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降下の道、前線基地、そして冷たい心臓

銀の砦の巨大な門を後にしたケイレンとエララは、世界を救うための狂気の特攻作戦へと身を投じた。彼らは雪深い山道を、一歩ずつ、慎重に降下していく。

ケイレンの体は、限界を超えた鍛冶作業の反動で悲鳴を上げていた。体内の霊脈は枯渇しており、彼が持つはずの圧倒的な増幅された魔力は、鉛のように重く、不安定な塊となって胸に沈んでいる。

「焦らないで、ケイレン」エララは、先導しながら静かに言った。彼女の動きは滑らかで、ほとんど雪の音を立てなかった。「あなたの使命は、一撃で終わらせること。それまで、その炎を無駄にしないで。」

エララは、ノースガードの騎士として培った、最高の潜入術を発揮していた。彼女は雪山に隠された古道の危険な足場を正確に把握し、虚空軍団の斥候を避けるための最善のルートを選び続けた。彼女の横顔には、ライラから受けた屈辱と、ケイレンを守り抜くという決意が、硬い意志として刻まれていた。

数時間の強行軍の後、彼らは目標地点である古代の交易所の跡地を俯瞰できる尾根に到達した。

そこは、もはや遺跡ではなかった。虚空軍団が一時的な前線基地として再構築した、闇の巣窟だった。数百の影の兵士シャドウストーカーが動き回り、中央には、黒曜石と虚無の魔力で造られた巨大な指揮所がそびえ立っていた。周囲の空気は、濃密な瘴気によって重く歪んでいた。

「あれが、奴らの心臓部だ」エララは、身をかがめながら、指揮所を指差した。

指揮所の中央には、二つの人影があった。一つは、圧倒的な威圧感を放つ巨躯の存在。それは、全身から黒い炎を噴出させ、鎧と皮膚が一体化したかのような異形の姿を持つ、虚空軍団の将軍グラウカスだった。

そして、その将軍の傍らには、もう一人の人物が立っていた。

「ヴァレリウス…」エララは、短く息を呑んだ。

そこにいたのは、以前、激闘の末に敗れ去ったはずの、元ノースガードの副隊長、ヴァレリウスだった。彼は、あの時の致命傷を負いながらも、黒い虚無の魔力によって命を繋ぎ止められているようだった。彼の青銅色の鎧は、黒い包帯と虚無のルーンで継ぎ合わされ、その顔は痛々しく、深い疲労の色を浮かべていた。彼は、完全に将軍の忠実な副官と化していた。

「あそこが、奴らの指揮系統だ」ケイレンは、全身に力が戻ってくるのを感じた。怒りではない。それは、目的を達成するための、冷たい集中力だった。「将軍グラウカスを叩き、ヴァレリウスを排除する。一撃で、奴らの統制を完全に崩壊させる。」

エララは震える手で短剣を握りしめた。「奴は、ノースガードの裏切り者…私の手で葬らなければ…」

「待て、エララ」ケイレンは、師の仇を目前にしても冷静だった。「将軍が優先だ。奴を殺せば、軍団は統制を失い、ヴァレリウスは孤立する。力を分けてはならない。これは、戦術的な打撃だ。」

ケイレンは目を閉じ、竜血石を握りしめた。彼は今、体内の魔力を使おうとしているのではない。彼は、活性化された大陸の霊脈そのものと、彼の体内の回路を同期させようとしていた。

これは、炉を起動させた時の、精密さと、門を再鍛造した時の、制御力が必要とされる。ただし、今回は、破壊のためだ。

「俺は、最大限の増幅された霊力を、あの指揮所の結界めがけて、一点集中で爆発させる。結界を破壊し、将軍の動きを一瞬止めるのが目的だ。その隙に、お前が将軍を仕留めろ。」

エララは頷いた。彼女はケイレンの手に、短く手を重ねた。

ケイレンは呼吸を整えた。彼の身体は、まだ立ち上がるのも辛いが、彼の意志は、すでに炉の中で何千回も叩き上げられた鋼のように、強靭だった。

彼は、ブロムの槌を、狙いを定めた指揮所に向けて、ゆっくりと構えた。

「行くぞ!」

ケイレンは叫び、渾身の力を込めて、槌の先端から、増幅された霊脈の力を、極小の、しかし超高密度のエネルギーの塊として、解放した。

それは、これまでの竜の炎とは異なっていた。それは、目に見えない、しかし空間そのものを歪ませるほどの圧力波だった。

ドオンッッッ!

エネルギーの塊は、音速を超えて指揮所へと到達した。将軍グラウカスの周囲にあった強固な虚無の結界は、その一瞬の衝撃で、まるでガラスのように砕け散った。

指揮所は半壊し、将軍グラウカスはよろめき、その巨体が一瞬、静止した。周囲のシャドウストーカーたちは、突然の爆発に混乱し、統制を失った。

「今よ!」エララは叫び、雪の斜面を滑り降りた。彼女は銀色の残像となり、将軍めがけて一直線に短剣を突き出した。

しかし、その瞬間、一人の人物が、将軍の前に割って入った。ヴァレリウスだ。

彼は、その疲弊した体にも関わらず、かつてのノースガードの俊敏性でエララの刃を迎え撃った。彼の剣は虚無の魔力で黒く燃え上がり、エララの短剣と激しく衝突した。

ガキン!

エララは弾き返された。ヴァレリウスの瞳は、憎悪と、虚無への忠誠心に満ちていた。

「またお前か、エララ!そして、その力の波動…竜の炉を起動させたのは、この少年か!ゾーランめ…!」ヴァレリウスは、怒りに声を震わせた。「お前たちには、ここから先へは行かせん!」

その一瞬の遅れが、将軍グラウカスの回復を許した。巨躯の魔物は、よろめきながらも立ち上がり、ケイレンの方を向いた。

「貴様か…この魔力の源は…」将軍グラウカスの声は、地底の岩盤が擦れるように低く、威圧的だった。「小僧…その炎は、マラコール様への最高の献上品となるだろう。」

将軍は、その巨大な腕を振り上げ、ケイレンめがけて、濃密な虚無の魔力の塊を解き放った。ケイレンは、一撃で体内の霊力を使い果たしており、その場から動くことも、強力な魔力で防御することもできない。

絶体絶命の危機。

ケイレンは、残された最後の力で、槌を構えるしかなかった。彼の特攻作戦は、最初の段階で失敗した。彼は今、この雪山の前線基地で、世界を救うか、あるいは全てを失うかの、最終決戦に引きずり込まれたのだった。

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