4 days ago - December 21 (2 of 2)
「いただきまーす」
ファミリーレストランで元気よくそう言うとミヒロはご飯を食べ始める。頼んだメニューはハンバーグセットだ。
(かわいいなあ。妹みたいだ)
向かいに座るミヒロを目を細めてみながらアキオは冷たい水の入ったグラスを煽る。
「伍さんは食べないんですか?」
「食べるよ、食べる」
フォークを盛ったまま、上目遣いで見られ、男はどきっとする。可愛いベビーフェイスのミヒロは、フォークとナイフを使いおいしそうにハンバーグを頬張っている。
(確かに、パトリックが誰かに取られるかもしれないと不安になるのもわかるな。かわいいもんな)
アキオはミヒロから視線を逸らすと、目の前のナポリタン・スパゲッティを見つめる。フォークでスパゲッティを絡み取り口に含むと、その甘酸っぱい味が口に広がる。それはあの最初で最後のキスの味で、アキオは驚いた。あれ以来、触れるだけで変態と言われるので、キスどころか何もしてなかった。
(あれは本当に甘酸っぱいキスだった。このナポリタンのように……)
「伍さん?」
長く陶酔していたのか、ミヒロが心配そうな視線をこちらに向けていた。
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「伍さんはアイリーンのどこを好きになったんですか?」
「!唐突だな」
「聞きたいなと思って。私もなんでパトリックが好きなのかわからなくなるんです。ただ一緒にいたい、その声を聞きたいと思うんです。好きになるのは理由があるみたいなんですけど」
「まあ、確かに人は理由なしで好きにならないというけど。私の場合も同じようなものだよ。気がつくと囚われていた。彼女以外のことを考えられなくなっていた。彼女のどこがいいと言われると顔としか言いようがないかも」
「……それっとひどくないですか?」
「ひどい?うーん、ひどいか?」
「そうですよ。ひどい」
ミヒロがそう言うのでアキオは首を捻って考える。しかしどこがひどいかわからなかった。
「だって、もしですよ。アイリーンが綺麗な顔じゃなかったら好きにならなかったかもしれないってことでしょ?」
「そうかもな。そういうミヒロちゃんだって、パトリックがハンサムじゃなきゃ、好きにならなかっただろう?」
「そ、そんなこと……」
「そう?」
(意地悪だったかな)
泣きそうになったミヒロにアキオは反省する。
アキオ自身、本当にアイリーンのどこが好きかわからなかった。ただ彼女の側にいたかった。自分とミヒロを重ね、思わずそう言ってしまった。
「伍さんはひどいです」
「ごめん。言いすぎた」
俯いてしまったミヒロの頭をアキオがそっと撫でる。
しかし脳裏にパトリックの鬼の形相が浮かび、慌てて手を離した。
「鈴木。好きだ」
館林はユウコが部屋に入るとすぐにキスをしてきた。
「社長、ちょっと!」
酔っているはずはなかった。車を運転する社長に遠慮してユウコもアルコールは取らなかった。ただ食事をして館林の自宅に帰ってきた。
「お前は本当は俺のこと、どう思ってるんだ?」
重ねた唇を離し、男は恋人を見つめる。
(そんなの、好きに決まってる……)
ユウコは答えようとした後、顔を逸らした。
(好きっていいたくない。言ったら安心して別の人のところへ行ってしまうかもしれない)
「鈴木?」
いつもと違う様子のユウコに館林は怪訝そうな顔をする。
「好きな男ができたのか?」
「?!違います」
「だったら、俺のことが嫌いになったのか?」
「そんなんじゃないです。ただ……」
(あなたと一緒にいるのが苦しい。心を完全に許してしまえば離れられなくなる。傷ついてしまう)
「……ただ、なんだ?」
館林はすこし苛立った様子でそう問う。
「なんでもないです。今日は帰ります。御馳走様でした」
「鈴木?!」
自分から離れ、玄関に向かう恋人を男がひきとめる。
「帰さない。俺はお前のことが好きだ。離さない」
男はぎゅっと愛しい女を抱きしめるとキスを重ねる。
(だめだ、嵌ってしまう。浸ってしまう)
ユウコはそう思いながらも、逆らえず館林の腕の中でじっとその情熱的なキスを受けていた。
ミヒロを送り届け、アキオは自宅に帰ってきていた。
部屋に入り、パソコンの電源をつける。
スカイプのアイコンをクリックして、アイリーンを探す。
(不在か)
スカイプの連絡先のアイコンはオフラインを知らせるオレンジ色だった。
(それともパソコンをつけていないか)
今日はバイトはないはずだった。時間は午後10時、自宅に帰っている時間だった。
(電話するか?メール?)
ふとそう思い、アキオは苦笑する。電話は料金が高いとかで出ないし、メールは面倒だと返事が来ない。
「!」
(緑色だ!)
ふいにパソコンの画面上のアイリーンのアイコンがオレンジ色から緑色に変わる。
アキオは嬉しくなってクリックする
『你在吗?我可以给你打电话吗?((ネット上)今いる?電話かけてもいい?』
そしてすっかり上達した中国語のタイピング技術を使い、素早くメッセージを送る。
『可以 (いいわよ)』
短い返事が帰ってきて、アキオはマイク付きのヘッドフォンをつけ、カメラの位置を確認する。そして髪の毛を整えるとマウスを掴み、電話をかけるため、アイコンをクリックした。
「ミヒロ?ドウシタノ?」
電話口から優しい彼氏の声が聞こえる。
自宅に帰りお風呂に入った後、ミヒロはパトリックに電話をかけた。髪の毛を乾かしてから電話するのが待てなくて電話をした。おかげで寒さを感じて電気ストーブの近くで背中を丸くして携帯電話を両手で持つ。
「うーん。ちょっと。今日伍さんとご飯食べてきた」
「明雄(ming xiong)?」
「そう」
「楽しかった?」
「……うん」
泣かされそうになったと言ったらパトリックが怒るのが目に見えていたのでミヒロはそう答える。
ミヒロは数時間前のアキオの言葉を思い出していた。否定できなかった。
(でも好きなのは外見だけじゃない。確かにかっこいいけど。それだけじゃない)
「ミヒロ?」
黙りこくったミヒロに恋人は怪訝そうに声をかける。
「何でもない」
心配かけたかもしれないとミヒロは慌ててそう言う。
「ナラヨカッタ」
「パトリック。ツアー明日からだよね。おば様に気をつけて」
元気を出そうと少し茶目ってたっぷりに言うと、向こうから大げさなため息が聞こえた。そして王子様は声のトーンを落として囁く。
「Can you protect me like before ?(ボクを前みたいに守ってくれる?)」
「プロテクト?」
(プロテクト……本当は全然いらないくせに。こういうところ詐欺だ。前は知らなくて王子様を守った気になったけど。本当は全然違う)
「You don’t need my protection. I knew that(私の守りなんていらないくせに。私は知ってるんだから」
「ソンナコトナイノニ」
甘い声が耳元からの脳内に入り込む。
(パトリックはやっぱり曲者だ。どきどきさせられる)
「明日は何時に起きるの?」
ミヒロはどぎまぎする心臓を意識しながら、話を変える。
「6AM」
パトリックは吐息を漏らした後、短く答えた。
(6時。早い!だったら早く寝なきゃ)
名残惜しそうな彼氏にお休みと言って、彼女は電話を切る。
携帯電話を机の上に置き、ベッドの上に横になり、布団をかぶる。手足が寒さで冷たくなっていた。濡れた髪の毛は布団に入っているのにひんやりとミヒロの寒さを感じせた。
(髪の毛乾かさないと)
体を起こすと、ふわりと昨日嗅いだ香りがした。その香りにパトリックの存在を感じてミヒロは掛け布団を抱きしめる。香りは彼の使っているボディシャンプーの香りで、爽やかな花の香りだった。その香りに身をゆだね、ミヒロは目を閉じる。
久々に1人の夜だった。しかし恋人の残した香りがミヒロを1人だと感じさせなかった。