予行練習
「よし。ミヒロ行くぞ」
30分ほどしてアイリーンとの話を終えた館林にそう声をかけられ、ミヒロは目を丸くした。
「行くっテ。シンサン。ミヒロはボクのツアーに一緒に行くンデスヨネ?」
「違うぞ。今日は俺がミヒロを連れて行く」
社長の言葉にミヒロは自分がどきどきするのがわかる。
「明日はミヒロの研修最後の日だ。明日は一人でガイドをしてもらう。今日はその予行練習で俺がテストする」
「?!明日一人でガイド?!」
「シンサン。それはジョーダン?」
「冗談じゃないぞ。今回の研修は一人前のガイドになってもらうことが第一目的だったからな。それは達成させないと」
(そんな目的、日本の社長は教えてもくれなかったけど)
ミヒロはそう心の中でつぶやき、明日一人でガイドをしないといけないという重圧で顔を暗くなるのがわかった。
「シンサン。ミヒロにはまだ無理デスヨ」
「……ミヒロ?無理そうか?」
パトリックの言葉に館林が少しだけがっかりしたような顔をして、ミヒロを見る。
(ここで無理って言ったら、館林さんに認めてもらえない)
ミヒロは館林の瞳を見つめ返すと口を開いた。
「大丈夫です。明日は一人でできます。だから今日はご指導お願いします」
「ミヒロ?!」
「よし。よく言ったな」
館林はにこっと笑うとミヒロの頭をふわりと撫でた。
「シンサン!それはsexual harassmentデスヨ!」
「そうか?すまん、すまん。訴えるのはやめてくれよな」
館林は苦笑すると慌てて、ミヒロの頭から手を離した。
それがなんだかミヒロにはちょっと残念だった。ふわりと頭を撫でられた瞬間、なんだ心地よくて、全然嫌な気分ではなかったからだ。
「さあ、パトリック、今日もツアー頼むな。アイリーン、Takes care of office な。ミヒロ、メモ用の紙とペン忘れるなよ。さ、行くぞ」
館林はぐるりと事務所を見渡し、そう言うと車の鍵を机の引き出しから取り出し、ドアのほうへ歩いていく。
「館林さん、ちょっと待ってください!」
ガイド見習いは慌ててペンと紙をもつとその後を追う。
「ミヒロ!ガンバッテ~」
王子がその後ろの姿に向かってそう声をかける。
「うん。またね~」
ミヒロは振り返ってパトリックにそう答えるとドアを開け、事務所を慌しく出て行った。
「さあ、これが明日のツアーのコースだ。順番に行くぞ」
館林が助手席に乗ったミヒロに明日のツアーのスケジュール表を見せるとそう言った。
「出発はホテルからだ。ホテルから最初の目的地まで、説明することがあるからな。2日間、パトリックについていたから、まあ、雰囲気は分かると思うけど。場所が違うからな。メモとけよ」
「はい」
ガイド見習いはうなずくと本日の教官からスケジュール表を受け取り、目を落とす。行く場所は5ヶ所だった。どれも初日に渡された本に書いてあった場所だった。
館林はサングラスをかけると、車を走らせる。
ミヒロはシートベルトを締めると、スケジュール表を脇に置き、鞄から紙とペンを取り出した。
ホテルに着き、ぐるりと回った後、館林が話し始める。
初日にはまったく説明なしだった街の様子なども事細かに話し、ミヒロは彼が何も知らない、ガイドができない人だと思ったことを心の中で謝った。
館林の隣に座り最初はどきどきしたが、そんなことを意識する間もなく、ミヒロは必死にメモを取ることに追われた。
「さて、次は昼飯だ。昼は海鮮のビュッフェになる。海辺だ。最初の日に連れて行っただろう?あの東の海岸のレストランで食べることになる。明日への景気づけに昼はそこで食べるぞ。同時に朝回ったところ、どれくらい覚えているか確認する」
5分ほど車を走らせ、館林の車は東の海岸に到着した。日中はあまり人がいないのか、駐車場は結構空いていた。社長は車をレストランに近い場所に駐車すると、ミヒロと共にレストランの中に入った。
「すごい!」
中には海老や蟹が豪快に調理されているトレイが置いてあり、他に地元で有名な料理や、飲み物、サラダバー、デザートなどがところ狭しと置かれていた。
「さあ、なんでも好きなものを食べていいぞ。今日しっかり食べろよ。明日はガイドは食べれないからな」
「え?!」
明日は見てるだけなのか?今日つれてきてもらったよかった。
そう思いながらミヒロはお腹がへっていたこともあり、早速食べ物を取りにトレイをまわる。
朝から変な夢をみて、館林とアイリーンに対して苛立ったこともあったが、今は彼といてもどきどきはするが、へんなもやもやした気持ちはなく、ミヒロはほっとしていた。
(明日はがんばって、一人でガイドしてやる。そして一人前として認めてもらうんだ)
ガイド見習いはそう気合を入れると、まずは腹ごしらえと海老や蟹を皿に乗せ始めた。
「おいしいか?」
食事をし始め30分くらいしたところで、館林がにこにこ笑いながら聞いてきた。それがなんだか子供扱いされているようでミヒロはかちんと来る。
「おいしいです。館林さんもそう思うでしょ?」
「ああ、もちろん」
じろっと部下ににらみ返され、社長は苦笑するとそう答えた。そして、ふと窓の外に目を向ける。その視線がいつもと違う真面目なもので、ミヒロはどきどきするのがわかった。
(この人、やっぱりかっこいいな。頭にくることも多いけど)
「ん?どうした?俺が男前だから見とれていたか?」
図星ですとは言えず、ミヒロは顔が赤くなるのを隠すため、席を立つ。
「デザートとってきます。館林さんも何か食べます?」
「俺か?俺はいい。それよりも食べるばかりじゃなく、今朝回ったところの要点を俺にはなしてみろ」
「デザート食べ終わったら、そうします」
じっとその瞳を向けられて、ミヒロは逃げるようにテーブルから離れた。
夢でみた瞳と実際に見る館林の瞳は同じだった。
見られると体がすくんで動けなくなるような気がした。
(あー今朝からおかしい)
ミヒロは首を振ると、デザートが置いてある場所に向かう。
「よしよし。朝の分はしっかり覚えているな?」
デザートを食べ終わり、ガイド見習いから今朝回ったところの要点を聞き、教官は満足げに微笑む。
ミヒロはなんだか自分が認めれたような気がして嬉しくなった。
「お前って、よく見るとかわいい顔してんだな」
「!」
ふいにそう言われ、顔が一気に真っ赤になる。
「そのなんか初々しいところもかわいいなあ。だから、パトリックが夢中になるのか」
(パトリック……)
ミヒロはその名前を聞き、高ぶった気持ちが急に静まるのが分かった。
(そうだよね。館林さんは私達が付き合ってるって思ってるんだよね)
「よかったな。あいつに好かれて。あいつはちょって変わってるが素直で優しい奴だ。もてるからちょっと心配だろうけど、あいつなら浮気とかしないはずだ」
(館林さん……、私とパトリックは付き合っていないんです!)
ミヒロはそう言おうとしたが、館林は彼女の言葉を待たず、会計をするためにレジに向かっていた。