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第三章 忍び寄る影(2)


 入学から半年以上たち、宙航科一年も、シミレーション機を使った実技から、実機での訓練に入っていた。と言ってもまだ宇宙船ではなくシャトルですらなく、複座の練習機である。


「うわぁぁぁ、もうダメぇ。気持ち悪い、目がおかしくなっちゃううう」


 降りて来たジゼルが、相変わらず騒がしく叫びながら地面に崩れ落ちたが、同級生は知らん顔だ。構う余裕がないのだ。


「お前、向いてないだろ。さっさと辞めたらどうだ」


 その中でユーリ・レワショフは顔色一つ変えず、仁王立ちに腕組みというまことに尊大な態度でジゼルを見下ろした。


「ええ? やだぁ。だってロアナが機関士なんだからアタシが宙航士にならなきゃ宇宙にいけないじゃない」

「おとなしく地上に留まっていればいいだろう。お前みたいなのがいる船なんか、危なっかしくて乗れるか」

「乗らなきゃいいじゃないのよぉ。だいたいなんであんたは平気なのよぉ」

「平気な顔をしてるのはユーリだけじゃないけどな」


 ようやく平衡感覚が戻ってきたケイが、水のボトルを差し出しながら視線をジゼルの頭越しに投げた。ちょうどキャノピーをあげた練習機から降りてきたサッタールが、地面に足をおろしたところだった。


「やだー、なんなのよぉ、あの余裕」


 ジゼルが悔しそうに言うとおり、サッタールの動作は淀みがなく、教官とともに神妙な顔で飛行後の機体の点検など行っている。


「ユーリが慣れてるのはわかるけどさ。あいつは何なんだろうねえ」


 ケイが呆れたような呟きに、ジゼルがうんざりした顔で答えた。


「まーた、ユーリが荒れるわよねぇ。ところでなんでユーリは慣れてるのぉ?」

「名前でわからないかい? 彼はヴォーク社の創業一家の生まれだよ」

「ヴォーク社って! シャトル製造メーカーじゃないっ! ええ? 知らなかったのよぉ、それならもっと仲良くして、卒業後のつてにできるわね?」

「無理だろ」


 頭から決めつけて、ケイはこちらに向かってくるサッタールを両腕を広げて迎えた。


「初飛行でその涼しい顔とは恐れ入ったよ。なんか秘訣でもあるのかい?」


 サッタールは言われて初めて気づいたように周囲を見回して肩をすくめた。


「さあ? 私はただ計器を見てただけだ。Gだって、だいたいシャトルと同じぐらいじゃないか?」

「シャトルはたいてい寝て過ごすだろ?」

「そうだな」


 無感動に答えてふと顔を横に向けると、レワショフのにがり切った目とぶつかった。もうすっかりお馴染みで、思考を撫でる気にもならない。


「でもぉ、シャトルだって飛行機だって、宇宙船も、ほとんどAIが自動操縦してくれるじゃない? こんなんで単位落とされたらアタシ困るわぁ」


 ジゼルの愚痴にケイが快活に答える。


「あー、それ。彗星事件の時、飛行中の機体の電気系統が全部イかれて墜落したのもあったろ? 人工衛星も使えなかったし。だから去年から操縦士の試験のグレードが上がったんだよ」

「ええ? そんなぁ」

「宇宙船だってどんな災害や事故が起こるかわからないってエステルハージ教官が言ってただろ」

「でもぉ、こんな複雑なシステム、全部人間の頭でやれってぇ、できる訳ないでしょ」

「なら辞めろ」


 レワショフの横槍に、ジゼルはようやく平衡感覚を取り戻した足ですくっと立つと、人差し指を突きつけた。


「いやよっ。いい? アタシたちはぁ、いつかアタシたちだけの船を持ってぇ、未確認惑星を見つけたら丸ごと開発するのよぉっ! もう船の名前もデザインも決めてるの!」


 ケイ二号だ、とサッタールは額を押さえる。それも大分達成の可能性が低い。しかもせっかくの決意表明がいつもの口調では台無しだった。


「ふん、お前らなんかブラックホールに落ち込むのがオチだ。いや、そこまで行く前に漂流する未来しかありえん」


 レワショフの嘲笑に、小作りな顔を真っ赤にしたジゼルがむぅと唇を尖らせたかと思ったら、くるっとサッタールを振り返った。


「ちょっとぉ、サッタール! この白熊に拳骨食らわせてもいいわよ」

「ごめんだな。また手がおかしくなる」


 入学早々の喧嘩騒ぎを思い出して、サッタールは首を振った。


「悔しかったら身体を鍛えた方がいいぞ」


 ヘルメットを外し、汗まみれの顔を拭って、サッタールは身体に取り付けていたパラシュートその他の装備を丁寧に外していく。

 空を飛ぶのは、想像していたよりもずっと爽快で、怖かった。コラム・ソルのクラゲが漂うアマル・フィッダの湖で泳ぐのと似たような恍惚感があった。もっとも気を抜く暇などなかったのだが。

 黙々と撤収作業を行う足下に、大きな影が落ちて、サッタールは顔を上げた。レワショフが苦虫を噛み潰したような顔で腕組みをしている。


「何か用か?」

「話がある」


 またか、と顔をしかめて、サッタールは手早く作業を終わらせる。初めて、教官と一緒にとはいえ空を飛んだ高揚感が跡形もなく消え去るが、レワショフは応じなければしつこい。

 サッタールの作業を監視するように睨んでいた長身の同級生は、終わったと見て取ると物も言わずに歩きだした。


 ケイとジゼルが興味津々な視線を寄越したが、無視してサッタールも後に続く。

 連れて行かれたのは、やはり丘に続く遊歩道だった。


「珍しいな、人目を避けるなんて」

「俺の思考を読んでるんじゃないのか?」


 レワショフは固い口調で言って振り向いた。


「いや」


 短く答えて向き合う。タキやアルヴィンと話したときよりも丘は冬枯れて、踏んだ草は茶色く乾いていた。直情径行なこの男が、なかなか口を開かないことを不思議に思いながらじっと待つ。


「俺の家がヴォーグ社と関係が深いのは知っているか?」


 ようやく切り出されたことは意外な言葉だった。


「ヴォーク社?」

「宇宙軍にシャトルを納めている」


 言われてサッタールは、シャトルに控え目についていたマークを思い出した。


「もちろん亜空間宇宙船の製造も手がけている。機関部分は他社だが、船体そのものはほぼヴォーグが独占しているな」

「ずいぶん大きな会社なんだな」


 まだ惑星上で行われている経済活動にぴんとこないサッタールは、曖昧に返事をする。


「傘下にはありとあらゆる企業がある。ヴォーグはいわば巨大な企業複合体の頂点なんだ。その中には船体に使用する金属を精錬している企業もあるんだ」


 そこまで聞いて、サッタールの記憶に小さな引っかかりが生まれた。ロデェリアでハヤシと話した時、彼はなんと言っていただろうか。


 ――最初にポワイエを欲しがっていたのは、ある企業体だよ。彼の金属精錬能力に魅力を感じたんだな。


「彗星の災禍以来、より強固に外部からの影響をはね退ける物質の研究がされている。宇宙軍の無人偵察機は、あの彗星を後追いしたが、調査できるほど近づく前に機能がイかれた。今は官民あげて、強力な宇宙線に対抗する技術の構築を競っている状態だ」

「それが私に何の関係がある?」


 サッタールは瞑い怒りを込めてレワショフを睨んだ。


「コラム・ソルに超常能力で金属精錬を行う者がいるそうだな」


 どこでそんなことを聞いたのかなんて愚問だ。惑星規模の企業体ならば、中央府を通してコラム・ソルで生産されている金属を取り引きしていても不思議ではない。


「それに、電子の流れを変えられる者。人体の神経そのものを扱える者。植物の育成に関われる者。どれもがヴォーグに限らず手に入れたい能力だ……むろんお前も」


 レワショフは最後の言葉を吐き出すように言った。


「お前たち……いや、彼らを雇用したいと、ヴォーグは考えている。だがなかなか接触の機会がないらしいな。今のところ中央府が独占しているようだが、その中央府も特に超常能力を活用しようとはしていない。少なくとも表面上は。と聞いている」


 どこか奥歯に物が挟まったような言い回しに、サッタールは密やかにレワショフの心を撫でてみた。

 使い走りをさせられる屈辱や困惑の向こうに、父親らしい人物から言いつけられた時の記憶がかいま見えた。




「合法的に雇用できる状態ではないんだ。公安が網を張っているからな。だからお前がナジェーム大学にいるビッラウラを籠絡しろ。彼はコラム・ソルの代表者だからな。それができないとなると、少々荒っぽいこともしなきゃならん」

「しかし……ビッラウラ自身はたいして役に立たないんじゃないですか?」

「馬鹿を言うな。宇宙空間で通信が途絶えても、彼ならば使えるかもしれん。ましてや我々はまだ、亜空間を通過する通信技術を持っておらん。仮に彼がそれをも可能ならば、惑星連合機関におけるファルファーレ、つまりは我がヴォーグ社の地位がどれだけ高まるか、考えてみろ」

「……荒っぽいことって、何ですか?」

「なにも殺すとか誘拐するとかじゃないぞ。だが他社も同じく彼らには注目しているはずだ」

「ビッラウラは簡単に言うことを聞くような性格じゃありませんよ、お父さん」

「ならば他の人間を狙うだけだ。その前にお前がビッラウラを籠絡すれば問題ないがな」




 親子の会話とは思えない殺伐とした記憶から抜けると、レワショフは微動だにせずにサッタールを見つめていた。


「俺の心を読んだのか?」


 否定すべき場面だが、サッタールは首を縦に振った。


「すまない。だが私個人ではなく、島に関わることならば躊躇しないと誓ったんだ」


 レワショフは、大きく息を吐き出してぐるりと肩を回す。自分の口からは言いたくなかったのだと、あからさまに安堵しているのがわかった。


「許してやる。だが何をどこまで読んだんだ?」


 尊大な口調も気にならなかった。


「荒っぽい手段というのが気にかかる」


 静かに答えるとレワショフの顔が紅潮する。


「そこまで読めるのか?」

「代わりにあんたの感情なんかは読んでない、と言ったら少しは安心か」

「ふん。お前に安心? ありえん」


 きっぱりと否定してから、レワショフは赤い顔のまま続けた。


「ヴォーグに入る気はあるか?」


 それこそずいぶん荒っぽい勧誘だなと思いながら、サッタールは首を振った。


「ここを卒業して宙航士の資格を取るのが、とりあえずの私の目標だ」

「学生のままで構わないぞ。宙航士の方が使いでも増すしな」

「それで将来あんたにこき使われるのか? それは遠慮したいな」


 皮肉な笑みを返し、サッタールは背を向けた。レワショフ自身は、本気で籠絡しようとしているのではない。これは忠告だった。だがここで礼を言えば、この熊男は怒るだろう。


「一つだけ。私以外の者に荒っぽい真似を仕掛けたら許さないと伝えてくれ」

「お前にならいいのか?」


 鼻で笑われたが、サッタールも負けずに笑い返した。


「模擬試合ならいつでも受けて立つぞ」


 しかしレワショフは乗っては来ず、代わりに微かな逡巡を見せる。


「……ビッラウラ。学内ならばともかく、外に出たら気をつけろ。確か来週はこのブルーノで調査面談があるのだろう?」

「そんなことを言ってもいいのか? あんたの家のことだろう」


 肩越しに振り返った時にはもう、レワショフは講義棟とは反対に丘を駆け足で登っていくところだった。

 今もレワショフの心には、自分に対する不信しかないのはわかっていた。それでもこうして忠告をくれたのは、あの単純明快な正義感故だろう。


(にしても今から丘を往復したら、次の講義には間に合わないだろうな)


 単位取得に熱を燃やしている男がと、サッタールは微笑みながらさっさと丘を下りた。



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