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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
研修初日
3/50

スカイタートルのいる国で2

 一番最初の観光スポットは会社のある場所から40分ほど車で走らせたところにあるようだった。

 ミヒロは車の中で本を読むのは酔うから好きじゃなかったのだが、館林と何を話していいのかわからず、本を手に取る。


「ミヒロ、今朝パトリックから変な話きかなかったか?アニメのこととか?」

「……はい」

「やっぱり。あいつはなんでか日本のアニメが大好きなんだよな。俺なんて、あいつにエ◯ァンゲリオンの黒い加持さんって言われたけど。お前知ってるか?」


 館林の言葉にミヒロは顔を上げると首を横に振る。そのアニメは知っていた。しかし見たことがなかった。


「あいつ、俺がわからないって言ったら翌日アニメのDVD持って来たんだよな。あーこの年になってアニメを見るとは思わなかった。まあ、加持って奴はいい男だったから悪い気がしなかったんだが?ちなみにお前は何て言われたんだ」


(ワ◯ピースのナミ……。胸の大きくない)


 そう言葉にしようと思ったが、胸が大きくないというのが癪で、ミヒロはごまかしの笑いを浮かべる。


「私は何も……。ただ永遠とアニメの話、されましたけど……」

「そうか。やっぱり。俺もあいつと車に乗るといつもアニメの話なんだよな。おかげで妙に詳しくなっちまった。まあ、それだけに夢中になるものがあるってことはいいんだけどな。あ、ついた」


 館林はいつもの不敵な笑みを浮かべると車を止めた。


「ミヒロ、見て見ろ。あれが世界三大がっかりの一つスカイタートルだ」


 社長はそう言い、車を降りるとある場所を指差した。

 そこは巨大な亀と鳥が合体したような生き物の銅像があり、その周りは公園になっていた。


「スカイタートルだ。なかなか面白い銅像だろう?」


 助手席から降りて来て、隣に立ったミヒロに館林は愉快そうにそう言った。未来のツアーガイドは目を凝らしてその銅像を見つめる。亀の甲羅から、足ではなく翼が伸び、亀の顔の頭の上にはクジャクの羽根のような飾りがついていた。顔ものほほんとしたもので、なんだか気が抜ける様な銅像だった。


「スカイタートルには深い歴史があるんだ。その本に書いてあるから読んでおけよ。ここはこの国で一番有名な観光スポットだからな」


 館林は部下が抱える本に目を向け、そう言った。ミヒロは反射的に掴んだ本の表紙に目を落とす。そして、黄金に輝くスカイタートルの絵がそこに描かれているのに気づいた。題名もスカイタートルの秘密となっている。


「さ、次の場所にいくぞ。次はこの国で一番古い建物だ」


 そうして館林はミヒロをいろいろと車で連れ回した。しかし、ちょっといい加減な社長からその場所について詳しい説明がされることはなかった。毎度言われることはどの本に書かれているから読んでおけっという台詞だった。

 

(この人、本当は知らないんじゃ……?だって、ガイドはパトリックがしてるみたいだし)


「館林社長、あの……」

「おお、もうこんな時間だ。昼食にしよう。面白い場所に連れていってやる。結構おいしいものがあるんだ」


 ミヒロの疑いを知ってから知らずか、館林は部下の言葉を遮るとそう言った。



 着いた場所は小汚い2階建の建物が続く場所だった。


「ここは赤線って呼ばれる場所だ」

「赤線?」


 ミヒロが首をひねると、館林はにやりと笑う。


「ようは売春通りだ。夜になると結構綺麗な女性が立ってるぞ。観光客でこの場所に来たい奴もいるから、こういう場所を覚えておくのも大事だ」


(売春通り……)


 ミヒロは車の窓から通りを眺める。よく見れば、マッサージの看板や赤ちょうちん、ピンクのカーテンがかかった部屋の窓が見えた。


「ま、昼はまだ開いていからな。夜は夜で楽しめるけど、飯もうまい。俺のお勧めの場所に連れていってやる」


(楽しめるって……。やっぱりこういうとこ来るんだ)


 ミヒロは館林の横顔をみて、妙な想像をしてしまい、顔をしかめる。

 そうしているうちに社長は車を小道に入れると、止めた。そして運転席から出て、ミヒロが出て来るのを待つ。


「行くぞ」


 館林は部下が助手席から降りたのを確認すると、車をロックし歩き出した。ミヒロは薄暗い建物の奥から誰かに見られているような気持ちになりながら、社長の後ろに続いた。


 館林が連れてきた場所は少し小奇麗な中華料理屋だった。

 店の人と知り合いらしく、顔を見せると中国語でやり取りをしていた。


「館林社長は中国語できるんですか?」

「まあ。すこしだけど。社長っていうのはやめてくれ。館林でいいよ」

「……はい。じゃ、館林さん」

「よし、それでいい」


 ミヒロは館林からまっすぐ見つめられ、笑顔を向けられ、俯く。

 ワイルドであるが美男な館林だった。

 車で一緒に乗っている時は、本を見ていたせいもあり、意識しなかったが、こうして向かい合っているとなんだかデートしているような錯覚に陥りそうになり、意識せざるえなかった。 


「さあ、何頼もうか?麺類?ご飯類?」

「どっちでもいいです」

「じゃあ、麺な。この店の麺は手打ちでうまいんだ」


 館林はそう言い、店員を呼ぶ。

 若い女性店員は綺麗な人だった。館林は親しげに耳打ちをしたりしている。

 

(なんか、だらしないひとだな)

 

 ミヒロはちょっとイライラしながらそんなことを思う。


「ああ、そうだ。なんか飲む?熱いからアイスティーとかでいい?」

「はい」


 ちょっと不機嫌になった部下に館林はそう言うと、大声で飲み物を注文する。


 しばらくして、うどんよりすこし細い白い小麦麺が入ったスープが出てきた。


「いただきます」


 そう言ってミヒロは食べ、そのつるつるっとした触感に感動する。


「おいしい」

「そうだろう?」


 部下の笑顔を見て、館林も嬉しそうに笑うと麺を食べ始めた。

 


 食後、赤線地帯を抜けて、館林がミヒロを連れていったのは東の海岸だった。


「ここにはうまいシーフードレストランがたくさん入っているんだ。仕事で来た連中をここに接待で連れて来ると喜ぶ」


 正午すぎ、日差しが照りつける海岸近くの駐車場に車を止め、隣接するレストランの側にミヒロを連れて来ると館林がそう説明した。社長は目を細め、レストランの後ろに広がる海を眩しそうに見ていた。


「館林さん。館林さんはこの国にきて何年ですか?」


 ミヒロは館林の横顔をみて、ふと疑問に思ったことを聞く。


「……15年。あの時はこんなに長くいるつもりはなかったんだけどな」


(15年……。となると、この人は少なくても今30代後半か……。そう見えないけど、じゃ、パトリックは何歳なんだろう?)


「パトリックは何歳なんですか?」


 ふいにミヒロから放たれた質問に館林は目を丸くする。その後になんだか嫌味な笑顔を浮かべた。


「気になるのか?まあ、ハンサムだしなあ。あいつは今年で確か27歳なはずだ。あいつはもてるから、敵は多いぞ」

「!そんなんじゃないんです!」


 ミヒロは意地悪そうな館林に顔を真っ赤にしてそう言った。

 王子様系のパトリックの笑顔はとても魅力的だったが、ミヒロにとっては館林の笑顔の方がどちらかというとどきどきした。

 ミヒロは自分のそんなバカみたいな比較に、顔を歪める。


(なんでこんな自信過剰で、たらしの人、しかもおっさんだし)


 ミヒロは息を吐くと、男前の社長を見つめる。


「館林さん、次はどこに行くんですか?」

「次か、次は事務所だ。事務所にもどる。観光案内はこれで十分。あとは事務所の仕事を覚えてもらう」

「?!」


 驚いたミヒロに館林は笑う。


「まあ、うちの仕事は一日で覚えられないからな。ぼちぼちで大丈夫だ。でも今日渡した本には目を通しておけよ。明日からパトリックに付いてもらうから」


 館林の言葉にミヒロは車に置いてある数冊の本を浮かべ、げっそりとした。日本語で書かれているとは言え、量が半端じゃない。


「さあ、帰るぞ。車に乗れ」


 人使いの荒い社長はさっさと自分だけ車に乗り込むと、ミヒロをそう呼ぶ。


 その態度にミヒロはまた疲れたが、社長だ、ここで逆らってはいけない、無事1週間を終え日本に帰るんだと自分に暗示をかけると素直に車に乗り込んだ。

 


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