第7話「小さな祭と薬草酒」
季節の変わり目――村ではささやかな収穫祭が開かれるという話を、リューンはアニス様から聞かされた。
「春の草が出揃って、夏草が顔を出す前の節目さ。薬草だけじゃなく、野菜や山菜、みんなで持ち寄って小さく飲んで歌うだけだけどねぇ」
その日は、村の中央にある広場に、ぽつぽつと屋台風の台が並び始めていた。焼いた串肉、木の実のパン、蒸した芋、甘く煮詰めた果実酒……どれも素朴で温かい匂いがする。
リューンは、頼まれて「薬草酒」の調合を担当していた。
焙煎した香草、乾燥させた〈ルーネリーフ〉、そして香りづけに数滴の蜂蜜酒。これらを温めた湧水に漬け込み、じっくりと時間をかける。
甘すぎず、身体に優しく、食後の巡りを助ける薬草酒。アニス様直伝のレシピだった。
「お、良い香りになってきたな」
隣で湯を見守っていたのは、祭りの手伝いに来ていたエルナだ。
今日はいつもより少しだけ華やかな刺繍が入った上着を着ていて、長い髪も編み込まれている。
「……似合ってるね」
「えっ? ……あ、ありがと」
エルナは少し照れながら、けれどどこかうれしそうに頬をかいた。
夕方、祭りが始まる。
村の子どもたちは鈴のついた木の杖を振りながら走り回り、大人たちは焼き料理と草酒を囲んで談笑している。
「リューンくんの薬草酒、好評だよ。少し分けてくれないかね」
「もちろんです。ゆっくり飲んでくださいね、けっこう効きますから」
薬草酒は身体を温め、少しだけ心をゆるめる効果がある。普段は硬い顔のハルト老人も、杯を片手に上機嫌で歌を歌っていた。
そのとき、ふわりと優しい風が吹いた。
リューンが振り返ると、屋根の上に小さく光る姿が見えた。
ティア・リリルが、透明な羽を揺らしながら微笑んでいる。
『〈リューン〉。今日は、いい日。あたたかい、風の日』
「君も来たんだね」
『……だって、“好きなひと”が笑ってるから』
ふっと姿を消した精霊に、リューンは静かに目を細めた。
そして、夜が更けて――
火の灯った広場の片隅、リューンとエルナは少し離れて並んで腰かけていた。
「楽しかったわね……今日」
「うん。ああいう雰囲気、初めてだったよ」
夜空には、ほんの少しだけ星が見えていた。
エルナがぽつりとつぶやく。
「……村の外、どんな世界があるんだろうね。ねえ、いつか一緒に、見に行ってみたいな」
「……いつか、見せてあげられるかも」
「……ふふ、楽しみにしてる」
村の夜風が、薬草の香りをかすかに運んでいった。
世界は静かに、けれど確かに動いている――