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さよなら。

 午後8時、ミヒロは空港に来ていた。

 結局勢いでパトリックとそういう関係になってしまった。

彼女は後悔はしていなかった。けれどもパトリックに空港に送ってもらうつもりはなかった。

 だから彼が寝ている間に部屋を出た。

 中から鍵をしめ、家を出て、アパートに帰り、荷物を持ってタクシーを拾う。逃げるようにして帰り道を急いだ。

 ミヒロは早く日本に帰りたかった。

 これ以上この国にいて、自分が変わるのが怖かった。


 ミヒロは館林に短いメッセージを送ると、搭乗口に向かう。

 搭乗5分前を知らせる放送が聞こえる。

 ミヒロは一度だけロビーを振り向いたが、誰も来てるはずなく、そんな自分に苦笑すると搭乗口をくぐった。 


 

 日本に戻ってからミヒロはガイドの体験を生かして、外国人用のツアーガイドを担当することになった。社長の提案で来月に通訳ガイドの試験も受けることにもなった。

 毎日があわただしく、ミヒロは両親が心配するほど働いていた。

 

 『I love you』


 あの日、パトリックは何度もそう言い、ミヒロを抱いた。


 パトリックの優しい瞳、声音を思い出すことも多く、その度ミヒロはあれは海外で見た夢だと思うことにしていた。


「いらっしゃ……いま……せ」


 日本に戻ってきてから1ヶ月後のある日の午後、今日はガイドの仕事がないと、事務所でのんびりしているとカランとドアを開け、男が入ってきた。男は柔らかな物腰に整った顔をしていた。ミヒロの後ろの座っていた女性社員鈴木ユウコは息をとめて、その男を見つめる。


「Is this Tan Tan Travel Agency? (ここはタンタン旅行社ですか?)」


 男ーーパトリックはにこっと笑ってミヒロにたずねる。


「Yes 」 


 ミヒロは信じられない思いでパトリックを見つめる。


「おお、パトリックじゃないか!どうしたんだ、急に!」


 事務所の一番後ろの席に座っていた社長はパトリックに気がつくと嬉しそうに声をかける。


「ちょっと旅行デス。これシンサンからのオミヤゲデス」


 パトリックは社長のほうへ歩いて行くと派手な紙に包まれたお菓子を差し出す。


「長三山さん、あの人って海外支社の人?」

「はい」

「すんごい、かっこいいじゃない。うらやましいなあ。私も行きたかったなあ」


 ユウコはうらやましそうにミヒロにそう言い、社長と話すパトリックを見つめる。

 ミヒロも同じようにパトリックに目を向けたが、仕事をするためにパソコンに視線を戻した。


「ミヒロ」


 仕事を終え、帰ろうとするミヒロにパトリックが声をかける。あれから社長に掴まり、パトリックはずっと事務所で社長を話していた。

 ミヒロはユウコからの鋭い視線を痛いと思いながら、パトリックの方を見る。


「社長。ボクはこれでシツレイシマス。ちょっとガイドさんをカリテイキマスネ~」


 パトリックはぺこりと社長に頭を下げると、つかつかとミヒロのところへ歩いてきて、その腕を掴む。


「え、あ」


 パトリックは戸惑いの表情を浮かべるミヒロを強引に連れ、事務所を後にした。


「パトリック!」


 事務所を出たミヒロは、大きめの声でそう言った。


「ゴメン。痛かった?」

「…痛くないけど。誤解されるでしょ」

「ゴカイ?I don’t think it’s a misunderstanding (ボクはゴカイなんて思わないけど)」


 ミヒロはパトリックの言葉に何も言えなくなり、赤くなりながらその顔を見る。

 1カ月ぶりに見るパトリックは、やはり初めて会った時のように穏やかな顔をしていた。しかし今のミヒロにはその姿が本当のパトリックではないことを知っていた。


「ミヒロ。君の気持ちをオシエテ。Why did you sleep with me? Do you love me?(ナンデボクと寝たの?ボクのこと愛してる?)」

「……maybe」

「maybe?!」


 パトリックがそう繰り返し顔を曇らせた。しかし小さく息を吐くと微笑む。


「いいです。今はソレデ。Someday you'll love me(いつかきっと、キミはボクのこと好きにナルカラ)」

「Sure? (そう?)」

「Sure! (ソウダヨ!)」


 パトリックははっきりとそう言うとミヒロにキスをする。

 それが触れるだけの優しいキスでミヒロはすこしほっとした。




「パトリック……。もしかして私を口説いたのって計算?」


 それから更に1ヵ月後、結局一緒に暮らすようになり、ミヒロは前から疑問に思っていたことを聞いた。

 ミヒロの問いにパトリックは微妙な笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。


「黙ってるってことは肯定ってこと?」

「チガイマスヨ!」


 パトリックが慌ててそう言う。


「絶対にそうだ!日本語を使うときは絶対に怪しい!」

「You think too much! I love you (考えすぎダヨ。ボクはキミを愛してる)」


 パトリックはそう微笑むとミヒロにキスをした。


 日本は物価が高いと両親も一緒に住んでいるのに、パトリックは家に押しかけてきた。長三山夫妻は娘が連れて来た外国人に驚いたがその王子様風容貌に騙され、家に入れた。


 パトリックはそうして日本に居つき、結局タンタン旅行社の本社で働くことになった。念願かなってか、鈴木ユウコが海外支社のほうへ飛ばされた。


「ミヒロ!7時デス!『どこでも魔法使い』ハジマリマス!」


 アニメおたくは嘘じゃないらしく、パトリックは最近始まったアニメを見るために慌てて居間のほうへ走っていった。


(なーんか、騙されている気がするけど……)


 ミヒロは苦笑しながら居間のほうへ歩いていく。

 日本に帰り終わりを告げたミヒロのアロハな日々は、パトリックの来日でこうして再び始まりを迎えていた。

 結果的にたった7日間の日々がミヒロの人生を変えていくことになった。


 計算高い男にひっかかったと思いつつも、ミヒロは一緒に暮らすことを楽しんでいた。


(でも絶対、絶対、I love youって言わないから)


 ミヒロは今日もそう決意すると、アニメの主題歌が流れ、パトリックと両親が賑やかに話をする居間に入っていった。


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