あのバス、出るんです
あれ、今でもたまに夢に見るんです。
地元を走ってる、小さい路線バスの話なんですけど。
昔から、たまに変なものを見ることがあったんですよ。
はっきり幽霊が見えるとか、そういう大層なものじゃないです。
でも、誰もいないはずの場所に、一瞬だけ人影が見えたり。
「あ、ここ嫌だな」 って思った場所だけ、妙に空気が重かったり。
気のせいで済ませてきましたけど、たぶん、少しだけそういうのに敏感なんだと思います。
その日は雨でした。
かなり遅い時間で、乗ってる人も少なかったんですよ。
僕は後ろの席に座って、イヤホンつけてぼーっとしてました。
途中までは普通だったんです。
学生が降りて、おばあさんが降りて。
気づけば、車内には僕と運転手しかいなくなってました。
窓に雨が当たる音と、車内アナウンスだけが響いてて。
『次は、○○、○○です』
って、いつもの機械音声。
で、 次の停留所に着いた時です。
誰か乗ってきたんですよ。
小さい子供でした。
多分、小学校低学年くらい。
黄色い傘を持ってるのに、びしょ濡れで。
でも、変だったんです。
乗ってきた瞬間から妙に静かというか。
普通子供って、座席見たりキョロキョロしたりするじゃないですか。
でも、その子真っ直ぐ後ろの方を見たんです。
僕の方。
目が合った気がして、なんとなく視線を逸らしました。
その子、ゆっくり通路を歩いてきて僕のすぐ前の席に座ったんですよ。
嫌だな、って思いました。
車内ガラガラなのに、なんでわざわざ前なんだよって。
しかも、ずっと俯いてる。
濡れた服から、 水がぽたぽた落ちてるのに、 足元だけ全然濡れ広がらない。
『発車します。ご注意ください』
って、アナウンスが流れて、バスがまた動き出した。
停留所を二つ過ぎても、降りない。
その辺から、少し変な感じがしてきたんです。
というのも、途中から乗ってくる人たち、誰もその子を気にしないんですよ。
近くを通っても、視線すら向けない。
まるで、最初からそこに誰も座ってないみたいに。
特に変だったのが、途中で乗ってきた女の人でした。
白っぽい服を着た人。
その人、僕の前の席のすぐ横を通ったんです。
でも、子供を避ける様子もない。
黒っぽい泥みたいなの、床に広がってたんですよ。
なのに、そのまま踏んで通った。
でも靴跡が、つかなかったんです。
その瞬間、変な汗が出ました。
あれ……
もしかして、見えてるの僕だけなのかって。
気味悪くなって、窓の外ばっか見てました。
雨で滲んだ街灯とか、ガードレールとか。
でも、何気なく前の席を見た時です。
黒っぽい水、さっきより広がってたんですよ。
バスが揺れるたび、少しずつ通路側へ流れてきてる。
しかも、いつの間にか、僕の足元の近くまで来てた。
その辺から、なんか駄目でした。
本能的に、前を見ちゃいけない感じがして。
でも、見てしまったんです。
カーブで車内が揺れた瞬間、前の席の子供の顔が、 少しだけ見えた。
もちろん知らない顔でした。
でも、なんていうか、子供の顔じゃなかった。
表情がないとかじゃなくて。
“顔の作り方”を間違えたみたいな感じ。
説明できないんですけど、見た瞬間
「あ、駄目だ」 ってなる顔。
息が止まりました。
その時です。
運転手が、 急にアクセル抜いたんですよ。
エンジン音が静かになって、バスが少し減速した。
で、前の方を見た瞬間。
道路の先に、細かい石みたいなのがぱらぱら落ちてるのが見えたんです。
次の瞬間。
山の方から、嫌な音が響いた。
運転手は小さく舌打ちして、急ブレーキを踏みました。
体が前に投げ出されて、 顔上げた時には前の席に誰もいなかった。
でも、濡れた黄色い傘だけ、座席に残ってた。
車内も、妙に静かでした。
運転手だけが、バックミラー見ながらものすごく嫌そうな顔してた。
結局、その日は途中で運行中止になりました。
土砂崩れでした。
ニュースでは、
「あと数分遅れていたら巻き込まれていた」 って言ってました。
それで、乗客は全員途中の営業所みたいな場所で降ろされたんです。
みんな無言でした。
僕も、なんとなく誰とも話したくなくて 雨の駐車場をぼーっと見てた。
その時。
運転手が、僕の横を通る時だけ小さい声で言ったんです。
「見えたなら、 もう夜の便は乗らない方がいいですよ」って。
そのあと、運転手は少しだけ僕の足元見たんです。
僕もつられて見た。
靴が濡れてました。
黒っぽい泥みたいなので。
それ以来、夜のバスには乗ってません。
でも、たまに夢を見るんです。
あの時と同じ、雨の車内。
後ろの席に座ってる僕。
前の席には、あの子がいる。
ずっと俯いたまま。
でも、 夢の中ではバス止まらないんですよ。
運転手も、 気づいてないみたいにそのまま山道を走ってる。
で、窓の外に土砂崩れが見えるところでいつも目が覚める。
ただ、目が覚める直前だけ。
前の席の窓に映ったあの子、 少しだけ笑ってるように見えるんです。




