第1章 母の思い出
少女は山の中の小さな村に住んでいた。
冬は雪に閉じ込められる。
学校からの帰り道、少女はその青年と出会った。
少女の隣の家で、青年は雪かきをしていた。
青年の吐く白い息が、少女には美しく思えた。
田舎の小さな村では当たり前の事だが、少女は青年に挨拶をした。
「こんにちは」
青年も挨拶を返した。
「こんにちは」
心まで染み通るやさしい声だと少女は嬉しく感じた。
夕食までの一時、少女が居間の炬燵で、農協が毎月届けてくれる婦人雑誌を読んでいると、台所から青年の噂話が聞こえた。
青年は都会からやって来て、この冬を親戚の家で過ごすという。親戚の家とは勿論、少女の隣の家だ。
それから少女は毎日、学校から帰ると、青年の家に遊びに行った。雪の中を子犬のように転がり駆けて。
少女の目には、青年は本ばかり読んで勉強しているように見えた。
机の上には、川端康成著「雪国」……
少女は青年と何を話したのか。
雪のように降り積もる時間の中に記憶は埋もれてしまい、もう何も浮かんで来ない。
そんなある日、青年は突然、姿を消した。
村のはずれで人間の死体が見つかった。という噂だけが少女の耳に届いた。
まるで熊か狼に喰い荒らされたような無残な姿で、身元を確認する事さえ出来なかったという。
それは青年だったのだろうか?
やがて冬が終わり春になった。
少女は世界に向かって大きく息を吐いた。
少女はこの冬に初潮を迎えていた。
(続く 最終更新日23年03月05日)