第8話「風と予兆と、届いた便り」
祭りの余韻が、まだ村のあちこちに残っていた。
広場には焼け焦げた炭の香りが漂い、子どもたちは祭りでもらった木の笛を吹いてはしゃぎまわっている。
そんなある日、リューンが薬草小屋にいると、アニス様が何やら渋い顔で訪ねてきた。
「リューン、ちょっといいかい? 王都の使いが来ててね」
「王都の……?」
そう聞いたとたん、リューンの胸に何かがざわついた。
風の精霊・ティア・リリルが言っていた“風のよどみ”のことが、自然と思い浮かぶ。
アニス様は小さな紙の束を差し出した。手紙のようだ。
「これは薬師ギルドからの連絡でね。各地の薬師に“特定の症状”の事例が報告されてるんだそうだよ」
リューンは紙を受け取った。そこには、王都付近の村々で確認された不可解な症例が記されていた。
《急な脱力感、皮膚のくすみ、眠気と幻聴の症状。風の流れが止まるような違和感あり》
《魔力の“揺らぎ”による影響の可能性。対処法不明。周囲の草木もわずかにしおれる》
「……これって、病気なんですか?」
「どうだろうねえ。毒でも呪いでもない、けれど“普通”じゃないってのが、みんなの見解らしい」
アニス様は腕を組んで考え込む。
「もしあんたの精霊の友達が何か感じてるなら、聞いてみるといいかもしれないね」
その夜。
リューンは小屋の裏で、そっとティア・リリルを呼んだ。
『来ると思ってたよ、リューン』
風の精霊はいつものようにふわりと浮かび、彼の肩に降り立った。
『ねぇ、“眠る風”って聞いたことある?』
「……眠る風?」
『風が止まるの。“感じない”ほど、静かに。……それがね、“死んだ風”に近づいてる』
リューンは息を呑んだ。
「王都の方でそれが起きてるの?」
『うん。そこに近づくのは危ない。でも……遠くで起きたことも、いずれ、ここまで届く』
翌朝。
アニス様から、もうひとつの提案があった。
「リューン、少し森の外の集落に出向いて、状況を見てこないかい?」
「……僕が?」
「精霊と繋がれるあんたなら、何か感じられるかもしれない。無理はさせないけど……」
ふと視線を向けると、エルナが少し離れた場所でこちらを見ていた。目が合うと、小さくうなずく。
その目は、送り出す覚悟を宿していた。
リューンは深く息を吸った。
「……わかりました。僕にできることがあるなら、行ってみます」