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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
研修三日目
7/50

怯える王子と冷たい歌姫

「………」


 いつもの通り、爽やかなパトリックに迎えに来てもらい、会社に向かいながらアニメの講義を受け、ミヒロはタンタン旅行社に到着した。そしてそこに待ちうけていたのは氷のような冷たい歌姫だった。


「早安 (おはよう)」


 氷の歌姫ことアイリーン・ホワンはいつもなら英語でGood morningで挨拶をするはずなのだが、冷たい視線をパトリックとミヒロ、いや、パトリックに向けてそう言った。


「早……安(お、おはよう…)」

 明らかに昨日の悪夢を思い出し、怯えた様子でパトリックはそう答える。その後ろでミヒロはとりあえずGood morningと挨拶をした。

 事務所に館林の姿はなく、それがまた事務所の緊張感を高めているようだった。


「坐把(座れば?)」


 眼鏡の奥の目を光らせてアイリーンがそう口にし、パトリックとミヒロはいそいそと自分たちの机に向かう。

 事務所には4台の机があり、2台の机同士が向かい合うように置かれていた。

 ミヒロの机は誰も使っていなかった館林の机の真向かいに必然的になり、すぐ隣がパトリックの席で、その向かいがアイリーンの席になっていた。席に座ったミヒロ達を確認すると、彼女はそれ以上何も言おうともせず、パソコンに目を向けていた。

 静かな事務所にアイリーンが規則的にキーボートを叩く音が響く。

 パトリックは彼女の顔を見るのが恐ろしいらしく、ミヒロのほうばかりを見ていた。


「今日、館林さんは来ないの?」


 ミヒロはアイリーンの様子を気にしながらも小声でそう聞いた。そして同時にパソコンの電源を入れる。館林という名前に反応し、彼女がちらりとこちらに視線を向け、ミヒロはその冷たさにぞくっとするのがわかった。

 

(なんだかパトリックが怯えるのがわかった気がする)


「うーん。そんなことないと思うデスガ。どこか寄ってるカナ……」


 パトリックが怯え気味にそう答え、ちらりとアイリーンを見る。彼女はそんなパトリックを見ようともせず、視線をパソコンに向けたままだ。髪をひとつにまとめ、黒縁の眼鏡を掛け、地味な事務員風の服を着るアイリーンは昨日の夜とは別人のようだった。しかし、その放たれる雰囲気は同じものだった。


「そうだ、ミヒロ。確か、ジムショにジョセイ用のアロハシャツがあったはずデス。今日はボクと一緒にお寺メグリtour にイッテもらうカラ、着てモラワナイト」


 パトリックはアイリーンの視界から逃れるチャンスができたのが嬉しいのか、はたまたアロハシャツを探しに行くのが嬉しいのか、そう言うと、ミヒロの返事を聞かないまま、事務所の奥に入っていった。

 

(ちょっとした息抜きか。私も目の前であの冷たい視線を浴びていたら、生きた心地しないかも。なんてたって、殺す言われていたし)


 ミヒロはそうパトリックに同情しながら、起動したパソコンの画面に目を向けた。そして月曜日にデータ入力した顧客データを開く。一応2年分はすべて入力していた。


「I know you understand Chinese. So please watch your mouth(あなたが中国語が分かることは知ってるわ。だから口に気をつけることね)」


 ふいに冷たい声がそう聞こえ、ミヒロがパソコンの画面からアイリーンの方を見た。ミヒロを見つめる彼女はそのメガネをはずし、艶美な笑みを浮かべていた。


(怖い、怖すぎ!!)


 ミヒロはまるで暗闇で突然幽霊と遭遇したような気分になり、視線を逸らす。背中に冷たい汗が流れるのがわかった。

 恐る恐る再びアイリーンに視線を戻すと、彼女は眼鏡をかけ直し、いつものようにパソコンに神経を集中していた。


「ミヒロ~」

 自分をそう呼ぶ緊張感がない声がして、アロハシャツを持ったパトリックが姿を見せる。ミヒロはほっとして陽気な王子を見上げた。


「ジョセイ用アッタヨ。着てみて」


 パトリックは嬉しそうにそう笑って、持っていたピンクのアロハシャツを両手で広げる。


「ぴ、ピンク?」


 ミヒロがぎょっとして、そのピンクのアロハシャツを見た。全体的にピンクの下地で、いくつもの真っ赤なハイビスカスの花が描かれていた。

 

(こんなピンク着たことがない。だいたいピンクって柄じゃないしね)


「ミヒロなら似合うと思うヨ」

「他の色は……」


 ピンクは嫌だとミヒロがそう聞くが、パトリックはにっこりと笑って返事を返した。


「ピンクだけダヨ。ダイジョウブ。ミヒロなら似合うカラ」

 

そして彼は彼女にピンクのアロハシャツを渡す。


「……ありがとう」


 ミヒロは選択肢がないと諦めのため息をつくと、アロハシャツを受け取り、着替えるためにトイレに向かった。



「結構似合うじゃないか!」


 トイレから事務所に戻ると、明かに笑いを堪えている調子で館林がミヒロを見てそう言った。


(あー!!なんでこうタイミングが悪いのかな。なんかこの人だけには見られたくなかった)


 ミヒロはトイレの個室でアロハシャツを着た後、洗面所の鏡で、自分の姿を確認した。そして予想通りだとわかり、肩を落としていた。


(まあ、これも人生の経験だと思って。旅の恥はかき捨てだっけ?)


 笑いを堪えている館林をぎらりと睨みながら、ミヒロはそう自分に心の中で言い聞かせる。


「ミヒロ、カワイイデスヨ!ボクは大好きデス」


 しかし、パトリックは王子様スマイルと浮かべるとうっとりとミヒロを見ていた。


「大好きって。パトリック、ミヒロ。お前達、いつの間にそう言う関係になったんんだ!」

「ち、違います!」

「本当か?研修にきて、そのままこの国に滞在なんてなったらおやっさんに怒られるからな。もし、パトリックといたいなら、研修終わってからもう一度戻って来い」

「だから違うんです!」

「違うんデスカ??」

「あ~!パトリック……」


 ミヒロが力強く否定をするのでパトリックが少し悲しそうな顔をした。それがまるで小動物のように見えて、ミヒロは言葉を濁す。

 

(付き合ってないし。そういう関係でもない。でも……)


「Please be quite. It’s too noisy!(静かにしてください。うるさいです!)」


 ミヒロが戸惑っていると、アイリーンの冷たい声がそう響いた。とたんミヒロ達の会話が止まる。そして館林は思い出したように腕時計を見た。


「パトリック!もう10時だ。ホテルピックアップに遅れるぞ!」

「10 o’clock ?!ミヒロ、チコクです。行きマスヨ~!!」


 パトリックはミヒロの手を掴むと、慌てて事務所のドアに向かって走る。アロハシャツに身を包んだ王子に引きずられながらミヒロは館林がにやにやと笑みを浮かべるのを見た。


(絶対に絶対に勘違いしてる!)


 しかしミヒロの心の中の言葉が届くはずもなく、館林はドアの向こうに消えていく可愛い部下にバイバイと手を振っていた。


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