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第四章 彷徨う心(1)

 ナジェーム宙航大学の敷地は、コラム・ソルよりも広い。その中に数万の学生と数千の教職員が暮らしている。


「学校って言うより一つの国じゃねえか」


 鉄道駅に降り立ったショーゴが大げさに両腕を広げた。


「まあ、そうだな。ブルーノ大陸にあっても完全な自治権を持っているから。それにバリーニ隊長の言うとおり外来者の出入りも完全にチェックされる」

「俺は?」

「まずは滞在の許可を内治事務所にもらいに行くみたいだな」


 サッタールはPPCで情報を引き出しながら答えた。早朝だが、駅には数人の乗降客がいて、全員がこちらを注目している。


「お前、人気者だなー」


 遠巻きに見ている者たちの思念を読みとって、ショーゴが囁いた。


「私と一緒にいるときは、街中にいるときよりもちゃんと遮断した方がいいぞ」


 慣れた顔で出札を通り過ぎ、事務所に足を向けるサッタールを、ショーゴはなんとも言いがたい顔で見下ろした。


「ま、お前なら注目の的は慣れてるか。島でもセントラルでもそうだったもんな」


 周囲の思惑で傷ついた感情をひた隠しにしていた少年時代のサッタールを思い出して、ショーゴはにやりと笑う。


「もう抱っこで慰めてやらなくてもいいのか?」

「いつそんなことしてくれたんだ?」


 むっと唇を引いた顔が幼い頃を思い出させて、ショーゴはさらに笑った。笑いながら、忠告に従わずにすれ違う学生たちの思考を探る。

 すると最初にさっと撫でただけではよくわからなかったが、道を行くサッタールに対する学生の反応は、心配したような反感や敵意ばかりではなかった。

 多くは好奇心。それから奇妙な憧れや不安と幾らかの反発。

 ホッとすると同時にショーゴは小さく首を振った。


(いやいや、これじゃあまるで、過保護な母親みたいじゃん、俺)


 サッタールは遮蔽をきっちりあげているからか、そんなショーゴの内心には気づかないようなのが救いだった。





 事務所では、まずショーゴがIDを持っていないことで揉めることになった。アレックスがコラム・ソルの住人全員にIDを配布する準備をしているはずだが、まさか調査面談からひとり外れることなど考えていなかったので、まだ受け取っていなかったのだ。


「私の知人ということではダメですか?」


 窓口でサッタールが係員に詰め寄った。いや、本人は詰め寄ってるつもりはないだろうが、相変わらず周囲の思考を読んでいたショーゴには係員がひるんでいるのがはっきりわかった。


「前例がありませんので」


 困ったように眉を下げた係員は、キーボードを叩いて大学規則を呼び出した。


「たとえ他惑星の方でも、ファルファーレに着地する前には短期IDを受け取りますので。まさか持っていないなんて……」

「私が身分も彼の行動も保証しますが?」

「それは問題ではないんですよ。システムが受け付けないので、この先のゲートも通れなければ、ホテルも取れないんです。サン=マルコからの飛行機はどうしたんです?」


 チケットは公安のオウが取って、搭乗手続きもしてくれたのだったと遅まきながら思い出す。空港からの鉄道にはそもそもIDは求められなかった。


「申し訳ありませんが、今事務所長と連絡を取りましたので、しばらくその辺でお待ちください」


 朝っぱらから迷惑な客だという思いを滲ませて、係員が手をひらひらさせた。

 ショーゴは、その辺と言われたベンチに座ると、はぁと溜め息をつく。


「アルフォンソがID導入にいろいろ条件つけてたけど、なきゃないで不便なんだなー」

「悪い。私もこんなことだとは思わなかった」


 サッタールは近くの自動飲料機にIDを組み込んだ指輪をかざし、熱い茶を二つ買ってきた。基本的には大学内で金銭を使うこともない。もちろん学費も生活費も今のところコラム・ソルが中央府と取引きした金や希少金属の代金から出ているので、贅沢をしようとは思わないのだが。


「いやー、面白いよなー。目の前の人間よりまずはIDなんだな」

「他に嘘を見抜けないからだろ」

「理由はそれだけじゃねえだろうけど。でもさー、ほら、彗星がきた時、通過したヴェルデ大陸じゃあ、すげぇ莫大な被害が出てただろ? 確かにID確認がなきゃ何もできねえようなシステムが社会全体に行き渡ってるなら、そりゃ大変だったろうなってさー。大元の電力も、個々の電子機器も全部いかれちまったら、それこそ買い物ひとつできないだろ?」


 おかしそうにショーゴは笑ってから、表情を改めた。


「俺たちだってさ。能力全部失ったら、やっぱ困るだろうな」

「そうだな」


 茶をすすって、サッタールはそうなった時のことを想像してみた。精神感応などなくても口で話して耳で聞けばいい。そう思ってもやはり相当な喪失感を覚えるだろう。第一島の暮らしそのものが成り立たない。


「ところでお前、大学の講義に間に合わせたかったんじゃねえの? 時間、大丈夫か?」


 ショーゴはサッタールの屈託に構わずのんびりと聞いた。


「だがあんたを放り出しても……」

「構わねえよ。俺はセントラルでだってうまくやれてたんだぜ?」


 サッタールの眉がぐっと寄る。


『まさか大学を統括してるAIに侵入するんじゃないだろうな?』

『んな危ねえことしねーよ。身分保障は公安に連絡とりゃできるだろ? 事情もあっちから話してもらった方が手っとり早いんじゃね?』


「じゃあ、私は先に行く。大学内は治安はいいが、ここはまだ中じゃないからな。何かあったら遠慮なく呼んでくれ」

「ああ。後でお前の寮を訪ねるからなー」


 ショーゴは他の島の者よりもずっと外を知っている。そもそも最初に窓を開いてくれたのは彼なのだからと思いながら、サッタールは飲み終わったコップを二つ分片づけて、事務所から出ていった。

 残されたショーゴは、暇を持て余して、設置されている情報案内用のモニターの前に陣取った。


 幸い、ここの情報を見るためにはIDは必要ないらしく、まず【ようこそナジェーム宙航大学校へ】と記されたページを開いた。やろうと思えば、このモニターから大学内へと侵入もできるだろうが、今はそんな必要もない。

 学長らしき痩せた男が、歓迎の挨拶を述べているムービーはスキップして、構内案内図を呼び出す。


「こりゃあ、確かに広いな」


 思わず声をあげた。敷地内にはナジェーム航空宇宙センターがあり、シャトルの発着もできる。ただし開放はされておらず、あくまでも研究用らしい。

 講義棟、教務棟を囲むように各種の研究施設が点在し、少し離れた丘の麓に学生寮と共用棟がある。各所を無人バスが結び、他に学生や教職員の持ち込んだ私用のエアカーの広大なパーキングもあった。

 何よりもショーゴの目を引いたのは、次の一文。


〈五百平米を越えるナジェーム宙航大学の敷地は、何重にもわたるセキュリティシステムによって保護されています。中央及び他三カ所に設けられているゲート以外の出入りは禁止されています。これを破った場合、物品はもとより生命の保証もありませんので厳に守られますように〉


 この広い敷地を取り囲むセキュリティシステムとはどんなものか興味は引かれたが、自分の身をもって確かめたくはない。

 他にショーゴの興味を引いたのは、まばらに散らばっている研究棟だった。そのうちに一つに【ヴォーグ研究所】がある。


「あのー、ちょっといいですか?」


 上司が来るまで暇なのか、マッドな緑に塗られた爪の先を眺めていた事務員に声をかける。


「このヴォーグ研究所って、あのヴォーグ社と関係が?」

「もちろん」


 事務員は面倒くそうに答える。


「ナジェーム大学には惑星中の有力企業と共同研究、開発を行っていますから。特にシャトル製造を一手に握っているヴォーグ社は、ここの宇宙センターの発着場で試験を繰り返してるんです」

「へー。それじゃあ、ヴォーグ社の人はここに自由に出入りしてるんだ?」

「許可されたID保持者だけですよ」


 許可も何も、そもそもIDを保持していない人間なんてと、事務員は非難を込めてショーゴを見上げてくる。


(そっかー、この星の上じゃ、ID持ってないってだけで犯罪者扱いなのか……)


 ハヤシが全員登録を主張し、アレックスが条件を出しながらもそれに協力している理由の一端がわかった気がした。





 いったん学生寮の自室に荷物を置いたサッタールは、そのまま急いで講義棟に向かった。途中何人もの学生と行き違い、それぞれ気さくに手をあげて挨拶をする。思えば馴染んだものだと苦笑していると、教室の入り口でレワショフにはち合わせた。


「無事だったな」


 品定めをするような目で見下ろしてくる大男に、サッタールは素っ気なく答えた。


「そうでもない」


 そのまま入ろうとする腕を掴まれる。


「待てよ。何かあったのか?」

「講義が始まる。私はこの週末ろくに宿題もできてないんだぞ」


 レワショフは手の力を緩めずに真顔で言い放った。


「宿題分なら見せてやる。何があったんだ?」


 手からは深い恐れが伝わる。父親が何かをしたのではないか、という。


「何事も自力でクリヤーできない者は宙航士の資格がないんじゃなかったのか?」

「外部からの圧力があった場合は別だ」

「外宇宙に出たらそれも自力で対処すべきことなんだろう?」


 何をムキになってと思ったが、サッタールは冷ややかにレワショフの手を払いのけた。


「コラム・ソルから友人が来ている。話は彼を交えて昼休みにしてやる」


 まだ何か言いたげな男を置き去りに、サッタールは朝のざわめきの中に身を紛れ込ませた。

 あいつはこれだけ有名人のくせに、その気になるとその場の空気を乱さずに入り込めるって、どんな魔法だと、ユーリ・レワショフは堂々と最前列に陣取ってPPCを開くサッタールを睨みつけた。何か意識を逸らす術があるに違いないと思う。

 線が細くて体力もあるように見えないし、エアカーの運転すらろくにしたことのない非常識な育ちのくせに、自分と遜色のない成績を机上でも実技でもあげてくる。


 思考が読めるなんてずいぶんなアドバンテージだと最初は腹立たしかったが、さすがに一年近く見ているとそんなものに頼ってはいないのはわかる。

 余計に腹が立った。


 レワショフには兄がいるし、従兄弟たちの数も多い。だからヴォーグ社を一人で背負う訳ではないが、それだけに身内のライバルに負けることも許されなかった。

 宙航士の資格など、実際には絶対に取らねばならないものでもなかった。ヴォーグにとっては宙航士など所詮は従業員に過ぎないのだ。それよりは経営を学べと言われてもいたが、レワショフは従兄弟たちとは違う、現場を知る経営者を目指してこの大学に入ったのだ。

 入ったからには実力で最優秀を勝ち取らなくてはならない。それが自分に課した目標だったのだ。


(にしても、何があったって言うんだ)


 サッタール・ビッラウラをヴォーグ社に迎えるのも気に入らないが、その為に卑怯な手段を使われるのはもっと気に入らない。

 イライラと後ろ姿を睨みつける先で、だが当の本人は普段通りの無表情でPPCを操っていた。



お読みいただきありがとうございます。

たいへん長らくお休みして申し訳ありませんでした。

今回は短めですが、代わりにコンスタントに週2〜3回は更新できるように頑張ります。

次回は30日に予定しています。


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