第三章 忍び寄る影(4)
「ミスター・ビッラウラ!」
入り口から二人の男が駆けてくる。手には既に銃が握られていた。レストランからずっとついてきていたハヤシの部下だろう。
「我々の後ろに隠れて……」
言いかけた言葉を、サッタールとショーゴが同時に遮り、目を見合わせる。
「人間じゃない」
「アンドロイドだな」
その存在を瞬時に探った超常能力者に、二人のうち年長の護衛が眉をひそめた。
「では遠慮なく破壊します」
「いや、でもさー。そしたらアレを送ってきた奴が誰かわかんなくならねえ?」
「組み込まれたAI部分を持ち帰って精査すればいいことです」
「時間かかるよなー」
ショーゴがどこか獰猛に言って、目を細めた。
その間にも黒い影はどんどん迫ってくる。
「あなた方の安全の方が大事です。こんな所で拉致される訳にはいきません」
年長の護衛がきっぱり告げた。影は四つ。公園の街灯に照らされたそれのうち、三つは人型で、一つはずんぐりとした多足のムシのようだった。どれもメタリックブルーの素材でできている。
「センスねえなー。お姉ちゃん型にすりゃあいいのによー」
「センスないのは同意だが、あれはリモートコントロールなのか?」
サッタールが冷静に聞く。
「違いますね。そんな電波は飛んでいません」
護衛の若い方が、腕にはめた機器をチェックして答えた。
「どちらにしても人間に危害を加える設定のアンドロイドなんて存在は許されてません。確実に射程に入ったら、こちらから攻撃します。お二人は噴水を背にして屈んでください」
指示に従って、サッタールとショーゴは水盤の石を背に腰を落とす。
「あいつら相手じゃ、お前は何にもできねえよな?」
「精神がないんじゃな。あんたは?」
「リモートじゃねえなら、触れるぐらいに近づけねえとな」
ショーゴは囁きながら、義足である左脚のズボンの裾をめくった。膝の下をまさぐっかと思うと、音もなく一部が外れて、中から小さな筒状の物を取り出す。
『まさか銃なのか?』
『うーん。レーザーポインターにも使えるけどなー。まあ、電子銃?』
サッタールはショーゴの手の中の物をまじまじと見つめた。
『それでアレが倒せるのか?』
『いやー、そんな出力はねえよ。だけど、これのビームに俺の思念を乗せれば操れる』
ショーゴは絶対に逃がさないと言わんばかりに笑った。
危険はないのかと問い返す間もなく、すぐ間近で銃声が鳴った。公安の護衛が持っているのは、ごく一般的な火気だ。
「関節を狙え。駆動部分を破壊して持ち帰るぞ」
年長の男が指示を出し、また銃が火が噴くが、アンドロイドからの反撃はない。
「武器は持っていないようですね」
公安員が低く呟く。首を伸ばして見ると、十五メートルほど先に、一体の人型アンドロイドが地面に倒れたまま手足をゆっくりと動かしていた。
死にかけた虫のようだと思った瞬間、その一体からシューと何かが吹き出る音がして、アンドロイドは動きを止めた。
「……自己破壊の指令が前もって出ているのか」
「他の奴らは後退したなー。何の為に出てきたのか知らねえけど、このままじゃ逃げられちまう」
まだ油断なく遠ざかろうとするアンドロイドたちを見据えている公安員を尻目に、ショーゴはよっとかけ声をかけて立ち上がった。
「まだ隠れていてくださいっ」
年長の護衛に腕を掴まれたが、ショーゴはそれを振り払いもせず、闇に目を細めた。
「サッタール」
ポンと自作の電子銃を投げられて、サッタールも渋々と立つ。
『俺よりお前の方が当たりそうじゃね? 出力は調整したから底のボタン押してくれりゃいい』
『押したとたんに爆発しないだろうな?』
『そんな物騒なもん、自分の体の中になんか入れねえよ』
「何をする気ですか? それはいったい……」
サッタールが両足を開いて射撃の体勢に入ると、公安員が気色ばんだ。それをショーゴが身体で抑える。
いったん止めた息を吐ききったところで、ボタンを押す。木の陰にちらりと見えたメタリックグレーの躯がぴたっと動きを止めた。ショーゴの電子銃は、想像したような反動がない。
「そのまま照射してろよー」
公安の腕を抑えていたショーゴの手が、今度はサッタールの銃を持つ手に触れる。
ぎょっとするほどの熱い怒りの思念がサッタールに流れ込み、コンマ一秒後には理解できない電子の渦に放り込まれた。
駆動制御、キャンセル。アイカメラ、キャンセル。自爆用濃酸液放出、キャンセル……。
電子の流れに乗ったショーゴの思念が、アンドロイドの機能に入り込み、AIの制御を阻害していく。
想定外の介入に対応しようと、AIが高速で演算しては自分の躯に指令を出すが、ショーゴが信号をことごとく途中で奪って機能停止に追い込んでいってるのだ。
ちっと公安員の舌打ちが聞こえたが、振り返る余裕はサッタールにもショーゴにもない。
「ハヤシ警部ですか? はい、こちらは無事です。正体不明のアンドロイドに接近されましたので、防御的攻撃をしました。一体は倒しましたが、自爆装置が働きましたので解析はできるかどうか。それと……コラム・ソルの二人がもう一体、捕らえたようです……いえ、方法なんてわかりませんよ。こちらが聞きたい……低出力レーザーのようなものを使ってですね……他の二体は逃げました。サン=マルコ当局に追跡の依頼は出してあります」
意識のほとんどをショーゴに使わせながら、サッタールは年長の公安員が自分の携帯で話しているのをぼんやり見つめた。
そういえば直前までハヤシと話していたんだったと思い出す。
同時にタキがここにいなくてよかったと思い、なぜ今タキのことが頭に浮かんだのかと考えた。
もしタキがチュラポーンのような目に遭ったら、自分もショーゴと同じぐらいの怒りを抱くだろうかと。
「すげぇ、防御だな」
すぐ側でショーゴが溜め息をついて、サッタールは二、三度瞬きをした。見ればショーゴが抑えたアンドロイドは茂みの向こうに倒れている。思念の接続を解かれて、急に冷たい冬の冷気を肌に感じた。
「全部の機能を止めて記憶領域の保全をしようとしたら、あのAI、自分のメモリーを意味のない計算式で埋めようとし始めやがった。暴走するように作ってあんだなー」
ショーゴは頬をカリカリとかいて、サッタールの手から電子銃を取り上げた。
「助かった。お前の力吸い上げさせてもらったから、俺は全然疲れてねえけど、ぼーっとしてねえ?」
「いや。大丈夫だ」
頭を振って答えると、ありありと疑念を顔に貼りつけた公安員と目が合う。
「何をしたんですか?」
「説明はしづらいが……」
年長の公安員の手にはまだ、サッタールの携帯が握られている。黙ってそれを受け取ると、ハヤシはまた通信を切ってはいなかった。
「その場にいなかったのが残念だよ、ミスター・ビッラウラ」
ハヤシは喉の奥で笑いながら言った。
「まあ怪我もなく、拉致もされなくてよかったですな。ところで先ほどのミズ・タナラットことですが、ミスター・クドーが何を怒っていたかわかりましたよ。捕獲したアンドロイドを含めて、この件はこちらに預けて欲しいのですが?」
こっちが緊迫した場面を迎えている間に、ハヤシはハヤシで調査をしていたらしい。しかしその間は一時間も経っていないのに。
「あなたとミスター・クドーが公安に雇用される気があるのなら、独自に動いても構いませんよ? そうじゃないのなら私共に任せなさい」
横で聞いていたショーゴが、不機嫌に訊く。
「勝手に動いたら罪になるとでも?」
「傷つけず、殺さず、盗まずならば目を瞑ってもいいですが、他人の記憶や器物に保持されたデータを含めてね。善良な一般市民としては当然のことでしょう」
ちっとショーゴが舌を鳴らし、視線を倒れたアンドロイドに向ける。二人の公安員が自爆したものと合わせて既に検分を始めていた。
『ちょっと行ってくるわ。そのおっさんの相手は任せるぜ』
回収されてしまう前にAIから情報を引き出そうというのだろう。ショーゴに似合わない険しい顔から目を背け、サッタールは携帯を握りなおした。
「超常能力での犯罪だと立証できないのに罪にできるのですか?」
「非合法に動く者は、非合法に裁かれます」
考え込んだサッタールに、ハヤシはまた喉を鳴らして笑った。
「罪の立証ができるのも超常能力者だけなのだから、君がそれに関与するのが一番いいと思わないですかね?」
「命令系統の中に入るつもりはない。あなた達は超常能力と一口に言うが、その力の発揮は常に個人の感情と動機に左右される。それを命令で制御できるものと思わないでもらいたい」
「ああ、ミスター・ガナールも同じようなことを言ってましたねえ。そうだ。君はタキから陶板のことを聞いているでしょう? 私はその数百枚の全てを解析しましたよ。数百年前、能力者がどのような地位にいて、どのように扱われていたか、知りたくはないですか?」
「それで同じ手を使おうと考えているのか?」
怒りを押し殺して訊くと、ハヤシは今度は声をあげて笑った。
「違いますよ。そうしたくはないから、あれこれ悩んでいるんじゃありませんか」
タキからの断片的な情報ではない過去の有様を知りたい欲求はある。しかしハヤシに示されるそれが、記述された全てとは限らない。
「やはり信じられませんか?」
「正直に言って……」
「では私の心を読めばいい。嘘を言っているかどうか、君にならわかるだろう。明日は無理ですが、明後日ならそちらに行けますよ。君は大学に戻るのだろう? 娘の顔も見ておきたいし」
「しかしショーゴに対する問題は」
「それも明日一日で探っておきます。ミスター・クドーも大学に伴えばいい。だからその前にあまり活躍してくれないでいて欲しいものだが?」
一歩、一歩追い込まれている、と思いながら、サッタールは倒れているアンドロイドの上に屈みこんでいるショーゴを見遣った。
あの怒りを考えれば、ハヤシの到着まで明日一日自重する気があるかどうか疑問だった。
「了解しました。では今後は、超常能力の使用の有無を私が立証するという条件で、大学で待ちましょう」
ハヤシが短く息を吸ったのがわかった。
「いいでしょう。その線での法制化の準備はできています。立ち会い人として、イルマ所長も連れていきますよ」
「アレックスを? でもコラム・ソルからは……」
「法制化の準備と言ったでしょう。彼は今セントラルにいるんですよ」
サッタールの胸に、小さな安堵が広がる。アレックスはもちろん法律の専門家ではない。実務で頼りになるかと問われると若干の躊躇はする。だが彼が、その法案に事前に目を通してくれているということが、未来を見通せないサッタールの不安を和らげてくれる。
「陶板の解析も一緒にお願いできるだろうか?」
「既に開示しています。公安の仕事は確かにきれいなばかりじゃないが、そう秘密主義に陥っている訳でもありませんよ」
「それは疑問ですが。とにかく大学でお待ちしています」
切れた通信の向こうで、ハヤシが笑っているのが見えるような気がした。
11時に更新できませんでした。すみません。
次回はリアルが立て込んでいますので、来週になるかと思います。
重ね重ねすみません。




