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第二章 能力者調査面談(4)


 翌日、我こそは超常能力者なり、と手を挙げた人々の群を、マジックミラーで隔てられた通路の二階から見下ろして、コラム・ソルの四人の能力者は一様に苦しげな顔になった。

 受付会場に宛てられたホールに、数百人の人がひしめいている。


「……大陸中から人が集まってるの?」


 ミアは昨夜受けた説明をすっかり忘れてサッタールの袖を引いた。


「いや、ロデェリア近郊、と言ってもおよそ五百キロ圏内から来たらしいな」

「でも、これだけで島の人数より多いんじゃない?」

「それほどはいない」


 サハルとミアは恐慌を起こしそうなほど驚愕していた。

 コラム・ソルの人口が約七百名。ここにいるのはその半分の三百名強だが、誰もが不安や期待を放出していて、その熱気に当てられそうなのだ。大人数の醸す無遠慮な思念に晒されたことなどない三人にとっては、暴力的ともいえた。


「一人で八十人ぐらいと面談するのよね? 二日でできるかしら?」


 サハルがやはり不安そうな顔をして聞いた。


「一人一人に時間をかける必要はない。思念で問いかけるだけだ。それが聴こえる人間だけ残せばいい」


 三人はうなずいたが、終わる頃には抜け殻のようにぐったりしていることは予想できた。そして調査は始まったばかりだ。七百名の島民のうち、なるべはく若い者に外に出る機会を与えたいというのが、アルフォンソとサッタールの考えだが、百名にも満たない人数で順々に回していくのだ。

 協力への見返りにジャンを取り戻せないだろうかとちらっと考えてから、サッタールは意識を振り替えた。


「さあ、仕事を始めるぞ」




 超常能力調査と言っても、いまだにそのメカニズムは解明されていない。やることと言っても、『この声が聴こえますか』と念話で問いかけて、感応力があるかどうかをみるだけだ。そのはずだった。


 四人はそれぞれ小さな個室に入り、自己申告者を待ち受けた。調査者と被調査者の間は分厚い防弾ガラスで仕切られており、その一部に、およそ指一本が差し込めるぐらいの穴が開けられている。

 これは、能力者を守る為であると共に、肉体の一部に触れることで感応力を測るのが容易になるためだ。

 仕切りのガラスはマジックミラーなので、あちらからはサッタールたちの顔は見えない。これもまた安全の為だ。

 その上、個室に入る前、被調査者たちはあらゆる金属類、火薬類、液体を持っていないか調べられ、万が一持っていたら取り上げた上に事情聴取となる。その場合応対するのは警官だ。


『なあ、この厳重警備って、セントラルでのお前以上だよな?』


 ショーゴが一つ向こうの個室から話しかけてくる。


『あらゆる事態を想定して安全に配慮したいと言っていただろう』

『でもこれじゃあ、とてもリラックスして調査をうけられないんじゃない? 思念が伝わるかしら?』


 今はまだ閉じられたドアの向こうから、早くも興奮と緊張が伝わってくる。サハルの懸念ももっともだったが、中央の公安の権力は絶大で、地方政府の出る幕などないのだろう。

 最初の被調査者がやってきた。サッタールは思念でのおしゃべりを止めて、目の前の人物に集中することにした。


「あの。ナンバー001です。こんにちは」


 最初の人物のプロフィールをモニターで確認する。

 男。三十二才。職業、初等学校教師。未婚。子供なし。短く切りそろえた栗色の頭髪に痩せて尖った肩。


「なぜ、この調査に?」


 声に出して尋ねながら、サッタールは被調査者の灰色の目を見つめて念話でも訊いた。


『あなたの名前は?』


「声が、聴こえるんです。夜中とか、一人でいると声が大きくなって。気になって眠れないんです。もう何晩も」


 しかし男はサッタールの思念には答えず、不眠の原因についてとうとうと喋り続けた。


「夜に鳴く鳥がいるじゃないですか。自分は郊外に住んでましてね、森が近いんです。それでその鳥の鳴き声も、自分に向かって何か話しかけているような気がするんです」


『あなたの名前を答えてください』


「それでね。何か自分は他人とは違うんじゃないかと。昼間子供たちに教えていても、声が聴こえることがありましてね。まあ、だいたい悪口ですよね。教師に対して思うことなんてんなものでしょうが、それがたまらなく辛い時がありましてね」


『ミスター。あなたの氏名と生年月日を』


 サッタールは思念を強め、同時に遮蔽を下げて男の心をのぞき込んだ。自己憐憫と蓄年の劣等感がよどんだ水のように満ちていた。


「それで、えーと。こんなに他人の声が聴こえるのは、自分がそういう才能を持っているんじゃないかと思い立ちましてね。あなた方に認められたら、僕の人生も無駄じゃなかったなと……」

「申し訳ありませんが、人差し指をそこの穴からこちらに出してもらえますか?」


 連綿と続く繰り言を強引に引き取って、サッタールが指示を出すと、男は一瞬息を飲んで、そろそろと右手の人差し指を差し入れてくる。神経質なほどに短く切られた爪は荒れていて、ささくれが立っていた。

 その指先に触れると、男の纏う劣等感の膜の向こうに、激しい怒りがかいま見える。だがそれだけだった。こちらの思念を受け取ろうとする余地はなかった。


「これでこの面接調査は終了です。受付に戻ってください」


 平板な声で告げる。男は突っ込んだままの指を鍵のように折り曲げた。


「いや、そんなはずないでしょう。だってあんたは僕の話なんてちっとも聞いてなかったじゃないか。どういうことなんだっ?」

「お答えにならなかったのはあなたです。どうぞお帰りを」

「何でだよっ! この為に僕がどれだけ……」

「終わりです」


 サッタールは、青くなった男を見つめて再度告げた。


「結果は政府からメールで連絡します」

「ふざけるなっ!」


 男が勢いよく立ち上がって、椅子がバタンと倒れる。同時に隣のブースでも、荒っぽい物音がした。


『ミア? 大丈夫か?』

『え、ええ。なんだか相手の人を怒らせちゃったみたいで』


 戸惑ったミアが、すがるように思念を伸ばしてきて、サッタールは重い息を吐き出した。


『右側の青いボタンを押すんだ。係員が来て連れていってくれる』


 自身もボタンを押しながら指示を出す。すぐにスーツ姿の男が二人、ブースに入って来て、まだ怒鳴っている被調査者の両腕を取って連れ出していった。


『びっくりした。何であんなに怒るのかしら? あの人には能力なんてないってだけなのに』


 ミアは背もたれにぐったりと身体を預けていた。


『俺のとこは、薄笑い残してさっさと退室してくれたけどなー。サハルんとこはまだみたいだな。泣いてるぜ』


 ショーゴが割り込んできて、サッタールはそっと姉の心に触れてみた。確かに泣きだした女性の被調査者を懸命になだめている。この分では、終わるのは深夜になってしまいそうだった。

 それから何人もの人間がブースに座り、それぞれに失望を抱えて去っていく。

 途中でミアが休憩を訴えて、壁際に手回しよく用意されたソファーに倒れこんだ。


『真剣に話を聞いちゃいられないよなー』


 ショーゴが自動食品供給機から炭酸飲料を取り出して天井を仰いだ。


『サハルはすげーよ。超常能力の調査じゃなくて、完全にカウンセラーやってる』

『放っておけないんだろ』


 サッタールも溜まった疲労に、眉間を指で押した。

 確かに一人につき十分程度しかかけていない。しかし次々に他人の心に触れ、感情と記憶を見続けていては疲れるのも無理はない。

 ランチの時間はとうに過ぎていたが、食欲が湧かない。これならまだ学生たちの雑多な思念の中にいた方がブロックできる分ずっと楽だ。

 しかも、サッタール以外、これだけ多くの非能力者に向き合ったことなどないのだ。無遠慮に感情をぶつけられることなど、コラム・ソルではあり得なかった。


『島で能力者だけに囲まれて暮らすって楽だよなー。こっちが荒れててもズカズカ踏み込んで来る奴なんてアルフォンソぐらいだしー』

『もう最初の質問に答えなかったら打ち切ってもいい? 触れなきゃだめなの?』


 ミアが泣きそうに訴えかけてきて、サッタールは思念で首を振った。


『気持ちは分かるが、後でクレームになって再調査を求められるだけだぞ』

『そっか。そうだよね。でもサッタール、あなたよく外で平気な顔して暮らせるわね? 私、とても自信ないわ。外ってどんなかしら、何かお土産手に入れられるかしらってわくわく考えていたのに、そんな気力もないわ』

『お前ががっかりする以上に、相手はもっとがっかりしてんだから。まあ、がんばれ』


 ショーゴのメゲない心がミアを鼓舞した。

 まだこの調査という苦行は続きそうだった。





「結局一人もいなかったわね……」


 二日目もほとんど終わる頃、サハルが疲れきった顔で呟いた。


『サッタールがあと一人引き受けてくれたから、それが終わったら少し街に出ようぜ。公安の警備のお兄ちゃんがくっついてくるけど、俺たちの顔はバレてねえもん』


 ショーゴが自分のブースから答える。ミアはこの二日、何回目かのソファーに撃沈していた。


『若いのから出すって方針止めて、今度はゴータム爺さん連れてきたらいいんじゃない? あの人なら一目見た瞬間に青ボタン押しそう』


 外の世界に隠れている超常能力者と出会えるかもしれないという淡い期待は、この二日で散々に打ち砕かれていた。

 調査に手を挙げた人々は皆、それぞれに日常に困難を抱えてはいた。売れない音楽家がいた。昇進を絶たれたビジネスマンがいた。赤ん坊を連れて来た母親は、自分だけではなく赤ん坊も調査も求めて来た。


「この子にはきっと特別の才能があると思うんですよ」


 そうでなければならないと強固に思っているのが、痛々しいぐらいだった。

 だがそれらは、誰もが抱く不満であったり、人生の通過点で出会わざるを得ない別離であったり。満たされない思いを、超常能力という夢で誤魔化してきただけのことだ。


『超常能力さえあれば何でもできるって思われているのが驚きだったわね。そんなことないのに』

『俺たちは全員がそうだからなー。力強くたって別に何のみかえりもないしよお。でもこっちの世界で一人だけ力があったら、何かいいことありそうって思うんじゃね?』

『そうだよね。少しだけズルをしたい気持ちがあるのよ』


 ミアが丸めた背をうーんと伸ばして立ち上がる。いろいろあったが街に出られるなら元気も少しは湧くというものだ。


『アルフォンソも来なくて正解だったかもなー。スプーン曲げられるんですって奴がいたけど、あいつがいたら、ほーそうかっつってパイプ椅子ごとぐんにゃりやりそう』

『ねえ、スプーン曲げるって何の役に立つの? 金属全般加工できるならいいけど。スプーンだけ、フォークじゃだめってすごいわね』


 ミアがくすくす笑う。

 能力者たちのブースの外にも警備の人間が立っている。終わりの合図がなければ、この三メートル四方の箱に缶詰なのだ。

 三人の、街に出ることへの期待が膨らんだ時、サッタールがサハルに思念を送ってきた。


『姉さん、すまない。最後の相手、代わってもらえないか?』

『いいけど、どうしたの?』


 二日間、サッタールは誰よりも多くの被調査者を引き受けていた。冷たい口調で夢を打ち砕き、容赦なく青ボタンを押すからだ。それが最後になって何故と言いかけて、サハルもミアもショーゴも、その原因を知った。


 サッタールの前にはタキ・ハヤシの姿があった。



次回は7月3日に更新予定です。


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