表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

呪われた荒野と心の暗部

闇の騎士の追跡を振り切り、ケイレンとエララは古代の廃墟の地下通路を伝って、北部山脈のさらに奥深くへと進んだ。彼らが辿り着いた先は、太陽の光が完全に拒絶された、呪われた荒野だった。

そこは、常に永遠の薄明えいえんのはくめいが支配する土地だった。空は厚い鉛色の雲に覆われ、地面は石灰のように白く、命の痕跡は一切なかった。木々は黒く捩じ曲がり、腐敗した骨のように立ち尽くし、冷たい風が骨を削るような音を立てて吹き抜けていく。ここには、ドレッド川の瘴気とはまた違う、静かで、しかし魂を侵食するような悪意が充満していた。

「ここからは、物理的な敵よりも、精神的な敵に警戒しなさい」エララは、歩を進めながら冷たい声で警告した。「この荒野は、太古の魔術と虚空の力が深く根付いている。絶望、後悔、そして恐怖…あなたの心の中の闇を増幅させる。」

ケイレンは呼吸を深くした。この環境の異様さは、すぐに彼の感覚を襲った。彼は、まるで全身の血が少しずつ冷たい灰に変わっていくような感覚に苛まれた。

「ここに、生き物はいるのか?」ケイレンは尋ねた。彼の声は、荒野の広大な静寂に飲み込まれて、か細く響いた。

「いる。彼らは**『嘆きの屍人モーニング・グール』**と呼ばれている」エララは答えた。「かつてここに住んでいた者たちが、虚無の力によって姿を変えられたものよ。彼らは闇の罠でもある。そして…」

エララが言い終わる前に、ケイレンは足元に鋭い痛みを覚えた。

「くっ!」

彼は、地面に隠された、古代の青銅製の魔術的な**『拘束のバインド・トラップ』**に気づかなかったのだ。彼の足は、目に見えない力場によって地面に縫い付けられたように固定された。

「罠だ!動くな!」エララは即座に反応し、短剣で周囲の石に刻まれた小さなルーン文字を切り刻み、罠の魔力を断ち切った。

「馬鹿な。ノースガードの騎士団が設置した、三千年前に忘れ去られた罠だ」エララは苛立ちを露わにした。彼女はケイレンの足元に残る、魔力の残渣を鋭い目で見つめた。

そのとき、遠くから、何かを引きずるような音が聞こえてきた。荒野の腐敗した木々の影から、数体の嘆きの屍人が姿を現した。彼らはやせ細り、皮膚は石膏のように白く、口からは絶えず、抑揚のない**『嘆きの声』**を漏らしていた。

エララは容赦なく飛び出した。彼女は一対の短剣を交差させ、氷のような光を放つ魔法の刃で屍人たちを切り裂いた。彼女の動きは迅速で正確。屍人は、彼女の刃が触れると、闇の魔力を霧散させ、静かに崩れ落ちていった。

戦闘中、ケイレンは彼の心の中で、異変を感じ始めていた。

『お前のせいだ…』

頭の中に、ブロム親方の声が響いた。視界の端で、燃え盛るオークヘイヴンの幻影がチラつく。幻影の中のブロムは、顔を煤で汚し、血を流しながら、悲痛な表情でケイレンを指差していた。

「お前は、この力を隠したかった。お前が逃げたから、私が死んだのだ…」

「違う!」ケイレンは叫び、現実と幻覚の区別がつかなくなった。恐怖と後悔の波が、彼の心を押し潰そうとする。

彼の動きが一瞬止まった。荒野の瘴気は、彼の心の傷口を見つけ、虚無の毒を流し込んでいた。彼は槌を握りしめようとしたが、腕が鉛のように重い。

「ケイレン!何をしている!」エララの叫びが、彼を現実へ引き戻そうとした。

別の屍人が彼の背後に忍び寄っていた。ケイレンは振り向こうとしたが、罪悪感の幻影が彼を地面に押し付けて離さない。

『お前には守る資格がない…お前は、お前自身を恐れている』

このままでは、彼は死ぬ。そして、その死はブロムの犠牲を完全に無意味にしてしまう。

「黙れ!」ケイレンは内なる幻影に向かって叫んだ。

彼は、エララから教わった言葉を思い出した。『灰を制御する』。恐怖や絶望は、彼が力を制御する上で生み出す燃え殻(灰)なのだ。鍛冶師は、炉の灰に支配されてはならない。

彼は目を閉じ、全身の霊力に集中した。彼は炎の核を意識したが、今回は前回のように「熱」を引き出そうとはしなかった。彼はただ、心臓から発する**『規律と意志』**の流れに集中した。

その意志は、彼が何千もの失敗を乗り越えて鉄を鍛え上げてきた、あの不屈の心そのものだった。

ケイレンが心の中で「分離」を完了させた瞬間、手の中の竜血石から、穏やかで、しかし確固たる琥珀色の光が放たれた。それは爆発的な熱ではなく、周囲の闇を浄化するような、温かい光だった。

この光は、彼の心の中に蔓延していた罪悪感の幻影を焼き払った。ブロムの幻影は消え、彼の体は自由になった。

光は短かったが、十分だった。彼はすぐに体勢を立て直し、槌を振るって、背後の屍人を打ち倒した。

「よくやったわ、ケイレン」エララは短剣を鞘に納め、荒い息を吐きながら言った。「あなたは今、古竜の炎が持つ、もう一つの側面を知った。それは、闇を焼き尽くす**『破壊』ではなく、絶望を打ち消す『光』**としての側面よ。」

エララは、光が消えた後のケイレンの瞳を見つめた。「闇の魔力は、あなたの怒りや復讐心を増幅させることであなたを操ろうとする。しかし、あなたの『鉄の意志』は、その闇を燃料として利用するのを許さない。それが、あなたがただの魔術師ではない証拠よ。」

ケイレンは疲れ果てていたが、胸には新たな確信が生まれていた。彼の力は、破壊のためにあるのではない。彼が長年磨き上げてきた、物を作り、守るための規律と意志と結びついているのだ。

彼らは再び歩き始めた。荒野の先には、山脈の最も暗く、最も高い山々がそびえ立っていた。そこは、銀の砦の門がある場所だ。

「この荒野を抜けたら、試練は終わる」エララは言った。「銀の砦に到達すれば、本格的な訓練ができる。だが、この荒野の先で、私はもう一つ、個人的な借りを清算しなければならない。」

彼女の顔は、何か過去の重い決断を秘めているようだった。ケイレンは、この旅が自分自身の問題だけではないことを改めて悟り、槌を固く握りしめた。彼の心の中で、炎はもう恐怖ではなく、進むべき道を照らす希望の灯となっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ