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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
研修二日目
5/50

『王子様と巡るお姫様ツアー』

 翌朝、サービスアパートの階下に現れたパトリックを見て、ミヒロは驚いた。

絵本から出てきたような王子様の格好の彼は、ほぼ徹夜状態で本を読み頭がぼーとしていたミヒロの目を覚ますには十分な刺激だった。


(似合う、似合いすぎる。でもこの場所には不釣り合いかも。なんでこんな格好してるんだろう?とうとうアニメにはまりすぎてあほになったのか)


「ミヒロ。ボク、カッコイイデスカ?」


 そんなことを考えていたミヒロにパトリックは照れた様子もなく、そう聞く。


「……うん、カッコイイ」


 彼女が素直にそう答えると王子は満面の笑顔を浮かべた。


「ミヒロにそう言われてボク嬉しいデス。今日はボク、王子様だから、王子様って呼んでクダサイネ。ミヒロも今日はこの衣装を着てクダサイ」


 そう言って渡されたのはヨーロッパの中世期に給仕が着る様な服だった。

 そしてよく見るとアパートから少し離れたところに、馬車の様は飾りをつけたマイクロバスが見えた。運転席を見ると同じく中世風の服を着た運転手が座っているのが見える。


「ミヒロ、時間がないデス。早く着替えてクダサイ!」


 パトリックにそう急かされ、ミヒロは考える間もなく慌てて部屋に戻ると渡された服を着替えた。

 そうしてヨーロッパ中世風の服を着た3人はお客さんが宿泊しているホテルに向かった。


 今日のツアーは『王子様と巡るお姫様ツアー』というもので、王子様の格好をしたパトリックが中年の女性観光客達を丘にそびえる古城、年代ものの教会、そして美しい公園などに案内し食事を共にしたりというものだった。

 観光客はもちろん日本からで、日本ではできないお姫様体験をこの国でしようというコンセプトの下に、王子様役のパトリックがお姫様コースをエスコートすることになっていた。

 とりあえずミヒロは接待側なのでお姫様ではなく、王子に使える給仕という設定のようだった。髪をまとめ、ショートカットのかつらをかぶっていた。童顔と幼児体型のせいもあって、ミヒロが男の子のように見えないこともなかった。

 

(まさか海外で仮装することになるとは思わなかった。しかも館林さん、昨日読んだ本って全然意味がないんですけど?)


 ミヒロは徹夜で読んだ本達が今日役に立たないことを思い、昨日の社長の笑顔を思いだす。


(絶対に意地悪でそう言ったに違いない。そういう人だ)


 ミヒロがイライラしながらそう思っている横で、王子様は漫画本に目を通している。


(気になるのか?)


 そう聞いた館林の笑みを浮かべ、ミヒロが苛立ちながら、パトリックに視線を向ける。


「?どうしたんデスカ?」


 るんるん気分の王子は可愛い給仕の鋭い視線を感じ、漫画本から目を上げる。


「なんでもないです」


 そっけいないミヒロの返事を聞くと、パトリックは訝しげな顔をしたが再び漫画本に目を落とした。


(確かにハンサムだけど。どっちかって言うと……)


 ふと館林の顔が浮かび、ミヒロは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「我们到了。(着いたよ)」


 運転手のそっけない中国語が聞こえ、マイクロバスが止まる。

 ミヒロは頭を横に振ると窓から外を見る。

 着いた場所は5つ星ホテルだった。


(やっぱりお姫様気分ってことでいいところに泊ってるんだ)


 多分一生泊まることがないだろう高級ホテルに、今日の馬車みたいなマイクロバスは妙に合ってる気がした。


(ま、いい体験と思って……今を楽しむか)


「ミヒロ」


 彼女がそんなことを思っているとパトリックが声をかけた。

 給仕は頷くと、打ち合わせ通りバスのドアを開ける。そして王子様に使える給仕として外に出て、頭を垂れた。

 パトリックは優雅に降りると、お姫様達が待つロビーに向かった。



 ロビーで待っていたのは60歳くらいの女性達5人で、みんなそれぞれがパーティードレスのようなものを着ていた。化粧もかなり濃く、ミヒロは痛さを感じ視線を逸らす。

 しかしパトリックは慣れているらしく、にこりと微笑んだ。


「さあ、お姫様方、行きマスヨ」


 王子の笑顔にうっとりしたおば様達はふらふらと夢うつつな様子で、マイクロバスに乗るために動きだす。ミヒロはとりあえず最後尾につき、黙って従った。


 最初の目的地はお茶会を開きましょうということで丘に建っている城のような建物だった。城に見立てて建設された建物の中にカフェが入っており、周りの庭はきれいに整備されていて、格好の観光スポットとなっていた。その2階には結婚式をいつでも行えるように見事なドレスを取り揃えたウェエディングショップも入っており、現地の人にも人気の場所だった。

 1階のカフェは庭にテーブルとイスを出しており、パトリックは本日のお姫様をそこに案内した。カフェの店員は慣れているらしく、苦笑もせず柔らかな微笑みを浮かべて、紅茶を始め三段トレーに入ったお菓子やケーキを持ってきた。

 ぼーっとしていたミヒロはパトリックからの視線を受け、慌ててお姫様達にお茶を注ぐ。

 本日のお姫様達はゆったりと椅子に座り、ティーカップを持ち幸せそうにお茶を飲んでいる。


(年取ってから、こういうのも悪くないかもね)

 

 おば様達に楽しげなようすにミヒロはそう思わずにいられなかった。


「お姫様方、次はどこに行かれマスカ?」


 1時間ほどお喋りを満喫したお姫様達にパトリックがそう声をかける。

 立ちっぱなしのミヒロはその言葉に待ってましたと内心安堵した。


「それでは、皆様。教会でもいきましょうか」


 リーダーのような女性がそう言い、次の行き先は街の中心にそびえる教会になった。



 マイクロバスの中でもおば様達の話は途切れることはなかった。パトリックはアニメの話をして雰囲気をぶち壊すこともなく、きらきらな笑顔をうかべてそれを聞いていた。ミヒロは給仕らしく、黙ってその様子を見ていた。


 教会に着くと、バスから降りたおば様達は教会に入っていく。さすがにお姫様らしく騒ぎ立てるものはいなかった。


(これで騒いだら次から絶対に来れないもんね)


 そんなことを思いながら、ミヒロはおば様達に続き教会の中に入る。

 教会など入ったことがなかったので新鮮さを感じ周りを見渡した。しかし真剣に祈りをささげる人もいて、一行は10分もその場にいることなく、そそくさと教会を後にした。



 次に向かったのは意外にもスカイタートルの公園だった。


 通常このツアーはお姫様コースなので、スカイタートルは入っていなかった。しかしおば様達のたっての希望でスカイタートルの公園に向かった。


(やっぱりすごい銅像だ)


 スカイタートルの公園に辿り着き、その銅像を間近でみて、ミヒロが改めてそう感じた


「王子様、私たちと写真をとりましょう」


 きゃっきゃっと歳外もなく、おばさまたちはパトリックを誘うと、楽しそうに写真をとった。


「あなたも一緒に」


 そう言われ、ミヒロも一緒に巻き込まれ、写真をとる。

 そうしているうちに時間はなくなり、ホテルに帰る時間になった。


「さあ、お姫様。お帰りになる時間デスヨ」


 パトリックがそう言うと、おばさまたちはため息をついた。しかし、大人しく、王子に案内されるまま、マイクロバスに乗る。

 そして、ホテルに着き、ロビーでお別れの挨拶をするときに、おば様のひとりがパトリックの腕を掴んだ。


「ねぇ。王子様。一度でいいから私の部屋にきてくださらない?」


 そのおばさまは熱心なパトリックのファンらしく、かれこれこのツアーに参加して3回目のベテランのお姫様だった。


「えっと、アノ」


 王子という役柄を忘れ、心底動揺した様子で彼の顔が曇る。


「メイ子さん、あなただけずるいわ。それなら私も、お金ならいくらでもはずむわ」


 メイ子と呼ばれた女性よりすこし若そうな女性がパトリックの耳元でそう囁く。


「お姫様方、王子は今日はこれから城に戻る用事があるのです。恐れ入りますが次回ということでお許しください」


 パトリックの困った様子を気の毒に思ったミヒロはぐいっと彼の体を掴み、メイ子から引き離すとそう言った。


「ああ、王子様、私を置いていかれるのですねぇ」


 メイ子からそんな台詞が漏れる。


「お姫様方、申し訳ありません。それではまた次回に!」


 給仕はできるだけ優雅に頭を下げると王子を連れ、その場を逃げ出した。


「ミヒロ!Thank you so much !」


 マイクロバスに戻り、パトリックはおば様たちがよっぽと怖かったのかそう言うと救世主に抱きついた。

 ミヒロは思いもよらないことで、しかもイケメンを間近で見て、顔を赤らめる。


「本当、キミはナミサンみたいにカッコイイ。アリガトウ」

 

ナミサンは余計だと思いながら、ミヒロは王子の腕の中から逃げ出す。


「もうこのツアー止めた方がいいと思うよ。楽しかったけど」

「ウン。ボクもそう思う。シンサンに言うヨ。絶対」


 パトリックはうんうんと頷きながらそう言う。

 しかし研修社員はあの社長がこのツアーを止めるとは思っていなかった。

 

「我先走吧!(さきに行くから)」


 マイクロバスの運転手はその中世風の服を脱ぐとそう言って、2人をホテルの駐車場に残し、去った。


「ボクがアパートまで送るカラ」


 途方に暮れるミヒロにそう言うとパトリックは笑った。ホテルから実は事務所は近い場所で、毎回こうやってホテルでレンタルサービスのマイクロバスと別れるらしかった。

 彼の服も車も事務所らしく、2人は歩いて帰る。ホテルに帰るまで、またアニメの話を聞かされるかと思ったが、そうでもなくパトリックはミヒロに色々質問してきた。

 その内容が家が日本のどのへんとか、家族構成とか、学歴などを聞かれ、不思議に思ったがミヒロは秘密にすることでもないと普通に答えた。


 事務所に着いたのは午後6時で、アイリーンと館林はすでに帰った後だった。


「ミヒロ、今日はボクが夕食オゴリマス」


 事務所で自分の服に着替えたパトリックはさわやかにそう言った。アロハシャツか王子様姿しかみたことなかったので、ジーンズにTシャツの普通の格好の彼は少し雰囲気が違った。

 半袖から伸びる腕は案外たくましく、ミヒロは驚く。


「お願いシマス。今日のお礼をしたいんデス」


 夕飯の誘いに答えないミヒロにパトリックは困ったような顔を見せる。


(大丈夫だよね。アニメ大好きな人だし。そんな変なこと考えてないだろうし)


 『外人に気をつけなさいよ』と言う母の言葉も思い出したが、ミヒロは彼の誘いの乗ることにした。


「でも、先にアパートによって。着替えたい」

「モチロン」


 パトリックはミヒロのリクエストに笑顔でそう言うと、彼女を車に乗せた。


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