3 days ago – December 22 (2 of 2)
「伍さん、すみません」
「いいよ。全然。昨日のこと気になってたし」
ミヒロに呼び出され、アキオは事務所近くの居酒屋に来ていた。
「始めまして。私は伍アキオです」
座敷の四角のテーブルを挟んで座る二人に、アキオはにっこりと笑顔を向ける。
「はじめまして。私は形野ミユキです。長三山さんと同じ会社の者です」
「はじめまして。僕も長三山さんと同じ会社の者で木田タケルといいます。よろしくお願いします。」
「はい、よろしく」
顔合わせが終わり、これで気が済んだだろうとミヒロは帰ろうとした。しかしアキオが明日も休みだしせっかくだから一緒に飲もうと言い結局4人で飲むことになった。
「そう。私の会社も同じビルに入っているんです。だからパトリックに不在の間にミヒロちゃんの面倒を見るように頼まれたんですよ」
「面倒ってなんですか!」
すこしお酒が回ったミヒロが顔を真っ赤にしてそう言う。
「長三山さん、うらやましいなあ。愛されてるって感じ」
同じく少し酒が入ったミユキがうっとりとした表情を浮かべた。
「いやあ、本当。愛だね。木田さんもそう思うだろう?」
明らかに不機嫌そうな木田にアキオは笑いかける。この男がミヒロにちょっかいをだし、パトリックをいらだたせていることがわかり、アキオは少し遊んでやろうと思った。
「そうですね。でもどうなんですかね。結婚前に両親も住んでいる家で同居なんて、おかしくないですか?しかも日本に来てからずっとでしょ?」
木田はアキオを睨みつけ、焼酎の入ったコップを持つと口に含む。
「そんなこと!」
ミヒロが真っ赤な顔のまま木田に抗議する。
「木田さん。そんなことあなたには関係ないと思うけど。付き合う形なんて人それぞれだろう?」
アキオは酒の入った小さな杯を煽ると、テーブルに置く。ミヒロは彼の隣でそれを聞き、気持ちを代弁してもらったような気がして嬉しくなる。
「……そうですけど」
木田はミヒロの様子を見て、悔しそうにそう言葉を漏らすと、コップに入った残りの焼酎を飲み干した。
――1時間後
「じゃ、私はミヒロちゃんを送って帰るから。悪いね」
久々に本格的に飲んだせいか気持ち悪くなったミヒロを家に送る役目をアキオが引き受けた。そして酒の場を後にした。ミユキは残念そうにその背中を見送った後、かなり不機嫌そうな木田に目を向ける。
「木田さん、私達も帰ろうか」
「まだ飲み足りない。僕のことはほっといていいよ。形野さんは先に帰りなよ」
木田にそういわれ、ミユキは迷う。しかし好みではなく、しかも機嫌の悪い男と一緒に飲んでも楽しいわけがなかった。
「ごめん。じゃ、私先に帰るから。これ私の分」
ミユキは申し訳なさそうに微笑むと財布からいくつか札を出して、座敷を出る。
「ああ、いいのに。じゃ、来週ね。メリークリスマス」
木田は座敷を離れるミユキにとりあえず笑顔を作り、手を振る。
「メリークリスマス~」
彼女はそう答えるとぎこちない笑顔を返し、店を後にした
「……くそ」
ミユキが去り一人になったあと、男は小さくそうつぶやく。
入社したときからかわいいと思っていた長三山ミヒロ。彼氏がいない間に奪ってやろうと思ったが、思わぬ保護者の出現であきらめずにはいられなかった。
「あー、くそ」
木田は、ばんっとテーブルを叩くと、焼酎の瓶を掴みラッパ飲みする。香りを楽しむどころではなく、苦い味が喉にしみる。
りりりりーん
ふいに自分のではない、携帯電話の呼び出し音がして木田は目をやる。そこには見覚えのある携帯電話があった。男は電話と掴み、その画面に現れた写真をみて、皮肉気な笑みを浮かべた。そして通話ボタンを押す。
「もしもし?パトリック?悪いけど……」
電話をかけてきたのはその彼氏だった。木田は薄ら笑いを浮かべながら、ミヒロが自分と一緒にいることを伝える。詳細に作り話を聞かせようとしたがパトリックは冷たい声でわかったと答えると電話を切った。
その声から怒りを感じ、木田は楽しくてたまらなかった。ミヒロの電話を胸ポケットに入れると、美味しい肴ができたと飲み続ける。
その夜、電話が再び鳴ることはなかった。
「鈴木。どうしたんだ?」
ベッドの上にうつぶせになるユウコに、シャワーを浴びた館林が声をかける。そして隣に座りその褐色の髪を撫でる。
「……なんでもないです」
ユウコは言葉を返すが振り向くことはなかった。
「俺といるのが嫌か?」
「そんなこと……!」
「だったらなんでそんなに悲しそうなんだ?」
(ごめんなさい)
ユウコは泣きそうになる自分を叱咤する。
(好きなのに一緒にいると不安になる。いつか別れを言いだされるんじゃないかって……)
気持ちを伝えようかとユウコは迷う。しかし面倒な女だと思われたくなくて口を噤んだ。
「鈴木……」
何も答えず、顔を伏せたままのユウコの髪を撫で、唇をあてる。
「言いたいことがあったら言え。今のままじゃ俺も苦しい」
館林の声は少し掠れたもので、その苦しみが思い量られた。
(言うべき。言うべきだ)
ユウコは体を起こすと、館林の顔を見つめる。その茶色の瞳が泣きそうな表情のユウコを映していた。
「社長……。私は不安なんです。何のとりえもない、容姿も綺麗じゃないのに、こうやってあなたと付き合ってるのが……」
ユウコの言葉に館林は唖然とした後、笑いだす。
「馬鹿だな!そんなこと思っていたのか!」
腹を抱えて笑う館林にユウコの悲しい気持ちは怒りに変わる。
(笑い事じゃないのに!)
「帰ります!」
(勇気を出して言ったのに、笑うなんて!)
ベッドから降り、大股歩きで部屋の外を出ようとするユウコを、笑ったままの館林が止める。
「怒るな。俺はそんな理由でお前が悩んでいたのが可笑しくて嬉しいんだ」
「?!」
腕を掴まれ引き寄せられたユウコは怒りが収まらない様子で館林を睨む。
「俺はお前のそういうところが好きだ。お前以外にもう誰も好きにならないし、離したくないと思ってる。だから、ここ最近正直言って参った。お前を失うんじゃないかと不安になった」
ぎゅっと背中から抱きしめられ、囁かれ、ユウコの怒りは喜びに変わる。
「俺はお前とずっと一緒にいたい」
「社長……」
ユウコはつんと鼻が痛くなり、泣きそうになる。ずっと抱えていた不安が水に触れた氷のように溶けていくのがわかった。
「鈴木……」
「?!社長、ちょっと!」
館林の腕がさわさわと移動し始め、その唇がユウコの首筋を這う。
「我慢できない」
「……まったく」
ユウコはため息をついたが、抵抗することはなかった。
「鈴木、好きだ」
「私もです。社長」
「知ってる」
「知ってるって」
(さっきまで自信なさげだったのに)
館林がいつもの調子に戻り、ユウコは苦笑する。
自信過剰な恋人はユウコの体を抱きかかえるとベッドに降ろした。そしてキスをしようとしたとき、その携帯電話が鳴る。
しかし館林は無視して唇を重ねると、そのシャツに手をかけた。
「社長!」
止む気配のない電話に、ユウコが出てくださいと声を上げる。
館林はため息をついた後、電話に出た。
「誰だ?パトリック?!」
電話の主はパトリックで、それは無理な願いを申し出るものだった。