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霊脈の反動と指揮官の亀裂

竜の炉を起動させた後、広間は重い静寂に包まれた。床には虚空軍団の兵士たちが残した灰の跡だけが残っている。ケイレンは、炉から引き出された力の反動で、体が鉛のように重くなっていた。

ゾーランは、彼の蒼い光を放つ杖を使い、炉の機構と、倒れているケイレンの状態を入念にチェックしていた。

「霊力は安定した。炉は完璧に機能している」ゾーランは安堵の息を漏らした。「ケイレン、あなたは奇跡を起こした。大陸全体の霊脈は、数日、あるいは一週間程度、最大限に活性化された状態を保つだろう。これは、人類に残された最大の、そして最後の機会だ。」

エララはケイレンを抱き起こし、水を飲ませた。ケイレンは激しい疲労を感じながらも、体内には、今まで感じたことのない、強大な魔力の余韻が残っているのを感じた。

「代償は?」ケイレンは掠れた声で尋ねた。

ゾーランは厳粛な表情を浮かべた。「あなたの内なる霊脈は、あまりにも巨大な力を一度に放出したため、今、極度の疲弊状態にある。例えるなら、最高級の鋼を極限まで叩きすぎた状態だ。数日は、魔力を使うことはおろか、意識を保つのも困難だろう。」

つまり、彼は今、世界を救うための最終兵器でありながら、使用不能な状態にあるということだ。

その時、地下通路の奥から、重く、規則的な足音が近づいてきた。ゾーランとエララはすぐに警戒態勢に入った。

そして、一人の騎士が姿を現した。

彼女は、エララの甲冑よりも分厚く、霊力防護ルーンが施された、真の銀の鎧を纏っていた。顔は厳格で、その瞳は、何年もの間、絶望的な防衛戦を生き抜いてきた者だけが持つ、冷徹な光を宿していた。彼女は、腰に下げた長剣の柄に手を当て、広間の惨状を一瞥した。

「ゾーラン様。私はノースガード騎士団、現任の指揮官、ライラです。二ヶ月前、砦の封鎖区画に閉じ込められていましたが、霊脈の活性化により、区画の防護ルーンが一時的に解除されました。」

彼女は、倒れているケイレンと、炉の光を見て、すぐに状況を把握した。

「報告は後で結構。霊脈が活性化したのは、この少年が原因か?」

ゾーランは頷いた。「そうだ、ライラ。彼は、古竜の血脈を継ぐ者、ケイレンだ。彼が竜の炉を起動させた。我々の勝利の希望だ。」

ライラはケイレンに近づき、その顔を覗き込んだ。彼女の表情は冷たい評価に満ちていた。「見たところ、もう動けないようだな。霊脈の反動か。ゾーラン様、あなたは大きな過ちを犯した。」

ゾーランは眉をひそめた。「過ちだと?」

「この霊脈の活性化は、マラコールに対する決定的な一撃を放つための、唯一の機会だ」ライラは断言した。「この少年を炉の起動に使ったのは正解だが、彼の力を完全に消耗させてしまったのは戦略的な失策だ。彼は今すぐ、虚空軍団の心臓部へ送り込まれるべきだった。今こそ、敵の結界が最も弱体化している時なのだ。」

ライラは、すぐに戦略的な対立の火種を燃やした。

ゾーラン(賢者の視点): 「待て、ライラ。彼の力はあまりにも貴重だ。彼はまだ制御を習得したばかりで、完全なマスターではない。この状態で前線に送り込めば、彼自身の命だけでなく、竜の血脈、そして人類の最後の希望を失うことになる!」

ライラ(指揮官の視点): 「希望?ゾーラン様、我々には希望を見る時間はない!マラコールは、この霊脈の覚醒に対し、倍の規模の反撃部隊を組織しているはずだ。我々の優位は、せいぜい二、三日だ。その間に、この少年を、増幅された霊力と共に爆弾として敵の主力を叩き潰す。ノースガードの義務は、一人の命を守ることではなく、王国全体の生存を確保することだ!」

エララはケイレンを庇うように立ち上がった。「ライラ指揮官!ケイレンは、ブロム親方の仇を討ちたいという個人的な願いを乗り越え、自己犠牲で炉を起動させた。彼の意志は強いが、彼はまだ人間だ。私たちは、彼を生きたまま銀の砦に連れ帰るという誓いを立てたのです!」

ライラはエララを一瞥した。その瞳には、かつての部下への冷たい失望が浮かんでいた。「エララ、お前は相変わらず感傷的だな。お前の誓いなど、我々が失った数千の命の重さの前では軽い。お前が個人的な感情に溺れたからこそ、砦は崩壊寸前になったのだ。」

ライラの言葉は、エララの胸に深く突き刺さった。彼女は、反論の言葉を見つけられずに俯いた。

ケイレンは、二人の対立を、朦朧とした意識の中で聞いていた。ゾーランの安全優先の論理、ライラの冷徹な現実主義、そしてエララの彼を守ろうとする献身。彼らは皆、彼のことを思っていたが、同時に彼を道具として見ていた。

だが、彼はもう、誰かの意見に流されるだけの存在ではない。彼は、自分で力を制御し、自ら門を開いたのだ。

ケイレンは、力を振り絞り、雪の上に置かれていた鍛冶槌を掴んだ。彼は、炉の機構にもたれかかりながら、ゆっくりと立ち上がった。

「…俺は行く」ケイレンはかすれた声で言った。

ゾーランもライラも、その言葉に驚き、動きを止めた。

「俺は…逃げない。この力を、ただ訓練のために隠しておくことはできない」ケイレンは、ライラの方を向いた。「ヴァレリウスは、俺の親方を殺した。虚空軍団の指揮官は、この世界を絶望させようとしている。俺の炎は、復讐のためにあるのではない。だが、敵の主力を叩き潰すというライラ指揮官の戦略は正しい。」

彼は、疲労で揺れる体を、意志の力で固定した。

「ただし、指揮権は渡さない。俺は、あなたたちのための爆弾ではない。俺は、俺自身の意志で槌を振るう。そして、出撃する前に、一つだけやることがある。」

ケイレンは、炉から引き出された残りの増幅された霊力で、再び槌を握りしめた。「この砦の防御を固める。俺が戻ってくるまで、エララとゾーラン様が、ここで生き残れるように。」

ケイレンの決意は、ライラの冷徹な瞳にも、わずかな尊敬の念を灯した。彼女は初めて、彼を道具ではなく、戦士として見た。

「よかろう」ライラは短く答えた。「だが、時間を無駄にするな。残された時間は短い。」

ゾーランは悲痛な表情でケイレンを見たが、その決意の強さに、何も言えなかった。

ケイレンは、彼の体を巡る竜の炎の力を感じた。それは、彼が選んだ道だ。銀の砦での短い休息の後、彼は世界を救うための、狂気の賭けに出るのだった。

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