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大河の試練と鉄の意志

古代の聖域の結界が破られた瞬間、北の深森の冷たさと重さが、再びケイレンの皮膚にのしかかった。短い休息とエララによる血脈の解説は、彼に新たな知識を与えたが、彼の体はまだ前の戦闘の消耗から完全に回復していなかった。

「この先、最も厄介な障害がある」エララは、聖域の岩の裂け目から身を滑り出させながら、低く言った。「この森を抜けるには、ドレッド川(恐ろしい川)を渡らねばならない。あの川は、北と南を分断する主要な動脈であり、虚空軍団の監視下に置かれている。」

「川…泳いで渡ることはできないのか?」ケイレンは腰に提げた水筒を確かめながら尋ねた。

「あの川の水を飲めば、その日のうちに魂が腐り果てる」エララは冷酷に答えた。「マラコールが放つ虚無の瘴気しょうきが川を汚染している。橋は全て落とされているか、衛兵が常駐している。最も可能性が高いのは、かつて交易のために使われていた浅瀬だ。」

彼らは数時間、影の中を移動した。警戒心に満ちたその旅路は、ケイレンにとって、ブロムの鍛冶場でのリズムとは全く異なる、新たな規律を刻み込む訓練となった。エララは風の音、木の枝が擦れる音、そして自分の足音さえも聞くことを教えた。

やがて、彼らの前に幅広く、深く淀んだ川が現れた。

ドレッド川の水は、月明かりを反射しない、粘り気のある真っ黒な液体のように見えた。川岸の草木は腐敗し、不気味な寒気が周囲に立ち込めている。ケイレンは本能的に、この水が生命にとって毒であることを理解した。

彼らは岸辺に沿って移動し、崩れ落ちた石の残骸と、苔むした鎖が垂れ下がった古びた桟橋の跡を発見した。

「ここだ」エララは低い声で言った。「かつて、ここには木製の吊り橋があった。奴らは橋を破壊したが、基礎が残っている。急ごう、この場所は隠れる場所が少ない。」

ケイレンはすぐに気づいた。桟橋の残骸は、鉄と木材が腐食した残骸だ。ここを渡るには、鎖を補強し、不安定な板を固定する必要がある。これは、まさに彼の専門分野だった。

「待ってくれ、エララ。ここを渡るのは危険すぎる。橋の基礎は崩れかかっている。俺なら…」

「時間がない」エララは短剣を抜きながら、川面に目を凝らした。「川の中央に、影が見える。あれは**影の亡霊シャドウ・レイス**の斥候だ。この闇を利用して、水面を滑ってくる。」

ケイレンは川を渡る恐怖を忘れ、本能的に周囲を見渡した。彼は折れた橋桁の近くに、頑丈な太い鎖が何本か絡まっているのを見つけた。

「エララ、時間を稼いでくれ!五分あれば、俺はあの鎖と、この折れた梁を使って、一時的に渡れるだけの足場を固定できる!」

エララは一瞬、彼の真剣な顔を見て、ためらった。彼女はケイレンの戦闘能力を信用していなかったが、彼の鍛冶師としての技術は確かだった。

「二分よ。それ以上は持たない」彼女は言い放った。

エララは木の根元に身を隠した。その時、三体の影の亡霊が水面を滑るように接近してきた。それらは半透明で、闇そのものが人間の形を取ったかのように見える。彼らは実体を持たず、武器で切りつけることは非常に難しい。

「奴らの実体は闇そのもの。物理的な力は効きにくい。だが、炎と光は奴らの構成を一時的に乱す」エララは声を荒げた。

彼女が亡霊たちを木の陰で引きつけている間に、ケイレンは行動を開始した。彼はブロムから教わった最も効率的な結び方で鎖を柱に巻きつけ、残骸の梁を足場として固定し始めた。

彼の体は疲れていたが、この作業に没頭すると、不思議と心が落ち着いた。それは、炉の熱の中で槌を振るうのと同じ集中力だった。

カン!カン!

彼は鍛冶槌の代わりに、壊れた橋桁から剥ぎ取った鋭利な鉄の金具を打ち込み、足場を固定した。しかし、彼の金属を叩く音が、亡霊たちの注意を引いた。

一体の亡霊が、エララの防御をすり抜け、彼めがけて滑り込んできた。その半透明な手がケイレンの首を掴もうと伸びる。凍るような冷たさが皮膚に触れる前に、ケイレンは避け、背後の鎖にぶら下がった。

「くそっ!実体がない!」

亡霊は再び彼に向かってくる。エララは叫んだ。「炎よ、ケイレン!炎を放つのよ!」

ケイレンは息を詰めた。彼はあの燃え盛る力、あの破壊的な熱を再び解放するのが恐ろしい。しかし、目の前の冷たい死は、彼の心を奮い立たせた。

彼は恐怖を押し殺し、座禅を組んで以来、初めて全身の意識を手のひらに集中させた。彼は前回のように「引き抜こう」とはしなかった。代わりに、彼は長年、鉄を赤く熱し、形作る際に使ってきた、あの**『流れる』**感覚を思い出した。

流れろ。熱を、魂を、刃先へ流すのだ。

心臓の奥底で、あの溶岩のような熱が脈打つのを感じた。彼はその熱を、まるで空気中の霊力エーテルを曲げるかのように、慎重に、そして厳格に、鍛冶槌に流し込んだ。

ジリリリ…

ケイレンの鍛冶槌の先端が、一瞬だけ、炉の鉄のような鈍い赤色に発光した。それは爆発的な炎ではない。制御された熱、鍛冶師の意志による究極の集中力の具現化だった。

彼はその熱を帯びた槌を、突進してきた影の亡霊の胸に叩き込んだ。

ヒュッ!

亡霊は悲鳴を上げた。まるで冷たい氷が熱い鉄に触れたかのように、亡霊の胸部の形が一時的に乱れ、煙を上げて後退した。そのわずかな間、亡霊は実体を失い、形を保てなくなったのだ。

「今よ!」エララが叫んだ。

ケイレンは足場を跳び上がり、最後の梁を固定した。二人は崩壊寸前の足場を駆け抜け、対岸の岸辺に飛び移った。エララは即座に持っていた短剣で、鎖と梁を切り離した。

ガシャーン!

足場はドレッド川の汚染された水の中に崩れ落ちた。影の亡霊たちは水中で一瞬たじろぎ、追跡を断念した。

対岸に到着したケイレンは、荒い呼吸を整えながら、持っていた槌の先端を見た。赤い光は消え、ただの鉄に戻っていた。彼の掌は熱を帯びていたが、前回のような火傷は負っていなかった。

エララは警戒を緩めず、周囲の森を見渡していたが、やがてケイレンに向き直った。その瞳には、今まで見せたことのない、わずかな称賛の色があった。

「驚いたわ。あなたは、それを制御したのね」

彼女は言った。「その力は、ただの魔力ではない。それはあなたの**意志いし**と結びついている。鉄を叩くことで磨かれた、揺るぎない集中力…それこそが、あなたが古代の竜の炎を制御するための鍵よ。あなたは魔術師ではない、鍛冶師の魔術を使うのだ。」

ケイレンは、ようやくその言葉の意味を理解した。彼は剣を作るように、その力を形作ればいいのだ。

彼はブロム親方から受け継いだ槌を、再び固く握りしめた。故郷を失い、復讐の炎を宿すケイレンの旅は、鍛冶師の鉄の意志と共に、さらなる深森の奥へと続いていくのだった。

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