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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
番外編ー伍アキオ「私の歌姫」
34/50

白酒

 午後9時、私はホテルにいた。

 取引先を夕飯に誘い海岸沿いのシーフードレストランで食事を取ったが、それだけでホテルに戻ってきた。本当であれば夜の遊びも誘うべきだった。しかしそういう気分にならなかった。

 忘れようと思っても、彼女の泣きそうな顔が浮かんできて、思考の邪魔をする。


 私はホテルの近くのコンビニで買ってきた白酒の小さなボトルと開けると、グラスを使うことなく、口付けで煽る。

 芳香とともに酒が喉を通った後、痛みが走る。

 

 白酒のアルコール度数は高いものが多く、煽って飲むようなタイプではない。普段はちびちびと飲むのだが、今日は芳香を楽しむよりも酒におぼれたくなり、煽った。

 外の賑やかな音が聞こえる中、静まりかえった部屋でソファの寝そべり、何度もボトルと煽る。のどの痛みと共が酔いが回ってくる。


 とたん、私はなんだかおかしくなってきた。


 たかが、女に嫌われたくらいで自棄になる自分があほらしかった。


 彼女の顔が浮かぶ。


 黒い瞳が傷ついていた。

 歌手を目指してバーで歌い始め8年と言っていた。

 いくつか賞や番組に応募したが、どれも第一次選考で落ちているらしかった。


 8年は長い……

 今度こそチャンスが巡ってきたと思い期待させた後、地獄に落とした。

 

 期待していなければショックも大きくなかったはずだ。

 しかし私は期待させてしまった。


 

 私は自分の罪を忘れるために、再度白酒の入った小さなボトルを煽る。喉が焼けるように痛みがはしり、眩暈がする。

 気がつくと白酒は底をつこうとしていた。


「買いにいこう」


 私はさらに泥酔するために、白酒を求め、部屋をでた。

 自分が千鳥足になっているのがわかった。

 視界もぼんやりしてるような気がする。コンビニはすぐ近くのはずだ。私はかすむ視界の中、歩き続けた。


 ドスンと誰かが私にぶつかる。


「こら!」


 謝らずに去ろうとするのが私は頭にきて声があげる。しかし男は振り返ることもせず、そのまま足早に立ち去る。

 嫌な予感を覚え、ポケットを探る。


 やられた!


 私は男を追おうとしたが、足元が酔いのため不確かでそのまま、歩道の上でこける。

 周りの人がぎょっと私を見た。


 男がちらっと私を振り返り、走り出した。


「小偷!(泥棒!)」


 私が体を起こしながらそう叫ぶ。

 遠くでスリをした男が誰かに取り押さえられる。

 ざわざわと人が騒ぎ始めた。


「你可以起来吗?(起きれる?)」


 そう声がかけられ、私の心臓はどきりとした。

 顔を上げるとやはり声の主はアイリーンだった。


「你真是奇怪。(本当おかしな人)」


 彼女は呆れたような声を出して私に手を差し出す。


「为什么你在这里?(君はどうしてここに?)」


 私は彼女の手を掴み立ち上がる。


「我做工了。(仕事よ)」


 彼女はそう答え、振り返る。スリの男を捕まえてくれた男が側に来ているのがわかった。


「Are you OK?」


 男が日本語なまりの英語でそう聞いてきた。


「……大丈夫です。ありがとうございます」


 なんで日本人と一緒にいるんだ?

 私はそう思いながら男に礼を言う。


「日本人ですか?中国語うまいですね。警察の方がお話したいみたいです」


 日本人の男はそう言い、視線を先に向ける。制服をきた警察官が二人、スリの男を捕まえていた。


 事情聴取か。

 面倒だけどしょうがないか。


「ありがとうございました。おかげで大金を失わずにすみました」


 私はにこっと笑って男に答える。

 酒は回っているがどうやら長年かぶっている営業の面はこういうときに自動的に出てくるらしい。

 彼女はじっと私に視線を向けていた。その視線が何を意味するのかわからなかった。


「Excuse me. Can you speak English?」


 警察は私に近づいてくるとそう口を開く。華僑の警察官だった。


「不好意思。我的英语不好。你可以跟我说华语吗?(すみません。私は英語がうまくないす。中国語で話してもらってもいいですか?)」

「你是中国人!?(あなたは中国人ですか?!)」


 私の中国語に警察官が目を見開くのがわかった。

 まったくいつものパターンだ。基本的に面倒なので日本人で通すことにしている。しかし警察の目の前なので一応正直に説明することにした。


「我是日本人。可是我的父母是从中国来的。(私は日本人です。しかし両親は中国出身です)」


 私がそう話始めると警察官が納得の顔をする。そして、私と警察官、なぜかアイリーンと日本人の男も一緒に近くの派出所に行くことになった。



 事情聴取は1時間ほどかかり、私達は解放された。


「ありがとうございました」


 派出所の入り口で私は日本人の男、谷川にお礼を言う。

 どうやら谷川は添乗員で彼女がガイドするツアーの担当で、帰る途中だったらしい。

 そういえばミヒロちゃんがアイリーンが不思議なツアーのガイドをさせられてるって言っていたな。


「じゃ、僕はここで。Aileen, how do you go back home?(アイリーン、どうやって家に帰るの?)」

「I will take bus. Don’t worry. Thank you(私はバスを使います。心配しないでください。ありがとう)」


 アイリーンの答えに谷川は私と彼女の顔を見比べる。


「谷川さん、タクシーきましたよ!私はその辺を酔いを醒ますために歩いてから、帰りますから」


 私は道端でタクシーを止めてから谷川にそう言う。早くこの男を帰らせて、彼女と話をしたかった。


「あ、ありがとうございます。それじゃあ」


 男はいぶかしげな顔をしたが、運転手がせかせたこともあり、タクシーに乗り込む。


「いろいろありがとうございました」


 私は自動開閉ではないタクシーのドアを閉めて、谷川に頭を下げる。車の中で頭を下げ返した後、男が運転手に行き先を伝えているのがわかった。

 ぶうんと廃棄ガスを排出し、タクシーは入りだす。

 彼女は私の顔を見ようともせず、タクシーが視界から消えるのを確認するとくるりと背をむけた。


「爱玲!(アイリーン)」


 私は慌てて彼女の手を掴む。


「请给我一点时间。你可以听我的话吗?(時間をください。私の話を聞いてくれませんか?)」


 彼女は何も答えず手を振り払うと、先を急ごうとする。


「爱玲!(アイリーン)」

「放开我!(離して)」


 気がつくと私は彼女を抱きしめていた。ふわりと甘い香りがして眩暈がしそうになる。


「爱玲!求求我。听我的话。(アイリーン!お願いだ。私の話を聞いて)」

「放开我!!(離して!!)」

「っつ」


 ビタンと音がして、頬がはたかれたのがわかった。


「变态!(変態!)」


 彼女はそう叫び、私を睨みつけると駆け足でいなくなる。


「爱玲!(アイリーン)」


 あほだ。私は……


 後悔と共に私はひりひりと痛む頬をさすりながら、街へ消えゆく彼女の背中を見つめるしかなかった。



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