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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
番外編ー伍アキオ「私の歌姫」
33/50

 真っ黒なドアを開け、中に入る。

 狭い店の中に小さなステージが設置されていた。

 そこに彼女は立っていた。


 ピアノを弾く男がいて、その側で彼女はスタンドマイクに向かって歌っていた。


 すごい。

 

 私は何か飲み物を頼もうと思っていたことも忘れ、彼女の歌に聞きほれる。私の英語力では歌の本当の意味を知ることができなかった。

 しかしその切ない歌声が別れを歌っているがわかった。


「Aileen!」


 歌が終わり、観客が立ち上がり、歓声を上げる。

 私も思わず一緒になって手を叩いていた。


 彼女はステージの上で黄色いライトを浴び、妖艶に微笑むとアンコールに答え、もう1曲歌い始めた。


 だめだ。

 参った。


 彼女がステージからさり、店内に音楽が流れ始める。私のそれを聞きながら彼女の歌の余韻に浸っていた。


 注文したウィスキーを飲み干し、私はカウンターに置く。そしてバーテンダーに彼女のことを聞いた。



「你是不是黄爱玲?(あなたはアイリーン・ホワンですか?)」

「是。 有什么事?(ええ。何か用?)」


 店から出て行こうとする彼女を捕まえ、そう聞いた私に彼女は冷たい視線を向けた。歌っている姿と正反対の氷のような態度に私は気分が高揚する。


「我们可以谈一下吗?(少し話せますか?)」


 私の言葉に彼女はふんと鼻で笑う。


「你是谁?我没有时间。(あなたは誰?時間がないんだけど)」

「等一下。我是从音乐公司来的。你的歌很好听。你可以跟我谈一下吗?(待って。私は音楽会社の者です。あなたの歌は素晴らしい。私と少し話をしてくれませんか?)」


 私の元から離れようとする彼女の手をつかめて、私は思わずそう言っていた。ミヒロちゃんから彼女が歌手を目指していると聞いていた。だから彼女を引き止めるために嘘をついた。



「伍先生。谢谢您。再见(伍さん、ありがとうございました。また)」


 嘘をつき、彼女をレストランに連れ込み、1時間ほど話をした。 

 閉店間近の店で、私は音楽業界関係者の振りをした。

 そして明日も会うことを決め、別れた。


 近くで見た彼女はまた格別だった。きらきらと目を輝かせ私を見ていた。花びらのような唇が動くたびに私はぞくぞくするのがわかった。


 彼女に触れたい。


 その衝動を抑えながら、彼女と話していた。


 結局、私はいろいろ妄想をしてしまい、店員が出て行ってくれというまで店に居残った。


 明日の約束は午後7時。

 心が躍った。

 しかし、同時に嘘をどうしようかと思う。

 

 でも嘘をつかないと彼女は会ってくれない。

 明日、会ったら正直なことを言おう。


 私はそう決めて、ベッドに入った。



 翌日、本業にはまったく力が入らなかった。

 油断をすれば彼女のことを思い出し、今夜のことを考え、胸を躍らせた。


 そして約束の時間がやってきた。

 同じ店で私が待っていると彼女がやってきた。

 ステージのときとは違い服装は白いシャツに紺色のスカート、仕事帰りのような格好だった。化粧も薄化粧であったが、彼女の美しさは損なわれていなかった。

 むしろ、私は今日の彼女のほうが好みだった。


「晚上好。(こんばんは)」


 そう挨拶され、私達のデートは始まる。


 昼間、作戦を考えていた。

 彼女とできるだけ、一緒にいたかった。


 だから彼女が働いているバーに連れて行ってもらった。バーに行き、私は日本の音楽会社のものを名乗った。現地の音楽会社はばれそうなので名乗れない、中国という手もあったが、突っ込まれそうでやめた。最終的に日本であれば私のほうが詳しい、そう思いそう嘘をついた。

 彼女が歌っているバーやレストランを数箇所回った後、休もうと近くのカフェに入る。


「您是日本来的。您是什么人?(あなたは日本から来たんですね。どこの国の人ですか?)」


 それは彼女が私自身について聞いた初めての質問だった。

 私は嬉しくなって、話始めた。


「我是华人。可是我是日本人。(私は華人です。でも日本人ですけど)」



 まずい、まずい。

 夜11時、私はタクシーで家の近くまで送ると言ったのに彼女に断れ、一人でタクシーに乗って帰ってきた。


 どうしようもないくらい、彼女にとりつかれていた。

 触れたくてたまらなかった。

 無表情に見える彼女だが、近くで見つめていると彼女の表情の変化がわかった。


 明日も約束を取り付けた。仕事があるということで、時間は遅めの10時。

 明日こそは本当のことを言おうと誓い、私はベッドに入った。




「あれ、伍さんじゃないか」


 翌日、顧客の入っている建物から出ると、スーツ姿の館林を見た。

 そしてその隣にいたのは彼女だった。


「伍先生!?(伍さん?)」


 館林と私が知り合いであることに彼女は驚いているようだった。


 まずい。

 嘘がばれてしまう。


 館林から言われる前に、こっちからばらしたほうがいい。


「館林さん、すみませんが、アイリーンさんを少しお借りしてもよろしいでしょうか?」

「?いいですが……Aileen, Mr. Go wants to talk to you something? Is it ok for you, right?(アイリーン、伍さんが何か話したいことがあるそうだ。いいだろう?)」

Yesはい


 彼女は少し怒ったようにそう答え、私を見つめる。

 その瞳には疑惑の色が色濃く現れていた。


 怒るな。

 嫌われるか。

 でも今言わないと。

 館林に言われるよりはましだ。


 そう私は決め、彼女とお茶をすることにした。


「你骗我!为什么?(騙していたんですね。どうして?)」


 私は音楽業界のものではなく、単なる会社員で出張にきていることを伝えると彼女は血相を変えた。

 怒りだけではなく、悲しみも感じ取れた。


 嘘をつくべきじゃなかった。

 初めから正直に話すべきだった。


 でも彼女を共に時間をすごしたかった。


「对不起。因为我想和你在一起,所以我骗你。(すみません。私はあなたと一緒にいたかった。だから嘘をついた)」

「你疯了吗?你真奇怪!(そんなバカなこと。おかしい!)」


 彼女は持っていたグラスの中身を私にぶちまける。そして店から出て行く。

 私は呆然と去り行く彼女の背中をただ見つめるしかなかった。


「キャンセル?」

「そうです。非常に申し訳ありません。また次回来た時は……」


 私の言葉の途中で電話が切られた。


 当たり前か。


 あの後入っていたアポをキャンセルした。服がぬれてホテルに戻って着替えるしかなかったこともあるが、ショックのほうが大きかった。


 グラスを持ったとき、彼女の瞳に涙が見えたような気がした。

 ミヒロちゃんが、彼女は本気で歌手を目指しているといってたな。


 それを私は利用した。


 怒っても当然だ。

 水をぶっ掛けられるとは思わなかったけど。


 私は自嘲的な笑みを浮かべる。

 

 洗面所の鏡に映る私は疲れているようだ。


 完全に嫌われたな。

 会ってくれるわけがない。


 私は蛇口をひねると冷たい水で顔を洗う。

 そして洗面所から出て、新しいシャツを取り出す。


 3時から別のアポが入っていた。

 私は目を閉じ、彼女のことを頭から追い出そうとする。


 しかし、それはできない相談だった。


 脳裏にちらつく彼女は泣いている顔だった。

 泣き顔なんか見たことないのに。

 

 私は馬鹿な自分を心の中でののしりながら、ホテルを出て、顧客の会社へ向かった。



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