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第二章 能力者調査面談(3)

 沈黙が泥のように固まった頃、部屋のドアチャイムが鳴った。その数秒前にはその人物がドアの前にたたずんでいることに気づいていた二人は、視線を交わし合っていた。


『あれ、さっき空港にいたおっさん?』

『公安の警部だそうだ』

『俺、外に出た方がいい?』

『いや。向こうが用意したとはいえここは私たちの部屋だ。あんたが遠慮することはないさ』


 思念で確認し合ってから、サッタールはドアを内側に引いた。誰何することなく開けられたドアに、ハヤシが慌てたように眉を上げた。


「お疲れのところ申し訳ないが、少し話をさせてもらっていいですか?」


 サッタールも驚いた顔を作りながら、どうぞと招き入れる。

 空港でもそうだったが、この男の思念は明確に整理されていて、読まれて良い部分しか見えなかった。つまり今は、ショーゴから聞かされた傷害事件について報告しに来たのだ。


「こちらはミスター・クドーですね? 私はトモヤ・ハヤシです」


 ハヤシは握手の素振りも見せず、短く自己紹介をする。


「よろしくー。えーと、あなたはヴェルデ政府のお役人?」


 ショーゴは普段通りののんびりした口調で答えた。


「いや。ミスター・ビッラウラから聞いていなかったですか? 私は内務省公安部で警部を務めてます。この調査の専任でセントラルから派遣されてるのです」

「公安かぁ。俺たち、なんにもしてないっすよ?」


 サッタールは、ハヤシの為に苦くなった茶をいったん捨てて、新しく湯を沸かしながらショーゴのとぼけた声を聞いていた。


「もちろんです。ところでミスター・クドー、もうミスター・ビッラウラにはあなたがここに来た理由はお話になりましたか?」

「つい今、その話をしていたところですよー。うちの島の者がそちらの技術者を実力行使で怪我させたって。まあ、諸々の交渉は長のガナールの仕事ですから、俺たちは口を挟むつもりはありませんけど」


 ハヤシはテーブルに置かれたティーカップにつと目を遣ってから、サッタールの顔を見上げた。太い眉がハの字に下がって、いかにも気の良さそうな実直な役人に見えた。


(眉毛だけはタキ・ハヤシに似てるな)


 サッタールはあのおどおどした彼女がまだ、隣の部屋でミアの質問責めに合っているのを意識の片隅で捉えて唇に笑みを乗せた。

 娘が臆病なウサギでも、この男は違う。柔和な顔の向こうに強固な意志が隠れているのがかいま見える。

 ハヤシはサッタールが座るのを待ってから、おもむろに両手を握り合わせた。


「ミスター・クドーのおっしゃることはわかりますよ。あなたは今は一学生だ、ミスター・ビッラウラ。そしてミスター・クドーもプラント建設以外の役は持っておられない。しかし、申し訳ないが、中央の我々は今でもあなたをコラム・ソルの代表者であると認識しています。セントラルにいらしたのはあなた方お二人ですからね」


 サッタールは漆黒の目を一瞬かげらせた。それをハヤシが探るように見つめて茶を一口すする合間に、ショーゴが答えた。


「そりゃあサッタールはセントラルで顔を知られてるでしょうねー。議長とも知り合いだし。でも、それってサッタールの方がアルフォンソ・ガナールよりも組みしやすいってことですかね?」

「そうですね。ただし見くびっている訳ではありませんよ。ミスター・ガナールよりあなた方の方が、我々外の考え方をよく理解されているからです」


 ハヤシの脳に、ほんの僅かな間、セントラルでショーゴがつき合った看護師の面影が浮かんで消えた。


『チュラポーンだ……』


 ショーゴが気づいて、それまで温和だった心が急激に尖る。


『落ち着け、ショーゴ』


 思念で宥めながら、サッタールはハヤシを睨みつけた。


「用件を伺いましょう、ミスター・ハヤシ。何が仰りたくていらしたのですか?」


 ハヤシはショーゴの動揺を見抜いた様子も見せず、穏やかに答えた。


「こちらで拘禁しているジャン・ポワイエの身柄を返して欲しいですか?」

「拘禁しているのは公安ですか? 警備は海軍が引き受けているはずですが」

「海軍ならばあなたの要請に応えてくれるとでも? もうミュラー元帥はおいでではありませんよ。イルマ所長も海軍士官ではない」

「公安所属でもないと思いますが」


 サッタールは初めて眉をひそめた。確かに自分がセントラルで交渉したような官僚たちと、目の前の男は違っている。

 表層思考を撫でるだけではなく、その内部まで手を突き立てて探りたくなるが、それをして気づかれたらコラム・ソルの立場はますます危険になるだろう。


 意識して長く細い息を吐き出してから、サッタールは立ち上がって窓の外を見た。遙か彼方に水平線が見えた。だがそれはロジェーム海ではなく、セントラル海だ。コラム・ソルは遠い。


「ジャンをお返しくださる代わりに、何を要求するつもりですか?」


 ハヤシも立って、サッタールと肩を並べた。息づかいが聞こえるほどの近さにいても、思考がはっきりとは読めない。ショーゴはふてくされたようにソファーに背を預けたままだった。


「あなたとミスター・ショーゴに、公安に入っていただきたい」

「……私たちが?」

「そうです」

「何のために?」


 ハヤシは苦笑とも取れる笑みを浮かべた。


「人の心を読み、記憶を探り、行動すら制御できるあなたと、電子の流れを自由に操るミスター・クドーを喉から手が出るほど欲しい、と思わない組織はありませんよ」

「私たちが公安に入ったら、コラム・ソルに機密を漏らす考えないのですか?」

「あなたの倫理は私どもも認めています。そのおかげでサムソンの陰謀を見抜けなかった苦い思いは、我々も等しく持っているのです。中央府は、あなたは当然コラム・ソルに残り、ミスター・ガナールと共に島の為に働くものだと思っていました。ところがあなたは突然、ナジェーム大学に入学し、宙航士を目指すという。何故ですか? はっきり言えば宙航士なんて養成すればいくらでも確保できる。しかしあなたは一人しかいない」


 全く思いがけないことで、サッタールはぐっと奥歯を噛みしめた。彗星が能力をもたらすと知ったら、中央府はどう動くだろうか? 三百年後に再来する前に、ファルファーレから遠く離れた宇宙空間で破壊しようとするのか。それとも人為的に能力者を生み出す為の研究に使おうとするのか。

 大きな進歩と繁栄の為ならば個々の自由など一本の綿毛より軽いと考えかねない彼らに、それを告げるつもりはない。


「確かに、私は宙航士を目指してはいますが、コラム・ソルは常に私の故郷です。もしかしてガナールと反目しているとお考えかもしれませんが……」

「そうは思っていませんよ。あなたとミスター・ガナールが定期的に連絡を持っていることは知っています。内容は知りませんが。ミスター・ショーゴの功なのでしょうね」


 にこやかな表情を崩さないハヤシに背筋が寒くなる。盗聴していると、薄ら笑いを浮かべて堂々と認めるこの男が怖かった。


「公安の仕事の前では、通信の秘密などないとおっしゃる?」

「あなたの前で私の心に秘密がないのと同じですよ。我々は必要がなければ知り得たことを外に漏らしたりはしません。あなただってそうでしょう?」


 後ろで、ショーゴが勢いよく立ち上がる音がした。触れるまでもなくその心が怒りで熱くなってるのがわかる。


「てめぇ……!」

「やめろ、ショーゴ」


 拳を固めたショーゴが険しい顔で仁王立ちしていた。生まれた時からつきあいのあるこの年長の友人が、ここまで怒っているのをサッタールは初めて見た。

 アルフォンソがいくら揶揄っても飄々と切り抜ける男が、肩を怒らせてハヤシを睨む。


「黙って聞いてたらとんでもねえ。島をカタにお前を脅してるだけじゃねえか。おい、おっさん。その仮面貼っつけたみてえな妙な笑い顔、やめてくんねえかな。それからこいつや俺の身辺なんざ調べあげてるだろうが、実際に何かしやがったら……」

「何もしませんよ。タナラット看護師は今も元気に働いておられます」


 明らかに煽りを含んだ言葉に、制止する暇もなくショーゴがソファーを飛び越え、ハヤシの前に立つ。そのまま殴りかからなかったのが不思議なぐらいに激昂していた。


「彼女と俺は何の関係もない」

「承知しています。それでも一度関わった人間は自動的に監視対象になる、というだけです。監視といっても特に日常を見張っている訳ではありませんよ。ただ普段通りに勤務し、あなたともコラム・ソルとも関係なく生きている。私が知っているのはそれだけです」


 サッタールは丸顔の優しい看護師を思い浮かべて、ショーゴに強い思念を送った。


『やめろ。絶対に手を出すな。相手の思うつぼだ』

『わかってるよ』


 ショーゴからも間髪入れずに返ってきた。

 サッタールは二人の間に身体を割り込ませ、静かに言った。


「今日はお引き取りいただきたい」

「そうですな。今日は」


 ハヤシは笑顔のままドアに数歩向かい、振り返った。


「我々はコラム・ソルと敵対したいんじゃありません。あなた方は自制を知っている。三百年もの間静かに暮らしてこられた。それは賞賛しますし、その島で育ったあなた方なら、いたずらに社会を乱さないことも承知しています。我々が恐れでいるのは、第二、第三のサムソンの出現です。それを阻む為ならなんでもする。そういうことでしかない。あなた方を我々の側に引き込みたいのですよ」

「一つだけ、聞いておきたい。ミズ・ハヤシを近づけたのもあなたの差し金ですか?」


 ハヤシは笑顔を深くした。


「いや。あれは自らの意志であなたに近づいた。甥のアルヴィンもです。学生同士の共感とでも言うものでしょう」

「ミズ・ハヤシは今、姉たちの所にいますが、それも彼女の好意だと?」

「本人に聞いたらいいでしょう。私はあれの父親ですが、成人してからの行動はいっさい監督しておりませんから」

「だがここに来たのはあなたの指示だろう」

「ええ」


 数瞬、迷ったように間を置いて、ハヤシは言った。


「あなたに対する担保です。人質と言い換えてもいい」


 どういうことだと訊き直す前に、ハヤシはドアの外に消えた。


「なんだよ、あれ」


 ショーゴが忌々しそうに呟く。


「娘って、さっき隣に入った子だろ? 煮ても焼いてもいいって言わんばかりだな」

「煮るつもりも焼くつもりもないぞ」

「ここにいるのがアルフォンソじゃなくてよかったな」


 実際にはアルフォンソだって、何も知らない娘に苛立ちをぶつけたりはしない。だが、怒りを堪えているときのあの男の迫力では、タキは萎縮してしまうだろう。

 ショーゴの先ほどの怒りにもヒヤッとしたが、ハヤシが出ていってしまうと、すぐに平静に戻っていた。


「……ところで、タナラット看護師とは別れたのか?」

「言わなかったか? 島に誘ってはみたけど、いつか遊びに行くと返されたんだよ。彼女はああ見えて仕事の鬼なんだ。怪我人にしか興味ねえってさ」


 渦を巻く感情が見えたが、ショーゴはもう飄々とした表情に戻っていた。


「だが悪かったなー。まさか俺と二、三回寝たぐらいで公安に目をつけられるとは思わなかったぜ」


 それだけ中央府はショーゴの才に注目しているということなのだろう。


「もしかしたらジャンも仕組まれたのかも」

「仕組む? どうやって?」

「わからん。けど、ああいう組織は人を陥れて脅すぐらいは平気でやるだろう」

「で、ジャンの身柄と引き替えにお前が身売りするの? 冗談よせよ。んなことしたらアルフォンソだけじゃなくてポワイエ兄弟にもボコボコにされるんじゃね?」


 苦く笑って、ショーゴはサッタールの肩に手を置いた。


「まあ島のことはアルフォンソとイルマに任せとけって。お前は学生やってろよ」


 あの彗星は、今もフィオーレ系内にいるのだ。いつかは追いついてやるという気持ちに変わりはなかったが、この瞬間は島のみんなが気がかりなりだと、サッタールはショーゴの手を通じて思いを伝えた。




なかなか面談が始まらず……

次回は来週7月1日か2日になると思います。

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