「最優秀なんかどうでもいいけど」


 布団をどけてベッドから降りたサッタールは、じっと自分を眺めている二人に不機嫌に言った。


「朝食と講義録には感謝する。だがまず、シャワー浴びて着替えたいんだが?」

「構わねえよ、どうぞー」


 のんきにショーゴが言って、断りもなくイスに座る。昨夜レワショフが尻を暖めていたイスだ。そして、好奇心の虜になっているケイもすぐに退散しようとは思っていないことは、まき散らされている思念で明白だった。

 サッタールは机に積まれた資料をちらりと見てから、諦めてシャワー室にこもった。

 惑星の運命の岐路を見てきたのだとしても、現実の些細な問題もまた厳然としてあるのを認めない訳にはいかなかった。




「ずるいじゃないか。僕だけ除け者にしてユーリとアルとは話したんだろ?」


 汗を洗い流してさっぱりしたサッタールが、無言でサンドイッチをお茶で流し込んでいる横で、ケイは恨めしそうに部屋をうろうろしていた。


「アルは科が違うし、ユーリは君の欠席中のノートを見せもしてくれないのに。僕なんか、いつ帰ってきてもいいようにちゃんとまとめていたのにさ!」

「ノートはあんたのか?」

「僕とジゼルの。大丈夫! 彼女、しゃべってる時は若干アレだけど、ノートはまともだから!」


 サッタールは、亜空間航行演習での紫のふわふわ頭を思い出し、くすっと笑った。ブラッスール姉妹の言動は派手で誤解されやすいが、中身が意外にまともなのはよく知っている。


「でさー。まあ講義のことは後は自力でがんばってくれってことになるけど。それより、えーと、ミスター・クドーの力ってすごいよな。目に見える分、君のより感動したよ。あれはどんなカラクリ?」


 問われたショーゴは苦笑して肩をすくめる。


「やっちゃいけねえんだから、忘れてくれるといいけどな」

「忘れられませんよ! 電子の流れに干渉できる超常能力者ってあなたでしょ? もしかしてAIの演算もトレースできる? 今からでも大学で宇宙船のシステム勉強しませんか? そしてぜひ僕の夢のトレジャー船のクルーに……」


 熱く語り始めたケイを、語るがままにさせて、ショーゴはサッタールの心をつついた。


『もう何ともないか?』

『ああ。心配させた。本当にすまない。みんなは?』

『ホテルのワンフロアーを占拠して、イルマが付きっきりで世話をしてるぜ。朝早くからシャトル発着場の見学に行ったしな』

『シャトルの見学?』


 彼らがそんなものを見たがるのは意外だと思うと、ショーゴはくっくと笑いを思念に添えた。


『ハヤシが個別に俺たちに接触する隙を作りたくねえんだろ。イルマから伝言。ハヤシは告訴しない代わりに何か条件を出すことは間違いない。留意すべきは、持たされる義務と行使できる自由の範囲をきちんと見極めること。特に義務。拡大解釈の余地をなくせ……あと、お帰り、だと』


 サッタールはなに食わぬ顔で、茶の最後の一滴を飲み干した。いつの間にかケイは演説をやめて、じっとこちらを見ていた。


「何だよ?」

「……今、二人で内緒話をしていただろ? あー、いいよ。僕は政治的なゴタゴタに関わるつもりはないし、ユーリのように負わされているものもないしね。だけど、一つだけ聞いておきたい。サッタール、君、大学辞めるつもりはないだろうね?」


 似たようなことを昨夜も話した。レワショフとアルヴィンに。サッタールはケイの軽薄そうな表情の裏に、真摯な感情がこもっているのを、また不思議な感動を持って見つめた。


「ない。きっちり宙航士の資格を得て、私は宇宙に行く」

「そっか」


 目に見えて嬉しそうに笑ったケイは、サッタールの食べ終わった朝食のトレーを机からさっと取り上げた。


「それなら、今日は王子様を特別に甘やかして、これは僕が片づけておくよ。明日、また講義で会おう」


 スキップでもしそうな足取りで出ていくケイの心は、これからジゼルと会ってサッタールのことをどう報告しようかという思念で彩られていた。


「……いろんな奴がいるよなあ」


 ケイの思念を読んだショーゴが感心したように呟く。


「島じゃあ、見知ったっつーより、腹の中までお知り合いばっかだもんな。新鮮だろ?」

「ああ。だけど普段は周りの思念を聞かないようにしてるから、ケイとジゼルがつきあってるなんて」

「そりゃ、精神感応を取っちまったら、お前、ただのニブチンだからな」


 拳を口に当てて笑うショーゴは、複雑な顔をしているサッタールを見ると更に笑い声を高くあげた。


「なんだよ」

「あっはは。お前さー、心読まなかったらベッドに押し倒されるまで相手の恋心にも気づかねえような最低男だよなー。昨日来てた白熊も眼鏡からも、それからハヤシの娘も、今の男も。心配されたり、一緒に勉強しようとか言われたりする度にびっくりしてんだろ? そんなはずないのに何でだって。どうしようもねえな」


 能力が、力が大きいから大事にされるのだと思っていた。全員が共同生活の島だから、受け入れられるのだと。

 もし自分だったら、こんな捻くれて、自尊心ばかり高くて、そのくせ迷ってばかりの人間なんて、面倒くさくてつきあってなどいられないだろう。だから周囲もそうに違いなと、思っていた。

 アレックスは底抜けのお人好しだから。学生たちは自分の特殊な出自と超常能力への好奇心から。そこにサッタール・ビッラウラなんていう大層な名前を持った個人に向けられる感情なんてないと、どこかで冷笑していた。


「私は……一人で空回りする大馬鹿者、なのか……」

「はは。そう思う奴はいるだろうなぁ。でもさー、サッタール。ハヤシがお前を認めてんのもそこじゃねーの? なーんかさ、放っとけないって思わせんだよな。だからお前一人引き込めば、後は芋づる式っつーか」


 そうなのか、そこなのか……とサッタールは手で自分の目を覆った。体温が高くなっている気がしたが、気のせいだと思いたい。


「さぁて。お友達も心配していることだし。イルマにばっかりハヤシの面倒見せとくのもアレだし」


 ショーゴはそんな青年をおかしそうに見遣ってから、パンと両手を打ちつけた。


「ハヤシと面談といくか。お前の勉強時間も確保しなきゃなんねえからな。さくっと」

「さくっと済めばいいけどな」

「済ませんだよー、このペシミストめ」


 ケイに講義録のデータをもらうのは、遅くなってからになりそうだと思った。






 手回しよく大学から小さなカンファレンスルームを借りたアレックスは、ハヤシの隣でもぞっと身じろぎをした。ハヤシの向こう側には、サン・マルコからやってきたオウという名の年輩の公安部員が座っている。

 テーブルをはさんで、サッタールの両脇にショーゴとゴータム・サスティが陣取り、ハヤシに無表情な目を向けていた。


(ああいう顔をしていると、三人ともよく似てるんだよな)


 アレックスは密かに思って目を瞬かせた。

 外見的には、三人は違った民族の面影を残している。だが、精神感応の力をフルに使っているとき、コラム・ソルの者たちはよく感情が抜け落ちた顔をする。


(って俺の感想も当然伝わってるんだけど)


 すっかり慣れてしまった自分と、憎たらしいほど平常心を保てるハヤシは、肩から力を抜いているが、オウはどことなく緊張した様子で額の汗を拭うのが視界の隅に映った。


「……という訳で。サン・マルコの偽動画とアンドロイドの件は、いずれかの企業体によるものではなく、反政府を標榜する組織によるものと断定しました」


 それはサッタールが昨夜レワショフから聞いたものと変わらない。サッタールは泰然と座っているハヤシの心に慎重に侵入した。

 信じられなければ心を読めばいいと言われているのだ。遠慮する事はないが、また事故を起こしてはと思うと自然と神経質になる。

 ハヤシはオウの報告を、既に知っていたのだろう。その心はそうした事件を起こしそうな組織を次々に思い浮かべていた。


『念の為に言っておきますが、これは公安の仕事じゃありませんよ』


 不意に、ハヤシの視線が動き、まっすぐショーゴに向けられる。


『あなた方は私の思考を読んでおられるのでしょう?』

『あんたらは、ジャンをはめようとしたんだぜ。はいそうですかと信じられると?』


 ショーゴが宙を睨んだまま、思念の力を強めた。その矢のように鋭い思念がハヤシにぶつかる前に、サッタールが抑え込む。

 普段、能力を持たない者の心を読みはしても、こちらから話しかけたりはしないのだ。加減がわからないのも無理はなかった。

 ショーゴが驚いたように目を瞠った。


『また昏倒されても困る。読むのは構わないが、言いたいことは口に出して言え』

『お前なぁ』


 ショーゴは呆れたように首を振った。それを公安の二人とアレックスが何事かという目で見る。

 オウが報告を中断したまま、どうしたものかと上司を窺い、ハヤシはわざとらしく咳払いをした。


「あー、ご意見があれば忌憚なくお聞かせください」

「……公安の陰謀を他に押しつけてはいねえな?」


 渋々ショーゴが問う。ハヤシは厚い唇を引き上げて笑った。


「不信感を持たれるのも理解してますが、これは違います」


 きっぱりと答えた瞬間、コラム・ソルの三人は、少なくともハヤシに嘘を言っている意識はないと認めた。


「我々が容疑をかけている組織はいくつかありますが、一つは少々厄介でしてね。以前、ミスター・ビッラウラを誘拐したような単純な反政府組織じゃないのですよ」

「何が目的なんだ?」


 ショーゴの問いに、オウが答えた。


「言いにくいのですが。団体名称は【人類純化推進会議】です」

「なんだそりゃ?」


 声を上げた時には、三人の精神感応者はその概要をオウとハヤシの脳から読みとっていた。

 ファルファーレに超常能力者が現れて以来、彼らを恐れ排除しようとする者は絶えることがなかった。使役したいのではなく、排除、絶滅を願う者が。


「でも、俺一人連れ出せたとしても……」

「精神感応者は、互いの絆が強い。それを彼らもまたよく知っているのです」


 ハヤシの解説に、サッタールは呻いた。五百年前の、自分のものではない記憶が蘇る。


「それならそうと、何でもっと早く警告をくれんかったのじゃ?」


 黙ってしまった若い二人の代わりに、老ゴータムがしわの寄った口を開いた。


「とっくに知っておったじゃろうに。それとも彼らに我々を襲わせてあんた達にすり寄らせようとでも思うたか?」


 オウは酢を飲んだような顔をしたが、ハヤシは、心の中で肯定した。精神感応者の三人は、同じように肩を揺らして、大きく息を吐き出す。


「これで、彼らの本拠地を捜索する大義名分がたちましたので」


 涼しい顔のハヤシは、少しだけ頭を下げた。そこに悪びれた思いは微塵もなかった。

 気まずい沈黙を破ったのは、それまで一言も発言していなかったアレックスだった。


「えーと……公安のやり方に信を置かれないのはもっともです。個人的には頭から信じてはならないと、私自身も思っています。いわゆる汚い手を使われたことに関しては、断固抗議すべきですよ。ただですね……えー、先日もエステルハージが言った通り、公安はこの惑星上でもっとも広範囲に影響を及ぼし得る組織です。コラム・ソルが公安と手を組む利点は、計り知れない、と思っています」

「何故そう言いきれるんじゃ? あんたと公安の活動ほど相入れないものはなさそうだがの?」


 ゴータムの疑問に、アレックスは折り目正しくうなずいた。


「公安の設立経緯をご存じですか?」

「中央府と一緒にできたんだろー?」

「そうです。現在、ファルファーレには治安維持を任務とする組織は多種あります。三軍はもちろん、各大陸政府も軍を持ってますし、警察、警邏隊もあります。それで充分であるとも言えますが、この数ヶ月で私が思い知ったことがあるんですよ。少しそれをお話してもいいでしょうか?」


 サッタールはアレックスの青い瞳をじっと見つめた。思念を読むまでもなく、その色は深い憂慮と、変わらぬ友情を伝えていた。


中途半端なところで切ってすみません。

身内が入院、手術などでバタバタしており、木曜日に更新できるかは未定です。

遅くとも来週には更新します。第四章もあと一回で終わります。

申し訳ありませんが、お待ちいただければ幸いです。

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