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第一章 過去の残像(2)

 コラム・ソルに超常能力者たちが移住する前。ファルファーレには二万人を超える能力者がいた。彼らの拠点は南のブルーノ大陸にあったが、今から四百年ほど前、傑出した指導者が出たという。名をイウサール・スッラ。

 イウサールはそれまで経験に頼って使ってきた能力を、原理から研究し、様々な科学技術と融合させ、当時としては驚くほどの高い生活水準と恐るべき兵器を開発し、四大陸どの政府の干渉も受け付けない能力者の自治区を作っていた。


「イウサール?」


 アレックスは思わず呟いた。確か初めてこの島に交渉に来る際、その事前知識としてイウサールの事績についての文書を読んだ。そこには南の錬金術師と書かれていたはずだ。

 ゴータムはアレックスの呟きには構わず、先を続ける。


「今、あんた方はこの島の暮らしを見て、なんと未開なと思うじゃろう。三百年前の機械をだましだまし使い、能力に頼れぬ部分はみな手作業じゃ。だが移住前は違ったのじゃよ。能力を最大限効率よく使えるように同時に科学技術も開発しておった。今よりもずっとな。宇宙に船すら浮かべられたという」


 なんだって……と呟いてアレックスはまじまじとゴータムを見つめた。サッタールとアルフォンソも眉間にしわを寄せて口を開かない。


「そう。今の姿は、いったんは最盛期を迎えた技術を捨てた後のものなのじゃ。それを移住当時に長を務めていたケヴィン・アンダーソンが詳細な記録に残し、代々密かに伝えておった。最後の当主はわしに託すしかなかったが」


 バラバラと窓ガラスに雨が打ちつける音が響く。風が木々の梢を鳴らして吹き過ぎていく。

 サッタールの淹れた茶は、もうすっかり温くなっていた。

 ゴータム・サスティの話は、アレックスのみならずサッタールやアルフォンソにとっても衝撃だった。


 三百年前の先祖たちの方が、今の自分たちよりも遙かに進んだ技術を持っていたことは、理解していた。

 たとえば発電所。たとえば海底鉱山の採掘。たとえば南海の孤島にしては食用に向く様々な農作物を生み出す土壌。

 それらは注意深く計画、実行された結果に違いない。人口が減り能力が枯渇しても尚、三百年もの時間、自分たちを育めるに足るものだったのだから。

 サッタールも他の島人も、漁に出て他の小島に上陸した経験を持つ。だがそれらはコラム・ソルとは違って清水も湧かなければ食べられる動植物もほとんどない。


 先祖たちは進んで科学と能力を融合させ、今では考えられないほど進んだ技術を持っていた。それを捨て去ったのは何故だろう?

 サッタールの疑問は他の二人も同様に持っていたとみえて、ゴータムは一つ深くうなずいた。


「我々の先祖がその技術の大半を捨て、隠蔽し、ここに引きこもったのは……まあ、怖くなったのじゃろうな」

「怖く、だと?」


 アルフォンソが怒気を隠して低く訊く。


「そう。余りにも周囲と隔絶してしまった。能力者を効率的に産み出すために、遺伝子を組み替え、人工子宮で育てることまでした。周囲がまだミサイルも持たない時代に、大陸を越えて爆弾を撃ち込むこともできたし、他人の意志を操りもした。科学による通信や交通の発達がなくとも、惑星中を自在に移動できたのじゃ」


 ファルファーレには大きな宗教団体は存在しない。神はあくまでも形而学上の存在だった。

 しかし突出した超常能力者の社会のあり方は、神を持たない者たちにとっても神の領域に土足で入りこむ所業と思われた。


「イウサールの死後、そんな社会を維持しようとする者と、自然に帰ろうとする者の間で、壮絶な勢力争いが起きてな。それが当時の各大陸政府の思惑と絡み合って、まあ内部での激しい粛正が起きたようじゃ。血みどろの。超常能力者同士の殺し合いじゃ。それは凄惨なものだったらしいぞ。そんな時に、あの彗星が現れた。彗星の災厄を退ける為に、更に多くの者が倒れた。ケヴィン・アンダーソンは残った者をまとめ、生きるに足るものだけを選択して全ての技術を捨て、ここに来たという訳じゃよ」


 長い話を終えたゴータムは、茶を一口ずずずと音をたてて啜ってから、三冊の小冊子を取り出してテーブルに置いた。


「これがケヴィンの手記じゃ。ただ、ここにはその技術の詳細はいっさい記されてはおらん。移住の経緯が分かるだけじゃな」


 アレックスはその古びた冊子に視線を落とした。角も擦り切れ、インクも薄くなったそれは、古い怨念が宿っているように見えて手に取る気にならない。

 だがアルフォンソは、あっさり手を伸ばしてめくり始めた。


「しばらく預かるが、いいか?」

「構わんよ。今の長はおまえじゃ」


 ゴータムは清々した顔で、にっと笑った。

 その中で、サッタールは何も言わずにじっと自分の手を見ていた。顔が青ざめているが、ゴータムもアルフォンソも何も言わない。

 アレックスは躊躇いながらサッタールの肩に手を置いた。


「今の話が……」


 言いかけた途端、サッタールは立ち上がり、窓の外に視線をやる。


「トゥレーディアで、サムソン大宙将の思念と戦った時。私はこんな風にはならない、絶対に、と思った。どんな理由であれ、他人をいいように操り、自分の欲を押しつけ、敵対する者を焼き尽くすようになんかなるかっ、自分だけは、と。だけど私もその末裔だったんだな」


 誰に話しかけるでもなく、降りしきる雨とうねる波を見つめたまま、サッタールはぽつんと言った。


「先祖たちはこの島にこもる前に、我々全員に暗示をかけのじゃ。曰く、外には出るな。この島で静かに暮らせ。対立するな、とな。それをあっさり破ったのはおまえが初めてなんじゃろう、サッタール・ビッラウラ。それが良いことかどうかはわからん。先祖たちは我々が静かに滅んでいくのを願っていたのかもしれんと、わしは密かに考えておった」


 だから最初は島を開くことに反対したのだとゴータムは続けた。サッタールは顔をくしゃっと歪め、拳を窓ガラスに打ち当てる。


「もう外への道を開いてしまったんだ。今から後戻りなんかできない。……私は、単純に受け入れられるのが当たり前と思ってた。だって同じ星の仲間じゃないかと。はっ、傲慢もいいところだったな。憎しみも反発もあって当然だった。能力者が好き放題できないように今の政府が考えるのも無理はない。私は、間違っていたのか……?」

「さて? 用意周到な先祖たちは、移住前に各大陸に散らばる我々の記録を破壊し、惑星規模で記憶の操作まで試みたらしいがのう。まあ、それだけの力を持つ先祖の暗示を解くのに、三百年かかったとも言える」


 それでコラム・ソルの能力者についての情報が伝わっていなかったのかと、アレックスは得心した。ミュラー元元帥が見つけてきたイウサールについての文書は、その手から零れた貴重なものだったのだろう。


「あの……お話はよくわかった、と思います。秘密は守ります。確かに中央府がこれを知ったら、まずいでしょう。ただ……今は、中央府も、多くの大陸の民もあなた方を悪意のみで捉えてはいませんし、あなた方もそうです。不幸な過去は過去としてもいいのではないでしょうか?」


 アレックスは、心中の激情を抑えているサッタールを気遣って半ば腰を浮かせつつも、ゴータムとアルフォンソに顔を向けた。


「あなた方のご先祖が、コラム・ソルを滅びの島にするつもりだったのかもとおっしゃいましたが、それよりむしろ双方の傷を癒して新しい関係を作る為の冷却期間だったと考える方が、精神衛生上にもいいような」


 アルフォンソが読んでいた冊子から目を上げてくっと笑う。


「俺はあんたの、その健全過ぎるほどに前向きなとこが嫌いじゃねえよ。あいつにゃ、耳が痛いだろうけどな」


 顎でまだ外を見つめたままのサッタールを示す。遠くから轟音が響き、沖に稲妻が走っていた。それがまるでサッタールの心情のようにも見えた。


「だがな。今みたいに利益を真ん中に置いて交渉するだけなら、互いに表面だけ理解し合えればいいが、こっちとあっちが混ざり合ってやっていくなら、もっと深いつきあいが必要だ。それも今すぐに始める必要があると、俺は思うね。これから数十年の間に新しい超常能力者の子供たちが生まれてくるはずだからな。彼らが育つ前に、俺たちで道筋を敷いてやった方がいいだろう」

「は? 新しい子供たち?」


 アレックスは浮かせた腰を戻して椅子に座りなおした。


「そうさ。能力は彗星のまき散らしたものの中から来る。それはケヴィン・アンダーソンだけじゃなく、俺たち他の四つの家にも言い伝えられている。この分じゃあ、先祖たちは、もっとその因果関係を知っていたのかもしれんが、あいにく俺たちが知ってるのはそれだけだ。サムソンとかいう野郎は、たぶん三百年前の彗星の落とし子じゃねえの? 移住前に残っていた能力者のほとんどはこの島に連れてきちまったんだからな」

「これから、もっと超常能力を持った子供たちが生まれてくる、と? そのことを中央府は……?」

「中央府には伝えてねえよ。どう反応するかわからんからな。だけどよ、俺たちはグズグズしてられねえんだよ。イルマ所長、あんたにもサッタールにもな」


 自分の名も連ねられてサッタールがようやく振り向く。


「何が言いたいんだ、アルフォンソ?」

「おまえ、もう一度外に行けよ」


 サッタールの顔に曰く言いがたい表情が浮かんだ。


「ってか、行きたいんだろ? まさか気づかれてねえとか思ってたんじゃねえだろうな。外に行って、新しい物見て、それであの彗星を捕まえたいんだろ? ずっと前から」

「なっ……だが……今はまだ……」

「まだ懸案事項てんこ盛りで離れられねえってか? おまえ、俺をボンクラだと思ってやがるな? いいか、俺もいるしショーゴも戻った。島の維持は充分だし、交渉相手の中央府との仲立ちには、そこのお人好しで超絶前向きなイルマがやってくれる。おまえ一人いなくても何とでもなるんだよ」


 サッタールの灰青色の目が逡巡するようにアレックスに向けられる。滅多に見ない顔だなぁと思いながら、アレックスは微笑んだ。


「下っ端だけどね。鋭意務めるよ。その為に来たんだし。君が新しい関係を作る為の先兵なんだったら、俺は後方支援に徹するさ」


 それまで会話など聞こえないような態で、勝手に二杯目の茶を淹れていたゴータムが、嫌み混じりに呟く。


「そんな理由で出てくなら、コラム・ソル代表の肩書きなしで行くんじゃな。おまえ一人で一から外の世界に場所を築け。それができる頃までには、こっちの制度だの法整備だのの形もできておるじゃろ」

「へえ、爺さん、手伝うつもりあるんじゃねえか」


 アルフォンソが愉しげに笑うと、ゴータムはにこりともしないで言い捨てた。


「高見で見物してやると言うんじゃ。せいぜいもがくがいいわ」

「あっはは。そんじゃあ決まりな。で、サッタール。おまえどこで何をしたいんだ? はっきり口で言えよ。俺たちが勝手にお前の心を読んで、適当に理解してくれるなんて甘えてんじゃねえよ」


 サッタールはその場の三人の顔を順繰りに見てから、言った。


「ナジェーム宙航大学校へ。宙航士の資格を取って宇宙に出る」

「あそこは試験、かなり難しいけど」


 アレックスが青い目に笑みを浮かべて口を挟む。


「私が落ちるとでも?」


 どこか挑むような、それでいて拗ねたような顔に、三人の男たちはそれぞれの顔で笑った。


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