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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
研修五日目
14/50

ガイドデビュー!『のぎ組観光団』

「やばい、まぶた腫れてる……」


 朝、目覚ましをセットした時間より早く目が覚め、顔を洗いに洗面所に向かった。

 そして目を腫らした自分の顔を見て、ミヒロは苦笑した。


 部屋に帰ってから、涙が止まらず泣き続けた。

 真摯に自分を見つめるパトリックの顔が頭から離れなかった。

 それでもやっぱり好きなのは館林で。

 今日は研修の最終日。

 日本に帰ればすべて忘れられる。

 ミヒロは明日の夜の便で帰国する予定だった。

 研修は今日までで、明日はのんびりこの国で過ごすつもりだった。

 

(明日はのんびりっていうか、自棄酒とか飲みそうだ。

『明日、ツアー終わったら、送別会もかねて打ち上げといこう』館林さんはそう言ってたけど、参加したくないな。館林さんともパトリックとも会いたくない。

あー、いやだ!

 でも、今日はちゃんとやり遂げないと!)


 ミヒロは冷たい水で顔を洗うとパンパンと頬をたたく。

 そして、タオルで拭くと、ピンクのアロハシャツを羽織った。


 午前8時少し前にアパートの下に下りると、すでにマイクロバスが待っていた。

 昨日もらったスケジュール表にもPAX10と書かれていたので、ほっとしていたのだが、マイクロバスを見て更に安堵した。


 ガイド初デビューが30人とかだったら、ちょっと怖いし、よかった。

 

 しかし、ミヒロがほっとしたのは束の間だった。

 ホテルについて、お客さんを迎えるためにロビーに入ると、そこには人相の悪い人たち、どうみてもまともな職業の人達ではない男の人が10人待っていた。

 『のぎ組観光団』と楷書体でタイプし、A3の紙に目立つように印刷した白い紙をもつミヒロを、その怖い団体の一人が見る。その1人は掛けていたサングラスをはずすと、のそりのそりとミヒロに近づいてきた。


 (……のぎ組って、暴力団だったの?!)

 

 ごくんと唾をのみ、ミヒロが立っていると、その人が怖い顔をふっと緩めて笑った。


「ツアーガイトの姉ちゃんか、姉ちゃん、何歳や?こんな海外にきて大丈夫なんか?」

「は……えっと。のぎ組観光団の皆様ですか?」


 ミヒロはどう反応していいかわからず、戸惑いながらそう聞き返す。


「そうだ。わしらがのぎ組だ」


 後ろから背がすこし低い貫録がある、男が出てきてそう答えた。


「姉ちゃん、今日はよろしくな。さあ、皆の衆、バスの乗るぞ。姉ちゃん、案内頼む」

「は、はい!」


 ミヒロはどきどきしながらもそう返事をすると、バスが待つ場所へ団体を先導し始めた。


(暴力団だよね?パンチパーマだよ。刺青とかあるのかな??)


 ちらりと自分の後ろを歩く男達をみるが、皆長いシャツを着ていて、腕などを見ることは出来なかった。

 

(館林さんの馬鹿!もしぼこぼこにされたら、一生恨んでやる)


 ミヒロはそう心の中で悪態をつきながらも、とりあえずガイドの仕事に集中することにした。


「皆さん、申し遅れました。私が本日皆様のガイトをいたします長三山ミヒロです。よろしくお願いします」

「よろしく!」


 ミヒロがそう言ってぺこりと頭をさげると、10人の男の威勢のいい声が返ってきて、驚きで目を開く、しかし、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせると、昨日館林から教わった街の説明をし始めた。


 人相の悪い人たちであったが、ミヒロの話を皆静かに聞いて、うんうんと頷いており、お客さんとしては、王子ツアーや寺院巡りツアーの人たちよりもいい人だった。

 観光スポットでもそれは変わらず、ミヒロの手を煩わすことなく、その後をついて歩き、説明に耳を傾けていた。


「さあ、皆さん。お腹すきましたか?お昼はおいしい海鮮ビュッフェです!」

「ビッフェ?」

「お前知らないのかよ。バイキングのことだぜ」

「そうか」


 ミヒロの言葉に男たちはそう苦笑しながら言い合い、マイクロバスは東の海岸にたどり着いた。


「さあ、行きましょう」


 ミヒロは、すっかり慣れた調子でそう言うとバスから降りて、全員がちゃんとバスが下りるのを確認すると、レストランに向かって歩き出した。


「気をつけてくださいね」


 ピンクのアロハシャツを来た女の子に案内され、人相の悪い男10人、レストランに入っていく。それはある意味おかしな光景であったが、幸か不幸がその様子を訝しがるものはいなかった。


「うまい」

「うまいっす」


 豪快に海老や蟹を皿に乗せ、食べ始めた男たちは、そう口々にいい、満足そうだった。


「姉ちゃん、アルコールはないのか?」

「えっと、今回のツアーではアルコールは別料金になりますが、それでもよろしいですか?」


 ミヒロは昨日館林に教わったように恐る恐るそう説明した。レストランとタンタン旅行社の契約では、ビッフェの料金は食べ物とソフトドリンクのみだった。アルコール飲料の場合は別料金になると説明を受けていた。


「姉ちゃん、支払いはクレジットカードでもいいだろう?」

「もちろんです」

「じゃ、頼んでや。俺はこの国のビールが飲みたい。なんでも世界一うまいって話じゃねーか」

「山田。俺の分も頼むや。おい、ビール飲みたいやつはおるか?わしがおごちゃるぞ」

「組長、いいんですか?」


(く、くみちょう??やっぱり、暴力団なんだ……)


「当たり前や。おい、姉ちゃん、人数分ビール頼んでや。支払いはあとでわしがする」

「は、はい!」


 ミヒロは組長と呼ばれた男の言葉にうなずくと、慌てて店員を呼び、ビールを頼む。


 結局、それからビールだけでなく、ワインやジンなどもあるということでさながら宴会のようになっていった。

 他のお客さんが迷惑がっているのを感じだが、誰も文句を言ってくるものはなかった。


 1時間後、完全に出来上がった10人の男たちは、ふらふらした足取りでバスに戻った。


「皆さん、お食事が楽しんだようですね。次はスカイタートルの公園ですか、大丈夫でしょうか?」


 バスの中でミヒロがそう言ったが、男たちは大丈夫や、大丈夫やと言って誰もホテルに戻りたいというものはいなかった。


 そういうことで酔っ払いを乗せたバスは次の目的地スカイタートルに向かった。

 スカイタートルの公園に着き、バスから千鳥足の男達が降りてくる。


 (もう、観光とか言ってる場合じゃないと思うけど……)


 ミヒロはそう思いながらも、一応説明をして、30分ほど自由見学時間を置いた後、バスに戻る。


「あれ?」


 バスの中で人数を確認したら、一人足りなくなっていることに気がついた。


「おい、仁山がいないんじゃないか?」

「ああ、仁山だ!」


 男たちは騒ぎ始める。


「私探しに言ってきます。皆さんはここでお待ちください」


 酔っ払いに人探しをさせるわけにいかないし、第一また迷子が増えるかもしれない、ミヒロはそう思いバスから降りるとスカイタートルの銅像のあるとことへ戻った。


「仁山さん?」


 顔を真っ赤にさせた男が銅像によりかかり、座っているのが見えた。


「良かった!」


 ミヒロはほっとしてそう声をかけると、仁山に近づく。仁山はぼんやりする視線をミヒロに向けた。


「くみ子!」


 仁山はミヒロを見ると、立ち上がり、抱きつく。


「ちょっと、仁山さん!」


 ミヒロは仁山に抱きつかれ、バランスを崩して転倒する。

 頭を地面にぶつけ、ぐわん、ぐわんと目が回るような感覚がした。

 仁山は勘違いしたまま、ミヒロを抱きしめている。


「俺はお前が好きなんだ!なのになんでお前は!」


 くみ子という女性に振られたのか、仁山はそう言うとミヒロのシャツに手をかける。

 しかし、頭を打って朦朧としている彼女は自分がこれから何をされるか判別がつかない状態だった。


「ミヒロ!」


 そう声がして、ミヒロは地面に倒れたまま、視線を向ける。

「……館林さん?パトリック?」


 現われた二人の男をみて、ミヒロはそう名を呼ぶ。


「お客さん、目を覚ましてください!」


 館林はぐいっと仁山の両腕を掴むと立ち上がらせた。


「ミヒロ!」


 パトリックはそう名を呼ぶと大好きな彼女を地面から抱き起こした。


(ああ、そうか。私襲われそうに……)


 ミヒロはそう状況を理解したが、それだけだった。

 視界が急に暗くなり、何も考えられなくなった。

 そして意識が途切れた。


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