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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
研修五日目
15/50

美しい夜景と星の見えない空

「?」


 次に目覚めるとミヒロは自分が白い病室にいることに気がついた。

 頭がずきずきと痛むのがわかった。


「起きたか」


 そう声がして、顔を向けるとそこには館林の姿があった。


「館林さん?なんで?」

「覚えてないか?まあ、頭打ってるしな。昼間、酔っ払ったお客に襲われ、転倒しただろう?その時に、頭を強く打ったんだ。でも大丈夫だ。検査をしたけど、脳に問題はない。軽い脳震盪みたいだ」


 そう言われ、ミヒロは徐々に記憶を取り戻す。


(そうそう、仁山さんを探しにいって……)


「そうだ、ツアーは!」

「ツアーはパトリックが代わりにしている。悪かったな。危ない目にあわせて。パトリックに言われて客のことを調べたら暴力団関係だとわかって、嫌な予感がしてかけつけたら、本当、悪かった」


 館林は頭を下げる。


「……そんな謝らないでください」


 ミヒロは思わず恐縮してそう答える。確かに暴力団関係だとわかって、館林を恨んだが、お酒を飲むまではうまくいっていた。


「私、失敗しちゃいましたね」


 ミヒロはせっかく最後に1人前と認めてもらおうと思っていたのだが、こんなことがあり、叶わぬことを知った。


「そんなことないぞ。のぎ組の人はほめていたぞ。ほら、見舞い金まで貰ったし」


 館林は悪戯を思い浮かべた子供のような顔をして笑うと白い封筒を見せる。


「今日は5時までだ。もう少ししたらパトリックもここにくるはずだ」


 社長は病室にかかっている柱時計に視線を向けるとそう言う。


「俺が代わったもよかったんだが。パトリックが自分が担当するからっていうからな。変な奴だ」


(パトリック……)


ミヒロは彼が気を使って自分に館林をつけてくれたことに感謝した。


「館林さん、私とパトリックは付き合っていないんですよ」

「……そうか」


 ミヒロの言葉に館林は目を細める。


「私は館林さんが好きです。好きになってしまいました。でもあなたがそういう対象で私を見てないことは知ってます」 


 館林をじっと見つめ、そう告白した。彼はすこし驚いた顔をしただけで何も言おうとしなかった。


「パトリックも私の気持ちを知ってます。だから、パトリックはツアーを引き受けてくれたんです。館林さん、私は明日日本に帰ります。明日から、私は日本でがんばります。だから、今日だけ私に付き合ってもらいませんか?」

「……悪いができない。俺は子供を相手にするつもりはないし。パトリックの気持ちを知ってる。だからできない」

「……わかりました」


 ミヒロはそう言うとうつむいた。


(期待してた。今日だけでも付き合ったもらえることを。大人の女、女性として扱ってもらうことを)


「Hello?」


 ふいに彼の携帯電話がなり、館林はミヒロに背を向けると窓際で話始める。

 館林のそんな背中を見ながら、泣きそうになる。


「ミッヒロ~」


 そう元気な声がして、ひょこっとパトリックが病室に顔を覗かせる。


「パトリック……」


 ミヒロはどういう顔をしていいかわからなかったが、パトリックを見つめた。彼はふわりと笑うと昨日のことがまるで嘘だったような様子で彼女に話し始める。

 スカイタートルからホテルに帰るまでの様子を聞き、ミヒロはおかしくなって笑い出した。


「オカシクナイデスヨ。ヤクザは怖いデス」


 彼はやっと笑顔を見せたミヒロに安堵し、王子様スマイルを見せると、そう言った。


「パトリック?終わったのか?お疲れ様~」


 電話を終えた館林が窓からこちらに向かって歩いてくる。


「シンサン。ヤクザの人はコワイデス。次はヤメマショウ」

「……そうだな」


 心底こりごりという様子のパトリックに館林は苦笑すると頷く。


「そうですよ!私なんて貞操の危機だったんですよ!」


 部下がいつもの調子を取り戻し騒ぐ様子に社長がにやっと笑う。


「そうだ、そうだ。だからほら、見舞金」

「お金の問題じゃないです!」

「イクラハイッテイルンデスカ?」


 じろりと館林を睨むミヒロの横で、パトリックは白い封筒をじっと見る。


「開けてみるか?ミヒロ、いいだろう?」

「いいですよ」


 被害者が許可を出したので、社長が封筒を開ける。


「100 thousand Japanese Yen!?(10万円?!)」


 白い封筒から10枚の一万円札を見て、パトリックが声を上げる。その瞳はきらきらと輝いている。


「すごいなあ。さすが……」


 館林はそうつぶやいた後に彼の視線から隠すように札束を封筒に隠す。


「ミヒロ。これはお前のお金だ。どうする?」

「え?私?そんなにもらえないですよ、みんなで山分けしましょう」

「Really?! I love you!(ホントウ?愛シテマス!)」


 パトリックがミヒロの言葉に踊り出すようにしてそう言うとぎゅっとミヒロを抱きしめた。


「パトリック、痛い!」

「あ、ゴメン」


 パトリックは慌ててミヒロを抱きしめた手を放した。



「じゃ、山わけな。アイリーンも加えるからな」

「Why?ミヒロはそれでイイノ?」

「うん、もちろん」

「じゃ、一人2万5千円づつな」

 

 そうして、お金は明日、みんなで分けることになった。



「今日は、ゆっくりアパートで休め。明日送別会をしよう」


 単なる脳震盪だが、今日は無理をしないほうがいいとなり、送別会は明日へもちこしとなった。ミヒロとしては館林に完全に振られ、会いたくない気持ちが強かったが、アイリーンともちゃんとお別れをしていないので、そのの言葉に異議を唱えることはなかった。


「じゃ、パトリック。頼むな。ミヒロ、しっかり休めよ」


 駐車場でそう言って館林は自分の車に向かって歩き出す。


「ミヒロ、乗って」


 パトリックは社長の消え行く背中を見つめるミヒロに笑いかけると助手席を勧めた。


「大丈夫。変なコトシナイカラ」

「!?」


 助手席に乗ろうと、腰をかがめたミヒロはふいにそう言われ、ぎょっとしてパトリックを見る。

 王子様は運転席に座り無邪気なスマイルと浮かべて、片思いの相手を見ていた。


「I promise you. I don’t do that again(ボク約束シマス。あんなこと2度とシマセン)」


 英語でそう言われ、ミヒロは冷や汗が流れるのわかった。

 日本語で話すときはのほほんとしているのだが、英語や中国語を使うときにパトリックはまるで別人のようでミヒロは戸惑うことが多かった。


 (でもきっとこれが本当の彼の姿なのかな?)


「ミヒロ、乗ッテ」


 顔を引きつらせて助手席に乗ろうとしないミヒロにパトリックがそう声をかける。


「約束シマス。だから乗ってクダサイ」


 彼が困った顔をしてそう言うので彼女は警戒しながらも車に乗った。



 車に乗って5分ほど建って、パトリックがおずおずと口を開いた。


「ミヒロ、Can we have dinner together?(ボクと夕食一緒に食べマセンカ?)」

「!」

「ゴハンダケデス。I will send you back after dinner(夕食終わったら(家まで)送ります)」


 ミヒロが顔色を変えたので、パトリックが慌ててそう言う。


「本当に何もしないでしょうね?」


 じっと彼を見て確認する。一昨日まで天然王子様だと思っていたパトリックがすこし危険な男だと昨日分かってしまった。

 ミヒロは警戒せずにはいられなかった。


「ハイ。約束シマス」


 日本語でそう返事が返ってきて、その表情もいつもの優しい王子様スマイルだったので、ミヒロは夕食の誘いに乗ることにした。


 

「きれい」


 パトリックにつれていってもらった場所はこの国ではめずらしい山の上だった。

山といっても200メートルほど、丘といっていいくらいだった。しかし、そこから見る夜景はきれいで、ミヒロは展望台から空からネオンで輝く街を見下ろした。


「ボクのイナカでは星がキレイに見えるンデスケド、この国ではムリデスネ」

「田舎?」

「ボクはこの国で生まれたわけではアリマセン。隣の国で生まれマシタ。でもイマワこの国のヒトデスケド」


 パトリックはすこし自虐的に笑うとそう言った。視線は街の光で星が見えない空に向けられ、いつもと違い切ない表情をしていた。


「今日はヤクザから貰ったお金デ、dinnerシマショ」

「そうだね」


 パトリックがにこっと笑ったのでミヒロも笑みを返した。

 

 煙草を吸っているときや、昨日の車の中でのパトリック、そしてさっき空を見ていた彼はいつもの様子とは違っていた。

 ミヒロには多分それが本当のパトリックの姿であろうということは想像できた。しかし彼女にとって彼はアニメ好きの優しい王子様であり、それ以外何者であって欲しくなかった。

 しかし心のどこかでパトリックがただ自分に優しいだけの王子様であることを願っていた。


「ミヒロ、あそこにシマショ」


 車に戻り、山の頂上から少し下ったところに小さなレストランがあった。車をそこに止めると2人は中に入る。ありがたいことに金曜日というのに、人が少なかった。


「Hello~ Do you have any reservation?(こんにちは。ご予約ですか?)」

「No (いえ)」


 パトリックがそう短く答えると店員は微笑みを浮かべて、レストランの中を案内する。


「Can we get a window seat?(窓際の席に座れるカナ?)」

「Sure(勿論です)」


 店員に続き店内を歩くパトリックの問いに店員は快く答えると、窓際の席に2人を連れて行く。そしてメニューを渡すと、席を離れた。


「ミヒロ、何食ベル?」

「うーんと」


 パトリックにそう聞かれ、ミヒロは視線をメニューに落とした、

 パスタ、ピザなど洋食がそろっていた。


「私、カルボナーラにする」

「ボクはPizza カナ。飲み物は?頭打ったカラ、alcoholはやめたほうがイイヨ」

「うーん、そうだね。じゃ、コーラでいい」

「OK」


 パトリックはメニューをパタンと閉じると、店員を呼び注文を伝える。

 10分後料理が運ばれてきて、パトリックはミヒロをどきどきさせるようなことを言うこともなく、アニメの話、アイリーンに殺されないですんだなど、いつもの彼らしい話をしていた。


「ミヒロ。そろそろ帰ロウ」


 1時間くらいそのレストランにいただろうか、パトリックがそう言い、二人はレストランを出た。

 そして、彼の車に乗ると、アパートへと車は向かう。


「ミヒロ。シンサンとは……」


 車を走らせ、10分ほどして、話が途切れるとふいにパトリックはそう尋ねた。ミヒロは彼の横顔を見た後、視線を窓に向けて口を開く。


「振られた。やっぱり私じゃ駄目なんだって。わかっていたけど……。でも今日はありがとう。おかげですっきりした」

「I see (そう…)」


 パトリックはそうつぶやいただけで、他の言葉を言うことはなかった。

 ラジオから洋楽が流れ、ミヒロは日本でも聞いたことがあるポップな曲に耳を傾ける。


「ミヒロ。ボクじゃダメ?」


 ふいに彼の声が聞こえ、ミヒロは自分を真摯に見つめる彼の瞳にとらわれる。瞳の中の自分は困った顔をしていた。


「sorry (ごめん)」


 パトリックはそう謝ると再び前を見た。


 それっきり彼はそういう話をすることもなく、いつもの通りアニメの話や今日のヤクザの話を愉快にミヒロに聞かせた。


「着いたヨ」


 サービスアパートの下に車をつけ、パトリックはそう言うとドアのロックをはずした。


「今日もありがとう」


 ミヒロはお礼を言うと、ドアを開ける。そして外に出ようとした。


「ミヒロ!」


 ふいに彼がそう名前を呼び、ミヒロの腕を掴んだ。彼女は腕を掴まれたまま、パトリックを見つめ返した。


「パトリック……」


 彼女の困った顔に彼は自虐的に笑うと、その腕を放す。


「Sorry, I will call you tomorrow(ゴメン、明日電話スルネ)」 


 そしてミヒロに目を向けることなく、そう言った。


「OK」


 胸が痛くなるのを感じたが、それ以上何と言っていいかわからずドアを締めた。


「See you (マタネ)」


 パトリックの声がそう聞こえ、車がゆっくりとサービスアパートから離れる。


 ミヒロは両手を掴み、どきどきする心臓を抱えながら、彼の車が暗闇に溶け見えなくなるまで見ていた。

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