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内なる炉とゾーランの遺産

銀の門をくぐったケイレンは、賢者ゾーランによって、荒涼とした砦の内部へと導かれた。砦の石壁は冷たく、巨大な吹き抜けは闇に沈んでいたが、ゾーランの杖から放たれる蒼い光が、彼らの足元を照らした。

「急がねばならん。あの傷は、虚無の力が浸透している」ゾーランは指示した。

ケイレンは疲れ果てた体でエララを抱え、ゾーランの後を追った。砦の奥深く、地下に隠された部屋に、彼らは辿り着いた。そこは、外観とは似ても似つかない、温かく、清潔な治療室だった。部屋の中央には、古代のルーンが刻まれた石の寝台があり、部屋全体が微かな霊力りょくれいで満たされていた。

ゾーランはエララを寝台に横たえさせた。彼は杖を上げ、呪文を唱え始めた。それは、ケイレンが知る単純な魔術とは全く異なり、まるで大地の霊脈そのものに語りかけるような、深く、古い響きを持っていた。

青い光がエララの傷口を包み込み、傷の周囲に纏わりついていた黒い虚無の瘴気を焼き払っていく。傷は目に見える速さで塞がり始めた。

「この砦は、ただの要塞ではない」ゾーランは、治療の傍らで静かに言った。「ここは、この大陸最後の霊力の貯蔵庫だ。私は何世紀もの間、その力が、お前のような存在のために利用される日を待っていた。」

ケイレンは安堵のため息をついた。エララはまだ意識を失っていたが、その顔には血の気が戻っていた。

ゾーランは治療を終えると、ケイレンの方に向き直った。「さて、若き鍛冶師よ。あなたの修行を始める時だ。時は、一刻の猶予も許さない。」

彼は竜血石を手に取り、ケイレンの前に差し出した。

「お前は、この石をただの『鍵』として認識しているが、それは違う。これは、お前の内なる**『古竜の炎』を、この脆弱な肉体に繋ぎ止めるための『いかり』**だ。竜の力は、あまりにも巨大で、制御を失えばお前の体を一瞬で灰にする。この石は、その奔流を、お前の心に集中させるための調整装置なのだ。」

ゾーランは、砦の歴史を簡潔に語った。銀の砦は、虚空軍団との最初の戦争の後に、竜族の生存者が、その血脈と力を未来へと繋ぐために設計したものだという。ゾーランは、その秘密を守るために生き残った最後の賢者だった。

「お前の力は、鍛冶師の規律によってのみ制御される。それを学ぶには、肉体的な修行だけでは足りない。お前の心の中にある、**『内なる炉』**に入る必要がある。」

ゾーランはケイレンに、再び竜血石を額に当てるよう命じ、自分も杖を握り、目を閉じた。

「恐れるな。そこは、お前の最も安全で、最も馴染み深い場所だ。そこで、お前は最も偉大な師に再会するだろう。」

ゾーランが魔力を放つと、ケイレンの意識は眩い光に包まれた。次に彼が目を開けた時、彼は雪山の砦の治療室にはいなかった。

彼は、懐かしいオークヘイヴンの鍛冶場の中に立っていた。

炉は赤々と燃え上がり、火花が優雅に舞っている。天井には光が差し込み、彼の愛用していた作業台には、使い慣れた槌と金床が静かに置かれていた。全ての道具、匂い、熱が、彼が知っていた通りだった。

「これは…幻覚なのか?」

その時、炉の陰から、一人の人影が現れた。彼はケイレンに向かって、穏やかに微笑んだ。

「幻ではない。お前の魂が生み出した、お前の最高の記憶だ、ケイレン」

そこに立っていたのは、師匠ブロム親方だった。彼は生きている時のように力強く、その目は愛情と厳しさに満ちていた。

「ブロム親方!」

ケイレンは親方に駆け寄ろうとしたが、ブロムは静かに手を上げた。「私は、お前が持っている**『最高の鍛冶師の魂』**の具現化だ。お前は私を必要としているから、ここにいる。そして今、お前は、鉄ではなく、炎を鍛える方法を学ぶのだ。」

ブロムは金床を指差した。「さあ、炉に立て。お前の目的は、鉄のように強く、しかし完全に安定した、竜の鱗を一つ作り出すことだ。お前が持つ火は、粗暴すぎる。熱を、完璧に、コントロールしろ。」

ケイレンは金床の前に立った。彼は竜血石を握りしめ、古竜の炎を意識して引き出した。前回のように、衝動的な炎の奔流が彼の掌から噴出しそうになる。

「違う!」ブロムの幻影が鋭く注意した。「流れを急ぐな!お前は、溶岩を金床に流し込もうとしているのではない。溶けた鋼を型に注ぐように、一定のリズムを保て!」

ケイレンは呼吸を整えた。彼は炉の前に立つ時の、あの心臓の規則的な鼓動を思い出した。彼はそのリズムに合わせて、炎の力をゆっくりと、慎重に、指先へと導いた。

彼は、自分の掌から、炎を小さな塊として押し出そうと試みた。しかし、最初の試みは、不安定な煙と灰に変わり、虚しく消えた。

「灰だ。不純物だ、ケイレン!」ブロムが叱咤する。「お前の心に迷いがある。炎を『恐れるな』。炎を『愛せ』。そして、お前がいつも鉄にしたように、意志いしで形を刻め!」

何十回もの失敗が続いた。手のひらから炎の爆発が起こり、精神的な疲労が彼を打ちのめした。しかし、彼の内なるブロムは決して諦めなかった。

そして、数百回目の試みの後。

ケイレンは、すべての雑念を振り払い、ただ一つの思考に集中した。それは、完璧な円、完璧な熱、そして完璧な調和だ。

彼は、極めて精密な、極小の熱源を、指先に集中させた。炎は爆発せず、振動もせず、彼の掌の前に、直径数センチの、美しく、銀色に輝く竜の鱗の形を作り出した。それは、火のエネルギーが完璧に固体化された、純粋な魔力の結晶だった。

「…できた」ケイレンは、安堵の声を上げた。

ブロムの幻影は初めて微笑み、満足そうに頷いた。「よし。一つ目はできたぞ。ケイレン。お前の力は、お前の鍛冶師としての規律と共にある。これからは、鉄ではなく、お前の魂そのものを、私と共に鍛えるのだ。」

光が再び強まり、ケイレンの意識は現実の世界へ引き戻された。

彼は銀の砦の治療室の床に座り込んでいた。彼の肉体は疲れていたが、魂は満たされていた。そして、彼の手のひらには、夢ではなかった証拠が残っていた。

それは、微かに脈打つ、銀色の竜の鱗。掌に収まるほどの、小さく、完璧な魔力の結晶だった。

「見事だ」ゾーランは杖を突きながら、その鱗を見て満足そうに言った。「あなたには、もう時間がない。虚空軍団は、次の動きを開始した。あなたがこの砦の真の力を引き出す前に、奴らはここへ到達するだろう。」

ゾーランは窓のない部屋の天井を指差した。「次の訓練を始める。急げ。鍛冶師よ。最終戦争の準備を始めなければならない。」

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