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第二章 島の事情(3)

 定期的にペレス基地からコラム・ソルに向かう海軍の輸送鑑から、トモヤ・ハヤシは逆巻くような海面を見ていた。

 まもなく島影が見えてくるはずだ。大型ヘリの発着もできる輸送艦のデッキはただっ広く、油断をすると身体ごと風に持っていかれそうになる。

 乗員が迷惑そうな目を向けるが、足を踏みしめ手すりに腕を絡ませて、ハヤシは海面を睨み続けていた。


 ハヤシがコラム・ソルに上陸するのはこれが初めてだった。二年前、サッタール・ビッラウラが華々しくセントラルにやってきた時は、さほど興味は抱かなかった。精神感応といっても何ほどのことかと思ったのである。

 それがトゥレーディアの事件を経て、超常能力の脅威と使い道について公安でも検討が進む中で、ハヤシ家に伝えられた古い陶板の存在を思い出したとき、ハヤシは自ら望んで、超常能力者対策審議会の公安メンバーに名乗りをあげたのだった。久しぶりに少年のような好奇心がわき起こったものだ。


 しかしサムソン元大宙将の言動を精査し、陶板を解析するうちに、能力者への畏敬の念と恐怖を共に感じ、彼らをこの社会が制御しうるのかと不安に駆られた。海軍の提出した報告書の中で、唯一安堵の種と思われたのが、彼ら超常能力者は感応力に優れるが故に他人を傷つけるのを恐れるという一文だった。

 だがそれは、サムソンには通用しなかったのだ。コラム・ソルの住人が特殊なのか、サムソンが鬼子だったのか。治安維持を目的とする公安としては見過ごせない。


(にしても。娘には嫌われたものだな)


 航行中、ハヤシのPPCに届いたタキからのメールを思い出して苦笑する。父親に対する不信感と憤りが、控えめな文章に込められていた。


〈職務上、やむを得ずのことだったとしても、お父さんがしたことは、ただミスター・ビッラウラを私たちから遠ざける結果になったと思います〉


 自分の意見を言うよりも、黙ってうつむくのが常だった娘の変化が、単なる正義感からなのか、サッタール・ビッラウラになにがしかの感情を動かされた為なのかはよくわからない。ビッラウラが遠ざけているのが、我々の社会なのか、娘個人のことなのかも。


(この場合はタキを避けていると解釈すべきかな)


 ロデェリアにやってきた青年は、調査書類で読んだり映像で見たりしたよりも、ずっと図太く、したたかで、感情豊かだった。

 次は自分をターゲットにしろとは、ずいぶんと自信を持ったものだとまた笑みがこぼれそうになる。


 彼らの持つ一人一人の能力は確かに驚異的だ。だが我々は何百年もかけて、人を動かすノウハウや超常能力に頼らない技術を磨いてきたのだ。そして何より使える人間の数が違う。


(あの身びいきの強さでは、早晩彼はポワイエの身代わりに我々の手に落ちるだろう。タキはまた怒るかもしれんがなあ)


 怒った娘が、次は怒りのメールからもう一歩進む勇気を持つかどうかも、ハヤシは楽しみだった。




 輸送艦まで迎えに来た海軍の小艇に乗り込んで、ハヤシはぎょっと足を止めた。

 ブリッジには、艇員の他にもう一人、金褐色の巻き毛の男がいたからだ。


「君は……」


 聞かなくてもわかる。コラム・ソルの風通しの良さそうな服を来ているだけではなく、その顔はこの十日余り、飽きるほど見たのだ、画像データで。


「ミスター・ジャン・ポワイエですね?」


 一瞬の動揺を押し隠して、ハヤシは厳しい目をジャンと艇長であるシムケット准尉に向ける。


「准尉。何故、彼がここにいるんですか?」

「イルマ所長の指示です」


 シムケットは無表情に答えて、壁際の簡易ベッドを手で示した。


「島まで十分とかかりませんが、よろしければそちらに」

「いや、構わない。すぐに出してください」


 ハヤシは、ジャンを無視して、ぐんぐん近づいてくるコラム・ソルを見つめた。

 コラム・ソルは、ハヤシが予想していた以上に小さく、鄙びた島だった。南国の緑あふれる中に、点々とオレンジや青の屋根が見える。瓦など一昨日まで襲っていたという暴風で飛んでしまいそうなものだが、見たところ破損している場所も修理している様子もない。人が賑やかに集まっているのは、落成間近の発電プラントの周囲だけだった。


 背中にジャン・ポワイエの強い視線を感じる。精神感応力などなくても長年公安で働いていれば人の気配には敏感になるものだ。

 怪我をした男が公安の者だと知られているのだから、視線の意味は怒りだろう。

 ロデェリアでは四人の超常能力者に会った。うち二人の男とは直接話した。二人とも、自分に対して怒りを持っていたし、それをごく当たり前に面に出していた。


 もちろんわざと怒らせたのだ。


 少し話してわかったのは、精神感応者は、嘘のつけない心での会話に慣れているせいか、案外表情を取り繕わないということだった。もちろんビッラウラはそれを自覚しているようで、努めて無表情を貼りつけていたが、人間の心理を手玉に取ることに慣れた人間ならば一目で怒っていると知れる。

 ちらりと見たポワイエの無表情も同じだろう。


(さて、長だというガナールはどんな男なのか)


 感情を顔に出すのと、行動に出すのとでは違う。セントラルでのビッラウラは、あの年頃としては十分に自制していたしロデェリアで挑発したクドーもそうだった。

 ハヤシの知る限り、ポワイエだけが実力行使に出た訳だが、それも薬を混入させた酒を飲まされたからだ。

 そこまで知っているのかどうか。

 ハヤシは薄らと笑みを浮かべながら、コラム・ソルの土を踏んだ。





 桟橋でウエイブレットを待ち受けていたアレックスは、降りてきた中年の公安警部を見ると満面の笑みを浮かべて迎えた。


「はるばるとようこそ、ハヤシ警部。昨日は通信が不調で申し訳ありませんでした」


 ハヤシは、心情的にコラム・ソルに近いこの元軍人を、不機嫌な顔で見上げた。


「ミスター・ポワイエが艇のブリッジにいたのはあなたの指示ですか?」

「はい。そうですが」

「彼は被疑者ですが」

「ええ。ですが本来ならば自宅待機でよかったと思っています。どのみちこの島から姿を消すわけではありませんし」


 アレックスは身振りでハヤシを促し、集会場へと足を向ける。しかし、すぐ後ろについたハヤシが短く笑ったのに気づいて振り返った。


「海軍の艦艇がなくては出られなってことはないでしょう? 確かあなたが初めて彼らに出会ったのは、トノン島だったはずです。自力でちゃんと出られるのでは? それにブリッジを乗っ取られることは考えなかったんですか?」


 アレックスは大仰に両手をあげてみせた。


「何でそんなことする必要があるんです?」

「全ての人間が利害損得だけで動くならば、我々の仕事も大分減るんですがね。特に思考回路が我々とは違う特殊な集団ならば用心するに越したことはありませんよ」


 アレックスの青い目が、考え深そうに細められる。ハヤシはこの人の良さそうな青年の心情を推測して、心中でひっそりと笑った。


(彼はコラム・ソルシンパだからな。こうした考えは受付けんだろう)


 怒らせ、じわりと追いつめてから、一歩引いてみせる。その引かれた一歩分、彼らはこちらに自発的に歩み寄らざるを得なくなる。ハヤシは別に彼らと仲良くしたいのではないのだ。憎まれても利用できれば構わない――娘ですら。


 アレックスはまだハヤシを見つめていた。


「イルマ所長?」

「……ああ、失礼しました」


 我に返ったように頭を下げて、アレックスは先に立って歩き出した。


「あちらにコラム・ソルの代表であるミスター・ガナールが待っています。そちらでミスター・ポワイエの処遇に関して話し合いましょう」


 手で示された先には、古い石造りの頑丈そうな建物があった。ハヤシはうなずいて、思念を読まれてもいいように意識を切り替えた。




 集会場といっても中に何があるわけではない。テーブルとイス、壁際に茶器が置かれたカウンターと小さなキッチンがあるばかりの閑散とした空間だ。

 その中に、体格のいい金髪の男が仁王立ちしていた。


「アルフォンソ・ガナールです。公安のハヤシ警部ですね?」


 深みのある声を壁に反響させて、ぶっきらぼうな挨拶をすると、アルフォンソはさっさとイスに座り、じっと中年の公安警部を見つめた。

 ハヤシはその全く歓迎されない態度を気にした風も見せず、アレックスに促されるまま腰を下ろす。


 容疑者であるジャン・ポワイエも被害者のガルポも、むろん発端であったカタリナも呼ばれてはいない。そのことが、この事件がいかに政治的なものであるかを示していた。

 ハヤシは座ると同時に、自分のPPCを取り出したが、何故か電源が入らないことに気づいて顔をしかめた。


「ミスター・ガナール、これはあなた方の仕業ですか? 後の検証に耐えられるようにこの会談は録音しておきたいのですがね」

「さて、知らんな。その機械の不調が我々のせいだという証拠は? ないならば言いがかりということになるが」


 平然と答えて、アルフォンソはにやりと笑った。


「それは……」


 言いかけたハヤシは、首を巡らせてアレックスに曖昧に笑いかけた。


「驚きましたね。あなたからの報告書に音声データが添付されることが多いので、当然コラム・ソルの方々は会議録の重要性をわかっておいでだと思ってましたよ。これはあなたもグルなんですか、イルマ所長? 心情はともかく、あなたはあくまでも中央から派遣された立場のはずですが」

「は? いやいや。この部屋で電子機器が使えなかったことはありませんよ。ほら、現に私の携帯は使えますし」


 アレックスは心底驚いた顔でポケットから携帯通信機を取り出して、テーブルに置いた。小さなランプが正常に動いていることを知らせている。


「非才な私たちは、どうしても記録しないと気がすみませんからね。なんなら私の方で録音して、後でデータを送りましょうか?」


 ハヤシは笑みを引っ込めて、とぼけた顔の元海軍士官を睨んだ。どうも思ったように話が進まない。身一つで乗り込まないで、せめて会談場所を海軍の艦上に指定すべきだったかと考えた。


(だが島をこの目で見てみたかったしな)


 改めて辺りを見回し、広い窓から望める海に視線を移す。今は数隻の大型船が浮かんでいるが、中央と接触するまでの三百年、彼らは島と海と空しか見ていなかったに違いない。

 それは惑星の上を飛び回る生活をしている自分には考えられないほど閉塞した毎日だろう。


(まさに井の中の蛙だな)


 読まれていることを承知で失礼なことわざを思い浮かべると、アルフォンソは翠の目にちらりと皮肉な光を宿した。


「それで、ハヤシ警部。録音の件についての我々の容疑は晴れましたか? そもそも何をするにも証拠を求め、物理的検証を追求するあなた方ですが、その機械が使えないのが我々の仕業だという証拠はどうなりました?」

「あなた達の超常能力の痕跡を我々が測れないのを知っていてそれを仰いますか。能力についての研究も何かと理由をつけて拒否なさっているのに?」


 ハヤシはPPCを鞄にしまうと、テーブルの上で手を組み合わせた。ロデェリアでビッラウラと話した時は、相手の手を取って念話を試みたりもしたが、あれは脅しを含めた非公式の会話だったからだ。だがここまで乗り込んで来た以上、ハヤシの言動もまた同僚たちに精査される。録音できないままで話をしたら、それはハヤシ自身がコラム・ソルに取り込まれたか、少なくとも裏取引をしたと思われかねない。


「困りましたね」


 一言呟いて、ハヤシはアレックスにもう一度視線を向けた。


「あなたのその通信機をお借りして、セントラルの私のオフィスに直接繋いでもよろしいですか?」


 アレックスは目を瞬かせてからアルフォンソの方を見もしないで愛想よくうなずいた。


「もちろんです。ついでに私のこちらのオフィスのPCにも送りますが、構いませんか?」


 早速手元で操作をした上で、公安のオフィスにも繋げとばかりに差し出した事務所長を見て、ハヤシの脳内に警戒音が響いた。

 セントラルでの言動も、ここからの報告書を読んだ感じでも、この男は腹芸のできない、よく言えば誠実な、悪く言えば単純な人間だったはずだ。それが公安に不信感や怒りをぶつけるのならともかく、この愛想の良さは何かある。


 ハヤシは自分のデスクに備えられたPCの認識番号を打ち込んで、通信機をアレックスに返した。

 ともかくも始めてみないことには膠着するだけだと、腹をくくる。


「さて。ではまずエンジニアのミスター・ガルボとこちらのミスター・ポワイエの件ですが。明日、この両名をセントラルに連れていきたいと思っております。事件から今日まで、あなた方の対応を見ておりましたが、ミスター・ポワイエを返せとしか仰らない。まともな法体制がない現状では、セントラルの裁判所で決着をつけざるをえません」


 言い切ってからハヤシは黙ってガナールの返答を待つ。

 だいたいこの島にはまともな行政機構だってないのだ。ビッラウラはかつて原始共産制と言ったらしいが、むしろ大きな家族という方が正しい。長が父親、長老が祖父母で、強権をふるうにしろ話し合うにしろ、全ての決定は曖昧な基準でなされる。マフィアとたいして変わりはない。

 こんな素朴な集団でも、社会と関わりの少ない僻地の寒村ならば問題はない。しかし彼らの持つ力ははかり知れず、とても放置はできないのだ。


 ハヤシは在りし日のサムソン大宙将の顔を思い浮かべる。彼一人であれだけのことができたのだ。この島が集団で力を振るったらどんなことができるのか、考えたくもない。


(我々の傘下に入れてしまうのが一番面倒がないのさ。他で超常能力者が見つかるならば、そいつらもまとめてな。じゃなきゃ、こんな無秩序な集団を誰が監視できるって言うんだ)


 ハヤシがそう思った瞬間、隣に座っていたアレックスが大きく息を吐いた。


長くなってしまいましたので、ここでいったん切ります。次回は7月12日に更新の予定です。


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