最後の金床と竜鱗の鎧
将軍グラウカスが放った虚無の魔力の塊は、ケイレンめがけて、まるで闇の彗星のように迫った。その威力は、銀の砦の門を一撃で破壊できるほどのものであり、霊力を全て使い果たしたケイレンにとって、回避も防御も不可能に見えた。
「ケイレン!」エララの悲痛な叫びが、ヴァレリウスとの激闘の最中、雪山に響いた。
ケイレンは動けなかった。体は鉛のように重く、内なる炉は冷え切っていた。彼は、迫り来る闇の奔流の中で、師ブロムの言葉を思い出した。
『鍛冶師の仕事とは、ただ叩くことではない。受け止めることだ。金床は、炎と槌の衝撃を全て受け止め、鋼を正しい形へと導く。お前の体と槌は、最後の金床だ。』
死を目前にして、ケイレンの心は驚くほどの静寂に包まれた。彼は恐怖を捨てた。彼は、迫り来る将軍の攻撃を、**「不純物」と見なした。そして、その究極の衝撃を、「最終的な一撃」**として、自らの魂で受け止め、力を完成させることを決意した。
「来い…!」
ケイレンは叫び、雪に覆われた地面に、両足を踏ん張った。彼はブロムの槌を頭上に掲げ、全身を、古代の鍛冶師が最も強い鋼を打ち固める時の、最終金床とした。
ドォオオオオオオオオオン!!
将軍グラウカスの一撃が、ケイレンを直撃した。
衝撃は、山脈全体を揺るがすほどの轟音を立てた。闇の魔力の奔流はケイレンの体を完全に飲み込み、その体が粉砕されたかと思われた。しかし、ケイレンの槌が、魔力の中心点で衝撃を受け止めた瞬間、奇跡が起こった。
ケイレンの体内に残っていた竜血石の僅かな霊力が、極限の圧力と虚無の魔力に触れたことで、まるで核融合を起こしたかのように爆発的なエネルギーを放出した。
そのエネルギーは、破壊のために放たれたのではなく、ケイレンの強靭な意志、彼の**「守る」という純粋な集中力によって、彼の皮膚の表面で結晶化**した。
闇の奔流の中から、強烈な琥珀色の光が迸った。
光が収まった時、ケイレンはまだそこに立っていた。彼は辛うじて意識を保っていたが、その姿は一変していた。彼の体は、黄金色に輝く、まるで竜の皮膚のような、継ぎ目のない竜鱗の鎧に覆われていた。それは、金属ではない。純粋な竜の炎が、彼の肉体と一体化し、鎧として具現化したのだ。その鎧は、将軍の攻撃の熱と衝撃を完全に吸収し、彼の身体を守り抜いていた。
将軍グラウカスは、その光景に初めて驚愕の表情を浮かべた。「馬鹿な…虚無の魔力を、**媒介**にして覚醒しただと!?ありえん!」
その一瞬の隙を、エララは逃さなかった。彼女は、ヴァレリウスとの死闘の中で、既に限界を超えていた。
「ノースガードの誓いは、裏切り者に、二度目の死を与えることだ!」
エララは、ヴァレリウスの動きを避け、短剣を地面に突き刺した。そして、もう一方の短剣を、自らの傷口に深く突き立てた。
「我が血を霊力に!奥義:銀狼の報復!」
エララは、自分の生命力を炉の活性化で増幅された霊脈の力と直結させ、一瞬で莫大な魔力を獲得した。彼女の体から、銀白色の狼の形をした霊力が噴出し、ヴァレリウスを包み込んだ。
ヴァレリウスは、虚無の魔力で応戦しようとしたが、エララの命を賭した一撃は、彼の虚無の鎧を貫通した。銀狼の霊力は、ヴァレリウスの体内に流れ込んだ虚無の魔力を、根源から引き剥がし、浄化した。
「エララ…なぜ…」ヴァレリウスは、苦痛に満ちた叫びを上げた。彼の体は、虚無の魔力が失われたことで、急速に腐敗し始めた。
「私は…お前の友だった。だが、お前は…もういない」エララは冷たい声で言い放った。
ヴァレリウスの体は、抵抗することなく、雪の上に崩れ落ち、彼の銀の鎧だけが残された。裏切り者は、完全に消滅した。エララは、その場に膝をついた。彼女の顔は蒼白だったが、その心は、長年の苦悩から解放されていた。
そして、広場には、竜鱗の鎧を纏ったケイレンと、虚空軍団の将軍グラウカスだけが残された。
ケイレンは、覚醒したばかりの力に慣れるために、重い鎧の下で深呼吸をした。竜鱗の鎧は、彼の疲労を完全に消し去ってはいないが、全身に安定した魔力を循環させ、痛みと寒さを遮断していた。
「お前の遊びは終わりだ、小僧」将軍グラウカスは、ケイレンの変貌を前にしても、その威圧感を崩さなかった。「竜の血脈の力を見せてくれたことは感謝する。だが、その鎧は、私の本気の力の前では、紙切れに等しい。」
将軍は、再び虚無の魔力を集め始めた。しかし、ケイレンはもはや恐れていなかった。彼は、師から教わった全ての教えを、この鎧の中に感じていた。
力とは、受け止めること。そして、叩き返すこと。
ケイレンはブロムの槌を構えた。槌もまた、竜鱗の鎧の魔力に共鳴し、純粋な琥珀色の光を放っている。
「俺は、鍛冶師だ」ケイレンは、将軍に向かって言った。彼の声は、鎧の内部から響き、深みと強さを増した。「俺の仕事は、不純物を叩き出し、完璧な形を作り上げることだ。お前という不純物は、ここで叩き潰す!」
ケイレンは、覚醒した竜鱗の鎧の力を使って、一歩、踏み出した。雪が、彼の足元で、轟音を立てて砕け散った。
最終決戦が、今、雪山の前線基地で始まった。




