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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
研修三日目
9/50

『異国の寺院巡りツアー』2

 パトリックが団体を数人に分けて中を案内している時、ミヒロは外で待機していたため中に入るのは初めてだった。

 斉藤は2回目なので慣れた様子で靴を脱ぐと、絨毯のひいてある祈りの場所に座った。そして目を閉じる。ミヒロもそっとその後に続くと、後ろに座った。目の前に大きな仏像が見えた。黄金色に輝く仏像は日本で見たことがある仏像と同じ様子で、ミヒロは荘厳な気持ちになり、斉藤と同じように目を閉じた。

 願うことを考えたが、とりあえず無事日本に帰ることしか願いが浮かばなかったのでそれを祈ることにした。

 20分ほど祈りをささげて、斉藤が満足げに立ち上がる。ミヒロは自分がここに残って彼の希望を叶えたことに満足していた。


長三山ながみやまさん、悪いがどこかトイレがあるところないかね?」


 タクシーを拾おうと寺から離れ、歩き始めたとき、斉藤がそうおずおずと聞いてきた。もじもじしている様子からかなり早く行った方がいいことが想像できる。


「あのショッピングセンターに入っているはずです」


 周りを見渡し、ミヒロはそう言った。この国では日本同様ショッピングセンターには必ずトイレがあると書かれていた。お寺の近くから見えるその建物は、3階建てで道を渡ったすぐ側にあった。


「すぐ近くです。行きましょう」


 ミヒロはガイドらしくそう言うと、斉藤を連れて道を渡り、ショッピングセンターに向かった。

 ショッピングセンターに着き、トイレを探すと斉藤はいそいそとトイレに駆け込む。しばらく待って、ミヒロも今のうちにトイレに行っておこう、彼が先に出て来ても待っているだろうと勝手に予想し、女性用トイレに入った。

 女性用トイレに近づくと、その行列で驚いた。仕方ないので行列に並び、トイレから出たのは20分くらい後だった。


「斉藤さん?」


 ミヒロがトイレから外に出ると、斉藤の姿がみえなかった。きょろきょろ見渡し、お爺さんの姿を探す。しかしその姿はどこにも見当たらなかった。


「斎藤さん!」


 大声で呼んでみる。しかし関係ない周りの人が振り向いただけで斉藤らしい人物が現れることはなかった。


「どうしよう!」


 何でトイレにいったのよ、馬鹿ミヒロ!


 ミヒロはそう自分をののしるがすでに時は遅く、まさに後悔先に立たずの状態だった。


 ここを離れると斎藤さんが戻ったときに会えないかもしれない。


 そう思い、探しに行こうとも動けなかった。


 どうしよう!


「そうだ、パトリック!」


 ミヒロはそう思い出し、預かった名刺を取り出す。


「パトリックの馬鹿!」


 しかし取り出した名刺には事務所の電話番号、住所、ウェブサイトなど会社情報だけで肝心のパトリックの携帯番号は載っていなかった。

 ミヒロは少し考えた後、携帯電話を取り出し、誰かが事務所にいることを願い、電話をかける。

 

 ツルルルル~~


 そう呼び出し音が鳴った後、がちゃっと受話器を上げた音がした。


「Hello. Tan Tan Travel Agency」 


 聞き覚えのある落ち着いた声がして、ミヒロは泣きそうになった。


(館林さん!)


「館林さん、斉藤さんが、お爺ちゃんがいなくなっちゃいました!」


 ミヒロはかなりパニックぎみに泣きそうな声でそう叫ぶ。


「ミヒロ、今どこだ?一人なのか?」


 電話口の館林は落ちついた声でそうたずねる。


「すみません、一人で大丈夫だと思って、お爺さんを送るつもりだったんです。でもトイレに行ってる間にいなくなっちゃって」


 館林の言葉に、ミヒロは泣きそうになる自分を心の中で叱咤しながらそう答えた。


「落ち着け、ミヒロ。今どこだ?」


 社長の声が、頭に心地よく響く。


「なんか、この国で一番パワーがあるお寺の近くの3階建てのショッピングセンターです。1階のトイレのそばにいます。これからどうしたらいいですか?」

「ミヒロ、今から俺がそこにいく。動くなよ。その斉藤さんが戻ってくる可能性がある。心配するな。この国は安全だ。待ってろ」


 館林はそう指示を飛ばすと電話を切った。携帯電話からツーツーと通話が切れた音がして、ミヒロはその場にしゃがみこむ。 目から涙がぽろぽろとこぼれてきた。


(私のせいだ。勝手な行動するから。斉藤さん、見つからなかったらどうしよう!!)


 『心配するな。この国は安全だ。待ってろ』


 混乱するミヒロの脳裏にさきほどの館林の声が響き、自分の気持ちが落ち着いていくのがわかった。そして目をギュッと閉じると深呼吸した。


(私が今できることは、ここで待つことしかない)


顔を上げると立ちあがり、斎藤さんが現れないかと周りを見渡した。20分ほどそうしていると入り口の方に館林の姿が見えた。ミヒロは涙をハンカチで拭うと呼吸を整える。


「ミヒロ、最後に斉藤さんを見たのは何分前くらいだ?」


 入り口から小走りに走ってきた社長は部下にそう聞いた。急いで来たらしく、息は少し上がり、ハンカチで額の汗を拭っていた。


「えっと40分くらい前です」


 ミヒロは腕時計を見ながらそう答える。館林はその答えを聞き、ほっとしたような顔をみせると再び口を開く。


「そうか。お前はここで待ってろ。お前まで動くと斉藤さんが戻ってきたとき、わからなくなるから。俺はレセプションでアナウンスしてもらった後、行きそうな場所を探してみる。ミヒロ、斉藤さんの特徴は?行きたいって言っていた場所、ほしいといっていたものはなんだ?」


「えっと、斉藤さんは茶色の帽子をかぶった方で、身長は私くらいで、白いTシャツに茶色のチノパンを着てました。あと靴は青いスニーカーでした。それから、行きたい場所、行きたい場所……。ああ、お孫さんのお土産を買わないとと言ってました」

「そうか、わかった。俺の携帯番号は持ってるな?斉藤さんが戻ってきたら電話しろ。俺も斉藤さんが見つかったらかけるから」


 館林はテキパキそう指示すると、レセプションのある2階へ上がる。ミヒロは携帯電話をつかむと、斉藤の姿を見逃したらいけないと、周りに気を配った。

 駆けつけてくれた社長の姿を見て安堵した。そしてその冷静な指示に心配でつぶれそうな自分の心が勇気づけられる気がした。


(彼なら見つけてくれるはずだ。大丈夫)


 ミヒロはそう思い、携帯電話を握り締めると顔を上げた。


 しばらくして、斉藤さんを呼びかける店内放送が流れた。そして5分後、携帯番号が鳴る。


「館林さん!」

「ミヒロ、斉藤さんが見つかったぞ。3階のおもちゃ売り場にいた」

「よかった!」


 ミヒロは自分の目から涙がこぼれるのがわかった。


「そこで待ってろ。今から斉藤さんと降りる」


 そう通話が切れた後、1階に降りたエレベーターから館林と斉藤が降りてくる姿が見えた。ミヒロは嬉しくて2人に向かって走る。目を晴らした新米ガイドを見たお爺さんはぺこりと頭を下げ謝った。なんでもトイレの外で待っていたら3階から垂れ下がっている広告に孫が夢中になっているアニメが載っていたらしい。それで少しなら大丈夫かと思って3階に上がったということだった。

 

(斉藤さんったら)


 ミヒロはそう思ったが、自分が良かれと思った行動が招いたこともあり、何も言わず黙って話を聞いていた。


「さあ、斎藤さん。私の車でホテルまで送りましょう」


 館林はそう言うと、お爺さんの肩をぽんと叩く。斎藤はほっとしたように笑うと歩き出した。

 ミヒロは2人の後に続き、館林の車が止まっている地下駐車場に向かった。


 ホテルに到着し、ロビー行くとパトリックが心配げに待っていた。タンタン旅行社のツアーはホテルにお客さんを送り届けるまでが仕事で、それからはお客さんの自由時間となっていた。ホテルにパトリックと共に先に到着したお客さんはそれぞれホテルで食事を取ったり、その辺で食事をとることになっており、彼のガイドの仕事は終わっていた。

 しかし待てど暮らせど、ミヒロと斉藤の姿が見えず、心配していたらしい。


「電話シタンデスヨ!」


 パトリックはそう言ったが、ミヒロの携帯電話は鳴らなかった。よく見るとかけていた番号は一つ数字が間違っておりその場で脱力する。しかし無邪気な王子様スマイルと見て、こういう人だもんなと苦笑した。


「じゃ、今日は悪かったね。でもありがとう。これで孫の受験は大丈夫だ!」


 二人の孫をもつ、斉藤は嬉しそうにそう言うと3人に頭を下げ、ホテルの自分の部屋に戻っていった。


「さーて、長三山ながみやまミヒロ。今日は夕飯に付き合ってもらうぞ。パトリック・コー、お前もだ。今日は反省会だ。まったく下手したら警察沙汰だったぞ」


 斉藤の姿がホテルのエレベーターに消えるのを確認すると、それまでの笑顔を消し厳しい表情に変えて館林はそう言った。

 パトリックはそれを見てしょんぼりとうつむき、ミヒロはそうだ、あぶなかったと肩を落として反省の色を見せた。

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