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第三章 忍び寄る影(3)


 次の超常能力者調査面談は、レワショフの言うとおりブルーノ大陸の北東地域、ナジェーム大学から千キロメートルほど離れたサン=マルコ市で行われることになっていた。

 今回のコラム・ソルからの出張者はロデェリアと変わらず、ショーゴ、サハル、ミアの三名で、アルフォンソは島に居残っている。そしてタキはついては来なかった。


「あれから公安の接触はあったのか?」


 顔を合わせるなり聞いてきたショーゴに、サッタールは苦笑して首を振った。


「いや。見たところ今回はハヤシ警部もいないようだな」


 ジャンの事件とレワショフの忠告で、周囲に警戒を怠るつもりはないけれど、ざっと周囲の人間を走査しても後ろぐらい思念は見つからない。

 閑散とした未明の空港ロビーで顔を合わせ、直接会場へと向かうのがロデェリアとは違った。


「飛行機からディアボロ火山を見たのよ。噴火口の上は通らなかったけど、すごいわね」


 周囲を警戒して無口になりがちな男たちと違い、ミアは惑星ファルファーレの最高峰であり現在も活発に活動する火山を見られたことの興奮を、早口で語っている。


「最初は外に出るのも怖かったけど、あんな景色が見られるなら何度でも来ていいよね」


 相づちを打つサハルも、ロデェリアの時よりは顔色もよく、サッタールはホッと息を吐いた。


「ねえねえ、サッタール。ディアボロ山のこちら側の砂漠ってどのぐらいの広さがあるの?」

「さあ?」


 頭に大陸地図を思い浮かべながら首を捻ると、ショーゴが面倒くさそうに答える。


「百万平方キロぐらいじゃねーの。つか、お前ずーっと喋りっぱなしだぞー、ミア。体力持つのかよ?」

「あらそう? でもあそこを緑に変えられたらいいと思わない?」


 ミアはショーゴの控え目な小言を意に介さず、うっとりとした目をエアカーの天井に向けた。


「はぁ? いくらお前が植物育てんのが得意っつったって、そもそも水がなけりゃあ無理だろ」

「水はあるよ。ただ土地が水を蓄えることができないから、地下深くに染み込んじゃうのよ。だから根っこを深く下ろせるものなら……」

「止めとけよー。そんなことしたら周りの気候も変わりそう」

「えー、でもでも。せっかくあんなに空いた土地があるのに」


 ミアとショーゴの会話を聞いていると、確かにミアの力を欲しがる組織があっても不思議ではないと思えた。特にこれから未開拓惑星をフォーミングしようとする機関にとっては。


(荒っぽい手段を考えるのは、一つだけじゃないかもしれないな)


 レワショフの警告はこの三人にも伝えているはずだが、ミアにはピンとこないのだろう。

 何も起こらなければいいが、とサッタールは心に念じた。





 相変わらず、精神感応を持った人間に出会うことなく、一日が終わった。

 朝ははしゃいでいたミアもぐったりと疲れた顔で、夕食の為に予約されていたレストランが個室だったのを幸い、テーブルにうつ伏している。

 この辺りの名物だという塩気を含んだ柔らかい子羊のステーキにも、半分を口にしただけで残していた。


「こういう肉って、やっぱり食べ慣れないのよね」


 恨めしそうに皿を見つめるミアに、サハルが柔らかく微笑む。


「そうね。私たちにとって食肉は、海獣か鳥だもの」


 そうは言ってもサハルは細い身体にきちんと詰め込んで、上品に口を拭っていた。


「姉さんは食べながら、これがどういう風に分解されてどんな栄養になるか考えてるんだろ」


 サッタールが笑いながらからかう。珍しくのんびりした夕食でもあった。

 食べるものというのは、育った文化でずいぶん違うものだとサッタールは島を出て初めて気づいた。出されるものは何でもありがたく食べるが、島の料理が懐かしくなることもある。カリッと焼けた皮が香ばしい鳥のグリルに果物の甘みをソースにしたものや、海藻と共にとろけるまで煮込んだ海獣のシチュー、シンプルに塩焼きにした魚にシャッサの汁を絞りかけたもの。


 島にいるときは、そんなものが恋しくなるとは思いもしないことだった。そもそも食べる物が違うということすら考えの外だったのだ。

 孤立して生きるということは、外への想像力も共感力も失うことでもある。しかしコラム・ソルはもう、独善ではいられないし、飲み込まれる訳にもいかないのだ。

 ショーゴがミアの残り物をうまそうに平らげてしまったが、これも島の者が大きな家族のように暮らしてきたからだろう。個室でよかったとサッタールが考えた時。最後の一口を咀嚼していたショーゴが、ぴたっと動きを止めた。


 そのショーゴが捉えたものを半瞬遅れて気づいたサッタールは、とっさに女性二人に気づかれぬよう障壁をたてる。


『ショーゴ?』


 思念で呼びかけたが、ショーゴはフォークを握ったまま動かない。心は憤りで真っ赤に燃えていた。


『ショーゴ、落ち着け。姉さんとミアに感づかれる』


 もう一度強く呼ぶと、ショーゴは手から力を抜いて静かにフォークを皿の上に戻した。


『あの野郎か? くそったれっ!』


 短い罵倒の思念も抑えて、サッタールはデザートのメニューを見ているサハルとミアの様子をうかがった。


『ここを出たら、私が探る。あんたは二人と一緒にホテルに戻って……』

『ざけんなっ! これは俺の問題だ。お前のじゃねえ』


 今にも飛び出そうとするショーゴを、サッタールが押し留める。レストランのイスに姿勢良く座っていながら、二人の間では思念の力がぶつかり合っていた。


『……くっそっ! お前相手に正面勝負で勝てるわきゃねえな』


 やがてショーゴの力が抜けた。


『だがお前一人じゃ、あれは追えねえよ。わかってんだろ?』

『ああ。私はあんたに同調しただけだ。あれは……ネット配信なのか?』


 サッタールも障壁は立てたままショーゴへの力は納める。デザートを断った男性陣を尻目に、女性二人は彩り鮮やかなフルーツアイスクリームを食べていた。その楽しげな顔を見れば、ショーゴのことは知らせたくない。


『会員向けの配信動画だな』


 少ししてショーゴからの返事があった。


『とにかくそこの二人を送ったら動くぞ、サッタール。止めるなよ?』

『了解。私もつきあうよ』

『悪いな』

『誘拐事件の礼だ』


 最後に珈琲が運ばれてきた。サハルもミアも、目の前の二人が何か押し問答をしていたことは察知していた。だが表情には出さない。ミルクを入れて飲み干すと、席を立ったサハルはミアの腕を取って弟と友人に笑いかけた。


「先にホテルに戻るわね。大丈夫。送ってもらったらあとは部屋から一歩も出ないから。聞くつもりはないけど、ちゃんと帰ってくるのよ」


 ショーゴはばつの悪そうな顔で頭をかいたが、サッタールは真剣に答えた。


「ありがとう、姉さん、ミア」


 ブルーノ大陸政府の回したエアカーに乗り込む二人を見送って、サッタールとショーゴは夜の街に足を向けた。




 ショーゴは先に立って早足で歩いていく。

 サン=マルコの街はセントラルやロデェリアよりもずっと古くからある。およそ四百年以上の歴史を持つブルーノ大陸の古都だ。レストランやホテルはその中心街にあり、グレーに統一された美しい町並みを誇っていた。

 とはいえ、百五十年前に終わった大陸間戦争の災禍は避けられず、今目にしているのは、三百年前の街を綿密な都市計画の元に再建したものだった。


 しかしショーゴはそんな町並みに感銘を受けた様子もなく、ひたすらに歩いて、戦没者慰霊の為の公園に入っていく。街灯はあるものの、ここはショーウィンドウの明かりもなく、冬でも葉を落とさない常緑樹の大木に囲まれていて喧噪も届かない。

 サッタールは歩きながら、周囲の気配とショーゴの思念に神経を尖らせていた。ショーゴの受けたショックと憤りはよくわかるが、こんなところで誰かに襲われたら面倒なことになる。


「ショーゴ。あれは何だったのか、そろそろ詳しい説明をしてくれないか?」


 ショーゴが足をとめたのは、小さな噴水の脇に置かれたベンチの前だった。絶え間なく流れ落ちる水の音で、少し離れた場所から話し声を聞き取るのは困難だろう。


「まあ、座れよ。誰かついてきてるか?」


 ショーゴは固い口調のまま身振りで木製のベンチを指し示す。サッタールは素直に腰を下ろした。


「護衛が二人、ついている」


 静かに答えると、ショーゴはそうか、と呟いて頭をかきむしってから、ポケットの携帯通信機を取り出した。


「街の真ん中じゃあ、飛んでる電波が多すぎてな。落ち着けねえんだよ」


 口元に浮かんだ笑みは、どこか投げやりに荒んでいる。


「で? あんたの見たあの映像はなんだったんだ?」


 レストランで、ショーゴか視てサッタールが関知したのは、いわゆるアダルト映像だった。ただし、それだけでショーゴが動揺したのではない。瞬間見えた女性の顔が、ショーゴが以前セントラルでつきあっていた可愛い看護師チュラポーン・タナラットだったかからだ。

 ショーゴはすぐには答えず、目を瞑ってポケットの中の携帯通信機を指先で操作していた。思考が凄まじい速さで動いているのを、サッタールは辛抱強く待つ。ショーゴが特化して持つ能力で、何かを探っているのだ。

 やがて溜め息をついたショーゴは、瞼をあげた。


「あれは、多分、いや間違いなくチュラポーンじゃねえ。合成だろうと思う」

「そうか」


 ショーゴが何故にそう思ったのかは問わず、うなずいた。


「実はな……自分でも気は進まなかったけど、ロデェリアから帰った後、海軍病院の管理コンピュータに侵入して、彼女の勤務録を見てたんだ。そのー、無事でいるかどうか気にかかってな。今日もちゃんと出勤している」

「で、あれが別人とわかったところで。問題は偶然なのか故意なのかだな。どこで誰があの映像を流していたか、それは掴めたのか?」

「配信元はサン=マルコにあったよ。しかも今晩限定で配信地域もこの街だけだ。つまりは俺をねらい打ちにしたんじゃね? ジャンといい、俺といい、大物になったもんだよなー」


 ようやくショーゴの口調が緩くなってきた。だが逆にサッタールの緊張は高まる。

 ターゲットは自分にしろとハヤシには言ってある。もしこれが公安の仕業ならば、下手の二度打ちだ。


「ハヤシに連絡を取ってみる」


 サッタールは少し迷って、自分の携帯からアルヴィンを呼び出した。セントラルの公安本部は調べればわかるだろうが、ハヤシがオフィスにいるかわからない。アレックスに聞くことも考えたが、コラム・ソルは早朝の時間帯だった。

 アルヴィンならば、というよりもタキならばハヤシの個人通信アドレスを知っているだろう。

 関わりを持たないと宣言しておいてと思いつつ、協力してくれるだろうという甘い思いがあった。


(その意味では、私はハヤシとさほど変わらないな)


 コールがきっちり三回鳴って、アルヴィンが出る。


「も、もしもし。サッタール?」


 慌てた様子のアルヴィンは、上擦った声だった。


「急に連絡をしてすまない。少し頼みがあるんだが」

「な、なに? 構わないよ。ちょっ、ちょっと待って、今部屋を出るから」


 ナジェーム大学の寮は基本的に二人部屋だ。そういえば誰と誰が相部屋なのか、サッタールはそんなことも知らない自分に少し呆れた。


「ごめん。もういいよ。ユーリはシャワーに行ったから」

「レワショフと同室だったのか」


 唸るように返すと、アルヴィンが小さく笑った。


「君は他人を、ひ、必要としてないからね、し、知らないだろうと思っていたよ。それなのに連絡くれるって、な、なにか起きたの?」


 オタクな変人とコットンキャンディー姉妹に評されるアルヴィンは、実は繊細な洞察力を持っている。


「こんな時だけですまない。実はハヤシ警部と連絡を取りたいんだ」

「今?」

「できるだけすぐに。プライベートなアドレスで」

「わ、わかった。タキに聞いて……か、彼女からそっちに連絡するよ。いいね?」


 困るという暇もなく通信が切れる。


「あのお嬢さんから聞くのか? 悪かったなー、俺のせいで」


 ショーゴがニヤニヤしたが、サッタールは無言を貫いた。思念の上でも。

 携帯が着信を知らせたのはほどなくだった。


「あの……」


 声をだしたきり押し黙るタキに、サッタールは居心地の悪さを感じながら、口早に要件を伝えた。


「ハヤシ警部と連絡を取りたい。君ならわかるか?」

「……はい。でも今どこにいるのかまでは……」


 タキは不安そうに言ったが、何の為にかは聞いてこなかった。口ごもりながらも父親のプライベートアドレスを教えてくれる。そのことにホッとしながら通信を切った。彼女には言いたくなかった。


「なんだよ、素っ気ないなー」


 ショーゴの表情は緩いままだったが、その心は焦燥感に満ちていた。合成とはいえ、かつての恋人のあられもない姿が、無差別に流されていること自体が耐えられないに違いない。

 サッタールはそのままタキから教えられたアドレスに通信を繋いだ。娘やごく親しい人間しか知らないはずのアドレスに、自分から連絡があれば、あの男はどう考えるだろうと思いついた時には、ハヤシの声が小さなスピーカーから流れてきていた。


「君は、ミスター・ビッラウラかな? タキからこのアドレスを聞いたのかね?」


 その声はどこかしら上機嫌で、サッタールの神経を逆撫でした。


「はい。一つお聞きしたいことがありましたので。私のアドレスはご存知のようでしたが?」

「そりゃあね。仕事の範疇だ。でもそうかぁ、このアドレスを教えるような仲なのか、君とタキは」


 ハヤシの意図は分からないが、挑発されていると感じたサッタールは無言を貫く。しかしハヤシは意に介さず続けた。


「しかし今、君はサン=マルコのはずだけど、何か問題があったかな?」


 ハヤシの口調には何の後ろめたさもなかったが、この男は上っ面で判断してはならない。


「あなたは……公安は、タナラット看護師に何か仕掛けてませんか?」


 駆け引きをしたら負ける。だから直球で訊いた。

 ハヤシは、それまでの機嫌の良さを捨てたように重く押し黙る。


「ガナールから、公安が私やクドーのスカウトに動くかもしれない、とは聞いています。しかし……」

「ちょっと待て。今、ミズ・タナラットの所在を確認した。彼女は今日は日勤で病院に出ている」

 ハヤシの声の質ががらりと変わった。

「だいたい君は今、どこにいる? サン=マルコのホテルじゃないな? ……ああ、公園か……ミスター・クドーと一緒に何をしているんだ?」

「ミズ・タナラットも私たちの所在も一分もかけずに確認できるんですね?」


 皮肉で返したがハヤシは笑わなかった。


「当たり前だ。監視していると言ったはずだ。とにかく側についているブルーノの部下をまくような真似はやめてくれ」


 通信では相手の心は読めない。サッタールは大きく息を吐いた。


「公安はタナラット看護師への働きかけはしていないと、信じてもいいのですか?」

「してない。で、何があったんだ? 君たちは何をするつもりだ」

「わかりました。信じましょう。何があったのかは……」


 言いかけた携帯を、ショーゴが奪う。

「おい、おっさん。あんたら以外に俺たちに手を出そうとしている組織に心当たりはないのかよ?」

「ミスター・クドー。率直に言えばいくらでもあります。私が知っているだけでも三つ、四つは」


 ちっと舌打ちして、ショーゴは携帯を睨んだ。


「あんたは今、セントラルだな? 彼女の顔を隠し撮りとかした奴は調べられないか?」

「隠し撮り? 海軍病院の中でのことならばわかりかねますね。アパートの行き帰りは密かに護衛がついているが、そんな報告はない。もう一つ言えば、ミズ・タナラットはあなたがコラム・ソルに戻って以来、誰ともつきあってませんよ」


 またショーゴは舌打ちした。そこまで監視されているのは不愉快だ、安全の為と言うのならちゃんと仕事しろと怒鳴りたいのを何とかこらえる。


「わかった」


 湧きあがる感情を殺して答えた瞬間、静かだった公園の空気が動いた。


「ショーゴ!」


 サッタールがショーゴの腕を引く。手にしていた携帯が石畳に落ちた。

 周囲を探っていたはずのサッタールが気づかなかった気配が、四方から迫っていた。



更新が遅くて申し訳ありません。そして多分推敲が甘いんじゃないかと。

次回はいつも通り31日に更新したいと思います。

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