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私と彼らの7日間。  作者: ありま氷炎
研修四日目
11/50

夢と現実

「ミヒロ、俺がお前を好きだといったらどうする?」


 館林はそう言うと、いつものような自信たっぷりの笑みを浮かべた。

 ミヒロは何も答えられず、ただ顔を真っ赤にさせている。


「ミヒロ……」


 ワイルドなハンサム社長はそうミヒロに囁くと、その両手で彼女の頬を包んだ。館林の少し茶色がかった瞳に見つめられ、体がすくむのがわかる。

 館林は腰をかがめると、ミヒロの唇にその唇を重ねた。


 ツッツッツ、ツルルルルル~~~


 そう音がして、ミヒロははっと目を開けた。

 そして自分が夢を見ていたことに気づく。


「はっつ、なんで私あんな夢!」


 夢の中で館林と交わした唇の感触を思い出し、ミヒロは唇を指で触る。


「くうう!なんであんな夢。許せない!!」


 ミヒロは真っ赤に顔を染めるとベッドから立ち上がった。


 ツッツッツ、ツルルルルル~~~


 携帯電話から再び着信音がなる。

 ミヒロはパシッと自分の頬を叩くと、携帯電話を掴んだ。


「ミッヒロ~。朝ダヨ!ほら、ボク、ちゃんと電話かけれたデショ?」


 電話口からパトリックの柔らかな声が聞こえ、ミヒロはふっと力が抜ける。


「ミヒロ?起きてるノ?今ボク下にイルヨ~。上まで迎えに行こうカ?」


(迎えに?!)


 ミヒロははっと思い、ベッドの上の時計に目をやる。

 時間は8時10分だった。

 

(やばい、遅刻だ!)


「パトリック!ごめん。今起きたばっかりなの。先に行ってて。タクシー拾って行くから!」


 自分と一緒に彼を遅刻させるわけにはいかないとミヒロがそう言う。


「ダイジョウブ。ボク、ミヒロを待ちマス~。一緒に行きマショウ」

「でも…」

「ダイジョウブ!」


 パトリックが強くそう言うのでミヒロはその言葉に甘えることにして、準備を急いだ。



「………」


 あれから10分後、ミヒロは猛スピードで準備を整え彼の車に乗った。そしてパトリックはいつも通り、ミヒロに楽しそうにアニメの話をする。しかしタンタン旅行社近づくにつれ、パトリックの表情は曇り始め、ビルにつくとその口はほとんど動かなくなり、顔は蒼白になっていた。

 原因はもちろん、アイリーン・ホワンである。


「…Aileen、怒ってマスカネ?」


 駐車場で車を止め、パトリックはビルの入口で足を止めた。そして後ろを歩くミヒロに顔をむける。


「……大丈夫よ。館林さんもいるし。昨日は私達のせいじゃないから。偶然にばれたでしょ?ほら、アイリーンも楽しそうだったじゃない?」


 そうパトリックを慰めるようにミヒロは言ったのだが、昨日の館林とアイリーンの色っぽい雰囲気を思い出し、苦い気持ちになる。


(なんで、私もあんな馬鹿な夢を見たのかな。館林さんがそんなこと言うわけないじゃない。あんなシュチュエーション、あり得るわけがない)


「ソウデスヨネ!!」


 ふと自分の心の声に合わせるように、そう言ったパトリックにミヒロはちょっと驚いてその横顔をみる。しかしそんなミヒロの様子に気づかないのか、パトリックは王子様スマイルを浮かべるとミヒロを見つめた。


「ソウデス。Aileenはきっと怒ってないハズデス!ミヒロ、元気だしマショウ。チコクです」


 元気なかったのはパトリックじゃなかったの?そうつっこみを入れたくなりながらミヒロはうなずくと、元通り元気になった彼に続きビルの中に入った。


(あれは単なる夢。早く忘れよう。あんな夢……)


 ミヒロはパトリックと共にがたがたと揺れるエレベーターに乗りながら、そう自分に言い聞かせた。


 チン!


 そう音がしてエレベーターが5階に着く。2人はエレベーターから降りると廊下を端まで歩き、タンタン旅行社のドアまで辿りついた。


「オハヨウゴザイマス!」

「おはようございます」


 2人がドアを開け、事務所に入ると、そこには机の上でなにやら鮮やかな数枚の紙を広げ、話をしている館林とアイリーンの姿が見えた。


「おう、おはよう!」

「Good morning」


 館林とアイリーンは2人の挨拶に同時に顔を上げる。それがなんだかミヒロは気に食わず、むかっとするのがわかった。


「2人そろって遅刻か~。いちゃつくのはいいが、遅刻はするなよ」


 入口で仲良く並ぶ2人の様子を見て、館林はにやにや笑いながらそう言う。


「そんなんじゃないんです。寝坊したんです!」


 ミヒロはかちんときて、そう強く言い返す。

 その横でパトリックは悲しそうな顔をした。


「ミヒロ?」


 社長は部下の思わぬ剣幕に戸惑い、目を細める。


(あーなんで、私こんなことで怒ったんだろう)


 ミヒロは館林の戸惑った顔とパトリックの悲しそうな顔を見て、反省する。


「すみません。今度から気をつけます。ところで、その紙なんですか?」


 自分の声で変な雰囲気になった事務所の雰囲気を変えようと、ミヒロは2人が見ていた紙を指差す。


「ああ、これか。新しいツアー企画。アイリーンに参加してもらう予定だから、見てもらってるんだ」


 ミヒロの問いに館林はそう答えながら、アイリーンに笑いかける。しかし彼女はいつもの事務員姿でただ机の上の紙を見ていた。


「どんな企画なんですか?」


 ミヒロは正体不明の苛立ちと戦いながらも、とりあえず新しいツアーに興味があったので、2人に近づく。パトリックもアイリーンに少しおびえた様子だったが、同じく興味あったので遠慮がちにミヒロに続いた。

 2人が机の上を覗きこむと、『歌姫とめぐるコンサートホールツアー』『異国の歌姫によるディナーショウ』『歌姫と異国の旅』などと、『歌姫と…』のフレーズで始まるタイトルが描かれ、美しい女性の写真が載っている紙が広げられていた。


「あー写真はサンプルだ。アイリーンの写真が手元になかったからな。どうだ!面白そうだろう?」


 館林は満足げな笑みを浮かべて、パトリックとミヒロを見た。


 いや、これって、『王子様と巡るお姫様ツアー』のパターンと同じで結構危険では??

 だって、おじさんとかが勘違いしてウハウハしたらどうするんだろう??


「どうだ?ミヒロ?」


 机の上の紙を見たまま、答えない2人の様子に館林がじっとミヒロを見てそう聞いてきた。

 その茶色の瞳に吸い込まれるような気分になり、慌てて視線を逸らす。


「……アイリーンはこのツアーに合意してるんですか?」

「ああ、of course, you agreed with me, right?(もちろん、お前は俺に賛成してたよな?)」


 館林がツアーの鮮やかな紙をひらひらと手で玩びながら、そうアイリーンに尋ねる。


「Yes, Of course. Because you said that you pay me more. (もちろんです。あなたがもっと(お給料を)払ってくれるっていったので)」


 アイリーンは腕を組み、机に寄りかかると珍しく館林に笑いかける。

 ミヒロにはその様子がなんだか2人の秘密を見ているようで嫌な気持ちになるのがわかった。


「Aileen!他给你多少钱?(彼はいくら君にくれるの?)」


 パトリックはアイリーンの言葉に反応し、食らいつくようにそう聞いた。


「你不想说(あなたに話したくないわ)」


 歌姫はちらっと冷たい視線を王子に向けるとそう答える。


「パトリック。中国語で聞いてもだめだぞ。俺もだてにこの国に住んでないからな。言ってることは分かるぞ。アイリーンにはこのツアーを手伝ってくれたら、すこし給料を上げる約束をしている。あと、今まで通り歌手のバイトも許可だ」

「It's unfair!(不公平デス!)」


 パトリックは顔を膨らませて館林を見る。


「アンフェアーじゃないぞ。じゃあ、お前の王子様ツアーももっと本数増やすからな。そしたら給料上げてもいい」

「It’s so bad!(ひどい!)」


 パトリックは王子様ツアーで味わったおば様の恐怖を思い出し、両手で顔を覆う。

 彼が可哀想だったが、その様子がおかしく思えて笑ってしまう。


「ミヒロ、笑いゴトジャナイデスヨ」


 パトリックは笑いだしたミヒロに泣きそうな顔をしてそう言う。


「ま、パトリック。お前にはブログという稼ぐ手段がある。今度また面白い写真提供してやるから」

「ホントーデスカ?」

「ああ」


 パトリックは館林の言葉に顔を輝かせる。


 ブログか。

 そういえば空港でもそんなこと言ってたけど。

 どんなブログだろう。

 気になるけど、見たくないような……


「Aileen. Let's get back on topic. Do you like “dinner show” or “tour “? (アイリーン、さて元の話に戻るぞ。お前はディナーショウとツアーどっちが好きなんだ?)」


 館林はそうアイリーンに話しかけると、パトリックとミヒロに背を向け、彼女に紙を見せながら説明しはじめる。

 ミヒロは2人のその様子になんだか疎外感を感じるのがわかった。


「ミヒロ?」


 難しい顔をして黙りこむ可愛い同僚にパトリックが首をかしげて、そう名前を呼ぶ。


「なんでもない。さ、今日の昼からなんのツアーだっけ?」

 ミヒロは王子に微笑みを返すと、気にしない気にしないと自分に言い聞かせて、机に戻る。

「今日はデスネー」


 パトリックは微笑むと、机に行き、パソコンの電源を入れる。


「待っててクダサイネ」


 パトリックは立ち上がったパソコンの画面を見つめ、パスワードを入れる。すると音がして画面にいくつものアイコンが現われ始める。ミヒロは彼のパソコンの画面を見ながら、自分のパソコンの電源も入れた。

 パトリックがマウスのポインターをエクセルファイルに当てて、クリックする。スケジュールが書き込まれた表が開かれ、彼が今日のツアーについて説明し始めた。

 しかし、ミヒロはその説明を聞きながらも、神経の一部が館林達に向いているのがわかっていた。


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