隠された聖域と竜の血脈
北の深森の闇は、ケイレンが想像していた以上に深い。前の章での「古竜の炎」の爆発は、周囲の木々を炭化させたものの、それは同時に、彼らの居場所を世界に大声で宣伝したに等しかった。
「あの熱は、少なくとも百マイル先まで感知されただろう」エララは走りながら言った。彼女の声には疲労の影すらなく、機械のように正確だった。「奴らが次に送ってくるのは、雑兵ではない。あなたは今の霊力の状態では、指揮官レベルのシャドウストーカーには勝てない。」
ケイレンは荒い息を吐きながら、その言葉を理解しようとした。霊力。魔力。彼はつい先ほど、その言葉が持つ意味を身をもって知ったばかりだ。全身の筋肉の痛みとは別に、彼の内側から何かが根こそぎ奪われたような空虚感が残っていた。
「くそっ…休ませてくれ…」
「休息は死を意味する」エララは容赦しなかった。「だが、逃げ惑うだけではいずれ消耗する。安全な場所に逃げ込み、あなたの力を安定させる必要がある。」
数時間後、夜の帳が最も濃くなる時刻、エララはケイレンを連れて、巨大な岩肌の裂け目へと潜り込んだ。裂け目の先は、苔生した石造りの通路へと続いていた。通路を進むと、突如として周囲の闇が晴れ、淡い銀色の光に満たされた空間へと出た。
そこは、森の地下深くに隠された、古代の聖域だった。
空間の中心には、水の流れが止まった古代の泉があり、その周囲には無数の古代文字が刻まれた石碑が並んでいた。何よりも驚くべきは、この場所の空気だ。外の冷たく重い闇とは異なり、ここは暖かく、澄み切っており、ケイレンの疲労がわずかに和らぐのを感じた。
「ここは…」
「古代エセルガードの**『結界』**の内側だ」エララは短剣を鞘に納め、初めて警戒を解いた。「奴らの放つ虚無の魔力はこの結界を通過できない。ここにいる間は安全よ。」
ケイレンは力尽き、冷たい石の床に身を投げ出した。しかし、休息は許されなかった。エララは無言で水筒を渡し、泉の水を飲むよう促した後、彼の隣に座った。
「あなたの体は今、暴動を起こしている。それを理解しなさい」エララは冷徹な教師の目で言った。「昨夜、あなたが解放したのは、竜の血脈に封じられていた、数千年分の霊力よ。竜血石はそれを制御するための『鍵』だが、同時に『導火線』でもある。」
ケイレンは竜血石をきつく握りしめた。今やそれはただの冷たい石に戻っている。「なぜ、俺の体にそんなものが…」
「それは、太古の竜族が人類に残した最後の贈り物、あるいは呪いよ。」
エララは話し始めた。その声は静かだが、三千年の歴史の重みを帯びていた。
「この世界のエセルガードの霊脈は、虚空軍団の王、マラコールを封じるための巨大な封印術の動力源だった。霊脈が枯れれば封印は解ける。だから、彼らは封印の崩壊を待っている。だが、あなたの体内の古竜の炎は違う。それは虚無の魔力とは真逆の『生命の根源』そのもの。虚空軍団にとって、あなたの血脈は唯一の天敵なのよ。」
ケイレンの背筋が凍った。彼はただの鍛冶師ではなかった。彼は、世界を救うための武器、あるいは世界を終わらせるための標的だったのだ。
「俺は…そんな運命は望んでいない。ただブロム親方の復讐がしたいだけだ。」
「復讐は旅を続ける動機にはなるが、力にはならない」エララはきっぱりと言い放った。「復讐とはエゴよ。力を得るには、もっと大きな何かに集中する必要がある。あなたは、この力を制御する方法を学ぶ必要がある。さもなければ、あなたは炎に飲まれて死ぬか、マラコールに捕らえられてその力を利用され、世界を終わらせることになるわ。」
彼女は石の床に座禅を組み、目を閉じるようケイレンに促した。「あなたの力は、外の霊脈のような穏やかな流れではない。それは、あなたの胸の中に眠る、燃え盛る竜そのものよ。それを理解するには、まず、あなたの体のリズムを把握しなければならない。」
「どうやって…」
「目を閉じ、竜血石を額に当てなさい。そして、あなたの心臓の奥底にある、あの炎の『核』を感じるの。恐れずに。それがあなたの力だ。」
ケイレンは半信半疑ながらも、エララの指示に従った。彼は竜血石を額に当て、目を閉じた。周囲の静寂が、彼の耳鳴りのように響いた。
彼は集中した。呼吸を深く、一定に保とうとした。最初はただの疲労と虚無感しかなかったが、エララの「核を感じろ」という言葉を何度も反芻するうちに、彼は腹部の奥深くに、確かに熱源が存在することを感じ始めた。
それは、炉の炎のように安定したものではなく、溶岩のように不規則に脈打つ、荒々しいエネルギーだった。触れると全身が焼かれるような、本能的な恐怖を伴う熱。
「感じたわね」エララの声が静かに響いた。「無理に引き出そうとしないこと。ただ、その脈動に意識を合わせるの。霊力を心臓から指先に流す。まるで剣を振るう時のように、なめらかに。」
ケイレンは言われた通りに試みた。彼は荒々しいエネルギーの流れを、血流のように腕へ導こうとした。しかし、彼は鍛冶槌を振るうのとは違い、力の制御を知らない。彼の心は、復讐と恐怖と混乱で乱れていた。
バチッ!
彼の左手の甲から、突如として小さな炎の破片が弾け飛んだ。それは一瞬で消えたが、激しい痛みが彼の指先を襲った。皮膚は赤く焼けただれていた。
「クソッ!」ケイレンは目を開き、痛みでのたうち回った。
「今のは、あなたの怒りが力をねじ曲げた結果よ」エララは平然と立ち上がった。「あなたは力を『引き抜こう』とした。剣を鞘から無理に引き抜けば摩擦熱が発生するように、あなたの力はあなたの体を傷つける。」
彼女は竜血石を拾い上げ、ケイレンの掌にそっと置いた。「あなたの心は鉄のように硬い。それは鍛冶師としては美徳だが、魔術師としては致命的だ。あなたは、力を『流す』ことを学ばなければならない。明日、また試すわ。それまで、心と体の傷を癒しなさい。」
エララの言葉は冷たいが、その中には確かな導きがあった。ケイレンは燃える掌を見て、深い無力感を覚えた。しかし、この力の存在を知った以上、彼は逃げられないことも理解していた。彼はもはや、あの平和な村の鍛冶師ではない。
彼は古代の聖域の静寂の中で、血脈に宿る炎と、自身が背負う世界存亡の重みを、初めて受け入れた。
夜が明け始めたとき、エララは立ち上がり、通路の奥を見つめた。
「もうすぐ私たちはここを出る。銀の砦までの道のりは長く、険しい。そして、あなたが炎を制御できるようになるまでの時間は、残されていないかもしれない。」
ケイレンは立ち上がった。体はまだ重いが、心には新たな決意が宿っていた。
「分かった、エララ」彼は言った。声にはかすかな震えが残っていたが、以前のような迷いはなかった。「俺は学ぶ。ブロム親方のために。そして、二度と誰にも、あの闇の力を振りかざさせないために。」
彼の目は、炎を反射する琥珀色に戻っていた。旅はまだ、始まったばかりだ。




