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炉の残り火と新たなる時代

ケイレンが目を覚ました時、まず感じたのは、温かい静寂だった。

彼は、何週間、あるいは何ヶ月も眠っていたのだろう。体は重い毛布に包まれ、周囲は清潔で、竜の炉の微かな霊気が満ちていた。彼の頭上には、見慣れた銀の砦の石造りの天井があった。

彼はゆっくりと顔を動かした。傍らには、一人の女性が、古びた書物を読みながら、静かに座っていた。エララだった。

彼女の顔は、かつての戦場の緊張や、裏切り者との憎しみから解放され、穏やかで柔らかな光を帯びていた。彼女の胸元には、ゴーレムから受け取った竜の瞳の水晶が、小さな護符として輝いている。

「…エララ」ケイレンは、掠れた声で彼女の名を呼んだ。

エララは、驚いたように顔を上げ、彼の頬に手を触れた。

「ケイレン!目が覚めたのね…!よかった…」彼女の瞳には、安堵の涙が浮かんでいた。

エララは、ケイレンに温かい飲み物を飲ませながら、彼が眠っていた間の出来事を語った。

運命の炉が解放した純粋な霊脈の波動は、瞬時に大陸全体へと広がり、マラコール軍団と、世界中に蔓延していた虚無の魔力を、根源から浄化した。

「影の支配者ザルゴスが消滅した後、虚空軍団は指揮系統を完全に失い、全て消え去ったわ。霊脈は完全に安定し、以前よりもずっと豊かになっている。ゾーラン様は、この時代を**『再創造の時代』**と呼んでいる。」

ライラ指揮官は、ノースガードの残存勢力と共に、霊脈が正常化されたことで急速に回復し始めた世界の復興を指揮していた。銀の砦は、もはや戦場ではなく、新しい時代の中心地となっていた。

「あなたは、運命の炉の全ての霊力を、自分の魂で制御したのよ」エララは、ケイレンの手にそっと触れた。「竜鱗の鎧は消えたけれど、あなたの魂は、永久に霊脈と同期している。あなたは、もうただの鍛冶師ではない。あなたは、この時代の**調律師チューナー**なの。」

ケイレンは、そっと目を閉じた。彼は、自分の体の中に、静かで力強い竜の炎の流れを感じた。もはや、力を恐れることも、制御に苦しむこともない。彼の魂は、完璧に鍛造されていた。

時が流れた。一年後。

ケイレンは、銀の砦の近くの、美しい緑に囲まれた谷間に、小さな新しい鍛冶場を築いていた。それは、ブロム親方の鍛冶場を模した、温かく、親しみやすい建物だった。彼は、もう戦いのための武器や鎧を打つことはない。彼が創るのは、豊かな大地を耕すための道具、そして、新たな生活を支えるための、静かな創造物だけだった。

ある日の午後、ライラ指揮官が、部下を連れずに一人で鍛冶場を訪れた。彼女は、以前の厳しい装いではなく、簡素な軍服を着ていた。

「ケイレン、あなたの創造したルーン・キーのおかげで、霊脈は安定した。私たちは、今、真に平和な再建の時代を迎えている」ライラは、少し照れたように言った。「ゾーラン様と協議した結果、あなたに**『竜の守護者』という最高の称号と、この土地を治める公爵位**を与えることを決定した。」

ケイレンは、炉の火を眺めながら微笑んだ。

「ライラ指揮官、ご提案は感謝します。ですが、俺の仕事は、土地を治めることではありません。俺の旅は、**『完璧な形』**を創造することでした。そして、俺は、今もそれを続けています。」

ケイレンは、炉の前の金床を指差した。「俺は、これからも鍛冶師として生きていきます。俺の称号は、それで十分です。」

ライラは、その答えに少し驚いたが、深く頷いた。「そうか。分かった。だが、何か必要なものがあれば、いつでも言ってくれ。この世界は、お前が命を懸けて作り直したのだから。」

夕暮れ時。鍛冶場には、ケイレンとエララだけが残された。

エララは、もう騎士の鎧を着ていない。彼女は、簡素な革のチュニック姿で、ケイレンが作業する炉の横に座り、彼の創造物を見つめていた。彼女は、鍛冶場の助手として、彼の傍を離れなかった。

ケイレンは、炉から、一つの小さな銀の塊を取り出し、金床の上に置いた。彼は、竜の炎の力を、槌にではなく、指先に集中させた。炎は、細く、制御された光となり、銀の塊を包み込んだ。彼は、何千回もの試練と、魂の鍛造で得た、究極の精度で、その塊を打ち始めた。

チン。チン。

槌の音は、かつての戦場を揺るがす轟音ではなく、静かで、優しいリズムを刻んでいた。

やがて、彼は一つのものを完成させた。それは、武器でも、防具でもない、極めてシンプルな、細く丸い銀の輪だった。

ケイレンは、銀の輪を冷水に浸し、それをエララに差し出した。

「エララ。俺の創造した、最後の**『形』**だ」

エララは、その銀の輪が、鍛冶師の究極の創造力と、彼らの共有した試練の全てを内包していることを理解した。彼女は、涙ぐみながら、それを受け取った。

「ケイレン…」

「俺は、俺の人生で、たくさんのものを失った。でも、お前は、俺の旅の中で、俺が失わずにいられた唯一の光だ」ケイレンは、エララの目を真っ直ぐに見つめた。「俺は、運命を打ち直した。そして、この新しい世界で、お前と、静かに生きていきたい。」

エララは微笑んだ。彼女は、その銀の輪を、左手の薬指にはめた。指輪は、彼女の指に完璧に馴染み、微かに青く光った。

「私の運命は、もうずっと前から、あなたの隣にある。鍛冶師さん」

ケイレンは、エララを抱きしめた。炉の残り火は、静かに燃え続けている。世界は、救われた。彼らの人生は、今、新たな創造の時代を迎えた。

彼の旅は、復讐の炎から始まり、創造の光と共に、ここに完結した。

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